アメリカ人の経済的豊かさを左右するのは、もはやアメリカ人が所有する企業の収益性やその産業の強さではなく、その技能と洞察力を通じてグローバル経済に付加する価値です。アメリカ人がする仕事自体が価値の源泉です。
アメリカ人の仕事は、グローバル経済の中で果たす機能とその付加価値から見て、主に、ルーティン生産サービス、対人サービス、シンボル分析的サービスの3つの職種に分類されます。
国、産業、企業の単位ではなく、それぞれの職種に属する人々が、グローバル経済の中で独自の競争の場を持つのです。
その結果、同じアメリカ人であっても、グローバル経済の中で幸福になる人々がいる一方で、不幸になっていく人々もいることになります。
第三の職種であるシンボル分析的サービス(新しい問題を解決し、発見し、媒介するサービス)に従事する人、すなわち「シンボリック・アナリスト」が、世界経済の中で成功を納めつつあります。
最近の所得不均衡化の趨勢
アメリカ人の所得階層分布は、1950年代から60年代を通して、真ん中が最も高く、左右に拡がるに従って緩やかに低下して水平に至る、左右対称の山型の曲線に似ていました。
1970年代半ばから新しい傾向が始まり、1980年代以降、その流れは急加速しました。富裕層がますます裕福になっていく一方で、中位所得層の所得が低下することによって、曲線の頂上が貧困のほうへ移動し始めたのです。結果的に、多くのアメリカ人が貧しくなっていきました。
先進国に共通の貧富の差の拡大
所得の不平等化の趨勢を説明するのに、様々な理由があげられてきました。
一つは税制です。利用者負担の公共料金が上昇しました。社会保障税が逆進的に働き、低所得層により重くのしかかっているとも指摘されています。富裕層は、頭の良い税法専門家を雇うことができるので、所得を隠すための技巧を凝らすことができました。税制上の抜け穴自体が増えていきました。
低所得の片親家庭、低所得世帯の増加も、不平等化の説明として注目されました。母子家庭の増加が低所得世帯の増加につながっていると見られがちですが、必ずしもそうではありません。母子家庭は確かに増加しているものの、その中での貧困層より両親の揃った家庭での貧困層が増加しました。
ベビーブーム世代の未熟練労働者と女性労働者に根拠を求める説もありました。彼らはより熟練した、経験を積んだ労働者よりも賃金が低かったのは確かでしたが、賃金格差が最も拡大した時期は、彼らの労働市場進出がすでに終わった後でした。
所得の不平等化は、アメリカとは異なる税制や福祉政策、異なる人口動態を示す先進国においても認められました。
第三世界においても、エリート層は、代々続いた裕福な大地主の子孫というよりも、自らの職業を通じて富を得てきた人たちである場合が増えました。
仕事の質による所得格差
所得の不平等化は、すでに職を持っている人たちの間でも劇的に進行しています。職がないことが貧困の理由であるとは限らなくなっています。
長期的に見て重要なのは、仕事の量ではなく質です。アメリカ人所有企業において、現場労働者の平均時間当たり所得額が減少している一方で、トップ経営層の報酬は大きく跳ね上がりました。
教育水準による所得格差
所得格差の拡大は、教育水準とも密接に関連しています。アメリカにおいて、高卒の学歴しかない人の実質賃金は低下していますが、男女間の賃金格差は縮小しています。
貧富の差の拡大は、それぞれの仕事で得る収入の分散傾向に関係しており、その分散傾向は教育程度から来ていると考えられます。
グローバル・ウェブの出現
20世紀半ばまで、主要な産業それぞれの中心部にある巨大なピラミッド型企業が、価格や投資を調整し合っていたので、過酷な競争は回避され、健全な収益が維持されていました。
収益の大部分は中間管理層や生産労働者に分配されました。ストによる作業の中断は大量生産システムにとって影響が大きかったので、組織労働者たちは生産への協力を約束するのと引き換えに、より大きな見返りを引き出すことができました。
ところが、中核企業は急速に変貌し、問題解決、問題発見、戦略的媒介から最大の利潤をあげるグローバル・ウェブへと分解しつつあります。
運輸および通信のコストが低下し、標準化製品の大量生産では利益幅が小さくなりつつあります。近代的な工場と最新の機械は世界中のどこにでも設置が可能となりました。
旧来の標準化製品の大量生産で利益をあげるために、労働力が安く、しかも手に入れやすい場所を世界中探し回らざるをえなくなりました。
ルーティン生産業務が先進国から開発途上国に移転したことによって、それまで失業や低賃金に喘いでいた国々の多くの労働者には大いなる福音となりました。
これらの労働者は、今では先進国からシンボル分析的サービス(高度な製品にそれが組み込まれている場合もあります。)を買えるだけの金を稼いでいます。世界中の消費者が、大量生産の標準化製品(情報やソフトウェアを含みます。)をより安く入手できるようになりました。
これらの恩恵の影で、アメリカのような先進国のルーティン生産労働者は、他国の同種労働者とまともに競争する羽目に陥り、以前ほど高給のルーティン生産職にありつけない人々が出てくるようになりました。
