組織における「権限」とは何か? − ブラウンの経営組織論③

この記事では、かつてアメリカの組織論における独特な一角を占めたアルヴィン・ブラウン(Alvin Brown)の『経営組織』(Organization of Industry, Prentice-Hall Inc., 1947)を紹介します。

一般に、企業において「権限」という場合、「企業の成員が他の成員に対して行使する力」という意味になることが多いでしょう。

「公式的に行為する権利」を「権限」という場合もあります。影響力、敬意、信頼を要求する個人的な力であり、特定の人たち対して行使することに限定されないと考えるものです。

ブラウンの定義によると、企業組織における「権限」とは「責任」の一側面であり、組織によって委譲された「責任」を遂行し得る力を意味します。「責任」の範囲と一致する「権限」しかありません。

権限のない責任は、実行されない空虚な責任です。責任を伴わない権限は、果たすべき義務を伴わない不当な力です。

責任の範囲と一致する限り、権限に限定はありません。限定を付すなら、場合によっては責任を遂行する義務を果たさなくてもよいと言っていることになるからです。これは責任の否定と同じです。

【原則】
  • 権限は、責任の遂行に必要かつ適正な一切の手段を含む。

「権限」とは、仕事をなすに当たって、人間の理解力や判断力を使うことです。責任の遂行に適用される個人的な諸能力であり、束縛したり、解き放したりする力です。行くべき道を選び、行くべき時間を決める力です。

さらに権限とは、道具を使い、象る力です。天然の物事や勢力の惰性を抑える力です。遂行のために時間と環境とを克服する力です。人間のむら気や無関心や強情張りを説得したり抑制したりする力です。

権限には、社会通念上の適否に関する限界があることは当然です。不法行為や違法行為は容認されません。これは良心や倫理に関わり、「適正」という言葉で形容されます。

委譲者が持つ責任は、委譲した責任と、自分自身に留保している責任の2つに分けられます。したがって、委譲者の権限は、留保責任に関して自ら遂行する力であり、委譲責任に関して受任者に遂行させる監督権です。

監督

権限が責任の範囲に限定される点については、責任を自ら遂行するか、その一部を他の成員に委譲するかにかかわらず同じです。

責任の委譲は責任の放棄ではありませんから、責任を委譲しても、その責任を遂行する義務を免れることはありません。自ら遂行するか、他の成員に遂行させるかが変わるので、それに応じて権限の性質が変わります。

【原則】
  • 受任者に向っては権限は、彼を強制して義務を遂行させる力にほかならない。

このような受任者に向かっての権限のあり方を「監督(supervision)」と呼びます。

監督は、単なる委譲者の権利にとどまらず、委譲者の任務でもあるので、いささかもこれを無視することは許されません。

委譲者による監督は責任の一側面ですから、その委譲者の委譲者(上司)に向っては義務です。

【原則】
  • 委譲者と受任者との間の関係は委譲によって生じ、かつその性格は一定不変である。

なお、権限が「強制して」義務を遂行させるといっても、高圧的な態度を許容するのではありません。自己を律して責任を遂行するのと同等の厳格さで受任者を律するという意味です。責任の完遂という意味で、自他の区別はありません。

監督を含めた権限を実体あるものにするのは、目的の達成に向けて経営活動を行おうとする企業の志気というべきものです。

監督は、委譲者と受任者との間の個々の関係でありながら、個人を超えた企業の行為であるという態度です。

このような態度によって、受任者は委譲者と個人的な意見を異にする場合も、委譲者の行う監督を受け入れるのです。委譲者の監督の権限は、企業と不可分離な属性だと認めるからです。

監督の方法

監督の方法は、組織自体の領域ではなく、経営活動への組織の適用の領域です。監督の方法の妥当性は、その結果が経営活動にもたらす効果によって測られます。

受任者は適切な監督に服すべきですから、委譲者は、自己の監督の方法が、委譲した責任の大小や受任者の性格と能力に応じたものとなるよう考慮しなければなりません。

監督には、委譲した責任の遂行について何らかの方法で測定し、評価する能力が求められます。

委譲した責任が効果的に遂行されているなら、監督において特別な行為は必要ありません。効果を維持するため、時折その状況を確かめ、信頼に値する状況にある旨受任者を称賛するとよいでしょう。

効果的に遂行されていないと認められる場合、委譲者は積極的に監督を行使する必要があります。その方法は、必要に応じて、勧告、訓示、激励、警告、命令、指示などの形をとります。

監督の範囲

監督は、受任者に割り当てた経営活動の部分(委譲された責任)に向かって、委譲者の批判的能力を行使することです。

【原則】
  • 監督は、委譲した責任の範囲に限定される。

監督の単一性

監督は専ら委譲者の責任です。自分自身が委譲した責任の受任者に対してのみ行使できます。

【原則】
  • 責任を遂行すべき義務は、当該責任の委譲者によってのみ、これを強制することができる。
  • 企業のある成員の監督は、当該成員の委譲者だけがこれを行使することができ、他の何人も行使することができない。

委譲者が、自分の受任者のそのまた受任者に対して監督を行使することはできません。なぜなら、責任、義務、権限の関係が混乱し、効果的な経営活動の手段としての組織を損なうからです。

