この記事では、マービン・バウアーの経営論について、『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社)に基づいて説明してみたいと思います。
計画立案は連続的なプロセスです。最初に立てる戦略計画の意図を、計画立案プロセスの最後まで貫き通すことによって、財務や業務に至るまでコントロールできるようになります。
事業計画は中期的であり、業務計画は短期的です。コントロール・システムは、事業の進行状況を知らせる信号灯の役割を果たします。
業務計画は、経営理念、戦略計画、事業計画、行動方針・基準・手順、組織計画がすべて盛り込まれ、年間予算や設備投資計画の基礎となります。向こう一年間の決定は、全て業務計画に基づいて下され、実行されることになります。
計画を立てるメリット
「計画を立てる」ということは、目標を達成しようとすることであり、目標を阻害しかねない重大な問題や、目標の達成を促すような機会に、経営幹部の注意を向けさせることを意味します。
計画の実行過程では、目標の達成状況に経営幹部の目を向けさせる効果があります。
経営幹部にとって、各事業部から提出される計画案は、評価・分析の標準的なフレームワークの役割を果たします。戦略を立て、大きな方向を決める土台となります。事業部の魅力を比較検討し、資金・人材など経営資源をよりよく配分するのに役立ちます。事業の展望に大きく影響するような製品・市場の動向、競争状況や技術の変化も見えてきます。
経営幹部は、正しい手順を踏んで立てられた計画があることによって、事業の重要な要素をすべて定性的・定量的に評価できますから、自信をもって権限を委譲できます。その実行過程を追うこともできますから、コントロール機能をすべて明け渡すというようなこともありません。
予算計画だけでなく業務計画が正しいプロセスで策定されていれば、それらが定量的かつ定性的な業績評価の基準となります。
計画を立てれば優先順位がつけられ、事業活動の調整を行うことができるので、全社の長期的成功の鍵を握る戦略課題に時間とエネルギーを集中できます。
計画立案自体が、経営幹部や事業部の長にとって、トレーニングの機会になります。
事業計画を立てる
事業計画は、おおまかな戦略計画を中期的な実行計画に落とし込んだものです。事業計画から、一年単位の業務計画を起こし、業務計画から予算を編成します。
事業計画を独立した段階として立てる理由は、事業計画を立てるときに、目標や戦略を再検討することを意識するためです。事業計画は戦略と深く結びついており、戦略立案のための分析に基づいて立てられるので、計画立案プロセスの中心的存在に位置づけられます。
事業計画は、合理的な予想ができる範囲内であれば、年限の定めはありません。
一般的には概ね2〜3年程度です。それ以上になると、大方の業種では変化が予想できないからです。もちろん、化学や鉄鋼など、新規設備を数年前から計画・建設しなければならない業種もあります。
したがって、かなり前倒しの予想が必要かどうか、それが現実に可能かどうか、の2点から事業計画のスパンが決まります。
2〜3年を見通した時、直ちに実行すべきものが判明したら、単年度の業務計画に含めます。
事業計画は、会社全体、事業部、事業ごとに書面で作成します。基本となる事業ごとの計画には、次の事項を盛り込みます。
- 業界の展望と自社のポジショニング
- 到達目標
- 主な問題点と機会
- アクション・プログラム
- 財務上の影響
事業計画では、戦略の骨組みに肉付けすると同時に、実行可能性を吟味することによって、大きな流れを決めます。機能を超えた広い範囲に目配りして問題点や機会を探り、経営資源をどう配分するかを検討し、決定を下します。
業務計画では、最終的な結果につなげられるよう細かい手順を決めなければいけませんので、個別の機能部門についての計画は、業務計画の段階で行います。
業界の展望と自社のポジショニング
業界の特徴や収益性の見通し、自社の競争上のポジショニングは、戦略計画を立てる段階で分析されていますので、事業計画は、そのときの分析に基づいて立てるのが基本です。
ただし、最低でも年に一回は、鍵となる成功要因の変化を見極め、業界の長期的な収益性を示す動向をチェックする機会を持つ必要があります。戦略計画の段階で収集した基本情報を補う新しい正確な情報あるいは信頼度の高い予測を用意します。
事業計画の段階で必要な最新データとしては、次のようなものがあります。
- 製品別・セグメント別の業界の成長率
