原価の低減 − 「トヨタ生産方式」とは何か?④

トヨタ生産方式の基本思想は「徹底したムダの排除」です。原価低減につながってこそ、ムダが排除されたことになります。そして、原価を低減してこそ利益が得られます。

トヨタ生産方式の事実上の生みの親である大野耐一氏は、「原価主義」による価格設定を戒めます。かかった原価に利益を上乗せして販売価格を設定する方法はよくないということです。

市場では自由競争が行われており、顧客が製品を選ぶに当たって、原価は全く関係ありません。その製品が顧客にとってどれだけの価値があるかだけが問題です。

顧客がその製品に認める価値によって価格が決まるのであり、その価格で利益が出るように原価を低減しなければなりません。これが「効率」です。

大野氏曰く、低成長時代のコスト・ダウンに奇策はありません。人間の能力を十分に引き出して、働きがいを高め、設備や機械をうまく使いこなして、徹底的にムダの排除された仕事を行うという、ごく当たり前でオーソドックスかつ総合的な経営システムが要請されています。

余力を作る

ムダの排除は、具体的には人と在庫を減らし、設備の余力をはっきりさせ、二次的なムダを自然消滅させることによって、原価低減を実現させようとするものです。

大野氏は、生産能力に余力を作ることを重視します。余力は、ごく僅かなコストで他の有用な活動に人や機械を活用できることを意味するので、経済的に有利になるからです。

例えば、余力があると段取り替えの時間が取れますので、少ロット化が実現しやすくなります。

大切なことは、余力を常日頃からはっきりさせ、余力を捻出するような改善を心がけることです。

「認識」の重要性

ムダを排除し、余力を作るために大野氏が重視するのは、生産現場の作業内容を「認識」することです。

「認識」は、単に見て知ることではなく、対象物に対して積極的に迫り、本質を掴み取ることです。その全体像をつかみ取り、かつ部分の役割と機能を把握することです。

「なぜ」を5回を繰り返す

「なぜを5回繰り返す」というのは、トヨタ式の科学的接近の態度です。

5回の「なぜ(why)」を自問自答することによって、ものごとの因果関係や、その裏にひそむ本当の原因を突き止め、「どうすればよいか(how)」を考えます。これがトヨタの「5W1H」です。

生産現場では「データ」もさることながら「事実」が最も重要です。データは必ずしも事実を語るわけではありません。データを基に5回の「なぜ」を繰り返し、事実に迫ります。

ムダの徹底的分析

「ムダ」とは、作業をしていく上で何ら必要のないものです。ムダを徹底的に排除するためには、次の2点を踏まえる必要があります。

1.能率の向上は、原価低減に結びついて初めて意味があります。そのためには、必要なものだけをいかに少ない人間で作り出すか、という方向に進まなければなりません。

2.能率を、一人ひとりの作業者、そしてそれが集まったライン、さらにはラインを中心とする工場全体という目で見ると、それぞれの段階で能率向上がなされ、その上に全体としても成果があがるような見方、考え方で能率アップが進められなければなりません。

一人ひとりの作業者で見ても、ライン全体でみても、本当に必要なものだけを仕事と考え、それ以外をムダと考えるならば、次の関係式が成り立ちます。

現状の能力 = 仕事 + ムダ 、作業 = 働き + ムダ

最初の式は、作業者の現状の能力の一部が「ムダ」なことに浪費されているということです。次の式は、作業の中には成果を生まないムダな動きが含まれているということです。

「働き」とは、工程が進み、仕事が出来上がっていくことがはっきりと認識されることです。

「仕事」と「作業」の関係については、「仕事」が様々な「作業」に分割され、「作業」の体系的な集まりが「仕事」であると言ってよいと思います。

「作業」はさらに「付加価値のない作業」と「付加価値を高める正味作業」に分けることができます。

「付加価値のない作業」とは、本来ムダに分類されるべきものですが、現状の作業条件ではやらざるを得ないものです。部品を取りに行く、外注部品の包装を解く、押しボタンの操作などです。

「付加価値を高める正味作業」は、対象物に対し、変形、変質、組付けなど何らかの加工によって価値を付加することです。これが「働き」に対応するでしょう。

さらに、生産現場では、標準作業以外の例外的作業として、設備・治具の不具合の修正、不良品発生の手直しなどがあります。

これらの違いを明確に「認識」することが大切です。

そのうえでムダをゼロに近づけ、工数削減を行い、「付加価値を高める正味作業」の比率を100%に近づけていくことです。これが能率向上です。

大野氏が考えるムダには、次のようなものがあります。

  1. 作り過ぎのムダ
  2. 手待ちのムダ
  3. 運搬のムダ
  4. 加工そのもののムダ
  5. 在庫のムダ
  6. 動作のムダ
  7. 不良を作るムダ