ただし、委譲者は、自分の直接の受任者だけでなく、自分の委譲の連鎖におけるさらに下位の受任者たちと話し合ってはならないということはありません。受任者たちが責任を遂行する結果として持っている情報を、委譲者に提供させてはならないということもありません。

これらのことは、経営活動を効果的にするという組織の目的に有益であることは明らかであり、これらを監督と区別して行うことは容易です。

監督の一貫性

監督の範囲は、委譲する責任の範囲から生じ、かつ委譲の性質によって決定されるので、その範囲を受任者に知らせておかなければなりません。

受任者は、委譲された責任を遂行するため、委譲者が行う監督を熟知し、この監督から援助と指示を継続的に得られることを期待します。

【原則】
  • 受任者が監督を期待するにいたると、その監督は、受任者に対する任務となる。

監督が「任務」になるということは、監督できるというだけでなく、監督を実際に仕事として行わなければならなくなるということです。

解任力

受任者が義務を怠るときは、それが怠慢によるか無能力によるかを問わず、委譲者もまた結果的に自らの責任を遂行する義務を怠ることになります。

これを防止するには、委譲者は受任者を解任し、交替させる力を与えられていなければなりません。

【原則】
  • 監督は、受任者を解任し、交替させる力を含んでいる。

「解任」は「解雇」と同一ではありません。通常、委譲者には解雇権がないことが多く、解雇するかどうかは、別の部門の責任者が決断します。

解任する力は専断的かつ気まぐれに用いてはなりませんが、効果的な経営活動は義務の不履行と両立しないので、委譲者が責任を遂行するためのやむを得ざる手段として持たざるを得ません。

受任者を置き換えることができないときに起こること

受任者の怠惰や無能力が原因で、委譲者が責任を遂行する義務を果たせない状態になっているにもかかわらず、その受任者をその立場に置き続けているならば、その委譲者は義務不履行の責を負うことになります。

しかし、そのような状態が、委譲者に左右できない諸事情によってやむを得ず生じている場合は、その責を免れることができなければなりません。

【原則】
  • 受任者が自己の義務の履行を怠るとき、委譲者がその受任者を交替させることを妨げられている場合には、委譲者は当該不履行の範囲に限り、その責任を免れる。

この原則は、委譲者が可能な限りの手段を尽くしたことを前提としています。すでに上長(その委譲者の委譲者)に適切な意見具申を行い、事実が明らかにされており、やむを得ない状態に置かれていることが周知となっているにもかかわらず、現状を続けさせている場合です。

調整

一人の委譲者が自らの責任を分割し、複数の受任者に委譲する場合、それら分割委譲された責任が全く無関係に遂行されるということはほとんどありません。

 

通常、数個の委譲が相互に影響し合う利害関係を持っており、互いに調和しながら追求されなければなりません。

【原則】
  • 自己の委譲した諸責任につき、それらが調和を保って遂行されるようにはからうのは、委譲者の任務である。

このことは、委譲者が監督を行う目的の一つであり、その意味での監督を「調整(co-ordination)」と呼びます。

ブラウンが用いる「調整」という言葉は、このようにきわめて限定的な意味を持っていますので、経営の分野で一般的に用いられる意味と同じではないことに注意する必要があります。

特に、ブラウンが誤った使い方だと批判するのは、委譲者が「調整者」なる立場を創出し、その者に組織上の欠陥(不適切な責任の分割委譲によって生じる混乱など)を取り繕わせるものです。

分割委譲した責任の調整ですから、委譲者が、権限の行使としての監督の範囲において実施するのが本来です。

責任の分割委譲に欠陥があるのであれば、委譲者に解決する義務があります。それを調整者なる曖昧な立場の者にさせようとするのは、委譲者の捨て鉢な態度です。

監督の最高機能

経営活動がうまく行かないのは、責任を規定し誤ることによる場合よりも、諸関係を遵守し誤ることによる場合が多いといいます。

なぜなら、責任の規定は人選前に慎重かつ公正無私に行われる一方で、諸関係は人間である成員が日々に取り扱うものだからです。

人間の性質からいって、責任の原則などについての知識がありさえすれば、自己の責任の限界を踏み越えることがないというわけにはいかないものです。

自分の責任の遂行に熱中するあまり、他人の諸責任の遂行に助力が必要であることを忘れてしまうことがあります。

委譲者は、受任者に残しておくべき自由裁量の余地に踏み込まないように慎むのが難しいこともあります。受任者の受任者(受任者の部下)に指導を与えないように慎むのが難しいこともあります。

委譲者が監視の目を緩めると、受任者は気を緩めてしまうこともあります。

このような人間の脆さは自然であるがゆえに、監督がきわめて慎重に取り扱うべき事柄です。破られても咎められない規則は、やがて規則ではなくなります。

【原則】
  • 組織上の諸関係を強制することは、監督の最高機能である。

委譲者が有能な受任者を起用した場合にも、委譲者の力量の大部分は監督のために要求されますが、受任者が有能であることによって、委譲者の監督は大いに予防的となる傾向があります。

委譲者の主たる関心事は、自らの責任が全体として正しい方向に遂行されることに向けられ、余計な機能に逸れたり、無駄なエネルギーの浪費がないように留意することになります。

よく組織されている企業が失敗するのは、主として監督上の失敗による場合が多いといいます。