企業の存続と社会の利益 - 企業とは何か⑩

企業は社会のための道具として存在を許されていますが、企業が機能するためには、コーイング・コンサーンとして存続できることが前提です。したがって、企業と社会は互いに利害が一致することが可能なはずです。

企業は独占を志向するとみなされてきましたが、それは間違いです。大量生産によって供給に事実上の制限がなくなった一方で、需要は有限ですから、供給を制限して価格を上げ、利益を増やすことは効率的でなくなりました。しかも、直ちに低価格の代替品が市場を奪いに来ます。

最小コストによる最大生産、つまり効率が利益を左右しますが、独占においては、効率を図るべき競争市場がないため、効率を図ることができません。市場があって初めて利益が最大化されます。

独占が非効率であるならば、市場シェアの増大にも限界があることを意味します。ドラッカーによれば、社会的な有用性が最大になる点において、利益が最大になります。

企業にとって独占は有害ですが、規模の大きさにはメリットもあります。分権制と同時にスタッフ部門の共有によってコストを削減できます。短期的利益だけでなく長期的利益を重視することができます。分権制では、有能な者を見つけ、育て、伸ばすことができます。

社会の要求を満たすべき組織

企業は、法的には、国が社会のために存続と権利を与えた存在です。したがって、企業は社会のための道具であり、組織です。これを政治的に見れば、社会の要求を満たすべき組織であり、経済的に見れば、生産資源の集合体です。

したがって、一方において、社会から企業に対する要求として、企業はその経済的機能を果たさなければなりません。社会から負託された生産資源を生産的に用いて、社会が求める財やサービスを供給することです。

他方において、企業はゴーイング・コンサーンとして存続し、機能し続けなければなりません。

この2つは、企業にとっての絶対の要求であると、ドラッカーは言います。この2つの要求は、社会が自由企業体制のもとで機能するための不可欠の条件であり、同一の経済政策によって満たされなければならないとします。

ドラッカーは、企業と社会の関係を見ていくに当たって、3つの視点を提示します。

第一に、企業の規模と社会の安定との関係です。国内政策を左右し得るほどの規模の企業の存在の是非であり、独占の問題です。

第二に、企業経営と国民経済との関係です。社会にとっては、財やサービスができる限り低価格で提供されることが望ましいと考えますが、企業経営の存続の観点からは、利益の確保を無視することはできません。つまり、経済活動の評価尺度としての利益、利潤動機の意味や是非についてです。

第三に、自由企業体制に基礎を置き、利潤動機によって動かされ、競争市場のなかで生き残っていかなければならないという経済体制と、雇用の安定と拡大という社会からの要求との関係です。前者は政治からの自由の要求であり、後者は政治からの要求です。

社会と企業は同一の利害を有する

近代産業社会は、生産主体としての企業を必要としますので、企業の安定、生存、効率は、社会そのものの安定と効率に直接関わります。特に、企業の経営陣の選任については、社会と企業は同一の利害を有します。経営陣の承継がいい加減に行われた結果、経営に失敗すれば、社会にとっても重大な損失です。

したがって、社会にとっても、企業のマネジメントの成否を判断するための客観的な尺度が必要です。

なお、ドラッカーによれば、企業の存続が社会にとっての利益になるという理解は、最近のものであって、古典派経済学においては認められていないものでした。自由市場の存在を当然とする古典派経済学では、経済における組織の重要性を見過ごしており、組織の存続を図る試みは、国民経済全体の効率に反するものとされていました。

経済学における生産要素は、労働、原材料、設備とされていました。ドラッカーは、産業生産においては、さらに「経営組織」が加わるとします。そして、これが最も重要であり、他の生産要素と違って代替の利かない唯一の生産要素であるとします。

経営組織によって生産要素の部分の総計を超えた価値を生み出すことができ、経営組織こそがゴーイング・コンサーンと呼ぶことができるものです。したがって、社会にとって、生産主体としての組織の存続が最大の関心事でなければなりません。

ただし、経営効率に優れていない企業も存在しますから、企業の存続がすべて社会の利益に合致するということではありません。企業の存続を過大に重視するあまり、国際通貨システムや国際貿易のコンセプトに反する施策が行われることもあります。

ここでの関心は、あくまで企業の存続に対する企業自体の利害と社会の利害が一致するということです。

独占は企業にとってよいことか

企業の存続を重視すると、直ちに独占の問題が出てきます。独占が企業の存続のために最も有効であると考えられてきたからです。しかも、企業の論理は、独占を追求してやまないものであるとしてきました。

