この記事では、マービン・バウアーの経営論について、『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社)に基づいて説明してみたいと思います。
事業の成功率は、CEOが動かせる幹部社員の質に比例します。幹部人事管理が経営システムの鍵であり、企業の基本戦略は有能な経営幹部の採用や定着を考えて立てなければなりません。
経営トップの指揮が効果を上げるためには、適材を十分に確保すること、適所に配属すること、一人ひとりの生産性を高めることが必要です。「生産性が高い」とは、目的達成を目指して前向きに考え、決断し、行動するという意味です。
幹部社員の人事がうまくいけば、他の経営プロセスもうまく回っていくし、逆もまた成り立ちます。経営幹部の人事に関して取り組むべき項目は、次のとおりです。
- 幹部人事管理を計画的に行う。
- 有能な幹部候補を募集し、選抜する。
- 幹部候補および現職者の能力開発を行う。
- 有能な人材は昇進させ、水準を下回る人材は解雇する。
- 生産性を高める効果を考えて報酬を設定する。
経営幹部の人事計画
経営者なら誰しも、幹部の人材が事業の成功には欠かせないことを知っています。
しかし、大抵の企業には、幹部人事計画に大いに改善の余地があります。経営システムの一環として、戦略的に幹部人事に取り組む必要があります。
先見の明のある企業では、幹部全員に、後継者の指名と育成を義務づけています。計画的な企業は用意周到に人材を配置し、育成して、厚みのある幹部層をつくっておきます。
幹部の人事計画は、会社全体に目配りして立てる必要があります。事業部制をとっている会社でも、有望な幹部候補の育成は事業部にまたがって計画します。そうした人材は会社全体の財産と考え、幹部人事管理の最終責任は人事部長が負います。
幹部人事の計画は、新卒者の採用以外は、社員の業績評価に基づいて行うのが大原則です。
募集と採用
企業は、人材市場でもシェア争いを迫られています。貴重な供給源からいかにして優れた人材を集めるか、採用した人材をいかに定着させ、生産性を高めるかを戦略的に考える必要があります。
経営者は、社会の貴重な財産である有能な人材に魅力的なキャリアを用意する機会を与えられており、また、そうしたキャリアを用意する長期的な責任を社会に対して負ってもいます。
企業がこの責任を真剣に果たそうとするならば、社内の人材の生産性は自ずと高まります。社外での人材争奪戦に勝ち抜くためにも、幹部人事に戦略的に取り組む必要があります。
新卒者の採用
優秀な学生を集める最善の方法は、会社の業績を良くし、見通しを明るくすることです。これは、経営システムの長期的な目標にほかなりません。
短期的な作戦としては、採用後2〜3年間の処遇にもっと配慮するだけで効果が期待できるはずです。バウアーが行った調査によると、能力のある新人は最初の2年間に次のような処遇を望んでいます。
- できるようになったらすぐに責任のある仕事をしたいし、自分にその能力があることを示すチャンスを早く与えて欲しい。若すぎることを理由に待たされるのは納得できない。
- 自分のアイデアや提案を真面目に聞いてほしい。却下するときにはちゃんと理由を聞かせて欲しい。
- 甘やかされたり特別待遇をされたくない。成果を厳しく評価し、評価結果はきちんと認めて欲しい。
優秀な新人を採用するためには、彼らの価値観や期待に配慮した戦略を立てるべきです。新卒者の採用に当たって留意すべき事項は次のとおりです。
- 会社のことや社員に与えられる機会について、誇大な説明をしない。経営者は率直でなければならない。
- 接待などで学生を釣ってはならない。
- 最近採用した卒業生の中から、進歩が目覚ましく会社の顔に相応しい社員を採用担当にする。学生は生きたフィードバックを得られ、親近感を持てる相手から評価してもらえる。入社してほどない先輩がその会社の良さを話してくれるのは、採用担当重役の言葉より効果がある。
- 応募者の評価は、個人の過去の活動、例えば、大学・高校の成績や活動記録、夏休みの職業体験、ボーイスカウトその他の活動などの業績に基づいて行う。
幹部クラスの採用
高いポストに社外からの採用を迫られるときは、まず、そのポストに求められるのは何かを決めます。
高いポストであっても、同業種・職種の経験より、個人の資質のほうが重要です。将来の成長を約束するのは、技術的な要素よりも、仕事への取り組み姿勢や成功を目指す決意です。
なお、バウアーによると、要求水準を65%しか満たさないと思われる社内候補者が、90%満たすと思える社外候補者より、優れた業績を上げる可能性が高いといいます。
社内候補の弱点はよく分かっているのに対し、社外候補の弱点は把握しきれないため、両者の比較は公正を欠きやすいものです。
社内候補を抜擢してうまくいけば、社員の士気は高まり、生産性も上がります。ですから、敢えてリスクを冒しても社内抜擢する価値はあります。若すぎるとか、経験がないといった理由だけで登用をためらうべきではありません。
幹部クラスの高いポストに社外から採用するときは、資格要件を適切に設定し、候補者を厳正に評価・照会したと思っても、ミスマッチを完全になくすことは不可能であることを理解しておく必要があります。
社外候補者のヒット率は、せいぜい50%程度のようです。ですから、優秀な新卒者を十分に確保して育てておくことが最善です。
幹部の能力開発
