研究開発の原理

「研究開発」とまとめて言われることもありますが、一般に、「研究」と「開発」は別のものを指しています。

「研究」とは、ある物事について、考察、実験、観察、調査などを行うことです。また、それらによって何らかの事実を明らかにすることです。

「開発」は、自己開発や組織開発、都市開発などかなり広い文脈で使用されますが、研究との関連でいうと、科学あるいは研究の成果を応用して、新しい技術や生産プロセスあるいは製品を実用化することを意味します。

ドラッカーによると、研究開発費の50~100倍の利益を手に入れる会社がある一方で、多くの会社では研究開発による利益がほとんどないと言います。

研究開発にも戦略が必要であり、目的をもって計画的に取り組む必要があります。ドラッカーは、研究開発の成否を決める10の原理を示しています。

研究開発の原理

第1:新しいものは直ちに陳腐化する

製品、プロセス、サービスは、損益分岐点に達したその日から陳腐化が始まると言います。

第2:自ら陳腐化させる

新しいものの成功に安住していると、いつの間にか予想もしなかった競合が現れて、陳腐化させられてしまうでしょう。

競合によって陳腐化させられるくらいなら、自ら陳腐化させるべきです。新しい製品やサービス、プロセスが軌道に乗り始めたなら、直ちにこれらに対抗する新しいものの研究開発に取りかかるべきです。

第3:研究開発に純粋と応用の区分は意味がない

純粋と応用の区分は、通常「研究」に使われると思います。研究は、大きく、基礎(純粋)研究、応用研究、開発研究の3つに分けられます。

「基礎(純粋)研究」は、特定の用途などに成果を直接活用するためではなく、新たな知識(法則、定理など)を発見するために行われます。

「応用研究」は、基礎研究の成果を応用するための研究であり、用途などの明確な目的をもって、実用可能性を研究するものです。

「開発研究」は、さらに応用研究の成果を活用して、具体的な技術や生産プロセス、製品などにつなげるための研究です。

これらの区分の境界は必ずしも明確ではありませんが、少なくとも会社においてこのような区分をして研究をすることに意味はありません。会社は事業を行うところですから、そもそも無目的な「純粋研究」を行うことはありません。

ドラッカーがあげている例によると、物質構造の研究は一般に純粋研究に当たると考えられますが、その知見を部品の切削方法の変更に活用する目的で行うことは考えられます。あくまで目的志向であるべきで、目的の達成に必要な研究開発を行うという意味において「純粋」と「応用」を区別する意味はありません。

第4:学問分野自体は研究の対象ではない

物理、化学、生物、数学、経済学は、それ自体を研究の対象とすべきではなく、研究開発の手段として活用すべきものです。

とはいっても、一人の研究者がそれらすべての学問分野に精通している必要はありません。実際それは不可能です。専門特化してこそすぐれた業績をあげることができるからです。

効果的な研究開発を行うために大切なことは、プロジェクト・リーダーや研究開発部門のトップが、プロジェクトの目的と戦略に基づいて、いかなる専門家に、いつ、いかにして協力を求めるべきかを知っていることであり、それを確実に実行できることです。

第5:研究開発には3つの活動がある

ドラッカーの言う効果的な研究開発は、改善、展開、イノベーションの3つを、同時にかつ個別に追求することです。

典型的な例として、ドラッカーはデュポンをあげています。ナイロンを開発後、直ちにナイロンの改善と展開にとりかかり、競合となる繊維のイノベーションにもとりかかりました。

改善

すでに成功しているものをさらによくすることです。

具体的な目標を掲げて継続的な活動を行うもので、ドラッカーは、「コスト、品質、顧客満足度を年率3〜5%向上させる活動」を例としてあげています。

ドラッカーが指摘する重要なポイントは、研究開発部門のニーズに基づいて行うのではなく、現場からのフィードバックに基づくものでなければならないということです。現場とは、第一に顧客です。また、顧客に日頃から接している営業の現場です。さらには、生産やサービス提供の現場です。

現場の声にしたがって、改善しようとする成果が具体的に何を意味するのかを前もって明らかにしておかなければなりません。さもないと、改善した結果、顧客が離れていくということになりかねません。

展開(管理的進化)

新しい製品やサービス、プロセスを次の製品等の踏み台とすることです。同種製品や同業のなかでだけ実践されるとは限りません。製造業における生産管理の手法が、病院の保守管理や未熟練労働者の教育訓練に応用されるような場合も含みます。

忘れてはならないことは、常に市場志向であることです。

イノベーション

社会、経済、人口、技術の変化を機会として利用し、経営資源がもつ富の創出能力を向上させることです。

第6:狙いは高くする

ドラッカーによると、たとえ小さな改善であっても、根本的なイノベーションと同じように困難であって、同じように強い抵抗を受けると言います。

ですから、顧客の生活や事業に大きな違いをもたらすだけの高い目標や狙いを設定します。

第7:長期と短期の成果を狙う

研究開発には、多額の資金など大きなエネルギーを投入する必要があるため、短期的な成果で満足するのではなく、長期的な成果をも目指さなければなりません。

ここでドラッカーが指摘する短期と長期の成果とは、それぞれ別のものを計画するということではありません。短期的な成果、それが成功の場合だけでなく失敗の場合であっても、それを長期的なプロセスへの第一歩とみなすことです。