- 競合企業の動向(事業拡大・合併買収など)
- 生産能力と需要の動向
- コストと価格の動向
- 業界の投資利益率
最初にすべきなのは、自社が所属する業界が成長しているのか衰退しているのか、それはどの程度のペースなのかを見極めることです。この点は、会社や事業部の収益見通しを左右します。
次に、会社あるいは事業部のポジショニングを検討します。この段階では、国内外の競争状況を検討し、自社事業の将来や収益性に影響を及ぼすような重要な動きに注目します。
製品ラインや市場の競争状況は、市場戦略と関連づけて評価します。顧客の動向に注意し、自社製品、サービス、ブランドのポジショニングや価格設定に影響を及ぼすような変化を洗い出します。製品構成の弱点や、際立った競争優位なども見極めます。
今後の動向としては、①市場の概要と規模・成長率、②生産量・生産能力・主要市場におけるポジショニングとコスト動向、③長期的な収益見通し、を含めます。
自社に競争優位性があれば、将来的にそれを活用できるよう、説明に盛り込みます。不利な点があれば、それも明記して、対応策を立てられるようにします。
到達目標
到達目標は戦略と関連づけられて、会社の大きな目標の実現を後押しするものです。
到達目標は複数設定するほうがよく、財務面の目標だけでなく、業務面の目標も大切です。どのような組み合わせを選ぶかは、業界の動向と収益構造、自社の競争上のポジショニング、自社の戦略計画など、諸々の要因を考慮したうえで決定することが必要です。
財務面での代表的な到達目標は「投資利益率」です。業務面では、売上高あるいはシェアの拡大、新規顧客の開拓、重要なスキルの修得、生産性の向上、コスト削減などが考えられます。
例えば、投資利益率とシェアの両方を到達目標として掲げ、短期的な増益のためにシェアを犠牲にするようなことがないようにします。
到達目標は、社員のやる気を引き出す重要な手段でもあります。実現可能であると同時に達成困難でもあるべきです。チャレンジングな目標でなければ、現状の打破は望めません。
事業計画と業務計画は、到達目標の達成を目指すための計画として立てられます。
主な問題点と機会
どんな事業にも、常に問題点と機会があります。これらは、外部の市場・競争構造の変化によるものもあれば、社内条件に由来するものもあります。
事業の成否は、どれだけ素早くそうした要因を見極め、対処するかに大きく左右されます。事業計画を立てる段階で、重大な問題や機会を洗い出し、どう取り組むかを考え、計画の中に織り込みます。
問題点や機会は、数値化して明記します。経営幹部が、相対的な重要度を把握し、注意を払い、どれだけの経営資源を割り当てるかを決められるようにするためです。
数値化されることによって、事業部長と経営幹部とのコミュニケーションが具体的で意義のあるものとなり、計画から非現実的な要素を取り除くことができます。
アクション・プログラム
問題点と機会が明らかになったら、それらに対処するためのアクション・プログラムを立て、誰が、何を、どんなスケジュールで実行するかを明確にします。
問題点と機会はすでに数値化されているので、アクション・プログラムでは、それらを基に数値目標を設定し、進捗状況を客観的に把握できるようにします。目標達成のための行動も具体的に明らかにします。
アクション・プログラムは、できるだけ複数の代案を用意し、各代案の長所短所も明記することによって、目標の達成方法や問題への対処の仕方、機会の捉え方を経営幹部が取捨選択できるようにします。
アクション・プログラムは、大雑把すぎてはいけませんが、細か過ぎる必要はありません。経営幹部の立場で、数値目標と期限が明確に定まっており、事業計画自体が効果的に実行されることが確認できればよいので、次のような質問に答えられる内容になっていれば十分です。
- 問題点や機会に取り組む上でプログラムはどのように役に立つか。
- 複数の案の中でベストはどれか。
- 全社の利益にどれほど貢献できるか。
- プログラムの監督役は誰で、何をすればいいか。
- プログラムはいつまでに完了するか。
アクションプログラムは、その後さらに煮詰められて、一年以内に実行されるべきものは業務計画に落とし込まれます。最後の詰めは現場の社員の責任において行うようにします。
計画をどこまで細かく決めるべきかは、経験を通じてしか分かりません。そのため、効率的な計画立案プロセスを根づかせるには時間がかかります。
財務上の影響
