学習と成長の視点 - 「バランス・スコアカード」とは何か⑤

これまでの3つの視点(財務、顧客、社内ビジネス・プロセス)は、企業が戦略に基づいて、どのような点で競争優位を発揮し、優れた業績をあげていくのかを明らかにします。

そして、4つめの視点である「学習と成長」においては、その競争優位を獲得するために、組織および従業員が何を学び、どのように成長すべきかを明らかにします。この視点があることによって、短期的な財務的業績をあげるためにコスト削減の対象になりがちな、組織や従業員の能力向上のための投資を疎かにすることはなくなります。

学習と成長の視点は、主に次の3つのカテゴリーからなっています。

  • 従業員の能力
  • 情報システムの能力
  • モチベーション、エンパワーメント、アライメント

従業員の能力

従業員は、もはや、定型化された同一業務を繰り返し行うための存在ではありません。そのような業務は、次々と機械によって置き換えられています。

顧客指向のプロセスが当たり前の時代にあっては、顧客に接する従業員の能力が致命的に重要であり、多くの改善のアイデアは従業員から生まれます。

市場には競争があり、市場は変化します。したがって、企業は絶えず変化しつつ向上していかなければなりません。企業の変化・向上の基盤は、従業員の能力の向上にあります。

従業員に関わる業績評価指標として、従業員満足度、従業員定着率、従業員の生産性の3つが代表的です。一般的には、従業員満足度が、他の2つの指標のパフォーマンス・ドライバーとみなされています。

従業員満足度の測定・評価

従業員満足度は、生産性、優れた顧客対応、品質および顧客へのサービスを増進する前提条件であるとみなされています。したがって、多くの企業は、定期的に従業員満足度を調査し、評価しています。

従業員満足度の調査では、意思決定との関わり、よい業務をすることに関する認識、業務を上手にこなすための重要な情報へのアクセス、創造的かつ独創的なことに対する積極性、スタッフ部門からの支援レベル、企業への全般的満足度などに関わる質問が設定されます。

多くの場合、「不満である」から「とても満足している」までの間に3段階もしくは5段階のランクを設定し、選ばせます。

従業員定着率の測定・評価

企業は従業員に対して教育等の投資を行うため、不本意な離職は企業にとって損失です。

従業員定着率は、企業に対する従業員のロイヤリティーを反映します。企業にロイヤリティーを感じている従業員は、企業の価値やプロセスを重視し、顧客ニーズにも敏感であると言われています。

従業員定着率は、一般に、従業員の離職率によって測定・評価されます。

従業員の生産性の測定・評価

従業員のスキルや勤労意欲を高め、イノベーションを奨励することによって、社内ビジネス・プロセスの改善につながり、顧客満足を充足すると考えられています。このような仮説を総合化した業績評価指標が、従業員の生産性です。

従業員の生産性を表すもっとも単純な業績評価指標は、従業員一人当たりの収益です。ただし、この場合、収益に関わるコストを別途考慮する必要があります。

従業員一人当たりの付加価値を業績評価指標にすれば、収益とコストを同時に考慮することになります。

同じ一人の従業員であっても、能力に差があり、それに応じて賃金にも差があるはずですから、分母を賃金総額にする方法もあります。

ただし、短期的には、従業員を減らしたり、賃金総額を減らしたり、業務をアウトソーシングしたりすることによっても、従業員の生産性を向上させることができるため、経済的成功を表す別の業績評価指標とバランスさせる必要があります。

従業員の再教育

企業が顧客や社内ビジネス・プロセスの目標を達成しようとするなら、従業員は、その役割に責任を負わなければなりません。それを可能とするために、企業は、従業員を十分に再教育する必要があります。

従業員の再教育を測る業績評価指標として、「戦略的業務装備率」があります。これは、企業の戦略に基づき必要とされる業務に適任な従業員数の充足度を意味します。

必要な業務に関わるポストの要件を明確にすることによって、現状の従業員能力とのギャップが明らかになります。このギャップは、技術、知識、態度などの次元で測定・評価されます。これらのギャップが、再教育の内容を決定します。

さらに、再教育のための時間も業績評価指標になります。再教育を効率化し、教育品質を維持しながら再教育時間を短縮していく目標の設定が可能です。

なお、従業員のスキルをグレードアップする目標を立てる場合、その目標の達成を正確に測定・評価できるとは限りません。このような場合は、再教育などの人的資源開発プロセスの戦略的検討を行い、最近とった行動、得られた成果および人的資源能力の現状などについて、1~2ページ程度の報告書にまとめておく方法があります。

報告書自体は業績評価指標とは言えませんが、得られる成果や新しいプログラムについての積極的な議論や話し合いの基本として活用できます。また、将来的に、人的資源開発の目標を計量化するための基礎資料ともなり得ます。

情報システムの能力

従業員が能力を発揮し、顧客のニーズを満たすために必要な役割を果たすには、企業と顧客との関係について、正確でタイムリーな情報を必要とします。

特に、顧客に接している現場の従業員には、生産する製品や提供するサービスについて迅速かつタイムリーで正確なフィードバック情報が必要です。従業員は、生産システムから発生する不良品、余分なコスト、無駄な時間などを体系的に排除する改善プログラムが継続することを期待しています。

