グローバル化の時代 ー 断絶の時代②

一つの経済圏は、同一の需要構造によって規定されますが、需要構造をつくるのは、情報の共有です。テレビやインターネットなどによって情報は瞬時に伝わるようになり、グローバル経済を生み出しています。

グローバル経済は消費者のニーズに基づいて実現されており、主権国家はグローバル経済をコントロールできません。逆に国内経済がグローバル経済によって左右されています。

グローバル経済を動かすものは財・サービスの貿易ではなく、主として資本の移動です。土地と労働という伝統的な生産要素は二義的な意味しかありません。資本はグローバルな存在として、世界中で調達可能であるため、特定の国に対し競争力を与えることのできる生産要素ではなくなっています。

グローバル経済において競争力の基礎となる決定的な生産要素は、知識を基盤とするマネジメントです。

グローバル経済は、必要とする仕組みや法をもっていません。ドラッカーは、グローバル経済に相応しい国際通貨金融システムとしての特別引出権(SDR)、グローバル経済を担う非政府機関としてのグローバル企業に期待します。

グローバル経済のもとでは、企業活動の目標は、利益の最大化ではなく、市場の最大化です。今後は、ますます貿易が投資に従うようになります。

グローバル化に伴って、先進国と発展途上国の経済格差の解消は切実な問題であり、先進国が主導して解決することが求められます。経済援助は引き続き必要ですが、適切な目的とビジョンが重要です。次の記事を参照してください。

地球的環境問題(トランスナショナル環境問題)も切実です。主権国家の法や行動のみでは対処できず、共同のグローバルな政策がグローバルに実施されることが必要です。次の記事を参照してください。

経済学にも新たな理論が求められます。歴史的に、経済学の理論は現実と乖離しているからです。

今日の経済学は、主権国家だけが唯一で支配的な経済単位であり、有効な経済政策を行い得る唯一の主体であるとしています。しかし、ドラッカーによると、グローバル経済における経済単位は4つあります。これらは相互に関連し、依存関係にありますが、支配従属関係はありません。

  • 主権国家
  • 経済ブロック
    • 経済政策の方向は、主権国家内の自由貿易や保護主義ではなく、経済ブロックの相互主義です。
  • グローバル経済
    • 国境を越えた情報によって支配され、貨幣、信用、投資に関わる純粋かつ自律的な動きをもちます。
  • グローバル企業
    • 大企業とは限りません。世界経済を財・サービスの生産と販売のための場として見ています。

経済学の問題については、次の記事を参照してください。

市場のグローバル化

経済活動を行う主体は、一つの経済圏(市場)を対象として、目標を定め、資源配分を決定します。

一つの経済圏は、同一の需要構造によって規定されます。需要構造は、情報の共有によってつくられますから、同一の情報圏が一つの経済圏(市場)をつくるといえます。

今や、テレビ、ラジオ、映画、インターネットによって、情報は瞬時に伝わるようになりました。必然的に、情報化が世界を一つの経済圏に統合し、グローバル経済を生み出しています。

グローバル経済は、18世紀に生まれて19世紀に世界を覆った国際経済とは違います。

国際経済は、異なる価値観、異なる情報、異なる需要をもったそれぞれの国同士が、貿易によってつながる経済です。多国籍企業は、そのように異なる国のニーズや価値観に応じた経済活動を行っていました。

現在においても、国別の独自のニーズや価値観が存在しなくなったわけではないでしょう。一国の経済のなかにも、さまざまなニーズや価値観を反映した多くのニッチ市場が混在しているのと同様です。

しかし、情報によって一つになった世界が、一つの大衆経済、一つの需要構造、一つの経済圏をつくりあげていることは間違いありません。多様なニーズが複合的に存在しているとはいえ、経済的には、世界中が一つのコミュニティに属しています。