ドラッカーが示す具体的な方法は、「遡及分析」と呼ばれるものです。研究記録を遡り、失敗として捨て去られたものの中に、利用可能な成果がなかったかどうかを調べてみます。典型的な例は、ペニシリンやポストイットなどがあげられます。どちらも失敗が大きな成果につながったものです。

そのように、短期的な成果について、常に、長期的な成果につながるような手がかりが隠されていないかを見出そうとすることが大切です。

別の観点としては、改善を繰り返していく中で、2〜3年ごとに振り返って見ると、特定の分野(応用分野、市場、プロセス)に改善が集中している場合があると言います。このような分析を行うことで、大きなイノベーションの機会が見えてくる可能性があります。

逆に、大きなイノベーションによって新しい製品を生み出した場合に、その成果を既存の標準品の改善に利用できる場合もあると言います。

第8:他の活動と同時進行する

研究開発自体は、独立した部門の独立した作業として実施される場合がほとんどですが、会社は大学などと異なり、研究それ自体を目的とすることはありません。

研究開発といえども組織内の一機能です。組織内のすべての機能はシステムとして一つの目的に向かって連携し、統合されなければなりません。

つまり、研究は開発に、開発は事業に転化されることが前提です。逆に、事業に関わるあらゆる機能の内容が、研究開発にフィードバックされなければなりません。

第9:廃棄のための判断基準を設ける

研究開発も、プロジェクト全体に至るまで体系的廃棄の対象としなければなりません。研究開発においても資源は有限であり、新たな機会に投入するために資源を解放しなければならないからです。

現在進行中のプロジェクトについて、数年ごとに、その時点で明らかになっているすべてのことを前提に、もしまだそのプロジェクトを開始していなかったとして、これから開始する意思決定を行うかどうかを問います。もし「No」であれば、廃棄を決めなければなりません。

ドラッカーが示す廃棄の判断基準は、次の3つです。

  1. 著しい改善が見られなくなったとき
  2. 展開(管理的進化)によって、新しい製品、プロセス、サービスが生まれなくなったとき
  3. 研究が興味ある成果しか生まなくなったとき

3.については、「事業として展開できるような有望な成果を生まなくなったとき」と理解できるでしょう。

第10:3年ごとに成果を見直す

研究開発もまた評価の対象です。成果をあげない研究開発は、廃棄しなければなりません。

評価は、他の活動と同様、できる限り定量的な目標を設定したうえで、量的に行います。研究開発の3つの活動のうち、改善と展開は、定量的な目標設定と評価が可能です。

改善の場合は「コスト、品質、顧客満足度を年率3〜5%向上させる」といった目標が考えられます。展開(管理的進化)では「年に最低1つの重要な製品、市場、応用を実現させる」といった目標が考えられます。

ただし、イノベーションについては、他の活動と同等の量的な評価は可能とは限りません。むしろ質的な評価が重要です。期待される質的な成果を設定し、評価します。質的であるがゆえに定期的な見直しもまた重要です。

ドラッカーは、ほぼ3年ごとにイノベーションに期待する成果を見直していかなければならないと指摘しています。

  • 富の創出能力を向上させたか。
  • 現在の市場地位と業界リーダーとしての立場に見合っていたか(量、質、インパクトの面)。
  • 今後数年間に必要とする市場地位と業界でのリーダーシップを得るための成果は何か(量、質、インパクトの面)。

研究開発の可能性

ドラッカーによると、これまでの企業の研究開発活動は、独自の科学技術的な仕事を独力で行う独立した機能でなければならいとされていました。

成功した企業の研究開発は、いわば「技術主導型」でした。自社の研究開発部門が独自に生み出した技術は、自社の事業でのみ活用できるという考え方でした。また、自社の事業に必要な技術は、すべて自社の研究開発によって生み出すことができるとも考えられていました。まさに、その企業のみによる、その企業のためだけの研究開発部門であったわけです。

ところが、今では、成功したイノベーションは、研究開発の段階から、マーケティング、製造、財務の人間が参加する機能横断的なチームによって生み出されていると言います。適切な企業戦略に基づく「事業主導型」の研究開発です。顧客満足から出発し、必要なデザイン、価格、科学技術を明らかにしていきます。

使える技術からできそうな製品を考えるのではなく、顧客満足を生み出し得る、あるべき製品から必要な技術を開発または調達するという発想です。開発または調達すべき技術の領域は、自社の枠を超えるどころか、自社が属する産業をも超えています。

現に、自社の事業に必要な技術がまったく異なる専門分野で生まれ、自社の研究開発で生まれた技術が自社の事業分野とはまったく異なる分野で活用されることは、むしろ一般的になっています。

そうなると、企業の研究開発は、単にその企業のためだけの研究開発部門という位置づけではなく、独自の事業目的をもった独自の経営部門となり得るし、そうなるべきであるという考え方が出てきます。

ドラッカーは、研究開発部門のトップは「研究所長」ではなく、「技術経営者」となるべきであると言います。つまり、技術の可能性を基礎に事業目的を定め、その事業目的と市場目的を基礎に技術戦略を策定し、さらに商業上の成果を生み出すうえで必要な技術成果を定め、そしてそのような技術成果を手に入れることのできる人材でなければなりません。

研究開発部門は、その企業の一部門であるという発想ではなく、その研究開発成果を活用できるあらゆる可能性を求めて、独自に外部顧客との提携関係をつくりあげていくことが求められるのです。