目標が先ではない − ルメルトの戦略論⑳

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

戦略は目標達成のための計画を立てることだと考える人は少なくありません。しかし、そもそも、その目標は一体誰がどうやって決めたのでしょうか。

リーダーが目標を決めるということは、会社にとって何が重要か、どこにリソースとエネルギーを集中させるかを決めるということです。

しかし、会社にとって死活的に重要な課題あるいは機会は何かを分析も理解もせずに、恣意的に目標が決められるとすれば、それは裏付けのない目標と言わなければなりません。

「戦略を立てる」とは「われわれは何をすべきか」という問いに答えを出すことです。それによって目標がはっきりします。目標は戦略を立てた結果であって、戦略の前に目標があるのではありません。

よい目標は優れた戦略策定の結果として導き出され、組織を前へ進ませるような行動を指し示します。

戦略を立てるときは、自分たちの野心や願望を再確認することになりますが、野心や願望が何をすべきかを教えてくれるわけではありません。

明確な目標の設定は、意思決定にほかなりません。目標を決めるとき、企業は「これから何をするか」、「何をしないか」を選択することになります。経営幹部がどこに時間とエネルギーを集中させるか、どこに企業のリソースを配分するかを決定づけます。

「どこで、どうやって、誰と、何を競うのか」を選択するに当たって、経済的成功あるいは他の基準に基づく成功に直結させてくれるような魔法の装置は存在しません。

戦略は、状況変化、直面する課題、スキルと知識、リソース、機会の緻密な分析に裏付けられた判断に基づかなければなりません。熟慮のうえの判断なのです。

戦略によってこれから進む筋道が定まれば、自ずと目標は決まり、その実現方法も見えてきます。

悪い目標とは

悪い目標の第一は、基本的な問題を分析せず、あるいは認識すらせずに設定された裏付けのない目標です。このような目標を掲げるリーダーは、どうプレイすべきかを指示せずに「とにかく勝つんだ」と怒鳴るコーチと同じで、責任を果たしていません。

目標は人を動機づけると言われますが、思いつきの非現実的な目標を頑張って達成する意欲は湧きません。しらけムードが広がり、嘘や数字のでっち上げが横行するに違いありません。

例えば、「来期は利益を倍増する」という目標は、裏付けもなければ、根拠もなく、その手段も明らかでないなら、恣意的な目標です。もちろん、それ自体を戦略と呼べるはずがありません。

まず目標を定めようとすると、「成長する」、「多角化する」、「資本収益率を上げる」といった抽象的な表現が出てくることも少なくありません。

このような抽象的な表現は、単なる願望であって目標とすら呼べません。具体的な行動に結びつかないからです。

かといって、唐突に「公害防止装置製造に参入すべきだ」と提案しても、その根拠や裏付けがなければ、成功する可能性が全く分からない事業にリソースを投入してしまうことなります。

企業が生き残り、利益を増やそうとするのは当然ですが、そう願ったからといって具体的な行動には結びつきません。

診断が適切に行われなかったり、政治的駆け引きに阻まれたり、目先の思惑にとらわれたりする場合も、真の問題ではなく的外れの問題に取り組むことになってしまいます。

そうなると、方針や行動を定めても、間違ったことにエネルギーを無駄遣いする結果に終わります。真の問題を見落としているため、短期的な対策に終始しがちです。

目標の設定は意思決定である

戦略プランニング会議がしばしば空回りするのは、目標と戦略の関係を誤解していることが原因です。経営陣は、往々にして戦略を立てるるつもりで最初に目標に合意しようとします。

戦略プランニング会議で、全社共通の願望に合意することはそれほど難しくありません。例えば、「利益を増やす」、「規模を拡大する」、「競合他社を上回る」、「尊敬を勝ち得る」、「社員を大切にする」などです。

しかし、どれか一つが目標(特に数値目標)として提示された瞬間に、それは一連の行動を制約することになります。何が重要かを決めることにほかなりません。

会社が直面する問題の原因分析をしたうえで目標が設定されるなら、その後の行動を決める有効な指針となり得ます。よい目標は問題解決プロセスから導き出され、何らかのタスクの形で具体化されます。

しかし、原因の診断や分析もせずに単に目標をぶち上げるだけなら、健全な診断の裏付けのない目標であり、何が重要かを恣意的に決定したに過ぎません。大局観がないまま既存システムを無理やり動かして目標達成に駆り立てるだけです。

目標は管理のためのツールです。行動の指針として経営陣や各レベルのマネジャーが設定するものです。よい目標には次のような特徴があります。

  • 問題を整理して曖昧さを解消し、解決可能な単純な形で定義し直す。
  • 達成する方法が分かっている、あるいは達成する方法が見つかる、と合理的に予想できる。
  • 明確な選択肢を示し、焦点を絞り、意見対立を解消し、何をすべきで何をすべきでないかを理解する助けとなる。
  • 必ずしも全員が賛成するとは限らない。