組織における責任の委譲 − ブラウンの経営組織論④

この記事では、かつてアメリカの組織論における独特な一角を占めたアルヴィン・ブラウン(Alvin Brown)の『経営組織』(Organization of Industry, Prentice-Hall Inc., 1947)を紹介します。

企業は、全体としての目的を持ち、その目的を果たすための経営活動を行います。

経営活動は個人が一人で行っている場合もありますが、通常は、多くの成員で構成される組織によって運営されます。

組織は、通常ピラミッド型のように末広がりの構造を持つことが多く、通常、トップである社長が経営活動の全責任を有し、その責任が階層構造に従って分担されます。

組織階層の上層から下層に向かって責任が分担されることを「責任の委譲」と呼びます。

責任を委譲する側の成員(上司、上役)を「委譲者」、委譲される側の成員(部下)を「受任者」と呼びます。一人の委譲者から一人または複数の受任者に委譲されます。

一人の委譲者が元々有していた責任は、受任者にすべて委譲されるのではなく、一部は委譲者に留保されます。

責任の委譲は、組織の階層を通じて連鎖的に行われます。

委譲者と受任者との間の分割

ある一人の成員が、自らの持つ責任をいくつかに分割し、その一部を自らに留保したうえで(留保責任)、複数の受任者に残りの責任を分割して委譲します。

この時点で、それぞれの受任者に分担されるべき範囲が規定された責任が創り出され、それらの責任がそれぞれに義務を引き起こします。

委譲されたそれぞれの責任は、さらに分割され、下位の受任者に再委譲されていきます。

責任が委譲されることよって、各委譲者の責任や義務が放棄されることはありませんが、責任を遂行する方法は変わります。

再委譲する前は、自らに委譲された責任は、すべて自らの努力によって遂行する義務があります。

再委譲した後は、留保責任のみを自らの努力によって遂行し、再委譲した分の責任は受任者の努力によって遂行されます。再委譲した委譲者は、受任者の努力を監督することを通じて、結果的に自らの責任が遂行されるようにします。

委譲者と受任者との間の分担は、委譲者の元々の総責任を分けて、各自が自分の個人的な努力を傾注する部分を決定するものです。

任務の相対的な重要性

委譲の目的は、成員の力量が自己の責任を遂行する上で不十分な場合に、その成員の力量を拡充しようとすることにあります。

この場合の「力量」とは、一般に、「量」であって「質」ではありません。「質」の面で力不足ということになれば、そもそもその成員は、その地位に就くべきではありません。仮にその責任を委譲したとしても、受任者の仕事の質を監督することができません。

ここで「一般に」と言っているのは、非常に特殊な専門的能力が求められる仕事の場合、社長の力量を質的に超える場合があるからです。

典型的には、法律上の訴訟など弁護士でなければ担当できない仕事がこれに当たります。

このような仕事は、特に小規模な企業の場合、常時社内に抱えておくより、必要に応じて外部のサービスを活用することが多いでしょう。

人選に問題がなければ、その成員は、責任の質についてはどの部分も能力的に対応できるはずです。しかし、量的には全体に対応できないことがあるため、一部を別の成員に委譲することになります。

責任を委譲しようとする成員は、その責任の各部分の遂行に求められる能力と、自分自身の能力とを比較考量して、その開きがより大きいもの、つまり、より少ない能力で遂行できるものを、委譲の対象にします。