アメリカのルーティン生産労働者の多くは、かつては、労働組合に属していたかどうかにかかわらず、少なくとも団体交渉による協定に基づく賃上げの恩恵にあずかっていました。
しかし、古いピラミッド型組織がグローバル・ウェブへと分解してしまった結果、従来あった交渉力も失われてしまいました。
アメリカでの新規雇用の増加にもかかわらず、労働組合の加入人員は減少しました。それに合わせて、労使間の協定は次々に、賃金の現状凍結、新規従業員の賃金切り下げ、場合によっては全体の賃金削減を打ち出すことになりました。
ルーティン生産職が最も早々と消滅したのは、伝統的に組合組織化されていた産業(自動車、鉄鋼、ゴム)でしたが、こうした産業の平均賃金はインフレに応じて上昇していました。より年長の労働者の職が先任権制度で守られていたからです。
このことが原因で、まず大学卒以下の新規採用者で組合加入員数の低下が起こりました。そして、組合員と非組合員の平均賃金の格差が急激に拡大しました。高卒あるいは高校中退の学歴しかない場合、恵まれたルーティン生産職にありつくことはまず期待できません。
他方、外国人所有の企業組織網が、米国でルーティン生産をするアメリカ人を少数ながら雇用しました。ただし、これらの工場は高度に自動化されていたので、生産コストに占めるルーティン生産部分の比率はわずかでした。
対人サービスの消長を決める要因
多くの対人サービス労働者は、最低賃金かそれを少し上回る程度しか支払われておらず、結果として、彼らの手取り額は最低というべきです。
給料の良いルーティン生産の仕事を探すことができなくなった労働者が、対人サービスに雇用を求めるほかなくなったということもあります。
対人サービス労働者にとって最も恐ろしい競争相手は省力化機械です。先進国では、次々に新しい対人サービスの仕事が生み出される一方で、古い職種は自動化に取って代わられます。
ただし、今後の人口推移が対人サービス労働者に有利に働く面もあります。一つは、アメリカの労働人口の増加率が鈍化している点です。とりわけ、若年労働者の数は減りつつあります。
もう一つは、65歳以上の老齢人口が増加することです。老人・病人向けの対人サービスに大きな需要が生まれます。ただし、増加する老齢人口には、対人サービスに支払うことができるお金が十分にはないと思われます。
対人サービス労働者の生活水準は、間接的には、彼らがサービスを供給するアメリカ人、すなわち世界中で商売に従事しているアメリカ人の生活水準によって決まります。アメリカ人がアメリカ以外から恵まれた報酬を受け取れば受け取るほど、彼らは対人サービスに気前よく金を注ぎ込みます。
世界で活躍するアメリカ人シンボリック・アナリスト
シンボリック・アナリストの中で中間に位置するのは、アメリカ人の科学者であり、開発研究者ですが、彼らは日々、自分たちの創意をグローバルな企業組織網に売り込むのに忙しくしています。
アメリカにいる多数の経営コンサルタントの洞察力も、ヨーロッパや南アメリカの意欲的な起業家に高い報酬で雇われています。アメリカのエネルギー・コンサルタントの洞察力も、それを上回る金額でアラブの王族たちに買われています。
アメリカ人の設計技術者、マーケティング専門家、商業用不動産ディベロッパー、パブリック・リレーションズの専門家、政治コンサルタント、農業コンサルタント、金融専門家、法律家、経験豊かな経営幹部、エコノミスト、音と映像の専門家など、様々なシンボリック・アナリストが世界の買い手に自らの洞察力を販売しています。
もはや暗黙の約束事はきかない
アメリカがピラミッド型の中核企業によって支配される国内市場を形成していた当時は、高所得層の人々の収入が抑制される要因がありました。
最も明白な要因は、市場が国境内に限られていたことです。また、知的な価値を生み出しても、それらは大規模な生産から得られる価値に対して相対的に小さかったことです。
最大手のアメリカ企業のトップ経営者や外部の顧問に払われる報酬は、低所得の生産労働者と比べてあまり大きな格差を設けることはできませんでした。
衆人監視のなかで労働組合との賃金交渉に携わり、常に政府からの物価抑制の要請に応えねばならない経営者は、自分たちだけが余計に賃金や福利を手にすることはできませんでした。
生産労働者は国内市場の消費者でもありますから、賃金をあまり低い水準に抑えて経済全体の購買力を小さくすることもできませんでした。
ところが、アメリカ企業自体がグローバル・ウェブに変貌したため、その利害関係者はかつてと違ってばらばらの集団へと変わり、世界中に分布しつつあります。
グローバルに拡がった株主は、国内の利害関係者に比べて姿が見えず、声も大きくありません。また、商品やサービスを世界中で販売するようになったため、アメリカ人労働者の購買力の影響が相対的に小さくなりました。
こうして、シンボリック・アナリストの報酬を抑制する国内要因が小さくなる一方、知的に生み出される価値が、規模の効率性によって付加される価値よりも高くなりました。
その結果、アメリカ人のトップ経営者、そのアドバイザー、コンサルタントといった人々の報酬と福利は、他のアメリカ人の報酬が低下したにもかかわらず、かつてない水準まで上昇しました。