グローバル経済は、政治の動きとは無縁です。政治的にはナショナリズムが台頭しつつも、グローバル経済は進展しています。グローバル経済は消費者のニーズに基づいて実現されており、国別の政治制度はそれに十分対応できていません。

グローバル通貨の必要性

古典派経済学では、「通貨と金融は実体経済に基づいて動く」という考え方でした。つまり、「実際に取引される財やサービスの対価として、必要な量の通貨が流通する」、「財やサービスの売り買いや生産のために必要な資金が、金融の対象である」という考え方です。

近代経済学においては、通貨と金融は完全に実体経済から独立しています。実体経済の何倍もの通貨が独自に取引され、流通しています。むしろ、実体経済の方が支配され、方向づけられていると言ってもよい状態です。

通貨は、グローバル経済に伴って、完全に国境を超えて流通しています。自国通貨といえども、国家の統制を超え、一国経済を危機的状況に陥らせ、他国にまで影響が波及することさえあります。

基軸通貨の問題点

現在、正式なグローバル通貨はありませんが、基軸通貨(一国の通貨をグローバル経済全体の通貨とするもの)は米ドルです。2019年の全体取引量の44%を占め、2020年の世界の外貨準備の60%以上を占めています。2位につけているのはユーロですが、取引量の16%、外貨準備の20%に過ぎません。

基軸通貨になるということは、アメリカ一国の通貨が世界中で使われることを意味しますから、アメリカはそれだけの通貨を世界に供給しなければなりません。通貨の供給は、国家にとって負債に計上されます。国内需要を超えたグローバルな需要に応えるだけの通貨を供給しようとしたら、アメリカの経常収支は赤字にならざるを得ません。

その赤字を埋めようとしたら、アメリカが大量の輸出をしてドルを受け取らなければなりませんが、ドルのグローバル需要に見合うだけの輸出を維持することは、決して簡単なことではありません。

基軸通貨は、グローバルな信用があってこそ、その地位を保つことができます。グローバル経済が順調であればあるほど、ドルの供給量増大が必要になり、国家としては赤字が増大すことになりますから、アメリカの信用力は低下することになり、通貨危機を招く危険性が増すことになります。

かといって、アメリカが経常収支を改善しようとすれば、通貨供給量を絞ることになり、グローバル経済に必要な通貨の供給不足が起こります。

イギリスのポンドが基軸通貨であった時代に、ポンドが大暴落し、世界的な大恐慌につながったという前例があります。

経済がグローバル化しているにもかかわらず、通貨は一国の主権の支配下にあり、一国の政治的な判断の下にあるというところに問題があります。

国際通貨金融システム

このため、ドラッカーは、グローバル経済に相応しい国際通貨金融システムの必要性を強調しています。そのシステムは、国境を超えられない政治権力とは無関係に、純経済的な専門家集団の手によって管理されなければならないと指摘します。

しかしながら、経済が政治と無関係になることは実際上難しいと言えます。国際通貨金融システムを管理するということは、グローバルに波及する意思決定を行うことになりますから、そこに強大な権力が生じることになります。

そのような権力に対して、各主権国家が唯々諾々と従うとは考えられませんし、そこに政治的な力を及ぼうとする者たちが現れるであろうことは想像に難くありません。したがって、各国政府が共同して監督することが必要であり、各国の思惑が複雑に絡んでくることも容易に想像できます。

現在、国際通貨金融システムとして機能している機関として、国際通貨基金(International Monetary Fund = IMF)があります。IMFは、国際金融の安定を促進し、国際通貨協力を推進する機関です。国際貿易や雇用、持続的な経済成長を促進し、貧困削減に貢献しています。IMFは、加盟国190か国によって運営され、加盟国政府に対して責任を負っています。 

IMFには、加盟国の準備資産を補完する手段として、特別引出権(SDR)と呼ばれる国際準備資産があり、加盟国間で任意に通貨と交換することができるのが特徴です。SDRは、特別引出権会計に参加している国々(現時点ではIMFの全加盟国)に配分されており、総額で約2,042億SDR(約2,930億ドル)に達しています。

