この記事では、コンスタンチノス・マルキデス(Constantinos C. Markides)の著書『戦略の原理(All the right moves)』の内容を紹介します。
戦略立案の前提として事業領域を定義したら、次はターゲット顧客と製品・サービスを決定します。両者は切り離して論じるのではなく、両者を往復しながら答えを絞り込んでいくのが普通です。
もっとも、一度答えを見つけても、それを絶対視してはいけません。過去に引き出した答えに疑問の目を向けてこそ、戦略イノベーションのきっかをつかめるからです。
ターゲット顧客を決める
ターゲット顧客を決めるには、次の2つの思考プロセスを踏む必要があります。この2つのステップの間を生きつ戻りつしながら知恵を絞らなければなりません。
まず、ターゲットになりそうな顧客層を列挙してみます。メンタルモデルや常識の罠にとらわれやすいので、そうならないよう想像力を駆使する必要があります。
次に、列挙した顧客層の中から本命を選びます。そのためには、選択基準を決める必要があります。
想像力を駆使してターゲット顧客を列挙する
ターゲット顧客を決めるときには、典型的には地理的市場と顧客セグメントの2点について判断します。
顧客セグメントの基準には実に様々なものが考えられますから、自由な発想と豊かな想像力を駆使する必要があります。
社内で常識化している顧客像を徹底的に疑い、斬新な切り口からセグメント化し直すと、それまで埋もれていたセグメントを発掘できます。
現在提供している製品・サービスの表面的な特徴にとらわれてはいけません。それらがどのような基本的機能を果たしているか、どのような顧客ニーズに対応しているかを考え、類似のニーズを持つ顧客層が他にいないかを見回してみます。
現在の製品・サービスを前提に発想しないよう、先に、適切なターゲット顧客の条件として選択基準を設け、その基準をクリアしそうなセグメントを挙げてみることもできます。次に、そのセグメントを振り向かせる手法として、製品・サービスを検討していきます。
ただし、適切なターゲット顧客とは、その企業独自の製品・サービスを高く評価し、その企業に高いロイヤルティを持ってくれる顧客のことですから、顧客の性質だけに目を奪われてもいけません。
企業独自の資源や能力も考慮し、その顧客獲得を有利に進められるかを見極める必要もあります。
顧客選択基準の適用とその注意点
顧客選択基準を定めたのであれば、その活用は、新しい戦略的ポジションのためのターゲット顧客の選定にとどまりません。
最優先事項は、既存の顧客層にその基準を適用し、自社に適した層とそうでない層に振り分けることです。
価値の低い顧客層に対しては、今後、製品・サービスを販売しないようにするか、少なくともマーケティングは中止します。自社の戦略に適さない顧客に貴重な経営資源を無駄に使ってはいけません。
次に、選択基準をクリアする潜在顧客層を見つけ出し、マーケティングや販売努力を傾注することです。
なお、顧客選択基準が複数ある場合、その基準間にトレードオフが生じることはよくありますので、基準に優先順位をつけておくことも必要です。
判断するのはトップの責任
ターゲット顧客を決定するのは、企業トップの責任です。
現場で顧客に接する従業員が顧客動向の変化と新しい市場機会を察知しているかもしれません。これを根拠に、ターゲット顧客や製品・サービスの決定を彼らに任せるべきであるという意見もあります。
しかし、このようなことをしていると、戦略が支離滅裂になってしまいます。現場の従業員は顧客の反応に敏感であるがゆえに、顧客の声に過剰に反応しやすいということも言えるのです。
ですから、従業員の意見に耳を傾けることは重要ですが、トップが明確な戦略について意思決定し、明確な指示を出すことが前提であることを忘れてはいけません。
組織の全員に、戦略についてアイデアや意見を積極的に出すよう奨励すべきです。また、現場の情報が経営トップに伝わる仕組みをつくったうえで、現場に試行錯誤の自由をある程度まで認めるべきです。
しかし、最終決定を下すのは経営トップの責任です。従業員は、経営陣の代役ではなく、知恵袋であるべきです。
現状を疑うことを習慣化する
ターゲット顧客の決定は永久不変ではありません。異なる顧客層と試みに取引をしてみたり、新しい取引の糸口を探し求めたりする自由度が求められます。