しかし、独占は反社会的行為であると言わざるを得ません。絶対権力は権力の濫用に至らざるを得ず、生産量の削減によって価格を上げ、利益を増大させようとします。これは、社会の犠牲のもとに企業の利益を図ろうとするものです。

ただし、インフラ産業のように、生産上あるいは流通上の制約によって独占がやむを得ない場合は、権力の濫用によって消費者の利益が損なわれないよう、規制が不可欠となります。

今日の先進経済において、純粋な独占は希です。原材料のみならず、製品においても、代替品が無数に存在するからです。一時的に独占が生じても、間もなく類似の代替品または新商品の登場によってシェアが奪われていかざるを得ません。

ただし、市場の直接支配という従来の独占ではなく、生産手段へのアクセスの独占が増えたといいます。資本の独占によるカルテル、知識の支配によるコンソーシアム、労働力の支配による労働組合、商品市場における独占的慣行です。

これらの独占の問題は、力の行使が他の生産者に対するものであるため消費者の拮抗力が働かず、多くの場合、政治的あるいは法的な基盤(既得権益)をもつため、自壊作用がないといいます。

独占に関してドラッカーが警告することは、経済活動の一部門における独占は、他のあらゆる部門に波及せざるを得ないということです。したがって、企業、政府、労働組合のいずれにせよ、独占は反社会的です。しかも、近代産業社会は必然的に独占に向かう傾向があるため、経済政策上深刻な問題になるといいます。

ドラッカーによれば、独占が企業の利益であるという考え方自体が間違っています。独占が企業の利益になることが正しいなら、独占禁止法を施行すること自体が間違いであるということになり、もはや産業社会は自由企業社会として成立し得ないことになります。

独占理論には、需要が無限に近く、供給が有限であるという前提があります。だから、供給を制限することによって価格を上げ、利益を最大化させることができると考えます。

しかし、今日の産業社会では、有限なのは供給よりも需要ですから、生産制限と高価格が利益の最大化につながりません。近代技術における最大利益は、最小コストによる最大生産によって得られます。ただし、需要の調整ではなく供給の調整が可能になったために、大量失業が発生するようにもなりました。

ですから、大量生産という新技術は、独占を不経済なものにする点において、社会の目的と企業の目的の対立を解消します。大量生産においては効率が利益を左右しますが、独占においては、効率を図るべき競争市場がないため、効率を図ることができません。

つまり、市場があって初めて利益が最大化されるということになります。ですから、市場シェアの増大には、企業の成功にとって有害となる分岐点が存在することを意味します。ドラッカーによれば、社会的な有用性が最大になる点において、利益が最大になります。

また、近代産業では、時間の観念が重要です。生産活動には、製品開発に要する期間の長さと資本が固定される期間の長さの問題があります。したがって、景気変動への対処としての「生産調整」と、陳腐化や非効率化による「生産低迷」との峻別が重要です。

「生産調整」は効率的な生産のために必要であり、社会的行為です。生産設備と労働の最大利用につながるものです。しかし、「生産低迷」は独占の害であり、反社会的行為です。

したがって、景気変動への対応と称して独占的な経営政策をとろうとするなら、それは独占の濫用であり、社会の安定および生産効率を損なうことになります。

規模の大きさを最大限に生かす

近代産業には、経済的にも技術的にも大規模にならざるを得ないものがあります。小規模では非効率なもの、機能し得ないものがあります。規模には上限も下限もあるということです。

規模が大きいことの問題は、集権化と官僚化の問題です。リーダーシップの枯渇を招きます。ここにおいて大企業は、競争市場のもとに分権化することによって、大規模であることのメリットを保ちつつ、小企業経済のメリットを引き出す組織とマネジメントをもつことが重要です。

GMの場合、各事業部単独では非効率になるスタッフ部門を全社的な機能としてもつことで、低コストで運用できます。典型は研究所です。多様な分野の多様な経歴の研究者を抱えることができます。エンジニアリング、製造、販売、PR、会計、財務、法務についても同様です。

大規模企業の分権制によって、トップ経営陣が現場の日常の問題から離れ、長期的な視点に立って、社会との関係を考慮に入れた経営を行うことができます。

さらに、規模のメリットとして、一時的な利益を犠牲にして、長期的な利益を追求できます。価格、販売、調達、雇用について、これが言えます。

大企業で分権制を採用すれば、有能な者を見つけ、育て、伸ばすことができます。訓練された者に働く場所が用意できます。