企業は、事業体として存続するために、経済的組織として、利益をあげながら財やサービスを生み出す必要があります。
しかし、ドラッカーは、産業社会の中核である企業には、社会的組織としての機能をも求めます。つまり、人間によって構成される組織として、人間を道具とするのではなく、企業が人間の道具となることを求めます。
ドラッカーによると、人間組織としての企業の存続と成功は、リーダーシップ、経営政策、意思決定と成果の尺度の3つの問題の解決に関わっています。
なかでも決定的に重要な問題は、リーダーシップです。リーダーとなるべき人材が次々と生み出されていく仕組みが機能しない限り、組織が存続することはできません。
また、経営政策は、組織の成員である人間の欲求や意思決定や行動を方向づけ、企業自体の存続と利益に従属させるための基準として機能するものでなければなりません。
さらに、企業は、経済効率に優れた生産を共通の目的にするとともに、人間活動のための組織でもありますから、意思決定と評価の尺度は、目的の達成と人の管理の両方を調和させるものでなければなりません。
企業とは何か
企業は社会のなかに置かれた組織ですから、社会との関係について分析する必要があります。また、人間によって構成される組織ですから、社会の一員としての一人ひとりの人間との関係についても分析する必要があります。
前提として、企業組織は、社会において成立し、存続することができなければなりません。つまり、事業体として継続して機能できることが求められます。そのためには、利益をあげながら財やサービスを生み出すことができなければなりません。
さらに、企業は社会的組織としても機能しなければなりません。つまり、人間が企業の道具ではなく、企業が社会の一員としての人間の道具となり得なければなりません。共通の目的に向けて一人ひとりの人間の活動を組織化するための道具でなければなりません。
一般的に、企業は株主の所有物であると理解されていますが、実態はこの理解から大きくかけ離れています。企業は、法的にもゴーイング・コンサーン(継続事業体)であることが要請され、存続を前提としてあらゆる利害関係者の権利が制限にされることを容認しています。
株主は多くの利害関係者の一つに過ぎず、特に上場企業にあっては、多くの株主が一時的な存在であり、次々と入れ替わっています。企業自身やその取引先や従業員の方が継続的です。
このような点からも、企業は物の集積でもなければ、株主によって自由に処分できる所有物でもなく、本質的に社会的な存在です。産業生産の原理は適用されますが、あくまで社会の一員としての人間による人間のための組織です。産業生産の原理を仕事に適用し、物を財やサービスに転換するのも人間の能力です。
ただし、人間組織としての企業は、かつての職人の世界とは違います。産業社会に特有の大量生産の本質は、組み立てラインや設備やそれらに付随する技術ではなく、人と人との関係、人と工程との関係についての分析と統合にあります。人間活動が機能的に組織されている必要があり、人間一人ひとりの仕事が権限と責任の関係に従って統合されている必要があります。
そのような人間組織を存続させることが、意思決定と行動の基準とならなければなりません。
リーダーシップに関わる問題
ドラッカーによると、企業の存続と成功は、他の人間組織と同様、次の3つの問題の解決に関わっています。
- リーダーシップ
- 経営政策
- 意思決定と成果の尺度
これらのうち、決定的に重要な意味をもつのは、リーダーシップに関わる問題です。組織が存続できるためには、天才やスーパーマンではなく、ごく平均的な人間によるリーダーシップで機能するようになっていなければなりません。しかも、リーダーが選ばれる基準は、誰もが納得できるような継承のルールとして明確かつ機能するものでなければなりません。
リーダーには組織への忠誠が求められます。すなわち、自らよりも組織を優先し、組織の基準に自らの行動を合わせるという精神が必要です。組織への責任と部下からの信頼も必要です。
また、組織が長期にわたって繁栄を続けるためには、組織内の人間が、知力においても真摯さにおいても、自らの現在の能力を超えて成長できなければなりません。
特に、リーダーの発掘、訓練、成長が重要です。将来性ある若者が小さい部門のトップの地位につき、指揮をとる訓練ができ、リーダーとしての力を試されることが必要です。可能なかぎり下位のレベルで指揮する機会を増やし、それを評価するための客観的な尺度を開発する必要があります。
さらに、組織は、意思決定者と補佐役の間、および中央と現場の間で、権限と責任を的確に配分しなければなりません。
大量生産体制では、特に現場のリーダーとしての能力が重要になります。大量生産とは、単なる技能や機械の集積ではなく、仕事の組織化をもって技能に代えることです。多数の未熟練労働者が組織化された仕事に従事し、少数の現場管理者がこれを管理します。したがって、現場のリーダーには、かつての熟練労働者に要求された能力とは異質の能力が求められます。
ドラッカーは、企業の特性に起因して、リーダーシップに関わる問題を4つ指摘します。