最も恐ろしいムダが「作り過ぎのムダ」ですから、必要数だけしか作ってはいけないという大前提があります。トヨタ生産方式は、余剰人員をはっきりと浮き出させるシステムでもあります。

だからといって、トヨタ生産方式は首切りの手段として使うものではありませんから、余剰人員をはっきりとつかみ、有効に活用することが経営者の責務です。

その前提があれば、作業者のとっても意味もないムダな作業を除くことは、一人ひとりの働きがいを高めることにつながります。

標準作業

ムダを明らかにするためには「目で見る管理」を徹底させる必要があります。その基本となるのが「標準作業」です。

標準作業を基にして、設備の内容、機械の配置、加工方法の改善、自働化の工夫、治工具の改良、搬送方法の検討や仕掛品手持ちの適正化などによって、ムダの徹底的な排除を行います。

標準作業では、①サイクル・タイム、②作業順序、③標準手持ち、の三要素が明確にされます。

設備の経済性

「経済性」とは、徹底したムダの排除であり、原価低減につながるものでなければなりません。最も恐るべきムダは「作り過ぎのムダ」であることを忘れてはいけません。

経済性を考えるときに、安易に高性能・高性能な機械の導入を決定してしまうことが多いのですが、これが結局、現状のムダを覆い隠すだけdなく、作り過ぎのムダを生じさせてしまうのです。

まず現状の作業手順をいろいろ変えてみて、人間の働きが流れの上に反映できるようなレイアウトをデザイしてみることです。

ムダの代表は、人、在庫、設備のムダです。これらのムダが原因となって、二次的なムダが生じます。中でも最も大きなムダは、在庫のムダ(過剰在庫)です。

在庫のムダは、保管場所のムダ、運搬のムダ、設備のムダ、棚卸作業のムダ、破損品のムダ、売り損じのムダ、事務作業のムダ、情報システムのムダ、人のムダ、経費のムダを生みます。どれも個別に考えると合理的な理由づけが可能なものばかりのため、隠れて見えなくなってしまうのです。

トヨタでは、各工程内の「標準手持量」を定め、これが常に保持されるように、各工程内が連動した状態で機械が稼働するシステムを構築します。これが「作り過ぎのムダ」を防止するシステムであり、「フルワーク・システム」と呼ばれます。

年功の設備を大切にする

大野氏は、人間と同様、年功を経た機械を大事に使うことを提唱します。設備の価値は、使用した年数や型式の古さなどで決まるのではなく、どれだけ稼ぐ力を維持しているかによって決まるからです。

十分な保全を施さず、瀕死の状態に追い込んだ設備を前に様々な経済性計算をして、「更新したほうが得である」と結論づけることを言語道断であると断じます。

十分な保全さえ実施していれば、たとえその保全に費用が発生しようとも、買い替えたほうが安くつくなどという話はあり得ないといいます。要するに「知恵がないから余分な設備を持ちたいだけではないか」ということです。

日頃からの十分な保全と、創意工夫による独自の改良によって、機械の寿命は相当程度延命させることができます。現に、トヨタには最新鋭の機械ばかりが揃っているのではなく、他社であればとうに処分されているであろう機械が現役で稼働しているといいます。

「省力化」ではなく「省人化」、そして「少人化」へ

コスト削減は「省力化」ではなく「省人化」です。部分的な自動化によって人力を緩和したり工数を削減したりしても、その省力化が例えば0.5人分であれば、人は減らせないからです。

削減した労働力の分、ただ人が楽になったというだけであれば、結局、コストを削減しているのではなく、自動化の分コストが増えたのです。

大野氏によると、こういうことが起こる理由は、現状の作業を前提に、設備改善をしようとするからです。結局、作業の問題を自動化で覆い隠しているだけであり、コストは逆に高くなるのです。

まずやるべきは徹底した作業改善です。それから設備改善を考えます。

トヨタでは、「省人化」をさらに進めて「少人化」に取り組みます。「省人化」は、例えば従来10人でやっていた仕事を8人でやれるようにするという意味です。「少人化」は、生産量に対応して、5人でも3人でもやれるようにすることで、定員化しないやり方です。

「少人化」のためには、レイアウト・作業訓練(多能工化)、設備の制約の改善など、数多くの改善の積み重ねが平生から行われていなければなりません。

少人化に関連して、「離小島をつくるな」と言われます。工場の機械群の中にポツンポツンと作業員がいると、チームワークが取れないからです。

一人だけの仕事があるなら、それらを5つや6つ集めて、チームワークが発揮できるようにします。このように互いにフォローし合える環境を作ることで、少人化が本物になるといいます。