この記事では、かつてアメリカの組織論における独特な一角を占めたアルヴィン・ブラウン(Alvin Brown)の『経営組織』(Organization of Industry, Prentice-Hall Inc., 1947)を紹介します。
企業によって経営活動の性質は著しく異なりますが、若干の普遍的な部面(phases)があります。
委譲者と受任者との間に責任が分割されるどの様式においても、これらの部面を考慮しなければなりません。このことが、委譲者が受任者に付託する自由裁量の量を規定するための基礎になります。
人がある事柄を意識的に行う場合、その精神的・身体的なプロセスは、一般に3つの段階をたどります。その事柄をどういう方法でやるかを考え(計画)、その事柄を実行し(実行)、その結果を確かめる(点検)という手順です。
経営活動の三部面
計画
ある目的を追求するためには、その前に追求の仕方が決定されなければなりません。これは「計画(planning)」と呼ばれ、経営活動の第一の部面です。
実行
計画した内容を実際に行うことを「実行(doing)」と呼びます。これが経営活動の第二の部面です。
計画は主として精神的であるのに対し、実行は身体的です。計画によって進路を指示し、実行はこれに従います。
点検
計画は、実行しさえすれば完全に成就されるということはまずありません。目的を持った行為は、これに続いて確認が行われる必要があります。
これが経営活動の第三の部面であり、「点検(seeing)」と呼びます。
諸部面の重複
これら3つの部面は、時間的に完全に切り離すことができるとは限りません。
「計画」は、細部にわたって予め完全に定めることは困難であり、「実行」途上の大部分を通じて継続的に細部が定められていくことが少なくありません。
「点検」も、すべての「実行」を完了してから行うのではなく、段階ごとに「点検」しつつ「実行」していきます。段階の要所で「点検」し、必要であれば「計画」を修正したうえで「実行」することも必要です。
三部面を時間上だけでなく、遂行上も同様に全面的な分離は困難です。
例えば、計画策定のみを業務とする部門においては、計画策定の基本方針を定めることを「計画」と呼び、実際に計画策定作業を行うことを「実行」と呼ぶことができます。計画策定過程において「点検」も行われます。
「実行」内容を詳細な動作にわたるまで完全に「計画」することは困難ですから、「実行」の過程で実行者の裁量の余地が残るのが普通です。したがって、実行者もまたその裁量の範囲で「計画」しつつ「実行」すると言えます。
実行者は、「実行」結果をその都度自ら「点検」し、必要なら自らの裁量の範囲で「計画」を修正して再「実行」することもあるでしょう。
「点検」でさえ、うまくやるためには「計画」される必要があります。例えば、監査部門では、監査「計画」を立て、監査を「実行」し、監査結果を「点検」するでしょう。
このような重複関係が存在するものの、この三部面を区別しなくていよいということではありません。概念上は明確に区別でき、その区別を意識した経営活動を行うことは重要です。
- 組織は、経営活動の諸部面として、計画・実行および点検を区別しなければならない。
諸部面の統合
各部面が遂行される時間と範囲とは、経営活動に大いに影響しますので、組織にも関係します。
責任を委譲するに当たっては、どのようにして、これらの部面を分割し、委譲すべき責任に統合するかについて相当な注意を払う必要があります。
複雑な経営活動になると、概して単一目的だけではなく、そこから派生する従属的目的をも取り扱うものです。従属的目的は、第一次目的と同時に決定されるとは限らず、第一次目的の遂行方法を「計画」する段階で生じてくることもあります。
従属的目的の遂行のために立てられる「計画」では、従属的目的をすべて達成するのに適切な諸方法を案出することを含まなければなりません。
第一次目的の達成にとって、従属的目的がすべて達成されることが必要であるとすれば、従属的目的が達成されたかどうかの「点検」を相応の早いタイミングで行う必要があります。さもないと、従属的諸目的が意図したとおりに第一目的に寄与できなくなります。
