この記事では、コンスタンチノス・マルキデス(Constantinos C. Markides)の著書『戦略の原理(All the right moves)』の内容を紹介します。
企業が異色の戦略的ポジション(有望なターゲット顧客、製品・サービス、戦術の組み合わせ)で成功を収めたとしても、そのポジションが永久に独自性や高収益性を保てるわけではありません。
旨味のあるポジションは、早晩、競合他社に模倣されます。さらに、どのような業界でも、新しい戦略的ポジションが絶えず生まれ、既存のポジションの優位な地位を奪っていきます。
新たな戦略的ポジションは、競争環境の移り変わり、新技術、顧客のニーズや嗜好の変化などの結果として生まれてきます。
既存企業にとっての課題は、次々と生まれてくる新しいポジションのうち、いったいどれが戦略イノベーションに当たるのかを見極め、その脅威に対処することです。
企業を脅かすのは、新たな戦略的ポジションの出現ばかりではありません。規制緩和、産業の成熟化、グローバリゼーションなど、将来は何が起こっても不思議ではありません。
戦略プロセスの一環として様々な事態を想定し、その対策を考えておかなければなりません。それがフレキシビリティを失わないということです。
新たな戦略的ポジションの発展過程
戦略を構築するとは、ターゲット顧客や製品・サービス、戦術を問い、実行すべき答えを見い出すことです。
その戦略は、常に業界の戦略ポジショニング・マップのどこかに位置づけられます。
戦略を磨く
いずれの業界でも、戦略ポジショニング・マップは時の経過とともに次第に埋め尽くされていきます。潜在的な顧客セグメントが次々と発見され、そのニーズが満たされていきます。
ポジションが開拓され尽くしたとみなされると、オペレーションの改善に重点が移ります。競合他社の顧客を奪うための競争が熾烈化し、価格性能比の向上にひた走り、純然たる価格競争に陥ります。
それでも、現在のポジションでオペレーションの改善を図ることは必要不可欠です。ポジショニング・マップ上で独自の位置を見い出すだけでは、競争を戦い抜くことができないからです。
独自のポジションを打ち出したと思っても、必ず競合他社が現れますから、費用対効果の向上を通してより良い製品をより安く提供する努力を続けなければ、競合他社に顧客を奪われることになります。
事業の諸活動を堅固なシステムに統合し、個々の活動が互いに支え合い補強し合うようにすること、戦略的ポジションの土台である組織環境(組織文化、組織構造、インセンティブ、人材)を固めることによって、競合他社による模倣はより困難になります。
競争のルールを変える
実績のある企業は、既存のポジションでライバルに打ち勝とうと、競争に汲々としています。その間にも、様々な情勢の変化(競争環境の流動化、顧客のニーズや嗜好の動き、新技術の発見)によって、新たなポジションの可能性が生まれます。
既存のポジションに安住する企業は、こうした新興のポジションを見落としがちです。代わってそのチャンスに目を留め気を吐くのは、新規参入組か既存のニッチ・プレーヤーということになります。
その中から生まれてくる革新的企業が、戦略イノベーションによって、産業の発展過程で折々に生じる新しい戦略的ポジションを発見・開拓し、競争のルールを変えることで成功します。
既存企業が劣勢なのはなぜか
戦略イノベーションを巡る競争で既存企業が劣勢なのは、数多くの理由によります。
すでに一定の戦略的ポジションを占めているため、自社にとって本当の顧客は誰か、そうした顧客に何を提供すべきかといった点について、メンタルモデルを克服できません。
既存企業にとって、戦うべきフィールドがすでに存在するなかで、同時に戦略イノベーションに乗り出そうとするのは、非常に困難な取り組みです。
既存の戦略的ポジションから高収益をあげていると、別のポジションを探そうという意欲が起こりにくくなるため、イノベーションへのハードルは一層高くなります。
成功企業はとかく独りよがりや自己満足、自己過信、傲慢などに陥りがちです。こうした障害を克服すること自体が困難です。
戦略イノベーションに対する評価と対応
競争環境のダイナミズムは、顧客の嗜好やニーズの移り変わり、人口構成の変化、新技術の登場、政策転換、競争行動の連鎖など、様々な要因から生まれます。
このような環境下では、戦略上の指針や目標を持ち、それに沿って進むべき道を選ぶことが不可欠です。いつ、どのチャンスをとらえるべきかを的確に判断できる企業が成功します。
コスト・ベネフィット分析による市場機会の評価
イノベーションに挑むには、様々な要因を考慮しなければなりません。常に様々な選択肢が用意されていることを理解しておく必要があります。
新興企業や多角化を目指す企業にとっては、競争のルールを変えるのが最良の戦術です。百戦錬磨の巨人と同じ土俵で勝負するのは無謀な試みです。