【原則】
  • 重要度の低い任務をば委譲し、重要度の高い任務をば留保しなければならない。

委譲は十分に行うこと

委譲の目的は、委譲者の力量を拡充することにあり、十分な助力を補充して委譲を行った後に、自分に残される仕事を遂行できるようにします。

委譲が失敗する典型的な例は、受任者に十分な行動の自由を与えるのを渋る結果、自分の力量の限度を超える責任を留保してしまうことです。

【原則】
  • 責任の委譲は、範囲と度合いとにわたって十分に行い、その結果留保責任が委譲者の力量を超えないようにしなければならいない。

逆に、委譲によって、委譲者の力量を下回るほどまで留保責任を減らしてもいけません。委譲者の能力を無為にするからです。

ただし、委譲者は、留保責任のみならず、委譲した責任の遂行に対する監督も行う必要があるため、この両者の任務の総計が、力量に相応しくなるようにしなければなりません。

受任者間での分割

委譲者と受任者全員との間の責任の分担は、それほど困難ではありません。なぜなら、最も重要な部分を選定し、それを委譲者に留保することが決まれば、それ以外が委譲の対象だからです。

問題は、委譲すべき責任を受任者間で具体的にどのように分担するかということです。委譲者の総責任は、それを引き受けた当初は一般的に規定されているに過ぎず、要素にことごとく細分化されているわけではないからです。

責任をうまく精細に規定するためには、組織の準備として、経営活動の全課業を主要責任に分解し、相互関係をよく吟味しておく必要があります。

それをしないで闇雲に委譲を始めてしまうと、相互関係がアンバランスになったり、見落としが生じたりして、委譲が進むほど混乱が拡大し、結局、遡ってやり直さなければならなくなります。

【原則】
  • 責任は経営活動の同一の要素を確認し、その上でこれらの要素をグループに分けることによって規定しなければならない。

経営活動の全範囲を漏れなく対象とするという意味で包括的に分析する必要はありますが、最初から個々人に割り振られる作業レベルに至るまで分解する必要はありません。

責任を要素に細分化した後は、通常、一人に一要素という形で委譲するのではなく、要素をある程度関係の強さに応じて結合(グループ化)したうえで、結合単位を一人ずつに委譲します。

結合の基準

経営活動の要素を結合して、一人分の特定の責任とするために、5つの主要な基準があります。

第一の基準は、要素間の類似性です。例えば、製造業の場合、「製造」に関わる要素と「営業」に関わる要素に大きく区分できるでしょう。もちろん、これ以外にも補助的な要素は考えられます。

第二の基準は、目的の共通性です。同じ一般的な目的に寄与するかどうかで結合します。一企業の経営活動全体でも、いくつかの目的に細分化できる場合には、一目的に一人ずつ受任者を割り当てると、目的の追求という点ではまとまりやすくなります。

例えば、「製造工程」と「購買」は区別できる要素ですが、製造のための購買に関しては、両者を「製造」として結合することが可能です。

第三の基準は、経営活動の進行順序です。例えば、製造工程を複数の段階に区分できる場合に、工程の順序を確実に遵守しなければならない要素同士は、一まとまりに結合します。

別の例として、セールスマンが商品を販売し、包装して販売先に届け、集金まで行うなら、この一連の要素を結合すると効率的かもしれません。

以上の3つは、互いに重なり合うことが多いと考えられます。各要素が2つ以上の基準に当てはまるなら、一層結合する動機が強くなります。

第四の基準は、技術的知識、熟練、経験などの要件の類似性です。例えば、エンジニアリング、法務などがあります。

第一の基準との違いは、例えば、エンジニアリングは様々な業務に関わるため、第一の基準では、同種の専門技術でも研究、製造、アフターサービスなどに分割されるかもしれません。

