人間協力の問題を取り扱う技能 − 「人間関係論」とは何か?⑨

経済的能率と人間の幸福とは両立し得ないものではありません。問題は、経営組織内において経済的能率を向上させる諸要素が、人間の幸福、協同、チーム・ワーク、志気、協力的状況などを作り出す諸要素と必ずしも一致しないことです。

ですから、両者の相反する二者択一ではなく、所与の条件のもとで最高の経済的能率と最高の協力とを可能にするような社会的均衡の維持を目指さなければなりません。

経済的・技術的目的を達成するために部下の積極的な奉仕を期待するだけでなく、これらの奉仕によって部下が社会的満足を得られるように注意しなければなりません。

そこでは、経営組織の技術的限界や人間組織としての限界を正しく把握し、その制約条件のもとで達成され得る目的について明確な認識を持つ必要があります。均衡状態の性質を評価し、不当に均衡条件を狂わせ得る障害物を速やかに発見して対処する取り組みを絶えず行うことにより、均衡状態を維持する必要があります。また、状況を判別して協同目的達成のために取るべき経済的・技術的手段を知ることも必要です。

管理者は、自己の業務の遂行を補佐させるために、各種の専門技術者を抱えています。各技術者は、経営の全体的状況の中から、職務上責任を持たされている側面を抽出し、評価し、対策を案出します。その中心は経済的・技術的対策です。

しかし、経営管理者は、組織を機能的な統一体と考え、組織に対する各専門科の役割と限界をよく認識した上で、全体的状況に対する自身の判定に従って意思決定を下さなければなりません。その際、経営管理者は、各専門技術者では扱うことが難しい人間関係に関わる具体的状況をも考慮しなければなりません。

このような全体的状況に基づく意思決定に必要な技能や理論的枠組みこそが求められています。

人間協力の問題の診断

効果的な人間の統制は、責任ある地位にある人が、管理している個々人の人間的状況を十分理解することによってのみ可能です。技術的組織と共に社会的組織についても知っていなくてはなりません。

さらに、これらの2つの組織のうちのどちらか一方、あるいは双方に起こり得る変化と、それが組織の全体的状況に対して与え得る諸影響についても気を配らなければなりません。

経営管理者は、輩下の個々人および集団の状況を診断する能力を身につける必要があり、その能力を明確に定式化するために、次の3つの条件が必要です。

  1. これらの技能が直接関連している特定の現象についての明確な理解
  2. この種の現象についての効果的な思考方法
  3. 資料獲得のための簡潔な方法

1.については、人間の感情にまつわる組織内の現象として説明してきました。

2.については、組織における人々の複雑な相互関係を把握するための手段として、均衡の概念が有効です。個々の成員はそれぞれ特定の個性を具備していると同時に、互いに一定の人間関係を形成しています。人間の個性および諸々の関係は常に流動的な状態にありますが、無秩序ではありません。一般に、均衡の条件を満たすようなある種の強制に従っているか、ある程度均衡の条件に決定づけられていると考えられます。

3.については、精神病理学において発達した「面接法」と、社会学において発達した「社会調査法」があります。両者を併用することによって、経営組織内のそれぞれの人間的状況において人々が最も関心を持っている事柄(彼らの希望と危惧、仕事上の不満や苦情の対象、所属集団に対する彼らの参与の程度と質、インフォーマルな集団における彼らの地位)、技術的変化、経営方針、監督方法などが以上の諸要因に及ぼす影響等について学ぶことができます。その結果、具体的状況についての人間的診断が下され、これに基づいて、もし必要とあれば、社会的状況を改善すべき適当な処置が即時その場で実施されることもできます。

面接法

経営管理者の主要な役割の一つは、人間協力を獲得することです。

人間に関する諸問題を扱う場合、感情およびその相互作用を理解することが決定的に重要です。

感情は、論理による急激な変化や変容に抵抗する性質を持っていることを念頭に置かなければなりません。ごく僅かな変化の中にも、感情は大きな反応を見せることがあります。特に、能率の論理に従って「正しい」と考えることを行ったとしても、その意図とはまったく違ったものとして従業員に受け取られることが少なくありません。

そのような感情を正しく理解し、評価し、実際の仕事に適用していくための方法として、「面接法」があります。ある人間の態度およびその要因を評価することが目的であり、能率の論理や道徳による価値判断をすることが目的ではありません。

面接法において従業員の感情を探り出し、かつ理解するための規則として、次の5つがあげられています。

  1. 聞くこと。
    • 相手が喋らずにいられないことを語り終えるまで黙って相手の言葉に傾聴し、決して批判がましい口を利かないこと。
    • 相手の話を理解し、その内容に関心を示すこと。
  2. 相手の行為を頭ごなしに否定することを差し控えること。
    • 相手がなぜそんな気持ちを抱くに至ったかを尋ね、もっと多くの事情を聞くようにすること。
  3. 議論しないこと。
    • 相手の感情が自分自身に影響しないように気をつけること。
  4. 会話の表面的意味にばかり気を取られないこと。
    • 感情は合理化される傾向にあり、表現された感情の内容よりも、その合理的な表現の真偽により関心を示しやすいことに注意すること。
  5. 相手が喋りたがっていることだけでなく、喋りたがらない事柄、あるいは他人の助力なしには喋れない事柄にも十分注意を払うこと。

本人自身が気づかないほど奥深い意識の深層に、実は非常に多くの感情が潜んでいることに注意すること。

何らの疑惑すら抱かないほど明白かつ当然のこととみなしている事柄が、その人の持っている価値や意義を評価するうえで重要ですので、注意して理解しようとしなければなりません。

人は気づかないうちに独断的前提を持ち、「あれかこれか」、「白か黒か」、「0か100か」といった極端な二者択一に陥りがちです。例えば、「完全に安全でないものは全て危険である」、「完全に清潔でないものは全て不潔である」、「完全に善でないものは全て悪である」、「完全に能率的でないものは全て非能率的である」といった単純な類型化には気をつけなければなりません。