経営理念 − マッキンゼー マービン・バウアーの経営論②

この記事では、マービン・バウアーの経営論について、『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社)に基づいて説明してみたいと思います。

「経営理念」とは、企業内のあらゆる意思決定や行動の規範となるものです。単なるガイドラインを超えた普遍的で確固たる信条としての理念を持たなければなりません。

規範となる理念は、時には長い時間をかけ、試行錯誤を通じて組織内に育まれ、あるいは創業者や強力な指導者の強い思いとして、組織に深く浸透します。

理念を社内に根づかせるためには、経営トップが行動で示すべきことは言うまでもありません。理念を絶えず強調し、現実に直面している問題を経営理念に照らして考えます。どんな行動が理念に一致し、あるいは反するのかを常に部下に教えます。

経営理念は企業によって千差万別ですが、優れた企業に共通して見られる5つの要素があります。

  1. 高い倫理規範の維持
  2. 事実に基づく意思決定
  3. 外部環境への適応と変化
  4. 実績に基づく評価
  5. スピード重視の経営

高い倫理規範を維持する

高い倫理規範を掲げる企業では、何があっても自分たちは正しいことができると自信を持てるので、やる気に溢れ、仕事の効率が上がります。

優秀な人材をより強く引きつけることができるので、組織能力が高まります。

いつも正しいことをしていると確信できるので、顧客、競争相手、更には社会全体とよりよい関係を維持できます。

高い倫理規範は誰もが重んじるものですから、ことさら強調する必要はないと思われるかもしれませんが、とかく当然と考えられるがゆえに、あまり意識されないきらいがあります。

経営幹部は、高い理想をはっきりと経営理念に盛り込むべきです。営利を追求する企業にとって、また収益を高めるための経営システムにとって、道を踏み外さないための土台となります。

意思決定は事実に基づいて下す

意思決定の任にある人は、常に事実を知ろうと努めるべきです。「事実に基づく」とは、「誰が正しいか」ではなく「何が正しいか」で判断することです。

どんな会社でも、ある程度は事実に基づいて決定を下していますが、その程度は全く不十分です。

実際問題として、自分の考えを改めようとしない経営陣が多過ぎます。自分の意見や判断の正しさを過信し、事実を無視あるいは軽視します。自分の考えと正反対の事実に部下が注意を促そうものなら、激怒する人さえいます。

あらゆる意思決定に際して、先入観なく事実を重視します。事実を見つめ、客観的に評価し、それに従って行動することを、会社の習慣として定着させます。

問題が持ち上がったときは、事実を知ることから始めます。急いで決めることは意識的に避けることによって、事実を明らかにすることに集中します。

あらゆる事実を集め、それらが何を指し示しているのかを分析します。たとえそれが未知の領域を指し示していたとしても、敢然として従う勇気を持たなければなりません。

事実に基づく姿勢は、規則によって強制できるものではありません。事実を確かめ、事実に従う過程でしか、この姿勢は育ちません。高い地位にいる経営幹部ほど、手本を示すことが重要です。

経営幹部は、事実がどれほど簡単に遮断されてしまうかを弁えておく必要があります。自分の決心はすでに固まっているのだとか、自分の経験にケチをつけるなとか、事実だけがすべてではないなどという素振りを少しでも示そうものなら、部下は事実を伝えなくなります。

皆がイエスマンになり、いかにも事実と一致しているような素振りで上司の判断に同意するようになりますから、上司は事実に基づいて決定しているのだと思いこんでしまいます。

意思決定者のところまで何段階も経て事実が伝達されるような場合、幹部の機嫌を損ねないように事実が隠蔽されたり、歪められたり、うやむやにされたりする危険が大きくなります。

経営幹部は、常に事実に心を開くよう努めなければなりません。事実を求め、事実に従って行動するのだというメッセージを絶えず発信します。

事実第一主義が隅々まで浸透し、積極的に活用されるなら、事業経営に大きな効果が期待できます。

まず、意思決定の質が上がります。

次に、高い柔軟性が備わります。新しい事実が明らかになったとき、前に下した決定を自動的に覆す根拠となるので、それに応じて計画や決定が変更されることが当然となるからです。

さらに、モラルが高まります。事実の前には皆平等です。自己主張に代わって建設的な議論が行われるようになり、個人的な不和や衝突は姿を消していくはずです。

外部環境に応じて自ら適応し、変化する

成功する経営とは、外に目を向けた経営です。変化の必要性を教えてくれる事実をいつも探しているので、外部環境に対する感度が高く、とりわけ顧客のニーズ、価値観、考え方には敏感に反応します。

事業に影響を及ぼす外部からの力や事業環境の変化に常に適応することは、事実に基づく姿勢の一種です。

外部の力とは、経済情勢、市場、競争環境、技術、規制、社会、政治など様々です。これらに変化が生じたら、戦略や製品、組織や社員などを変えていかなければなりません。

事実に基づいて社員を評価する

優れた企業は、社員を行動や成果によって評価することを原則とし、資質や能力による評価を慎みます。実績主義もまた事実を重んじることです。

社員を新たに採用する場合も、できる限り過去の実績に基づくことが健全な判断につながります。

採用した後は、その人が社内で行ったことを評価の対象とし、報酬や昇進の基準とします。「優れた人柄」だとか「高い学歴」といったものは、仕事に反映されない限り、評価の対象にしません。

実績主義は、公正なやり方でもあります。公正な業績評価が広く浸透すれば、規律を徹底し、経営システムの遵守を促すことも容易になります。個人の能力問題に向き合うことを本能的に嫌う傾向も自ずとなくなるでしょう。

「何をしたか」、「どれだけよくやったか」によって社員を判断するという大原則が、経営理念として確立されていることが重要です。

競争経済のスピードを常に意識する

どれほど先進的な経営手法も、迫り来る競争を念頭において運用しなければ効果がありません。

競争に長けた経営者には、次のような特徴があります。

外部から働く力に常に注意を払い、時間を無駄にせず、素早く行動します。

情熱的で、迷いがありません。事実を集めて十分に考え抜いたら、きっぱりと決断を下します。間違いを犯すかもしれませんが、ライバルもそうだと分かっているので、無用な先送りより、間違えるリスクを敢えて冒します。誤りを正す機会に注意を怠らなければ、スピードが重要です。

機会を逃さず活用します。短所を直すことより長所を伸ばします。相手を出し抜くより自社の競争優位を固めることに時間を割きます。

問題を自ら探し出して直面します。時間が経てば経つほど問題に対処するのが難しくなるからです。すぐに解決できないような問題の場合は、まず自社の強みを伸ばし、解決に相応しい時を待ちます。

人事をめぐる困難な決断にも尻込みしません。人事に関する決定は、公正でありさえすれば、不利益を被る社員にも素直に受け入れられるものです。

シェアを拡大し、利益を上げることに全力投球します。あらゆる行動の目的は長期的な競争優位を確立することですが、行動自体はすぐに起こすのが彼らの身上です。

「今やる」を常に心掛けることが、競争の激しい利潤追求型経済で成功を収める秘訣の一つです。経営システムは、「今やる」姿勢に目的を与え、競争意識を養います。