働くことは人の活動であり、人の本性でもありますから、生き生きと働けるようにすることが大切です。
仕事は客観的な存在ですから、論理的に検討し、明らかにすることができます。
しかし、働くことは人の活動ですから、論理ではなく力学が働きます。つまり、人と人との様々な力関係が作用し、論理では割り切れない複雑な問題を抱えることになるのです。
働くことの5つの側面
働くことの力学には5つの側面があると、ドラッカーは言います。働く者が生産的になるためには、これらすべての側面で成果をあげなければなりません。
生理的な側面
人間の身体に関わる側面です。
- 1つの動作だけをさせられると著しく疲労します。いくつかの作業を組み合わせた方がよく働けます。
- 同じスピードとリズムで働くことに適していません。スピードとリズムを変えるとき、よく働けます。しかも、あらゆる人にとって共通のスピード、あるべきリズムというものはありません。
働くことには多様性が必要です。スピード、リズム、持続時間、手順などを自分で変えられる余地を残しておくことが大切になります。
心理的な側面
働くことに対する人の気持ちは複雑です。重荷にもなりますが、人の本性でもあります。人格の延長であり、自己実現の表現です。
働くことを通して、人は自分を定義し、自分の価値を測り、自分の人間性を知ることができます。
失業が人を傷つけるのは、金銭ではなく尊厳のためであると、ドラッカーは言います。
社会的な側面
組織社会では、働くことが人と社会をつなぐ主な絆になります。集団に属して仲間をつくる欲求を満たす手段です。社会における位置づけさえ決めます。
経済的な側面
人は、働くことによって賃金を得て、生計を立てるための資にします。
一方で、組織は、人に働いてもらうことによって、経済活動のための資本(資金)を生み出します。資本はリスクに対する備えであり、将来の職場をつくります。
働く人たちに直接支払われる賃金と、組織に蓄えられる資本は、直接の競合関係になります。両者のバランスをとることが重要です。
さらに、賃金そのものの中に埋めがたい根本的な対立があります。「生計の資としての賃金」と「コストとしての賃金」との対立です。
生計の資の面では、安定的、継続的であって、生計費や欲求、社会的地位に見合っている必要があります。
コストの面では、産業と企業の生産性に見合っていることが必要です。財やサービスに競争力を持たせ、市場に適応できるだけの柔軟性が求められます。顧客によって決められるべきものです。
この対立を緩和する方法として「従業員所有」、いわゆる社員持株制度が利用されています。働く者に業績への利害関係を持たせようとするものです。
この方法は100年以上行われていますが、ドラッカーによると、うまく行っていないといいます。あらゆる利益分配制度に共通して同様のことが言えるといいます。
なぜなら、業績好調のときにしか有効に働かないからです。社員持株制度の場合、株価が上がり続ける状況でなければうまく行かないということです。
従業績が悪化すると、働く者のやる気を高めるどころか、生計としての賃金とコストとしての賃金の対立が再燃すると言います。
現実の問題として、社員が会社に所属し得る数十年の間、業績が好調であり続けることは不可能です。企業は、長期的にさまざまな問題を抱えるものだからです。
その都度株価が下落するならば、著しく社員の意欲を削ぎ、企業に背を向けることになります。それどころか、自分たちが経営者の資金調達の一手段として利用されていると見なすようになります。
事実、社員持株制度は、社員を利用した安易な資金調達手段として活用されているという意見もあるようです。
しかも、現代は、社員の労働寿命よりも企業の寿命のほうが短いくらいです。企業がなくなれば、株は紙切れになってしまいます。
働く者にとってより重要なのは、利益の配分ではなく「雇用の安定」であると、ドラッカーは指摘します。
政治的な側面
集団内で働くことには権力関係が伴います。
- 誰かが職務を設計し、組み立て、割り当てますから、決定する力を持つ者と、持たない者が生じます。
- 仕事は順序に従って遂行されますから、管理する者と管理される者が生じます。
- 仕事ぶりにより昇進したり、しなかったりしますから、上司と部下が生じます。
これらの関係は権力を伴い、支配と従属の関係、様々な人間関係の軋轢を生み、人を疎外する要因になります。組織に必然のものであって、資本主義や民主主義とは関係ありません。
労働者代表が取締役に就任したら解決できるというものでもありません。
組織の中の人間に経済的な報酬を分配する際にも、政治的な側面としての権力が必要になります。決定権を持つ中央集権的な権力が必要です。
組織は社会のための機関であり、組織の外に対して満足をもたらして収入を得なければなりません。外から得た収入を組織内に分配することは、機械的にできることではありません。
収入を個々人の貢献に直接結びつけるための厳密な測定手段はありませんから、需給、慣行、伝統その他の諸要因を考慮した政治的な決定が必要になります。
すべての側面への配慮
経済的な側面だけを重視して、報酬のみで生産性をあげることはできません。
経済的に困窮している者にとって、報酬は動機づけになります。しかし、経済的な満足が得られると、報酬の動機づけは急激に減少します。
報酬は次第に当然のものとなり、次は、もっと増えていかないことが不満の原因に変化します。
さらには、生活に支障のない金額であったとしても、他の者とのわずかな格差が不満の原因となり始めます。その結果、生産性を低下させます。
あるいは、心理的側面と社会的側面といった人間関係だけを重視してもうまくいきません。いくら人間関係に気を配ったところで、現実には、仕事が人間関係を支配します。
配置や仕事自体が、人間の心理や組織内での関係に影響を与えるものであり、人間関係だけでそれを補うことはできません。
これら5つの側面は、どれも異質でありながら等しく重要です。すべてに配慮しなければなりません。