(参考:国際通貨基金ホームページ「IMFの概要」

SDRは国際通貨ではありませんが、ドラッカーは、新種の通貨であり、グローバル経済にとっての最初のグローバル通貨となり得ると言っています。

SDRの価値は、SDRを構成する5つの通貨バスケット(現在は、米ドル、ユーロ、中国人民元、日本円、英国ポンド)で評価されており、ロンドン時間正午の直物為替相場に基づいて日毎に決定され、米ドルで表示されます。

通貨バスケットは5年ごとに見直しが行われ、世界の貿易制度と金融制度における通貨の相対的な重要性を反映するように考慮されています。

構成通貨として採用されるためには、「輸出基準」と「自由利用可能基準」という2種類の条件を満たす必要があります。「輸出基準」とは、IMF加盟国またはその通貨同盟が発行している通貨であり、その通貨発行国またはその通貨同盟の輸出額が世界で5本の指に入ることです。「自由利用可能基準」とは、国際取引の支払いで広く使われており、主要な為替市場で広く売買されていることです。

SDRは複数の主要通貨によって評価され、さらに、何を主要通貨とするかも定期的に再評価されますから、特定の通貨に左右されない安定性をもっていると言えるわけです。

(参考:国際通貨基金ホームページ「特別引出権(SDR)」

グローバル企業の役割

グローバル経済は国境を越えて広がっている経済であるため、人類共通の利益、人類の相互依存による繁栄のために、保護される必要があります。全体の繁栄なくして、一国の繁栄もありません。

戦争の危険も未だ去っていません。現代の戦争においては、敗戦国の復興なくして、戦勝国の繁栄もありません。

したがって、戦時中においても、戦後の復興に必要な資源は守るという国際法が必要です。民間の人間およびその財産は、交戦国の双方から特別の保護を受けるという従来の原則に戻るべきです。

終戦の暁には、ともに繁栄を回復することが、あらゆる国にとって利益であることを明文化する国際法が必要です。

本来、特定の国に左右されず、グローバル経済自体の利害を代表する機関が必要です。財やサービスの供給をグローバルに担う機関、グローバルな生産と流通のための機関です。通貨や金融を支える機関とは違います。

政府機関は、今のところ国境を超えることができていません。国際連合は各国家の主権を侵すことはできませんので、グローバル機関とは言えません。

グローバル経済を担える機関があるとすれば、今のところグローバル企業しかありません。グローバル企業は、単なる多国籍企業ではありません。

多国籍企業は複数国に展開していますが、事実上は本社(親会社)がある国に所属する企業です。経営陣も、本社がある国を母国とする経営陣が主体です。海外の事業は二義的であり、本社国の事業に資するものとして位置づけられます。

グローバル企業は、人材も組織の拠点もグローバルです。国境はないかのごとく配置されます。経営陣その他の上級マネジャーは国籍に関わりなく実績や能力で選ばれ、配置されます。研究開発や製造などの拠点も、流通や市場へのアクセスを考慮しつつ、グローバルに最適配置されます。

ドラッカーによると、グローバル企業は人材開発に貢献していると言います。超国家的な視点で事業のマネジメントに携わった経験をもつ人材は、産業以外の分野でも大きな貢献ができるからです。このような人材が、途上国の発展には特に不可欠です。

グローバル企業の役員会は、純経済的な目的のために、多様な国籍や文化的背景をもつ人材が集まっています。経済的な目的に焦点を合わせることによって、国家主権や文化を尊重しつつ、問題を明確にし、評価し、管理することが容易になっていると言えます。

途上国がグローバル企業を市民として受け入れ、その国の人材を雇用してもらうということが、グローバル人材を育成することにつながり、途上国の発展に寄与することになります。ですから、グローバル企業の活動を妨げるような政策や法律は変える必要があります。