イノベーションを起こす − ルメルトの戦略論⑪

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

テクノロジー絡みの問題で戦略を立てるときは、技術の進歩に注意を払わなければなりません。

新しい発見や洞察は確かに無から生まれるにしても、その後に議論や協働を重ねて骨格が定まっていくものです。

発明は決して瞬発的なものではないし、時代の空気やニーズにも左右されます。そもそも多くの発明は、既存のインフラに依存しています。

技術の進歩は層状に重なって波のように押し寄せ、それぞれの層はその前の層の知識やインフラの上に築かれます。ですから、一世紀以上続くような長い波と、目先の短い波の両方を的確に評価しなければなりません。

短い波は、多くの場合、何らかの新しいメリットの実現コストを大幅に押し下げる形でやって来ます。規模の小さい企業やスタートアップ、あるいは大企業の個別事業は、短い波にフォーカスして戦略を立てるほうが、技術やイノベーションの恩恵を最大限に手にすることができます。

大企業が基調的な技術で強みを構築するためには、目先の利益は短い波に乗って得るとしても、常に長い波を見ていなければなりません。

長い波

多くの人を巻き込んだ長い波には、例えば、繊維産業、電気産業などがあります。例えば、電気技術は、一つの層が出現するとその上に次の層、またその上に次の層、という具合に新しい発明を生み出していきました。ここで既存のインフラが重要な役割を果たしたことを忘れてはなりません。

長い波は、後から総括することはできますが、予測するのは困難です。

戦略を立てるときは、関係する長い波の性質をよく知る必要があります。遠い将来ほど技術の予測は難しく、予測可能と言えるのはせいぜい5〜7年先です。

それより先については、何通りかの見方を用意し、Aの可能性が高いとか、AとBの組み合わせになる可能性が高いといったシナリオに賭けるほかはありません。

短い波

長い波が変化している間にも、技術の進歩は短いスパンで起きています。短い波は、何かを作るコストが下がって商業化・実用化が可能になったときに発生することが多いようです。

規模の拡大や経験の蓄積に伴って製品やサービスのコストが下がるケースの場合、初期の段階では、価格感応度が低く新しい物好きな消費者(アーリーアダプター)を呼び込む戦略を立てます。

アーリーアダプターは、新しい製品やサービスを早速試し、フィードバックしてくれます。初期の市場規模はごく小さいので、他社は参入に乗り気を示しません。

マーケティングの専門家によると、新技術に飛びつくアーリーアダプターは、インフルエンサーになりやすいといいます。

まだ競争にならないうちに急成長を遂げ、独走するのが成功するイノベーションの典型です。

この成長が既存大手の注意を引きます。大手は若い成長企業を取り込むか出し抜いて事業を拡大しようとします。

若い企業は、機動性と風通しのよい組織を活かして、既存大手との競争でリードを維持・拡大することが、次の最重要ポイントとなります。

補完性

イノベーションにおいては、時に「補完的資産」が成否を分けることがあります。

「補完的資産」とは、イノベーションや新製品を市場に投入するときや補助的なサービスを提供するときに必要になるスキルやリソースのことです。

新しいアイデアを思いつくことができたと思っても、多くの場合、他の人の頭にも同じようなアイデアが閃いているものです。

ですから、自社が一番乗りで特許を取得できたとしても、その間にも、他社は自分のアイデアに改良を重ねて続けていると考えておくべきです。

そうだとすると、コアになるアイデアは僅差の場合も少なくないので、新しいアイデアなり製品なりが成功するかどうかは、補完的資産のほうに大きく左右されることが多くなってくるのです。