意思決定のプロセス

意思決定は、決断力やスピードがよく重視されます。経営者の天才性が注目されがちです。

マネジメントをマネジメントたらしめるのは意思決定です。意思決定は、マネジメントにとって身につけなければならない能力であり、天才を期待すべきものではありません。

ドラッカーは、意思決定を習慣的な能力と位置づけています。体系的なプロセスが存在し、それに従って実行する習慣を身につけることによって学ぶことができる能力です。

スピードを重視することは間違いです。スピードが重視されるのは、意思決定の数が多すぎるからです。数が多すぎる理由は、意思決定すべき重要な問題に集中していないからです。

体系的なプロセスに従うことによって、意思決定すべき問題の数を絞り込み、問題の解決を権限委譲し、結果的に成果をあげながら時間を節約することが可能になります。

意思決定の基本原則

体系的プロセスによる意思決定

意思決定は、勘や経験で行うものではありません。いくつかの明確な要素と手順から構成される体系的なプロセスとして行わなければなりません。

プロセスを適切に踏む習慣によって、意思決定の能力もまた磨かれていきます。

重要な意思決定に集中

意思決定が成果をあげるためには、意思決定の数を絞り込む必要があります。

個々の現象としての問題を対処療法的に解決しようとするのではなく、その背後にある問題の根本について理解し、解決しようとしなければなりません。さもないと、同じ根本原因による問題が形を変えて繰り返し起こることになります。

問題に追われ、貴重な時間が浪費されます。

実行まで含めた意思決定

意思決定のプロセスで最も時間がかかるのは、決定を実施に移す段階です。実行まで含めた意思決定が必要です。

集中の原則にしたがって、問題の根本に関わる一般的・基本的な意思決定に注力しますが、実行は可能な限り実務レベルに近いところに位置づけることが成果をあげるうえで必要です。

意思決定のプロセス

ドラッカーは、成果をあげる意思決定として5つのステップを示しています。

問題の種類を知る

重要な意思決定に集中するためには、まず問題の種類を見極め、それに応じた意思決定を行う必要があります。

問題には、大きく分けて次の2つの種類があります。

  • 一般的・基本的な問題
  • 例外的な問題

2つめの「例外的な問題」とは個別に対処すべき特殊な問題であり、個別の問題としてその都度意思決定することになります。

ただし、例外的な問題は決して多くありません。本当に例外的な問題なのかをよく吟味することが必要です。

よくある間違いは「一般的・基本的な問題」を例外的な問題の連続として見てしまうことです。その場しのぎで処理し、問題が繰り返されることになります。

「一般的・基本的な問題」こそ、成果をあげるために集中すべき重要な意思決定です。実際に問題の多くはこれに該当しますが、一般的・基本的な問題として見る習慣が欠けているため、安易に例外的な処理に走ってしまいます。

常に問題は一般的・基本的であるという前提に立ち、目の前で起こっている問題はその症状の一つではないかととらえ、本当の問題を探す習慣をつけなければなりません。より高いレベルで解決しようと努力することが必要です。

  1. 時間をかけて問題の基本、根本、本質を理解する
  2. 原則・方針・手順、すなわち問題の解決の仕方を意思決定する(高いレベルの意思決定)
  3. 個々の問題は、それらに基づいて解決する(低いレベルの意思決定=高いレベルの意思決定の適用)

高いレベルの意思決定は、対処療法に比べたら時間を要するため敬遠しがちになりますが、同じ問題をその都度例外的に対処するのに比べたら、個々の問題の解決は実務レベルに委譲でき、処理も速くなります。結果として実質的な意思決定の数を減らすことができ、大幅な時間の節約になります。