大きな市場シェアを誇る既存企業の立場では、新たな戦略的ポジションに飛びつくのが正しいとは限りません。戦略イノベーションで他社に先行できたからといって、高シェア・高利益を手にできるとは限らず、小さなニッチ市場を生み出しただけで終わるケースのほうがむしろ一般的だからです。
しかも、新旧ポジションを両立させることは難しく、両方の事業を駄目にしてしまうことさえあり得ます。そうなるくらいなら、脇目を振らずに現行戦略を堅持したほうがましです。
画期的なイノベーションが生まれ、その市場が拡大していくときに参戦して、果実の分け前に与ることができるなら、それでもよいわけです。ただし、参戦が簡単であるというわけではありません。
イノベーションの成長性は未知数ですから、新しいポジションが台頭する際は、参戦するにも静観するにもリスクが伴います。静観し過ぎたために、相手に時間と強大化する余裕を与え、逆に相手がその余勢を駆ってこちらの牙城を狙ってくるかもしれません。
その意味では、新しい戦略的ポジション自体に旨味がないとしても、それを座視することのリスクを回避するために参入せざるを得ない場合もあります。
新戦略を採用する前には、評価を行うことが原則です。詳細なコスト・ベネフィット分析を基に判断すべきです。
まず、市場の成長可能性を見極めます。次に、現在のコンピタンスやケイパビリティで市場を開拓できるかどうかも重要です。市場機会が魅力的かどうかは、市場の特質だけでなく、自社の強みとフィットするかどうかも大切だからです。
既存ポジションとの関係も無視できません。ライフサイクルにおける既存ポジションの位置、これまでの投資成果の活用可能性、既存ポジションとの両立可能性などを検討します。
新しいポジションに出ていくマイナス面も勘案しなければなりません。直接のコストに加え、既存ポジションに対する負の影響、2つの戦略的ポジションをマネジメントする煩雑さは見逃せません。
通常、既存の組織環境や業務プロセスは、新しいポジションにそのまま活用できません。新しい組織環境や業務プロセスを整備するために、相応しい人材を集め、組織文化やインセンティブなどを新たに構築する必要があります。
これには相応のコストがかかります。しかも、共存する2つの組織インフラを調和させるためにも余計なコストを要します。矛盾を抱え込み、企業イメージや評判を損なうことさえあり得ます。
諸点を全て考慮したら、戦略イノベーションに乗り出すかどうかを決断します。
乗り出すと決断したとしても、それによって得られる競争優位は一時的なものであるということを忘れてはいけません。高収益ポジションには早晩、競合他社がなだれ込んでくるからです。
新しいポジションに乗り出すにしても、見送るにしても、現状を絶えず問い続けることを怠ってはいけません。既存事業の競争原理は何か、何年も前に選択した戦略的ポジションは現在でも最良か、絶えず問い直そうとする姿勢が大切です。
何かアイデアが浮かんだら、あるいは他社が有望そうなポジションを開拓しているのに気づいたら、それを評価して対応策を決める必要があります。いざというときのための備えを怠ってはいけません。
なお、進出を決意した場合、既存のポジションを捨てて新たなポジションに経営資源を集中すべきか、2つのポジションを両立させるべきか、という厳しいジレンマに直面することは前述のとおりです。
新旧両事業を調和させる
新旧両事業をうまく調和させるためには、2組の戦略と組織環境を同時にマネジメントするという重たい課題に直面します。
このような場合、通常、新事業向けの独立組織を設けることで難題を切り抜けます。その後の問題は、いかに母体組織と不協和音が生じないようにするかです。
戦略イノベーションの真骨頂は、適切な組織環境(組織文化、組織構造、インセンティブ、人材)を用意してその目的を達成しようとする点にあります。
組織の調和を高めるための手法には事欠きません。障害となるのは、方策やアイデアが欠如していることではなく、実行への意志が足りないことです。
既存の戦略的ポジションとの両立を考慮せずに、とにかく新しい陣地を獲ろうとすることもありますが、組織環境をうまく変えられないために失敗することが少なくありません。
大抵の企業は、徐々に新分野に乗り出そうとします。2つの事業を併存させながら、新事業に振り分ける資源を次第に増やし、旧事業の犠牲のもとに新事業を成長させようとします。
このような場合、必ずと言ってよいほど、現状維持派や既得権益を持つマネジャーたちに、徒党を組んで移行を妨害するチャンスを与えてしまいます。
これを防ぐには、トップが強いリーダーシップを発揮するしかありません。新しいポジションに進出する必要性や重要性を組織構成員に理解させ、心情的なコミットメントを得ることも必要です。