管理制度を改善するに当たっては、まず会社の重役や大株主に、その改革の主旨を了解してもらうことが必要です。
その目的を定めるためには精密正確な方法を採用するとともに、方法や用具に関しても細部にわたって最善のものを選ぶことの必要を十分に了解してもらわなければなりません。
費用と時間の投入と断行の覚悟
新しい制度を実施する際は、職長が従来の約2倍必要になることを承知しておく必要がありますが、その費用を賄って余りある利益が得られることも間違いありません。
管理法の根本的な革新には、非常に長い時間がかかります。なぜなら、強い信念と偏見をもっている多くの工員たちの考え方、見方、習慣を変える必要があるからです。いくつかの実物教訓と普段の理詰めによって、徐々に実行していくほかに方法はないといいます。
実物教訓を示すには時間が必要ですが、最終的には、これがもっとも効果的であり、これしか方法がないとさえ言えます。実際にできることを示し、賃金が増えることを目の当たりにすることが大切です。
工員にとっては、変更は目的にかかわらず反対すべきもという考え方があるため、たとえ優秀であった人でも、改革に耐えることができず、抗議することをやめない人も出てくることを覚悟しなければならないといいます。そういう人たちは、最後には辞めてもらうしかありません。
新組織の目的および効果として、特に重役レベルが十分に理解しておくべきことは、次のことです。
- 雇い主および仕事に対する工員の精神的態度の根本的革命であること
- この精神的態度が変化した結果として、決心も強くなり、身体の活動も増してくること
- 仕事を行う条件も改善され、今までよりは2~3倍の生産をなし得るようになること
新制度は、雇い主を工員の敵とするのではなく、友人とするものです。雇い主は工員と相並んで懸命に働き、共に同じ方向に向かって努力します。相助けて出来高の増加を図ることで、生産費を安くし、今までより30~100%高い収入を永続的に保証します。会社に対しては、相当の利益があがるようにします。
ただし、これらの考え方を受け入れたとしても、仕事が以前より楽になるわけではありません。結果として生産高を上げてもらう必要があり、作業標準を身につけ、標準時間内に完了できるようになるには相応の時間がかかります。努力しても身につけられない工員も出てきます。このような人たちは、理解しないで抵抗する人たちと同様、現在の仕事から外れるか、辞めてもらわざるを得ません。
根本的な改革になりますから、試みにやってみて、うまく行かなければ引っ込めるというような対応は誤りです。多くの場合、やる前よりも悪い結果になります。ですから、やるからには断固とした措置が必要になります。
実施責任者の選任
新制度の実施責任者には、有能な人を充てなければなりません。
テイラーによると、支配人はできるだけ新制度の実行には関係しないほうがよいといいます。変革の進行中、旧制度の能率が落ちないように、また生産の質と量とを維持するように注意するだけでも一仕事だからです。
改革を進める際には、支配人と責任者との役割分担、責任者の権限の範囲について、明確に定めておかなければなりません。責任者には相当の権限を与える必要がありますが、限界は明確でなければなりません。
実行の準備
新制度を実行するには、慎重かつ十分な準備が必要です。工員に及ぼす影響を見極め、いくつかの段階を確実に追っていかなければなりません。
テイラーが定める原則は、工員に影響することの最も少ない改革から着手することです。例えば、テイラーが関わった金属工業の場合、次のようなことを同時に着手することができるとしました。
- 工場内の様々な標準化を行うこと
- 種類の違ういくつかの仕事について、時間研究を行うこと
- すべての工作機械について、引き送りの力および適切な速度につき十分に分析し、計算尺を作って各機械の運転を適正にすること
- 必要な事項を工員から計画部に報告させるため、時間表(タイムカード)の制度をつくること
- 在庫の出し入れの制度を改善して、在庫の現在高が常時完全に分かるようにすること
- 工場の回答および報告に要する諸用紙、タイムカード、指導票、経費内訳表、原価表、工賃表、残高記録等の設計および印刷
- 倉庫、チクラ、標準、制度などの維持、工場の保守など
いずれも、計画部の仕事のうち工員に直接影響しない事項です。ただし、責任者が一人で実施するのは困難ですから、仕事ごとに助手をおいて実施させるようにします。
仕事の性質と候補者の標準
テイラーは、新制度を適用する仕事の対象候補者を選ぶに当たって、仕事の性質によって選び方を変えることを提案しています。
仕事が決まり切った性質のもので、同じ作業を繰り返し行うようなものであり、数年の間は根本的な変化の起こる見込みもなさそうな場合は、たとえその仕事がどんなに複雑なものであろうとも、その仕事を何とかこなせるくらいの人を選べばよいといいます。時が経ち、慣れてくれば、その仕事に適するようになってくるからです。そうなれば、今までよりも給料が上がってきますから、本人は自分の腕を生かして最大の収入得るべき位置を与えられたと考えるようになるといいます。
仕事が非常に変化に富んでおり、方法の改善が行われるような場合は、良すぎるほどの人を選んで、改善に当たらせます。こういう仕事には、十分に精神的力量と技能とを有する人を選ぶべきです。最終的に、その仕事に対する報酬としては多過ぎるくらいの賃金を取り得る人でなければならないといいます。
人は仕事を続けていくと進歩していくものですが、それに応じて同じ仕事で地位や賃金を上げ続けることはできません。そのように進歩していく人は、組長や職長に昇進させたり、新しい仕事に配置換えしたりすることを、テイラーは提案します。