また、仮に臨時の即席な意思決定のつもりで行ったとしても、その後も慣例として踏襲され、生き残ることも稀ではありません。

「これが長期の基本的な問題であっても本当にそうするだろうか」と問うことが大切です。

一般的・基本的な問題には、さらに次のような種類があります。

  • 何度も起こること
  • 基本的な問題の兆候として起こること
  • 当事者にとっては例外だが、他でもよく起こること
  • 基本的な問題の最初の現れ

2番目の問題として、ドラッカーは、生産工程でのパイプの継ぎ手の漏れを例としてあげています。例外的な問題ととらえると、その場所の不具合の修理で終わりますが、その後も別の場所で類似の問題が繰り返し起こることがあります。根本的な問題は継ぎ手ではなく、パイプを流れる流体の圧力や温度である可能性が考えられます。

3番目の問題として、ドラッカーはM&Aをあげています。個々の企業では例外的な問題ですが、企業全般ではよく起こる問題ですから、他での経験から学ぶことができます。

4番目の問題は、1番目の問題と基本的に同じです。これまで繰返し起こったことか、これから繰返し起こることかの違いです。方針や手順を意思決定し、個々の問題は実務レベルでの解決に委ねます。

問題の種類を知るうえで間違えやすいのは、新しい種類の問題を昔からの問題ととらえ、古い原則を適用してしまうことです。理解が不十分で、そもそも問題を間違ってとらえることもあります。

ですから、方針の中で、問題が滿たすべき条件を明かにしておきます。

結果の評価も重要です。意思決定の期待を書き留めておき、結果をフィードバックします。説明できないこと、非定型的なこと、期待と違っていることが起こっているなら、改めて問題を検討し直すことが必要になります。

必要条件を明確にする

意思決定の目的を明らかにし、達成すべき具体的な目標と、最低限満足すべき条件を設定します。目標や条件は複数設定されることが多いので、それらの間に矛盾がないことが重要です。矛盾があれば、最初から目的は達成できません。

条件は、意思決定を放棄するための判断基準ともなります。条件を満さないことが明らかになったら、直ちに代替案の実行に切り替えます。そのためにも、意思決定に当たっては、複数の代替案を俎上に載せたうえで検討することが必要になります。

なお、必要条件は明確な事実によって確認できるものではなく、事実の解釈に基づきます。ですから、間違う危険があることも理解しておかなければなりません。

何が正しいかを知る

意思決定に当たっては、最初から妥協を考えてはいけません。受け入れられやすいかどうかで判断してはいけません。

誰が正しいか、誰の意見が正しいかで判断することは、妥協することと同じです。関係者の意見を俎上に載せつつも、それらをそのまま代替案として選択しようとするのではなく、それらを基にさらによい案がないかを検討し、複数の代替案に練り上げていかなければなりません。

最終的に妥協が必要な場合は多いですが、何が正しいかをまず知らなければ、正しい妥協さえできません。

行動に変える

意思決定は、実行に移すところで最も時間がかかりますので、最初の段階から、行動への取り組み、実現の手段を組み込んでおくことが必要です。

  • 誰がこの意思決定を知らなければならないか
  • いかなる行動が必要か
  • 誰が行動をとるか
  • その行動はいかなるものであるべきか

2番目と4番目の違いは、前者が「必要な行動、なすべき行動」であるのに対し、後者が3番目の実行者を前提とした「なし得る行動」を意味します。つまり、その行動をとるべき人たちの能力に合ったものかどうかです。

さらに重要なこととして、意思決定の内容に合わせて、人事評価の基準、仕事の水準、動機を変えなければなりません。旧態依然の人事を行うなら、やる気がないと理解されます。意思決定が実行され、成果をあげることはありません。

フィードバックを行う

人は間違いを犯します。意思決定の時点で正しく、大きな成果をあげたとしても、やがては陳腐化します。

ですから、意思決定の期待を書き留めておき、成果を定期的にフィードバックすることが必要です。

フィードバックにおいて重要なことは、データや報告書に頼るのではなく、実際に現場に出かけて行って確かめることです。

コンピュータ技術の進展により、ますます現場で確かめることが重要になります。抽象化されたものが信頼できるのは、具体的な事実によって確認されたときだけだからです。