戦略策定プロセスの一環として、「当社の顧客は誰か」と毎年繰り返して考えることが大切です。長らく当然視してきたことを疑ってみないことには、新鮮な洞察も生まれなければ、新しい顧客セグメントも発見できません。
新しいニーズだけが新たな顧客セグメントを生み出すわけではありません。ニーズ自体が一定でも、その優先順位が変動することもあります。
他社が対応していない顧客セグメントに目を向けてみるのもよいでしょう。典型はローエンドのセグメントです。着目できるニッチもあるはずです。そのようなセグメントのニーズに合うように製品や流通システムを設計できないか考えます。
ニッチがすべて戦略イノベーションの達成に貢献するとは限りません。そのニッチが重要な市場へと成長し、自社の戦略が競争秩序の地位を獲得できる必要があります。
ユニークな視点で既存セグメントを眺め、新しい切り口で複数のセグメントを一つにまとめてみることで、新しいニーズを発見できることもあります。
提供する製品を決める
顧客ニーズは、提供し得る製品・サービスの指針に過ぎません。実際に何を提供すべきかを判断するには、それ以外にも多くの点を考慮する必要があります。
製品・サービスを決めるには、ターゲット顧客を決める場合と同様、次の2つのステップを生きつ戻りつします。
まず、提供できそうな製品・サービスを片っ端から列挙してみます。新しいニーズや未だ顕在化していないニーズを優先し、どのような製品・サービスであればそのニーズを満足できるかを考えます。
自社が顧客にどのような価値をもたらしているのかを、先入観を捨てて考えます。
次に、製品候補のうちどれを実際に製品・サービスにするかを絞り込みます。そのためには、選択基準を設けて全候補に当てはめ、それを満たす製品・サービスを選びます。
製品・サービスのアイデアを出す
まず、顧客に聞いてみることです。ただし、顧客は自分が意識していないことは語れないということを知っておく必要があります。顧客の意見から深く読み取っていかなければなりません。
そのために、顧客に対する理解を深めることが必要です。顧客が事業を行っているのであれば、その事業内容、つまり、顧客の顧客であるエンドユーザーにどのような満足を届けているのかを理解します。
顧客にとってのエンドユーザー、競合他社、従業員、サプライヤーなどにも質問したり、顧客のバリューチェーンを研究したり、顧客の業界への新規参入状況をモニターしたりします。
他の市場と比較してみると、新しいトレンドをキャッチしたり、新しいアイデアを生み出したりするのに役立つことがあります。
潜在ニーズを掘り起こすまで、次々と新製品を試行導入してみることも有効です。試してみないことには、新しいニッチ市場を創出したり、隠れたニーズを探し当てることは難しいからです。
ここでも、先入観にとらわれない姿勢、新しいことを試してみようとする意欲、それらの結果を製品開発に活かす能力が必要です。
新製品アイデアを生み出すうえでも、従業員の果たす役割は見逃せません。彼らの情報を汲み上げるために、適切な組織環境を用意する必要があります。
ただし、顧客志向を強めるだけでなく、自社のコア・コンピタンスを活かそうとすることも、アイデアを見つける方法です。
長期にわたって成功を維持するには、組織全体でコンピタンスを共有して知を生み出し、競争優位の新陳代謝を進める必要があります。
多角化企業は様々な市場で競争しているため、新しい知識を吸収したり未知の経験をしたりする機会に恵まれています。それをうまく活用すれば、非多角化企業よりも速く、少ないコストで新しい資産やケイパビリティを構築できます。これが多角化の長期的意義です。
多角化を通して得た知見は、第一に、新製品分野に参入する際の橋頭堡となります。第二に、他分野の経験によって、新規参入企業によく見られる「高くつく失敗」を避けることにも役立ちます。第三に、一つの知恵を複数の事業分野に水平展開して一挙両得を図ることができます。
探究心を持ち続ける
競争優位は移ろいやすいため、常に新しい製品・サービスを探し求めなければなりません。顧客ニーズに変化が起きていないか、製品が陳腐化していないか、神経を尖らせておく必要があります。
「当社が顧客に提供している本質的価値とは何か」と絶えず自問自答してみます。既存のメンタルモデルを疑ってみるとよいでしょう。
発想の起点を変えて想像を膨らませるのも一案です。戦略イノベーションを重視するなら、製品やサービスをまず決めてから顧客像を固めるのも悪くありません。