したがって、経営活動が複雑になるに伴って、責任の規定における諸部面の明確化および相互関連が重要になります。
「実行」は、所期の目的を達成する身体的行為ですから、目的と最も密接に結びついていると考えることができます。
「計画」は身体的行為を可能にし、「点検」は身体的行為の実現を確認することによって、「実行」に力を貸すものということができます。
「点検」は、次の「計画」、とりわけ方法の「計画」に奉仕します。諸方法を全面的に前もって決定することは到底不可能です。通常その一部分が工夫されるにとどまるか、「実行」が前進するにつれて、修正されなければなりません。
つまり、「点検」は「計画」の未解決の問題を確認し、「計画」が前進する基礎となる資料を提供します。
経営活動は複雑であり、その主要目的は多数の従属的な目的および補助的な目的に分解されるので、「計画」の当初の段階では全貌が見えないものです。
「点検」はまた失敗を見つけ出すものでもあります。この点においても、「点検」は「計画」が解決しなければならない諸問題を提起し、「計画」に奉仕します。
事実、経営活動の三部面は、直線を描くよりも、むしろ円を描いて循環するものと見るのが、最も当を得ています。
「点検」は「計画」に不断に問題を引き渡し、「計画」はその使命に従ってこれらの問題を処理し、それらを「実行」に返します。
そのようにして、経営活動は、目的を実現するまでに数多くの回転を重ねます。
以上の説明では、目的が時間上固定されているかのように見えるかもしれませんが、実際は、三部面の循環において、目的もまた変化していきます。
決定
「決定(decision)」という経営活動は、首脳者たちに留保される責任の重要部分です。
とはいえ、すべて精神的な過程は「決定」を含んでおり、いわば行為に踏み切る関門にほかなりません。
部面のいずれにおいても、それに取り掛かり、あるいは次の段階に引き継ぐために、ある種の「決定」が行われます。
しかし、ここでは、「計画」部面における決意的で結論的な要素という、特殊な意味で「決定」を用いることにします。
「計画」は、通常多くの方策を見出し、次いでこれらを相互に比較し、いくつかを選び出すことによって、終わりを告げる過程です。選択の最終的な行為は、常に「決定」です。
このことから、「決定」は「計画」の頂点であり、「計画」の一部分であるとはいえ、経営活動上独特な重大事であると言えます。
諸部面の委譲と留保
特定の責任に経営活動のどの要素を含ませるかが重要であるのと同様に、特定の責任に特定要素のどの部面を含ませるかということも重要です。
経営活動の「要素」とは、研究、調達、製造、営業、財務などといった、経営活動の一部を構成する課業(機能)を指します。経営活動の全体を一つの平面に例えたときには、その平面全体の一部分を切り取ったものに相当します。
経営活動の「部面」は、計画・実行・点検のそれぞれを指します。各「要素」に対して、これら三「部面」が常に存在しますから、「要素」を平面(の一部分)に例えるとすれば、三部面は、その要素の平面が3枚重なっていることに例えることができます。
委譲者が自分の責任要素の一部分を委譲せずに留保し得るのと同じように、自分の責任のある部面の一部分を委譲しないで留保することができます。
例えば、委譲者はある特定の課業の実行をすべて委譲し、計画と点検とを留保することができます。あるいは、計画・点検の一部を留保し、実行のすべてと計画・点検の残りを委譲することもできます。
企業において実際に行われる責任の委譲については、部面に濃淡があるのがむしろ普通です。
相対的重要性
責任の委譲を規制する原則によれば、重要性の乏しい諸任務はこれを委譲し、重要性の大きいものはこれを留保することが必要です。
- 効果的な経営活動を期するためには、通常、差等を付した割合でもって経営活動の諸部面を委譲することになる。
通常の課業では、「計画」が、その「実行」に比べて高い能力を必要とすると考えられます。そのため、「計画」部面の一部または全部が、委譲者に留保されることが多くなります。
つまり、ある成員が、ある事柄の「実行」を委譲するに当たっては、通常、その事柄が、いつ、どこで、どのようになされるべきかを規定する責任を、自分自身に留保します。