第一に、ワンマン支配の危険です。組織内の壁を越えて全体を見ることのできる者が、社長や会長だけになる可能性があります。ですから、リーダーとしての能力を磨くため、全体を見る力を養う機会を意図してつくることが必要です。
第二に、調和志向の危険です。それは、有能な部下を恐れる上司の存在です。才能と野心のある部下に仕事を取られることを恐れます。部下が自分なりの方法で成果をあげると、自分に対する挑戦と受け取って心を乱します。
したがって、官僚的な硬直性や小心さに対して常に闘う必要があります。人材の育成は素晴らしいことであると明言し、リーダーシップを奨励し、人材の育成があらゆる経営管理者の仕事の一部であることを認識させなければなりません。そのための訓練と経験の機会を用意しなければなりません。また、人材の育成に報いるため、部下の成長を育成者の昇進に値する貢献としなければなりません。
第三に、業績評価のための客観的な尺度の欠如です。大企業では全体に対する一人ひとりの貢献が小さく、市場によって直接評価できないため、主観的に評価されがちです。ですから、特に若手の能力と実績を評価するための客観的な尺度が必要です。同時に、低位のレベルにおいて独立したリーダーの地位を用意することが必要です。
第四に、スペシャリストとゼネラリストのアンバランスの危険です。大企業では高度のスペシャリストを大量に必要とするため、専門性を高く位置づけ、昇進も専門化の度合いによって決められます。専門外の世界との接触が乏しく、全体についての理解や全体を考える能力を一切身につけることなくトップ近くまでたどり着くことがあります。したがって、スペシャリストをいかに早くゼネラリストに脱皮させるかが重要です。
組織を方向づける経営政策
企業には、その一員である人間の欲求や意思決定や行動を方向づけ、企業自体の存続と利益に従属させるための一連の基準が必要です。ドラッカーは、その基準を「経営政策」と呼びます。
組織内の一人ひとりが、その経営政策によって、自らの行動が企業の長期的な利益に合致しているかどうかを容易に知り得なければなりません。そのために、全員が経営に関わるあらゆる決定を知らされることが最低限必要です。
同時に、経営政策の策定と実行に関わる権限と責任を明らかにする基本的な定めがなければなりません。問題は、原則の保持と状況への対応のバランスです。前例や経営政策への固執が、企業活動の基盤ともいうべき冒険と先取の精神を阻害する危険が常に存在します。逆に、投機を開拓者精神と誤解する危険もあります。
したがって、企業は、経営政策を変えるべき基本的な変化と、時々の対応によって処理すべき一時的変化とを峻別する手立てをもたなければなりません。また、本当の利益と見せかけの利益を峻別する手立てももたなければなりません。
企業は、不安定で大きく変化する経済のなかにあって、存続のために、既知の安定したものを重視しがちです。そのため、組織構造と会計システムを過度に重視しがちです。
しかし、企業は、存続のためにこそ変化する必要があり、そのための経営政策とその策定者を必要とします。その本質と機能からして、経営政策が日常の活動から切り離されるおそれがあります。そうなると、自分たちが何をなぜ行うのかが分からなくなります。
ここに、経営政策と日常の業務、政策策定者と管理者との関係に関わる問題が出てきます。同時に、管理的存在としての企業の存続と、生産者としての企業の目的との対立という基本的な問題も出てきます。それは、日常と長期の衝突という問題でもあります。さらに、企業活動の評価について、組織の存続の観点から行う立場(管理者的立場)と、存在目的の観点から行う立場(企業家的立場)との衝突でもあります。
これらの衝突は不可避ですが、必要でもあります。経営政策を策定する機関が、これらの衝突を調和させ、バランスさせなければなりません。
客観的な評価の尺度
企業の目的は経済活動ですから、自らの効率を感情や欲求とは関わりなく客観的に測定するための尺度が必要です。
市場での成功は一つの尺度です。しかし、それは企業全体の活動を評価するものですから、企業内の部門や個々の人間の仕事ぶりを測定するものではありません。また、リーダーシップの評価に使うこともできません。さらに、競争力による利益と外的要因による利益を区別することもできません。
企業が必要としているのは、外的な要因を離れて市場での競争力を測定し、経営陣の仕事ぶりを客観的に測定することのできる尺度です。
企業にとって重要なことは、経済効率に優れた生産を共通の目的にした人間活動のための組織として存続することです。そのために必要とされるのが、目的と管理を調和させ、基本的で本質的な変化への対応を可能とし、かつ現場の仕事を評価するための尺度と枠組みとなり得る経営政策です。
さらに、企業は、組織内の人材を発掘し、高度の人材としてのスペシャリスト、判断力と決定力をもつ教育ある人間としてのゼネラリストとして育成することができなければなりません。
加えて、彼らの弱みを意味のないものにしつつ強みを発揮させ、失敗が惨事となり得ないレベルにおいてリーダーとしての能力を試すことができなければなりません。
企業組織にとっての中核の問題は、権力と責任の関係、経営政策と成果についての客観的な基準、リーダーの発掘とさらなる育成です。