そのような、いわゆる栄転を実行していくと、周囲の者たちが刺激を受け、努力するようになるといいます。こうした良い循環ができている職場には、必ず一流の人材が集まってくるようになります。
テイラーは、昇進や配置換えを自ら希望する者は、後任者を養成すべきであり、これを昇進や配置換えの条件の一つにすべきであるとします。
制度は導入しただけでうまく行くものではありません。制度が適切に機能するためには、それを機能させるに相応しい人材を選定しなければなりません。さらに、優れた制度と人材で実行し始めた後は、経営者や管理者の力と熱意、実行に携わる人びとに与えるべき権限の尊重の程度に比例して、成功するかどうかが決まるといいます。
実施の手始め
テイラーが何度も強調していることは、新制度の実施を全工場にわたって広く浅くやってはいけないということです。まずは、成果があがりやすい簡単な仕事を選んで、そこに集中して取り組みます。しかも、最初は腕の良い工員だけを選んで高い賃金を与えたうえで実行します。
他の仕事は、今までどおり職長に任せ、従来の方法で仕事をさせます。
新制度を適用する工員には、今まで我流で行ってきた仕事の方法をやめ、細部にわたって新しい標準に合うよう命令に従う習慣を身につけてもらう必要があります。そして、本人の仕事振りによって賃金を支払うということをはっきりと認識させます。
ただし、標準の作業と時間を徹底して、出来高を増加させようとすると、品質を落とすおそれがあります。このため、テイラーは、検査係の職長の役割がまず重要になると指摘します。
標準に従う習慣がつき、検査制度が滞りなく行われるようになったら、少しずつ仕事の速度に関する指示にも従うように導きます。これが、速度係と準備係の職長を機能させ、直接的に出来高を上げさせるところになります。計画部は各作業に要する時間を正確に知っていること、要求どおりのスピードで仕事をしなければ賃金は増加しないことを理解してもらわなければなりません。
このようにして、まず一部の工員だけに、機能別職長による特別の援助と訓練とを与えて、目的とするレベルまで引き上げてから、更にこのレベルから落ちないような手当を十分に施し、元の古い方法に戻らないようにしなければなりません。課業思想に基づき、異なる賃率を適用します。
工員の典型的な不満
課業(標準の作業方法と時間の遵守)について、個人の独立、自信および想像力を養うことができないという批判がよく起こります。
しかし、このような批判を突き詰めると、産業革命そのものの否定につながります。仕事の標準化、機械化、自動化そのものが否定されることにつながります。
課業思想の成果は、これまで職人の仕事として経験と勘によってなされ、時間をかけて引き継がれてきた仕事の多くが、標準化されることによって、短い時間で未熟練労働者でもこなせるように教育ができるということです。
これは、多くの者に就業の機会を提供できるようになることであり、職業選択の幅が広がることでもあります。高度な能力をもつ者には、これまで以上の高度な仕事に就く機会が与えられることになります。昇進の機会も開かれます。
標準化によって会社の生産性が増すことは、会社の利益が増えることであり、それが労働者に還元されることでもありますから、労働者の生活は豊かになります。
ドラッカーも度々指摘しているとおり、テイラーの科学的管理法が産業界にもたらした成果、すなわち生産性の向上と労働者の生活向上は、産業革命そのものにも劣らない革命的なものでした。
テイラーは、決して労働者の創意工夫を否定しているのではなく、むしろ奨励しています。そのような提案に対しては、職長や計画部は真剣に取り上げ、分析し、成果の有無を確認しなければなりません。これまでよりも成果があがることが分かったら、それを標準として採用し、提案者には報酬によって報いなければなりません。
ただし、その提案が意味をもつのは、科学的管理法によって標準化された作業方法と時間を遵守できるようになっていることが前提です。現状において最善とされている方法を遵守し、マスターしているからこそ、更にそれを改善し得る創意工夫に意味が出てきます。
例外の原則
テイラーは、組織管理法としての重要な原則として「例外の原則」をあげています。
「例外」というと、通常ではあまり起こらないと考えますから、大抵の場合、個々独立したものとして扱われます。「例外」だから、そうするのが当然であると考えます。
ところが、テイラーは、「例外」を、管理法としての原則であると言っています。原則であるからには、会社全体を通して一貫して実施すべきことになります。
要するに、組織を管理するというのは、現場において行われる個々の仕事は、その実行者が所与の権限に基づいて処理するのであり、通常の処理ができない例外事項が生じた場合に管理者に報告され、意思決定されるというのが原則でなければならないということです。
ですから、社長や工場長にすべての仕事が報告され、承認が求められるというのは、そもそも管理法として原則ではないということです。
テイラーは、会社の支配人のところに提出すべき書類は、管理に関係するあらゆる事項にわたり、要約した比較対照表だけでよいとしました。この場合でも、まず、その支配人付きが十分に調べたうえで支配人に回すほうがよいとしました。
具体的には、過去の平均または標準と比較して例外と認めるべきものについて、良い例外と悪い例外とに分けて指摘し、現在の進歩または退歩の状況が短時間に一見して分かるようにします。そして、大きな政策問題を考えたり、重要な部下の性格や適所を研究するだけのゆとりを作ってやらなければならないとしました。