利用できる業績評価指標として「戦略的情報装備率」があります。これは、予想される情報ニーズに対して、現時点で入手可能な情報の割合です。あるいは、情報を必要とする従業員に対して、現時点で情報を入手できる従業員の割で表すこともできます。

モチベーション、エンパワーメント、アライメント

従業員が情報に簡単にアクセスできるスキルをもっていても、企業の目指す方向に向かって行動するように動機づけていなかったり、意思決定や行動に関して自由裁量権が認められていないと、企業の成功には貢献できません。

提案と実行の業績評価指標

モチベーションされエンパワーメントされている従業員の成果を測る業績評価指標として、よく利用されているものは、従業員一人当たりの提案件数です。

さらに、実行に移した提案件数で補強することができます。実行に移すことは、提案の質が一定レベルにあること、企業の側が提案を真剣に受け止め、従業員とコミュニケーションを図ったことを表します。実行に移した成果を、利益や具体的な改善効果として公表することができれば、一層のモチベーション向上に貢献します。

上司がすべての提案をフォローアップし、たとえ提案が採用されなかったとしても、その理由を従業員にフィードバックすることによって、提案件数の増加や質の向上に貢献することが分かっています。

改善の業績評価指標

社内ビジネス・プロセスや顧客の視点における品質、コスト、時間(スピード)、業績などについて、継続的な改善が求められます。

ある企業では、「50%削減管理図表」を活用しています。これは、企業が改善したいプロセスの管理項目(コスト、品質、時間など)について、目標値の50%を達成するために必要な時間を測定するものです。継続的な改善活動によって、一定の時間で一定率の改善が進んでいくことを前提としています。

例えば、現状での納期遅れ率が30%あるとして、それを50%削減する(納期遅れ率を15%にする)のに9ヶ月かかるとすると、更に50%削減する(納期遅れ率を7.5%にする)のに更に9ヶ月かかるという仮説です。

具体的な進め方としては、「納期遅れ率が現状で30%あるのを、4年で1%まで削減したい」というように目標を設定し、それを達成するために「9ヶ月ごとに50%ずつ削減する」という計画を立てることになります。

50%削減管理図表では、時間(月数)を横軸に、削減したい管理項目(上の例では納期遅れ率)を縦軸にプロットします。縦軸は、0.5を底とする対数目盛にすることで、計画のグラフは直線で図示できます。その上に、実際の測定値を折れ線でプロットしていきながら、改善の進捗度を管理していきます。

個人的評価と組織的評価の調整

部門や個人が設定する目標は、企業目標と整合していなければなりません。

バランス・スコアカードは、上位階層から下位に向かって設定されていきますが、その実行プロセスは次のとおりです。

まず、経営トップのレベルでは、目標を組織内で共有するためのコミュニケーション手段として、バランス・スコアカードを設定します。それは、部門や個人にとっては、バランス・スコアカードの背景とフレームワークに相当します。

これに基づいて、上級マネジャーは、自分たちの責任領域の業績評価指標を作成し、もう一段階下の階層にバランス・スコアカードを落とし込むための実行計画の立案などを行います。この実行段階を評価する業績評価指標として、バランス・スコアカードを自部門に落とし込む上級マネジャーの割合があります。

次に、実行計画に沿って、バランス・スコアカードを組織に周知させます。この場合の業績評価指標として、バランス・スコアカードに関係するスタッフ数の割合があります。周知の実行を評価するために、企業目標や戦略やバランス・スコアカードに関する従業員の認知度、理解度、反応などを業績評価指標として設定することもできます。

さらに、経営トップは、バランス・スコアカードの財務的業績評価指標のターゲットを明らかにし、上級マネジャーは非財務的業績評価指標のターゲットを明らかにします。そのターゲットの達成度は、成功報酬とリンクさせます。この場合の業績評価指標として、バランス・スコアカードに整合した個人のゴールをもっている上級マネジャーの割合があります。

最後に、各従業員が、バランス・スコアカードの目標と業績評価指標にインパクトを与える業績をあげられるようなゴールとアクティビティ(活動)を設定します。この設定は、上司であるマネジャーとの交渉(面談)によって行います。この場合の業績評価指標として、バランス・スコアカードに整合した個人的ゴールをもつ従業員の割合、その個人的ゴールを達成した従業員の割合があります。

チームの業績評価指標

社内ビジネス・プロセスを優れたものにするには、個々の従業員の努力や成長だけでは不十分です。通常、社内ビジネス・プロセスは、チームによって遂行されることが多いからです。

したがって、チームによる成功やモチベーションなどに関わる業績評価指標を設定することも重要です。例えば、チーム単位での目標を設定ししているチーム数、チーム目標を達成した場合にメンバーに報酬を配分しているチーム数などがあります。

さらに、学習と成長の視点として、顧客をチームに巻き込むことが有効ですから、顧客とチーム関係をつくっているプロジェクトの数や割合なども、業績評価指標として考えられます。