「実行」については、大きな量の努力を必要とするのが普通ですので、力量の拡充が必要になり、「実行」が委譲されやすくなります。
「計画」の大部分を委譲するときでも、「計画」のうちの最重要部分たる決定については、ある領域に限って、自分に留保するのが普通です。
「点検」は、これを委譲すべきか、留保すべきかを類別するのはそれほど簡単ではありません。
一方では、「点検」は自ずと「実行」に引き続き、行為の部分とさえ言える場合が多いですから、「実行」を委譲するなら「点検」も自ずと委譲されると考えることができます。
他方では、目的の成就と責任の遂行とを確かめるために「点検」するのですから、委譲者としては、自分で「点検」をある程度遂行したいと考えることが少なくありません。
ただし、委譲者は「点検」以外にも力量を使わなければならないので、自分が直接「点検」するよりも、他人に「点検」させた成果を使うほうが効率がよいと考えることもあります。
したがって、「点検」は「計画」ほどには留保されないと言えます。
- 普通点検は実行よりも委譲されることが少なく、計画は実行と点検のいずれよりも少ない。
責任の配分に及ぼす影響
差等をつけた委譲は、組織構造の全体に及びます。
取締役会は社長に「実行」の一切を委譲し、かつ「点検」のほとんどを委譲しますが、「計画」のうち重要な部分は留保するのが一般的です。
社長は、自分に委譲された「実行」と「点検」の大部分もしくは全部を再委譲することになるでしょうが、「計画」のうち重要な部分、少なくとも「決定」の領域について留保します。
通常、「計画」は再委譲が進むにつれて順次に減少し、最終段階ではほとんど皆無になります。「計画」ほどではないにしても、「実行」に比べれば「点検」は留保されると考えてよいでしょう。
それゆえ、経営活動の部面に差等のあることが委譲の正常な姿であるということになります。
ただし、諸部面が分離できるのは、ある程度までのことに過ぎません。諸部面は密接に関係し合っていますから、委譲される「実行」と切り離して、「計画」もしくは「点検」の全部を完全に留保するというのは不可能と考えられます。
委譲者に留保されるのは、諸部面のうち分離が容易であり、かつ分離するのが有利だと判断される部分に限られるということです。
責任の範囲
各責任は、経営活動の諸部面(計画、実行、点検)のうち、いずれか一つに主として関係があります。
ある責任が諸部面の全部を含むときには、主として「実行」に当てられると理解されます。なぜなら、その責任の目的達成に最も密接に関わりを持つのは「実行」だからです。
「責任の範囲(extent of responsibility)」とは、その責任に含まれる経営活動の要素の集合を意味します。責任を平面に例えたときの、その内部の一定の領域(面積)に相当します。
責任の範囲が規定されるとき、通常、部面としては「実行」を受け持つ範囲を意味していると理解されます。例えば、責任の範囲が「営業」であれば、営業を実際に行うことと理解されます。
もちろん、責任の範囲が「営業」(の「実行」)であれば、通常、付随する「計画」や「点検」が全く含まれないとは考えられませんが、その委譲者には、営業の「計画」や「点検」の責任が一定程度留保されていると考えられます。
再び責任を平面に例えると、責任の範囲が「営業」と規定されている場合、その中に含まれる各部面の面積は、「実行」が最も大きく(委譲者の留保責任はほとんどなく)、「点検」はそれより小さく(委譲者に一部留保され)、「計画」は最も小さい(委譲者の留保責任が最も大きい)、というのが一般的です。
責任の度合い
「責任の度合い(「degree of responsibility」)」とは、その責任が主として関わりを持つ部面の範囲に対して、他の二部面の持つ割合の程度を表します。
責任の範囲を平面に例えると、通常の責任では「実行」の面積が最も大きく、次いで「点検」が大きく、最も小さいのが「計画」になることが多いですが、責任の主要部面である「実行」の面積に対して、「計画」や「点検」の面積が小さければ、「責任の度合いは小さい」と表現されます。