事業計画の最後の項目は、計画が業績に与える影響を見積もり、それが目標達成にどのように寄与するのかを説明することです。具体的には、次のような質問に答えられる情報を掲載します。
- この計画で到達目標は達成できるか。目標そのものは妥当か。困難過ぎないか。
- 過去の業績に比べ、利益面で大幅な改善が期待できるか。
- 追加の資金投入はどの程度必要か。
財務部門は、この段階で次のような役割を果たします。
- 事業計画・業務計画が財務面に及ぼす影響について情報を提供する。
- 事業計画・業務計画の資金を手当するために、資金調達や信用取り付けの手配をする。
- 会計・借り入れ・税金など、事業計画・業務計画の財務面を担当する。
- 計画立案プロセスの全段階で助言を与える。
計画の承認
経営幹部は、計画立案プロセスの第一段階では、戦略策定に直接携わり、第二・第三段階では計画案をチェックして承認します。
事業計画の立案に当たっては複数の代替案を用意し、少なくとも十分な情報を書き添えることによって、経営幹部が否応なく一つの案を認めざるを得ないような事態を避けるようにします。
代替案にもそれぞれ予算を算出するほか、売上高・利益・人員構成への影響を数字で明確に示し、質的な要因も書き添えます。そのうえで、事業部として最善と考える案を推奨します。
業務計画を立てる
年間業務計画では、事業計画のうち次年度に行うべきことを詳しく決めて期限を設定します。業務計画の多くは、次の2つのうちどちらかの形をとります。
第一は、事業計画を参照しながら、部門別の業務計画として「計画の概要」、「手順」、「分担と実施時期」、「業績への影響」、「進捗状況」などをまとめるものです。続けて年間予算も組みます。
第二は、業務計画だけを立てるのではなく、会社・事業部・部門の計画と顧客別・製品別の計画を段階的に立案し、それぞれに数値データを用意していくものです。次に、計画案とデータを使って、会社・事業部の業務予算・設備投資予算を編成します。
計画において掲げられる売上高や利益の数字は、単なる予想でなく、目標です。目標の達成には全力をあげる必要があり、達成を目指して計画を立てなければなりません。
業務計画は、経営システム全体を次年度に向けて具体化し、社員の行動を導く役割を果たします。業務計画によってシステムの全ての要素は統合され、実行へと押し出されます。
企画スタッフ
企画スタッフの仕事は、計画立案のあらゆる段階でラインの部長を手助けすることです。事実を収集し、分析する、計画の試案をつくる、などが仕事です。
戦略計画・事業計画のために業界動向や競争条件に関する新しい情報を入手するのも、彼らの役割です。
コントロール・システム
コントロール・システムとは、実際の行動が計画に一致するように監督指導する仕組みのことです。
例えば、意思決定や行動をするときの手がかりとして様々な情報を収集するために、書式や伝票を利用することです。
その意味で、コントロール・システムとは、情報システムです。情報は、経営幹部の意思や判断に影響を与えることによって、行動を促します。
なお、企業経営において「コントロール」とは、単に枠をはめて統制することではなく、何らかのモチベーションを与えて行動を変えさせるという意味で使います。
コントロール・システムは、「経営情報を提供すること」と「モチベーションを与えること」の2つの要素に分けて考える必要があります。
「経営情報の提供」という面では、①そもそもどんなデータに基づいて計画を立てたのか、②計画を実行した社員の業績はどうか、③実際に何が起きたのか、という3種類の情報が必要です。
事前データ→業績→フィードバックの流れが、行動を促す役割を果たします。良い結果が出ない場合には、計画が悪いのか、社員に問題があるのかが分からなければなりません。
経営情報は意思決定と行動の参考にするために収集するものですから、必要以上に詳しい情報を集めるのは無駄です。システム導入に先立って、情報収集のプロセスをよく吟味しておく必要があります。
経営情報の目的は、意思決定に役立て、具体的な行動につなげることですから。担当の部署に提供しなければ意味がありません。
経営情報をマネジャーに提供するときは、業績改善に役立つ重要項目を精選します。何を重要項目に指定するかは、計画立案プロセス、特に事業計画を立てる段階で決めておきます。業務計画でも重要情報に指定し、業績評価の基本とします。
経営情報の内容を決めるときには、報告手順も決めておきます。業務計画・予算からの逸脱が発生したときは、それが好ましいものであれ好ましくないものであれ、担当幹部に報告して注意を促さなければなりません。