IT社会の行方 ー ネクスト・ソサエティ②

IT革命のインパクトは、コンピュータのインパクトではありません。情報や人工知能そのもののインパクトでもありません。

インターネットを基盤とするeコマースのインパクトです。ただし、ドラッカーの言う「eコマース」は、単に販売取引のことだけではありません。知識労働者の求人求職なども含めた大流通チャネルとしての「eコマース」です。

eコマースに何が乗るかは予想できません。何でも乗り得ると考えておくべきです。

多様なあらゆる情報ニーズに、距離を超えて速やかに対応し得るチャネルとしての機能です。あらゆる意見やアイデアが生まれ、瞬時に試され、修正され、実行され、需要と結びつけられることが可能です。

この機能は、市場を変え、経済を変え、産業構造を変えます。さらに、政治、世界観、社会そのものも変えます。あらゆる変化を通じて、人間に大きなインパクトを与えます。

その結果、まったく予期しない新産業や社会の仕組みが生まれる可能性があります。

ドラッカーによると、これから先は、純粋のメーカーではやっていけません。製造の力だけで製品を差別化することはできません。

IT革命は知識による革命です。eコマースは知識による流通革命です。流通力をもつナレッジ・カンパニーにならなければなりません。

IT革命のインパクト

蒸気機関に対応するコンピュータ

IT革命におけるコンピュータの役割は、産業革命における蒸気機関の役割に相当します。

産業革命が直接生まれたことは、それ以前からあった製品の生産を機械化し、集中化し、大量化したことです。その結果、品質が安定し、生産コストが減少し、大量消費者と大衆消費財が生まれました。

まったくの新製品として現れたのは、1807年に発明された蒸気船であったといいます。それでも、帆船に取って代わるまでに数十年かかったといいます。

蒸気機関が根本的な変化をもたらしたのは、1829年に鉄道に活用されるようになったことでした。しかも、人だけでなく、物を運ぶようになったことが重要でした。地理的な概念が根本的に変わりました。

IT革命も産業革命と同様の変化を辿っているといいます。まず、コンピュータが、それまでに行われていた仕事を自動化し、ルーティン化し、効率化しました。この状況は、今でも続いています。

eコマースがもたらす革命

ドラッカーによると、IT革命におけるeコマースの位置は、産業革命における鉄道の位置に相当します。eコマースは、経済や市場における地理的な距離を事実上なくしました。

ですから、「わが社は、地域の市場のみを対象にしている」と言ったところで何の意味もありません。すでに市場はグローバルです。グローバル企業に独自の地域など意味がありません。それは消費者も同じです。

グローバル企業は容赦なくあらゆる地域市場に侵入し、今まで愛顧にしてくれていると信じていた顧客は容赦なく裏切ります。

グローバル市場は、自社の意志で参入するかどうかを決めるものではなく、すでにグローバル市場に置かれているという事実を受け入れなければなりません。

テクノロジストの出現

産業革命は、それとは直接の技術的関わりのない新産業も生み出しました。

それをもって産業革命と新産業は関係ないという言い方もできるかもしれませんが、ドラッカーは、関わりのない産業であるように見えて、産業革命の精神を引き継いでいると指摘します。

産業革命が生み出した意識の変化と産業技術が存在したことが重要です。

意識の変化とは、新たに生まれた製品やサービスを結果として受け入れるというだけでなく、そのような新製品や新サービスが次々と誕生することを熱烈に歓迎するという時代の気風です。

それは社会的な価値観の変化でした。同時に、産業革命が生み出した技能技術者としてのテクノロジストが存在したことが重要でした。

テクノロジストが経済的に報われるだけでなく、社会的にも認められ、プロフェッショナルとして尊敬されることが重要でした。

ドラッカーによると、この影響が違いとして現れたのが、アメリカやドイツにおける発展と、イギリスの衰退でした。

イギリスは、科学技術の分野において、すぐれた発明を生み出しました。科学者は尊敬すべき存在でした。しかし、テクノロジストを社会的に評価せず、紳士として認めなかったといいます。

さらに、イギリスでは、商業銀行は生まれ育ったものの、ベンチャー・キャピタリストを育てなかったといいます。

知識労働者の動機づけ

IT革命といっても、コンピュータは道具に過ぎません。それをどう活用するかが重要です。仕事を自動化し、ルーティン化するのは、仕事を分析し、再編し、標準化する人間の知的な作業が本質です。