これに第四の基準を適合し、エンジニアリング部門という一つにまとめる場合もあります。どちらの基準を優先するかは、その企業の競争優位性などで変わります。

法務も様々な業務に関わるので、第一の基準によれば分散されることになりますが、第四の基準を優先して法務部門という一つにまとめるすることもできます。

第五の基準は、場所の隣接性です。責任を委譲する場合、委譲者と受任者は場所的に近いほうが監督の面では効率的です。

例えば、地域ごとに製造と営業の部門を置く必要があれば、まず地域単位で委譲したうえで、その次の段階で製造と営業に分割して委譲するほうがよいかもしれません。

ただし、専門性が高い仕事の場合は、第五の基準よりも第四の基準を優先して結合されることも少なくありません。

以上の5つの基準ですべてを網羅できるとは限りません。企業に特有の事情により、経営活動を効果的にするための結合の基準は異なる可能性があります。

【原則】
  • 責任を分割する基準は、経営活動の諸要件によって決まる。

委譲の数

一人の成員が行う委譲の数は、2つの相対立する要件によって影響を受けます。

一つは、できるだけ多く委譲することによって、その成員の余力は大きくなるので、その成員の責任全体を遂行するための力量を拡大することにつながります。

もう一つは、委譲する数が増えれば監督の負担が増えるので、その成員の責任全体で見れば、逆に力量が不足してしまう可能性が出てきます。

したがって、責任の委譲を規定するに当たっては、その責任を引き受ける成員に必要な能力、その成員に留保される責任の要素、その成員が再委譲する際の監督の要素や要件(再委譲先の成員に与える自由裁量の程度など)を総合的に勘案する必要があります。

【原則】
  • 監督の量は、委譲した責任の範囲と度合い、委譲の数、および受任者の能力いかんによって変化する。

委譲の数が増えても、受任者の能力が高ければ、監督に割かれる力量は少なくて済みます。

【原則】
  • どの成員たるを問わず、およそ成員がなし得る責任の委譲の数は、委譲の性質と彼の留保責任とによって制限される。

一人の成員からの委譲の数は、多ければよいとか、逆に少なければよいとか、単純に言えるものではありません。

委譲の段階が進むにつれて責任の分担が進むので、一人ひとりの責任の範囲は小さくなります。ですから、委譲が最終段階に近づけば、少数の委譲で足りるようになるのが普通です。

最終段階で一作業員レベルに作業が割り当てられた場合、その作業量がその作業員の力量を超える場合は、責任を分割して複数の受任者に委譲するよりも、一名の補佐者を置いて、その作業員の全般を補佐させるほうがよい場合がほとんどです。

一人の専門職の責任も、無理に分担することで効率が落ちる可能性があります。この場合も補佐者を置いて全体を補佐させるほうが効率的です。

株主が経営活動全般にわたる責任を取締役会に委譲したときは、その責任を分割して複数人に再委譲するのではなく、取締役会としての監督責任を留保したうえで、一名の受任者(社長)に全体を委譲することがほとんどです。

多数の委譲が可能な責任を考えることもできます。場所の基準で責任を分割し、それぞれの責任の性質がほとんど同じであるような場合です。他店舗展開しているチェーン店などです。

責任の性質には違いがあるので、委譲の数の妥当性を一概に決めるのではなく、その企業の経営活動の実態に応じて判断するしかありません。

委譲の相対的範囲

責任を複数に分割して委譲する場合、分割の仕方によっては、それぞれの責任の範囲に不均衡が生じます。

そうなると監督の実施においても均衡を失することになり、全体として不必要に委譲者の労力を浪費させ、責任全体の遂行に支障を来すことがあります。

【原則】
  • ある成員の行う責任の委譲は、なるべくは、経営活動の要件を等しくしていなければならない。

この原則は、言うほど簡単ではありません。委譲の初期の段階であるほど責任の範囲が広いので、見極めが難しくなります。例えば、「製造」と「営業」という分割は、比較が困難です。

対立する利害の回避

一人の受任者に委譲された責任が複数の目的を追求する内容を含んでいる場合、受任者にとって目的の優先度が異なると思われると、より重要な目的により大きな関心を払い、他の目的が疎かにされる可能性があります。

