事業領域の定義 − 「戦略イノベーション」とは何か?①

この記事では、コンスタンチノス・マルキデス(Constantinos C. Markides)の著書『戦略の原理(All the right moves)』の内容を紹介します。

戦略立案の第一段階は、事業領域の定義です。事業領域が企業の思考と行動すべてを規定するからです。

つまり、事業領域の定義が、企業にとって最も重要なメンタルモデルを形成することになります。あらゆる情報が、このフィルタによって篩にかけられます。

メンタルモデルを問い直す

私達は固定的な思考の枠にとらわれ、当たり前のことさえ見落としてしまうことがあります。このような思考の枠がメンタルモデルです。

メンタルモデルは信念であり、家族、ビジネス、世界全体など様々なものを対象とします。個人のメンタルモデルは、主に学校教育と経験を通して形成されます。

組織のメンタルモデルは、その文化や業務慣行、従業員行動を縛る不文律などに投影されます。それは研修プログラムやインフォーマルな社内コミュニケーション、経験などの積み重ねにより変化します。

メンタルモデルは、私達が外からの情報を受け取る際、価値観のバイアスがかかったフィルタの役割を果たし、私達の行動に影響を与えます。

メンタルモデルは、情報を短時間に処理して素早い判断を下そうと思うときには大きな助けとなります。

しかし、白紙の状態から考えることを妨げ、それと相反する情報を受け入れなくなることがあります。

メンタルモデルに関する深刻な問題は、その存在が明確には意識されていないことです。無意識のうちに行動に影響を及ぼしているからこそ厄介です。

暗黙のメンタルモデルによるマイナスの影響を克服する方法は、その存在に意図的に光を当てることです。あえて取り上げ、妥当かどうか、役に立っているかどうかを突き詰めて考えてみます。

戦略イノベーションは、新しい顧客や製品・サービス、競争戦術を見つけ出すことですから、これまで当然とみなしてきたことを疑ってみない限り、その突破口を開くことはできません。

ただし、メンタルモデルを批判的に見るだけでは不十分です。「考える組織」をつくるため、従来どおりのやり方では手が届かないような高い目標を設定し、新鮮な発想と行動様式を是が非でも求めるようにする必要があります。

組織では、重要案件よりも緊急案件のほうが優先されがちですから、現状に疑問を抱くことが重要かつ緊急な事項であるという空気を醸成しなければなりません。

なお、組織にある行動様式を根付かせるには、それに相応しい組織環境をつくることが先決です。

何よりも重要なのは、悪い知らせが届くようにすることです。悪い知らせによるしっぺ返しを恐れなければならないような環境をつくってはいけません。思わしくない事態が起きたら、その情報が直ちにトップまで伝わり、戦略を練り直すような仕組みが必要です。

アウトサイダーを受け入れたり、競合他社や他業種の企業をベンチマーキングすることも、既存のメンタルモデルを疑い、他の可能性に目を向ける契機となり得ます。

斬新なアイデアを試す、成功のセオリーに反する事例を抽出する、主要業績指標をモニターする、顧客や販売代理店など社外からのフィードバックを入手するなどの方法も有効です。

事業領域の再定義を繰り返す

メンタルモデルの最たるものは、事業領域に関する思い込みです。大抵の場合、ずっと以前にさしたる議論も経ずに決められ、金科玉条のごとく固く守られています。

企業の一挙一動は、事業領域をどう定義するかによって決まります。したがって、戦略をイノベーションするためには、事業領域を再定義することから始める必要があります。

事業領域を問い直す目的は、自社ならではのケイパビリティ、特にコア・コンピタンスを最大限に活かせる分野を見つけ出すことです。

事業の定義は、かつて、製品を切り口にしていました。これに異を唱えたのがレビットであり、顧客ニーズを切り口とすることを提唱しました。

もう一つの考え方は、コア・コンピタンスを核にすることです。これを最大限に活かして競争優位を獲得できるように事業領域を定義します。

「能力」を意味する英単語は数多く、本書でもいくつかの単語が使われています。


「ケイパビリティ(capability)」は、主に能力・才能・手腕などの意味で用いられます。生来の能力というよりも、開発または改善できる能力を意味することが多いようです。


「コンピタンス(competence)」は、一般的な能力や適性を意味します。「コア・コンピタンス(core competence)」は、企業や組織が持つ、競争力を生み出す基本的な能力や技術を指します。


「コンピタンシー(competency)」は、特定の分野や業務におけるスキルや知識を指します。生来のものというより、習得したものを指すことが多いようです。

どのやり方が唯一正しいかが問題ではなく、すべてを視野に入れたうえでアイデアを出し、いずれが自社に最も相応しいかを考える必要があります。

ブレイクスルーは、社内でそれまで主流だった考え方を、別の考え方と対比することから生まれます。他人の考えをそのまま借用するのではなく、自分たちの頭で考える必要があります。

事業を再定義するには、4つのステップがあります。

第一のステップは、事業の定義を、考えつくままにすべて列挙することです。

第二のステップは、列挙された各定義を、様々な基準に照らして評価することです。評価基準は次のとおりです。他社との比較で自社が最も有利になるような定義を見つけ出します。

  • 顧客は誰で、どのようなニーズを持っているか。顧客の当社に対するイメージと一致するか。
  • どのような企業と競合するか。競合他社はどのような動きをし、どのように事業を定義しているか。
  • 他社よりもうまくそのニーズを満たすことができるか。
  • 旨味のある市場か(将来の成長性、参入障壁の高さなど)。
  • 主要成功要因(KSF)は何か。
  • 自分個人として貢献できるか。自分の業務上の目標達成につながるか。

第三のステップは、事業領域の定義を一つに絞り込むことです。絞り込むことは、捨てることでもあります。撤退すべき事業に対しては、毅然とした態度をとります。

第四のステップは、競合他社が事業を再定義することも視野に入れることです。競合他社がどのような方向に舵を切り直し、そこからどのような企業行動が導き出されるか、それを迎え撃つにはどのような準備をすべきかをシミュレーションしてみます。

競合他社の事業定義を理解し、それを分析すれば、相手の手の内を読み、敵の関心が向いていない顧客層や製品、投資分野などを推測し、競合他社の将来の動きを予測できます。

マルキデスは、1〜2年に一回の頻度で、この4つのステップを繰り返すことを推奨します。環境変化に対して絶えずアンテナを高くし、事業領域に対する考え方を改める必要が生じていないかどうかをフォローアップします。

推奨されるべきは、業界の変化を予測し、将来必要になるであろうコンピタンスを育成し、多彩なコンピタンスを身につけ、あらゆる状況に対応できるようにしておくことです。そのためには、全社的に学習を促す組織構造とプロセスを用意する必要があります。

企業は、持てる力を発揮して眼前の競争を戦うと同時に、将来の競争に備えて新戦略を模索するという高度なチャレンジをし続けなければなりません。