結局、IT革命の主役は、あくまで人間であり、知識労働者です。

ですから、産業革命後のテクノロジストの社会的地位が、その後の経済発展に影響を与えたように、IT革命に真価を発揮させるのは、知識労働者の社会的地位であり、社会的認知です。

知識労働者を動機づけ、その意欲を高め、能力を発揮させるための方法を間違わないようにしなければなりません。

ところが、相変わらず、知識労働者を肉体労働者のように処遇しようとしています。生計の資である金を得ることが、働く最大の動機であると考えているように見えます。

求人情報においても、給与や福利厚生が重視されます。「中小企業は大企業よりも給与が少ないから、中小企業には優れた人材が来てくれない」と相変わらず言っています。

ドラッカーは、この背景として、「資金こそ主たる資源であり、その提供者こそが主人である」との昔からの考えに固執していることを指摘しています。

だからこそ、知識労働者に対して、ボーナスやストックオプションによって動機づけ、昔ながらの社員の地位に満足させようとしています。

金で惹きつけようとする会社ほど、人の出入りが激しくなります。定着率が上がりません。

知識労働者は、株主を儲けさせることに興味はありません。「株価を上げよ」と言われても動機づけられません。元金融マンであったドラッカーは、「株価は、実需ではなくディーラーの思惑で動いている」と指摘します。

知識労働者をいかに惹きつけ、留まらせ、やる気を起こさせるかが、産業の成否を決めます。知識労働者の価値観を満足させ、彼らに社会的な地位を与え、社会的な力を与えることによって活躍してもらう必要があります。

知識労働者は、彼らの専門知識に敬意を払われ、同僚やパートナーとして遇されることを望んでいます。

知識労働者全員を文字どおり共同経営者にできるわけではありませんが、ドラッカーによると、少なくとも高度の専門家とは、雇用関係ではなく、業務委託等の契約関係のほうがよいかもしれません。

そのためには、知識労働者の生産性を評価できなければなりませんが、必ずしも定量的な測定ができるとは限りません。ドラッカーは、知識労働者に次の3つのことを聞かなければならないと言います。

  • 強みは何か、どのような強みを発揮してくれるか
  • 何を期待してよいか、いつまでに結果を出してくれるか
  • そのためにはどのような情報が必要か、どのような情報を出してくれるか

ドラッカーは、ある研究部門の仕事について、

  • この5年間、意味あることとしてどのような貢献をしたか
  • これからの3年間でどのような貢献ができそうか

と聞いたところ、会社に何の貢献もしない研究成果が多数あったといいます。

そこで、研究部門の活動に、マーケティング、生産、顧客となるべき業界の専門家を参画させるようにしたところ、成果が倍増したといいます。

爆発するインターネットの世界

IT革命は、まず医療と教育における影響が大きいといいます。

医療への活用

医療の8割は専門看護師で処置でき、処置できないものを医師に任せるとよいといいます。その際に、ITを活用します。

特定の専門医をどの病院にでも置くことはできませんが、ITを活用すれば、遠隔地でも専門家の助言を踏まえた診療を受けることができます。

ただし、看護師による積極的な処置に関しては、制度上の問題があります。看護師の地位の低さです。

看護師は、何ごとも医師の指示の下でしか処置ができません。また、医師と看護師が同じことを言っても、患者の受け取り方は違います。看護師に権威が与えられていません。

eラーニングへの活用

eラーニングにおいては、一定の工夫が必要です。教師のように、生徒の反応を見ながら、教える内容や教え方を調整できないため、生徒の関心を持続させる組み立てをあらかじめ工夫しなければなりません。

ついていけない生徒の面倒を個別に見なければなりません。行きつ戻りつできる方法を組み込まなければなりません。それを学ぶことの背景、意味、関連情報なども教える必要があります。

このような教育の改革には抵抗が伴います。ドラッカーの経験によると、発展途上国におけるeラーニングの普及には、教員が激しく抵抗するといいます。

中国では、できる子どもを先生役にして教えることで、読み書きできない人を大幅に減らしたといいます。通常、この方法も、教師の抵抗を受けます。

途上国では、教育自体が求められていないという重大な問題もあるといいます。

一つは、子どもは貴重な働き手であり、教育によって働き手を奪われることを拒絶するというものです。

もう一つは、階級社会の存在です。教育は、人びとの能力を開花させ、自由を与え、社会の平等化を促進する面があるため、上級身分の者が、下級身分の者に教育を与えることに猛烈に反対します。