【原則】
  • いかなる責任も、その効果的な遂行をば対立する利害をもち得る他の責任に依存させてはならない。

このような問題は、ある明確な主要目的を持った責任部門に、目的の異なる責任をついでのように担わせるときに起こりがちです。

例えば、どちらも外部からの購入だからという理由で、資材等の購買部門に、事務用品等の調達をさせるような場合です。明らかに、事務用品等の調達は疎かにされるでしょう。

しかしながら、その付随させた責任を切り離して独立化させるほどのものでないならば、一定の妥協を図らざるを得ません。

重要性に乏しい課業が、重要な課業のうちのあるものに遥かに多くの奉仕を行うときには、前者を後者に結合することができます。

重要性に乏しい課業に要求される熟練が、主要な課業に要求される熟練に依存することが大であれば、前者を後者に結合することができますす。

このいずれにも該当しないのであれば、個別の責任として構成するしかないでしょう。

組織の費用

組織は経営活動を効率化する手段ですが、その目的に適っているからといって、どれほど費用を使ってもよいわけではありません。経済性を考慮する必要があります。

【原則】
  • 組織に要する費用は、目的の有用性に見合うものでなければならない。

すべての責任は、経営活動の諸要求に合理的に役立つ以上に高度な遂行標準を規定してはなりません。例えば、顧客が一日一回の配達を要求しているときに、一日二回の配達は必要ありません。

その遂行する責任の要件を超えた能力を持つ者を採用してはなりません。これは能力の浪費であり、人件費の浪費です。

委譲の段階

組織の使命は、一人の力量を超える課業について、別の人の助力を起用することにあります。一人の力量を超える量が、委譲の要件の限界であり、この要件を超える人数を起用してはいけません。

この要件が、直接的な助力(その成員から見て第一段階の委譲)によって充足されるときには、間接的な助力(第一段階の受任者が再委譲すること)は必要ありません。

【原則】
  • 責任の委譲の段階数は、極力少数にとどめなければならない。

ある成員の全責任を留保責任と委譲責任に分解しますが、留保責任の直接遂行と委譲責任の監督との合計の業務量が、その成員の力量と釣り合うようにできる限り、なるべく多くの委譲を行い、委譲の段階を極力増やさないようにすべきです。

委譲が一段階であれば、自分の直接の受任者を監督するだけで済みます。二段階になると、直接の受任者を監督する内容が変わります。つまり、受任者が直接行う仕事の監督と、受任者が再委譲した先(受任者の受任者)に行う監督が適切に行われていることの監督も行う必要があります。

要するに、二段階目の受任者が行う仕事に対して、二人で監督しているような状態になるため、監督の要件が増大し、効率が悪くなるのです。

経営活動に直接的に貢献する努力というのは、成員たちが、それぞれ個人的に引き受ける留保責任の遂行努力の総和です。つまり、委譲をすることによって増える監督自体は、責任の遂行の直接的な努力ではなく、その努力が実際になされるように促すだけです。

したがって、同じ成員数であっても、委譲の段階が多くなれば監督の負担が増えることになり、直接の努力の総量が減ることになります。そうなれば、余計に成員を増やさなければいけないという結果になりかねません。

経営活動の速度

経営活動には、監督の連鎖に沿って指示情報が伝達され、逆方向の義務の連鎖に沿ってフィードバックの情報が伝達されます。

このような伝達は、委譲の段階が増えるに従って時間もかかり、伝達の精度も下がりますから、経営活動が非効率になります。

この点からも、委譲の段階は少ないほうがよいことになります。

経営活動の特定の要件

委譲の段階を制限することによって生じる利益を断念して、経営活動の特定の要件に従わなければならない場合もあります。

ある成員の責任を、委譲に適した形に分割しようとしても、どうしても数を増やせないことがあるからです。

中間的な委譲の段階で、そのように少ない数にしか分割できない場合、責任の連鎖を遡ったどこかの段階での分割に問題がないか、まず疑う必要があります。

それでも問題が見つからなければ、少ない分割でもやむを得ません。この場合、少ない分割の受任者に比較的高い能力を要求することによって、それ以降の再委譲の段階を少なくできるかもしれません。ただし、人件費が余計にかかるでしょう。

段階を増やす場合も減らす場合も、それぞれに対立するコストが生じ得ますから、両者を比較考量して判断しなければなりません。