戦術を決める − 「戦略イノベーション」とは何か?③

この記事では、コンスタンチノス・マルキデス(Constantinos C. Markides)の著書『戦略の原理(All the right moves)』の内容を紹介します。

ターゲット顧客を決め、提供する製品・サービスを絞り込んだら、次に必要なのは戦術です。市場にどう参入し、事業運営を行うか、ターゲット顧客にどう製品を提供するかを決めます。

具体的な検討内容は、マーケティングの4P(価格、場所、販売促進、製品)、工場で使用する技術、バリューチェーンを構成する各活動(原材料の購入から製造、販売、サービスまで)の設計、借入金額、人材戦略、社内で実施する業務とアウトソースする業務の選別など、実に多彩です。

ただし、戦略を考えるうえでは、このような部分だけでなく全体も重要です。個々の活動を組み合わせて、市場のニーズに的確に応えるシステムを作ることが戦略立案の意義です。

ところで、「戦略を一つに決めてしまうと環境変化に適応できない」という誤った考えがあります。重要なことは、現在の市場環境に適応しつつ、将来を見据えてフレキシビリティを維持することです。

環境変化に備えて現在の市場環境への適応をおろそかにするのは、本末転倒です。

事業活動相互のシナジーを引き出す

新たな事業を模索するとき、いくつかの候補があがるはずです。その中から、現在のコア・コンピタンス(独自の競争能力)を最大限に活かせる事業を選びます。

この場合、決め手は一つではありません。コア・コンピタンスが一つであるとは限らず、現在の事業でさえ多くのケイパビリティ(能力)によって支えられているからです。

重要なのは全体であり、総合力です。コア・コンピタンスやケイパビリティをバラバラに考え、どれかに焦点を当てて考えようとしてはいけません。

現在の事業がうまくいっているなら、コンピタンスや事業活動が互いにフィットし、全体として釣り合いがとれているということです。力を出し合い、全部の総和以上の効果を生み出しているはずです。

新しい事業への進出を検討する場合も、新しいコンピタンスの組み合わせが組織環境などに適合していること、競争環境に相応しいこと等が重要です。

まず、現在の事業活動の相関図を作成してみます。つまり、多数の資源要素やケイパビリティ、様々な事業活動がどのように関連して運営されているのかを表現してみるのです。

事業の全体像を捉えることを怠ると、部分最適を目指してしまいがちです。部分最適は、全体に対して悪影響を及ぼすことがあります。

全体像を捉えることによって、現在の問題点あるいは欠落している点が明らかになることもありますので、その問題点等を改善することが先決です。

事業活動の相関図は、経営陣にアイデアの素を提供することができます。現状に疑問を抱いたり、意見を戦わせたりすることで、新たな洞察が生まれます。その結果を基に改訂版を作ります。

事業全体の構想を練る

事業活動全体を構想するときは、第一に、市場ニーズに沿うように個々の活動内容を決める必要があります。そのために、市場を分析します。

第二に、各活動が共通の目標で結ばれ、諸活動のベクトルが一致していることが必要です。

第三に、各活動の歩調をうまく合わせる必要があります。他の活動との整合性を考えながら各分野に投資を行い、常に全体のバランスを維持しなければなりません。

全体のバランスを長期的に維持することは、かなり骨の折れる仕事です。個々の活動には必ずメリットとデメリットがありますから、個々のメリットを活かし、デメリットを相殺できるようにします。

第四に、事業システム全体を構想する際には、個々の活動が全体をつくっているという視点だけでなく、全体が個々の活動に影響を及ぼす点も見落とさないようにします。

環境変化にダイナミックに適合する

企業は、現在の市場環境に対応するだけでなく、その環境が失われても生き延びることができるように、あるいは自ら環境変化を仕掛けられるように、フレキシビリティを持たなければなりません。

環境に対応するフレキシビリティとは、次の3つの意味を含みます。

  • 環境変化を機敏に察知し、手遅れにならないうちに必要な手を打つ。
  • 変化を受容し、変革を実践する組織文化を醸成する。
  • どのような環境下でも効果的に競争できるように、必要なスキルとコンピタンスを育成する。

フレキシビリティを突き詰めていくと、組織文化(変化への意志)とコンピタンス(変化できる能力)の問題に行き着きます。

フレキシビリティを高めるには、様々な方法があります。

危機意識を育てる

たとえ業績が好調でも、現状を絶えず疑うメンタリティを育て、組織の隅々にまで広げ、業務の仕組みやプロセスにしっかり根を下ろすように仕向けます。それが日常の一部になることが理想です。

その前提は、従業員が意見を言いやすい組織環境であることです。経営トップが率先して従業員の意見に耳を傾け、真摯に対応する姿勢を示し、優れたアイデアには明確に報いることが必要です。

