産業構造の変化

産業や市場の構造は、内部の者にとっては秩序そのものであり、永遠に変化しないかのように錯覚しがちです。

ですから、なおさら変化を脅威ととらえ、抵抗しようとし、適切に利用することができません。結果的に、外部の者がその変化を利用して成功しがちです。

変化をイノベーションの機会として利用し、自ら事業を変える勇気を持つ者だけが生き残り、成長していくことができます。

大切なことは、強みを生かす明確な戦略を実行することです。

産業構造の脆弱性

産業や市場の構造は確固としたものであり、非常に安定的に見えるものです。特に、その中に生き、その仕組みの中で仕事をしている内部の人にとっては、それこそが秩序であり、価値や行動の基準であり、不変の法則のようにさえ思えて、永久に続くものであるかのように見えます。

でも、現実は違います。産業や市場の構造は脆弱であり、小さな力によって簡単に、しかも瞬時に解体します。

構造変化は、内部の者には脅威に映ります。秩序の崩壊であり、あってはならないことであり、あり得ないことと映ります。ですから、時に見て見ぬ振りさえします。

気づいたとしても、一時の気まぐれであるかのように見ます。そうに違いないと自分に言い聞かせ、そうであってほしいと願います。また、変化はゆっくりとしたものに見え、最初のうちは、ほとんど影響はないようにさえ見えます。

ところが、外部の人間は、産業や市場の構造には全く無関心です。ましてや、それらを維持することに価値を感じません。新たな価値が提示されれば、何のためらいもなく乗り換えます。

最初は一部の人たちが関心を示すだけで、変化はわずかで脆弱に見えますが、確実に浸透し、影響力のある人たちも動かし始めます。秩序で守られた内部の人にははっきり見えませんが、変化は確実に大きく成長していきます。

変化がある臨界点を超えたとき、一気に大衆を動かし始めます。内部にいる人たちにはっきりと見えるようになったとき、もはや手遅れとなります。

構造変化は、外部の者にははっきりと機会に見えます。機会を利用できた者には大衆が従い、内部の抵抗は空しく終わります。イノベーションを行う外部の者は、さしたるリスクを冒すことなく急速に大きな勢力を得ることができることになります。

イノベーションの機会を生かす戦略

産業と市場の構造変化はイノベーションの機会です。ただし、構造変化の機会をどのように利用するかは、企業の強みや価値観によって異なります。答は一つではありません。

ドラッカーが紹介している自動車産業の例が典型的です。自動車産業が目覚ましく発展したとき、全く異なる戦略をとった4つの企業が成功しました。

  1. ロールスロイスは手作業による生産に戻り、王族の象徴となる車に特化しました。
  2. フォードは、T型フォードの大量生産に集中しました。
  3. GMは、あらゆる階層を顧客とすることを決め、それぞれの階層に相応しい製品ラインを提供しました。
  4. フィアットは、軍の将校用車両に特化しました。

自動車産業が、それぞれの国内で成長した後、グローバル展開が始まったときも、グローバル戦略で成功した企業もあれば、国内市場に特化することを選択してさらに成功した企業もありました。

同じ産業構造の変化を利用しても、成功は全く異なる方法で達成されました。ドラッカーが見ても、いずれの成功も甲乙つけ難いと言います。

大事なポイントは、強みを生かす明確な戦略を定め、勇気をもって自らの事業そのものを大きく変えるための行動を起こしたことです。

失敗した企業に共通していたのは、選択を拒否し、戦略をもたなかったことでした。

成功には、規模の大小も無関係でした。小規模企業でも、明確な戦略で自社をポジショニングした企業がニッチを創造し、生き残りました。

産業構造の変化が起こるとき

イノベーションの機会となり得る産業構造の変化は、その産業が急速に成長するときに起きます。ドラッカーによると、経済成長や人口増加を上回る速さで成長するとき、遅くとも規模が2倍になる前に、構造が劇的に変化すると言います。

内部にいる者は、産業の成長に合わせて業績も伸びているため、誰もそれを変えようとは考えません。

しかし、構造が変化すると、産業の質そのものが不可逆的に変わってしまうため、それまでの市場の捉え方や対応の仕方では不適切になってしまいます。それにもかかわらず、報告や数字は古くなった市場観に従ったままであり、自らを変えることができません。

その他、

  • いくつかの技術が合体したとき
  • 仕事の仕方が急速に変わるとき

にも、産業構造の急激な変化が起こります。

イノベーションの効果が大きくなるとき

産業構造の変化を利用するイノベーションは、その産業が一つあるいは少数の生産者や供給者によって支配されているとき効果が大きくなります。

なぜなら、そのような生産者や供給者は傲慢になりやすいからです。新規参入者が現れても、取るに足りない素人に見えます。新規参入者のシェアが増大を続けても、対策を講じることなく、市場の中で成長しつつある分野の方を軽く見ます。

その結果、これまでの仕事の仕方にしがみつき、急速に陳腐化し、機能しなくなるまで分かりません。その間、イノベーションを起こした者は放って置かれることになります。

単純なものが成功する

産業や市場の構造変化を利用するイノベーションは、複雑なものではうまくいきません。市場がついて来れないからです。

ドラッカーは、フォルクスワーゲンの例をあげています。

フォルクスワーゲンは、当時、きわめて先端的で優れたグローバル戦略を構想しました。今では当たり前となっている生産のグローバル最適化を図ろうとしましたが、労働組合の反対に会い、市場にも受け入れられませんでした。

単純で具体的なイノベーションが成功します。市場にとって具体的で分かりやすいポジショニングでなければなりません。