情報リテラシーの重要性

IT革命では、コンピュータは道具に過ぎないため、コンピュータ・リテラシーは問題になりません。

問題は、情報リテラシーです。CIOはコンピュータや情報処理に詳しいですが、CEOにとって必要な情報を生み出す権限はありません。何が必要な情報かを決める立場ではないからです。

CEOにとって必要な情報が何かを決めるのは、CIOではなくCEO自身です。CEOに情報責任があります。

  • CEOとして、誰から、いつ、どのような情報を、どのような形で手に入れなければならないか
  • 誰に、いつ、どのような情報を、どのような形で与えなければならないか

を問い続けなければなりません。

情報中心の組織

情報を中心に組織化されるようになると、階層が大幅に減少するようになります。マネジメント階層の多くは、単なる情報の中継器に過ぎなかったからです。

ところが、階層を減らしてしまうと、昇進するポストがなくなってしまいます。部門を超えた能力を身につける機会が少なくなり、将来の経営者を育てることが難しくなります。

少くとも、昇進で報いることができなければ、これまで以上に報酬で報いなければならなくなります。

必要な情報が手に入らない情報システム

情報に関してもっとも重要なことは、情報の中身です。CEOに限らず、どのような情報を、いつ、誰から、どのような形で入手しなければならないかを、皆が考えなければなりません。

必要な情報を考える際の最大の問題は、もっとも重要な情報は、常に組織の外にあるということです。社内の情報システムで得られる情報は、既定のフィルターを通って処理された内部の情報に過ぎません。

外部で起こる変化がもっとも重要な情報ですが、そのような情報は常に既定外であり、フィルターによって除外され、あるいは定型化されません。CEOまで情報が上がる頃にはほとんど手遅れです。

特に、自社に影響を与える技術の変化については、自社の業界とは無関係に起こります。学問分類とも関係ありません。関係ないところで生じることがほとんどです。

単に自社の外というだけでなく、業界の外でもあるということです。

ですから、外部の世界について十分な情報を手に入れたうえで意思決定を行わなければなりません。市場、消費者、流通システム、技術、競争相手などについて、変化の状況を知らなければなりません。

分離された会計システムとデータ処理システム

多くの企業では、会計システムとデータ処理システムは、別々に存在しています。学問上も別物として教えられており、相互交流はありません。

例えば、製造原価計算における間接費の配賦について、データ処理システムが有効活用されている例は多くありません。活動基準原価計算(ABC)は、まだまだ普及しているとは言えません。

しかし、両システムが本当の意味で統合されなければ、支出と成果を正しく結びつけることができません。

会計システムによる試算表で、一定の意思決定を行っている場合もあるかもしれませんが、会計システムにおける収支はあまりに操作可能である点が問題です。

不可欠の情報リテラシー

ドラッカーは、情報リテラシーが重要になり、CEOの仕事からCFO(最高財務責任者)とCIO(最高情報責任者)を分離しなければならなくなるといいます。

いずれも人のマネジメントから解放され、専属の役割を担う必要があります。2つのポストとして、それぞれが別の観点から世界を見、事業を見ることが必要であるといいます。

しかし、いずれのポストも、すでに起こったことに関心をもつ仕事です。価値の付加や事業上の意思決定を行うことはできません。

情報リテラシーは、すべての者に必要です。情報を使いこなせるようにならなければなりません。CFOやCIOは情報を道具として生み出します。必要な情報が何かを明らかにし、彼らに伝えることができなければなりません。

そのような情報リテラシーは、外部で起こっていることを理解するためにこそ、もっとも有効に使わなければなりません。いかにして外部の情報をもつことができるかを考えなければなりません。

ドラッカーがもっとも重視する情報は、ノンカスタマー(非顧客)の情報です。変化が起こるのは、まずノンカスタマーの世界においてです。常に、ノンカスタマーが、既存顧客よりも圧倒的に多いからです。

eコマースによる企業活動の変化

eコマースは、顧客の来店や販売において距離を克服するため、物の流通が差別化の要素になります。配達のスピード、確実さ、顧客対応が重要な競争力要因になります。

配達が競争力要因になるということは、販売と購買の分離を引き起こします。販売は、注文から支払いを受けるまでを指します。購買は、商品が配達され、購買者が満足するまでを指します。