トップの言っていることとやっていることが違うというのが、最大の問題です。従業員は、そのようなトップの態度から、トップが本気でないことを容易に見抜きます。

そのうえで、組織に危機意識を育てます。自社の現状に繰り返し疑問を投げかけることが必要です。

ところが、多くの企業では、危機が迫っているどころか、実際に危機に直面して業績が下がり続けないと重い腰を上げようとしません。危機が訪れてからでは手遅れです。

深刻化する前に危機を察知できるよう、自社が成長曲線のどの時点にあり、テコ入れ時期を迎えているかどうかを見定めるために、財務の健全性と戦略の有効性をモニタリングする必要があります。

テコ入れ時期を迎えていることが分かれば、それを危機意識につなげ、事業の再活性化を図るために、「ショック療法」を使います。つまり、無謀とも言える目標を意図的に設定し、社内全体に危機感を広め、能動的な発想を促します。

戦略の有効性をモニターする

業績が右肩上がりの状態で、変革の必要性を認識することは簡単ではありません。しかし、成長が鈍化し始めたときが、変革に取り掛かるべきときです。

数年先を見通して、危機を回避するためには今行動しなければならない、と理解する必要があります。そのために、財務の健全性と戦略の有効性をモニターします。

財務の健全性を把握するには、収益性や売上高、市場シェアといった指標が参考になります。ただし、これらの指標が教えてくれるのは、あくまで過去の状態であることを忘れてはいけません。

だからこそ、より広い視点から戦略の有効性を検証する必要があります。そのための評価基準は、危機が現実となる2、3年前に警報を出して軌道修正を促す、一種の早期警報装置のようなものです。

戦略の有効性を評価するための指標は様々です。例えば、顧客満足度、従業員の士気、財務状況の推移、他社との比較、販売代理店やサプライヤーの意見などがあります。

市場の変化を知らせる指標を設定することも有効です。その変化が、いずれはターゲット顧客のニーズに影響を与え、競争状態を変化させるかもしれません。

どれが絶対的に有効であるということはありません。常に定量的な指標を利用できるとも限りません。自社に向いた基準を探して適用してみることが大切です。

大事なことは、何か危険な兆候を察知してから情報を収集し始めるのでは遅いということです。業績が良好な時期に変化の兆候を察知し、現状を冷静に見つめることができなければなりません。

ショック療法に訴える

現状を問い続ける姿勢が組織に根づいたと思っても、企業が成功すると揺るぎないメンタルモデルが生まれ、発想の自由が奪われてしまいがちです。いずれそのような状態になることは避けられません。

このため、数年に一度はショック療法によりシステム全体を根底から揺り動かす必要があります。すべてがスムーズに進んでいるときに、臆することなく荒治療に踏み切ります。

ショック療法は定期的であることが重要です。なぜなら、いつショック療法が必要かを事前に予測することは困難だからです。

社内に緊張感を生み出す方法の典型は、高い目標を掲げて、全社を挙げてそれに取り組むようにすることです。

目標を決めたら、従業員に受け入れてもらうための努力が必要です。全従業員にその必要性を訴え、前向きな緊張感を与えると、従業員は、会社にもその目標にも忠誠心や熱意を向けてくれます。

高い目標に対して従業員の理解を得るプロセスは、少なくとも次の3つのフェーズに分けられます。

第一は、目標をコミュニケートすることです。新しい目標を社内に紹介し、なぜそれを達成しなければならないのかを説明します。

第二は、早い段階で一定の成果をあげ、その気になれば手が届く目標だということを従業員に納得させることです。成功事例を公表し、目標達成に向けて勢いをつけ、士気を高めます。

第三は、精神面のコミットメントを得ることです。従業員に、自分もその目標達成のために奮闘するつもりだと思ってもらうことです。このような状態になるまで数年かかることもあります。

「ムダ」を持っておく

企業のフレキシビリティを維持するためには、たとえ短期的に非効率であっても、ある程度の「ムダ」を持っておくことが有効です。将来を的確に予見することができない以上、どのような事態が起ころうとも、すぐに対応できるようにしておくことが最善だからです。

環境が変化しても、新しい環境で有効に競争できるように、多彩なケイパビリティを育成しておくべきです。ケイパビリティは、社内で育成する、戦略的提携や企業買収に頼る、スタートアップ企業に資本参加する、などによって育成できます。

不確実な将来に対処するうえで最も難しいのは、どのケイパビリティを身につけるべきかを判断することです。難しいからこそ、新しいアイデアを試し、その有効性を検証する必要があります。

優れた戦略イノベーションを行っている企業に共通するのは、時として効率性を犠牲にしてまで、多彩なケイパビリティを育てたり、各種の製品やテクノロジーを試したりして、意図的に社内に多様性を生み出していることです。

製品やサービスの評価は市場に任せなければなりません。市場で価値がないと評価されたら、あっさりと排除します。

多様性をうまくマネジメントできる企業は、製品やサービスを試すとき、ミーティングを頻繁に開き、アイデアを交換し、進捗度合いを常にモニターしています。

もう一つ重要なことは、ビジョンが共有され、強く信奉されていることです。誰もが分け隔てなく受け入れられるような、家族主義的な強い組織文化が有効です。組織文化が深く浸透すると、指針や規範、共通の価値観、規則といったものを生み出します。