この場合に、主要部面である「実行」の面積に対して、「計画」や「点検」の面積が大きくなるほど、「責任の度合いが大きくなる」と表現します。
委譲者の留保責任の立場で見ると、「計画」が主要部面であり最も大きく、「実行」の部面がほとんどないということになれば、「責任の度合いは小さい」ことになります。
責任を規定するときは、責任の範囲と度合いの両方を明確にすることが重要です。
留保した部面と監督との区別
「監督」は、委譲した責任が受任者において適切に遂行されるようにする委譲者の権限です。委譲者の留保責任は、委譲者が自ら遂行する責任なので、「監督」とは無関係です。
ところが、ここに混同が起こることがあります。それは、ある責任の「実行」を委譲しているにもかかわらず、その責任の「計画」や「点検」の一部を留保している場合です。委譲者に留保されている「計画」や「点検」の部面が、「監督」と混同されがちなのです。
ある責任の「実行」を全面的に委譲し、「計画」と「点検」を部分的に委譲しているなら、委譲した「計画」と「点検」に関しては、受任者に履行義務があり、委譲者はその監督義務があります。
しかし、委譲者に留保された「計画」や「点検」の部分があるなら、委譲者がそれを直接遂行する義務があります。
受任者は、委譲者が定めた「計画」に従って、自らに委譲された部分的「計画」と「実行」を遂行する義務があります。そして、受任者に委譲された「点検」を遂行し、最終的に委譲者の「点検」を受けることになります。
委譲者が最初に行う「計画」と最後に行う「点検」は、委譲者が自ら遂行する責任であり、その間で受任者が行う部分的「計画」・「実行」・部分的「点検」に関しては、委譲者は監督する責任があります。
「計画」と「点検」について、留保された責任と委譲された責任の区分が曖昧になりがちなので、規定を明確にしておく必要があります。
それでも、その時々に応じて委譲者と受任者が協議しながら進めざるを得ないことは少なくありません。
責任の度合いを変えること
委譲する責任の範囲は、基本的に「実行」のための追加的な努力が求められることが動機になって規定されることが多いので、その範囲は自ずと限定されます。
しかし、責任の度合いは、責任の範囲ほど制約は大きくないことが多いので、「計画」や「点検」の委譲を増減することで、受任者の自由裁量の余地を調整することがある程度可能です。
責任の度合いをこのように調整することは、受任者の動機づけに大きく関わることになるでしょう。
委譲の数に及ぼす影響
委譲者の努力は、監督および自分の留保責任に傾注されます。委譲した課業につき部面の相当な部分を留保すれば、委譲者が監督に向けることができる力量はそれだけ少なくなり、委譲者がなすことのできる委譲の数は減少することになります。
逆に、委譲者が高い度合いの責任を委譲すれば、留保責任がそれだけ小さくなるため、監督に向けることのできる力量がそれだけ大きくなり、委譲の数もこれに応じて多くできることになります。この場合、受任者たちに要求される力量が大きくなります。
また、受任者の力量が大きければ大きいほど、委譲できる責任の度合いを大きくでき、また、監督に向ける必要のある力量も小さくできるので、その分、委譲の数を増やすことができます。
一般に、委譲者は、責任の委譲に当たって、次のいずれかの選択をすることができます。
一つは、多数の受任者に高い度合いの責任を委譲することです。これは、 委譲者の留保責任を小さくすることで、監督できる受任者の数を増やす方法です。委譲者が元々持っていた責任の範囲が多数の受任者に細かく分割されるので、そこから先の再委譲の段階数を減らすことができます。
もう一つは、少数の受任者に低い度合いの責任を委譲することです。これは、委譲者の留保責任を大きくして、監督できる受任者の数を減らす方法です。委譲者が元々持っていた責任の範囲が少数の受任者に比較的大きい単位で分割されるので、そこから先の再委譲の段階は増えることになります。
委譲の段階を経るに従い、責任の範囲は分割されていき、一人ひとりの割当分は狭くなっていくという前提があることに注意する必要があります。
責任の段階が少ない(組織がフラットになる)ほど、一人ひとりに要求される力量は大きくなります。