販売では、集中化が不可欠です。購買では、分散化が不可欠です。特に、配達は地域に密着し、きめ細かく正確でなければなりません。

さらに、eコマースでは、生産と販売をも分離することが可能です。生産は調達と同義です。特定のブランドに限定して販売する必要はありません。

eコマースでの店舗は、一種のプラットフォームに過ぎません。配達を実現できるものであれば、何でも情報を集約し、販売することができます。

トップマネジメントの課題

数年前、階層の終わりがずいぶん論じられました。しかし、危機のなかにあっては、会議による合議ではなく、階層トップの命令が必要です。

組織が技術的、経済的、社会的に複雑になるにしたがい、最終の権限がどこにあるかが一層重要になります。

考えるべきはトップマネジメントの消滅や弱体化ではなく、意志決定者としてのトップマネジメントの役割についてです。

ドラッカーは、今後のCEOの役割として、ポイントが5つあるといいます。

コーポレート・ガバナンスの変容

人口が高齢化し、ますます多くの人たちが将来の生活の糧を心配するようになっています。それだけ年金基金の重要性が高まっています。

そのような背景で、年金基金をはじめとする機関投資家が、決定的な力をもつ新種の株式所有者として登場しました。

機関投資家の運用担当者の多くは財務金融畑の出身であり、事業に理解があるわけではありません。短期と長期、継続と変化、改善と創造などの相反するもののバランスを手がけたことがありません。

CEOは機関投資家を教育しなければなりません。毎日の株価が新種の株主にとっての利益ではないことを知らなければなりません。

情報への新しい取り組み

コンピュータは、個々の作業において大きな変化を起こしました。

しかし、マネジメントそのものを変えるところまでは行っていません。戦略やイノベーションをはじめとする目に見えない世界では役立っていません。CEOが行う意思決定にもほとんど影響を与えていません。

この状況を変えなければなりません。

まず、CFOとCIOの成果を統合することが必要です。その徴候は、会計の世界で行われている活動基準原価会計(ABC)と経済連鎖会計の導入です。これらをデータ処理能力に結合させようとしています。

さらに重要なことは、事業の外で起こることについての情報を得ることです。来るべき変化を知らせてくれるのは、ノンカスタマーであり、自らの事業が属する産業とは異なる世界です。

それらで起こっていることを知るために、トップマネジメントは、多くの時間を社外で過ごさなければなりません。今のところ、社内にいながら、外の世界で起こっている変化を正しく知る方法はありません。

マーケティングとしてのマネジメント

命令権の及ぶ範囲内での管理で仕事ができる時代は終わりました。多くの組織が、外部と連携し、派遣社員を使い、合弁を行い、アウトソーシングをしているからです。連携は多様であり、非正規社員や社員でさえない者が多数います。

これらの多様な関係は、命令によることはできません。パートナーとして働くということであり、マーケティングを行うということです。

つまり、相手のニーズに対応することによって仕事を進めるということであり、「先方の価値観はどのようなものか、目標としているものは何か、期待しているものは何か」を聞き、調整し、対応し続けていくことです。

もちろん、重要な意思決定において命令が必要なときもあります。

したがって、CEOは、命令するときと、パートナーとなるときを知らなければなりません。そのことについて、関係者との事前の合意も必要です。

知識労働者の興隆

先進国だけがもつ競争上の優位性は、教育訓練です。

知識そのものは瞬時に伝播し、常に変化していきますから、数十年にわたって維持できる競争力要因は、知識そのものではなく知識労働者を育成確保する方法論です。

CEOが取り組むべきは、知識労働の生産性の向上です。現在の知識労働者は、あまりにその専門知識とは無関係の仕事に時間を取られ過ぎています。知識労働者は、いかに仕事をするかよりも、何をするかの方が重要です。

成果の明確化

CEOの役割は、なるべく命令に頼らずに、皆がともに生産的に働けるようにすることを考えなければなりません。

その方法の一つは、自らの組織が成果となすべきものを定めることです。皆が目指し、貢献すべきものを定めることです。そして、そのために推進すべきものと保留すべきものを明らかにすることです。