幹部人事は、経営システムの一環として考えます。経営システムに組み込まれてはじめて、幹部育成の効果は上がります。
なぜなら、人材が育つかどうか、学習意欲を抱くかどうかは、会社の経営のやり方でほとんど決まってしまうからです。最高の人材開発は、結局のところ自己啓発にほかならず、本人が学習意欲を持つことに優るものはありません。
自己啓発を促す最も強力な誘因は、現実に手腕を発揮しなければならない状況に直面させることです。能力の発揮を求めるのは、上司ではなく、あくまで状況です。
ビジネスの場面で手腕の発揮が要請される状況とは、責任の重圧を感じるような仕事が与えられたときです。職場は学習環境となり、自己啓発によって能力は開発され、才能が開花するはずです。
責任には2種類あります。明確に規定された仕事を与えられ、その規定どおりの遂行を期待されているとき、その人にはその仕事をやり遂げる「遂行責任」があります。
遂行に必要な権限が与えられ(遂行方法について自由裁量が与えられ)、遂行の結果によって評価され、報奨あるいは処罰を受ける場合は、その人には結果についての「説明責任」があります。
説明責任は、その人の行動の結果に対して上司がどれほど責任を取るか(上司がその人の面倒をどれだけしっかり見る気があるか)によって決まります。
上司のあり方は、経営理念をはじめとする経営システムの影響を大きく受けます。経営幹部に2つの責任をもたせるためには、権限委譲が必要です。適切な業績評価と、上司によるコーチングも、自己啓発を促す手段として有効です。
権限委譲
幹部職のトレーニングは、地位の上下を問わず、仕事を通じて行われるのが原則です。上司から権限を与えられてはじめて、仕事を通じた質的向上が望めます。口先だけでなく、本当に権限委譲しないと意味がありません。
権限委譲するには、部下を信頼することができなければなりませんが、それが難しいようです。しかし、本当の意味で権限委譲しない限り、経営の活性化や効率化は望めませんし、経営が停滞して非効率だと権限委譲は行われないという悪循環に陥ります。
有能な人材がいなければ企業は成功しませんが、企業が成功しなければ有能な人材は集まらないという悪循環もあります。
どこかでこれらの悪循環を断ち切るべく、戦略を考えるべきです。
権限委譲の第一歩は、責任と権限を明確に定義することです。「権限はポストに帰属する」という考え方が徹底していれば、権限委譲はスムーズに進みます。職務記述書に権限を明記することによって、「権限=ポスト」という考え方を社員が理解しやすくなります。
事実を尊ぶ会社では、権限委譲が進みやすいと言えます。誰もが個人的な損得を後回しにして、事実を第一に考えるからです。
社員が勝手に仕事を決めたり権限を主張するなど、権限が人に帰属するような会社では、権限委譲がスムーズに進みません。このような会社の役職者は、自分の職責や会社の実態に考えをめぐらせるより先に、保身に走りがちです。
仕事を始める前に細か過ぎる指示を与えるのも、完了後に詳細過ぎる報告を求めるのも、権限委譲ができていない証拠です。方針や計画などが定まっているにもかかわらず事細かに指図され過ぎると、部下は子供扱いされていると感じます。上司ならこうするだろうと推し量って行動するようになるので自分で学びながら考えようとしなくなり、失敗から学習するチャンスも失われます。
部下が把握していないようなことまで、重箱の隅を突くように根掘り葉掘り聞きたがる上司も問題です。その部下は、さらにその下の部下に些末なことまで報告させなければならなくなるので、その部下たちもまた信用されていないと感じるようになります。悪いやり方というのは、このようにして上から下まで伝染していくのです。
何かを決めるときに、大して重要でないことまで上司に上がってくるような会社も、権限委譲がうまくいっていません。その背景には、権限が不明確であるという問題があります。念のため上司に報告しておいて非難を免れたいのです。決断は自分がしたいと匂わせる上司の側にも問題があります。とりあえず報告しておきたくなるのは部下の習性なので、上司の側から断ち切ることが必要です。
業績評価
経営幹部の報酬や昇進を業績に基づいて行うと決めたら、手順や評価のための書式を用意します。こうした組織的な業績評価は、能力開発にも活用します。
業績評価プログラムや評価手順などは、あらゆる条件に当てはまる標準がありませんので、会社の目的に合わせて作成します。
業績評価は、定期的に実施しなければ効果は上がりません。決まった時期に決まった手順で行い、評価項目や基準を見落とさないようにします。
最近の業績だけに基づいて報酬や昇進を決めてはいけません。記憶に新しい事柄が必ずしもその人物をよく表すわけではないからです。最近の記憶は強烈なので、評価を歪めやすいという問題もあります。
コーチング
部下の能力開発は、上司自身の能力を問う試験の一つです。部下の足りない点をはっきり言ってやれる上司は、部下を育てることができ、彼らの成長から満足感を得ることもできます。
部下の仕事ぶりに対する評価や改善点を率直に指摘する上司が、結局は感謝され、尊敬されます。そういう上司に対しては、部下が敬愛の念を抱くことすらあります。
若い社員の能力を開発する早道は、責任ある仕事をする機会を与えること、先輩社員に話を聞いてもらい、助言を受けられるように配慮することです。若さのエネルギーと勇気に、経験を積んだ上司の判断力が組み合わされることが重要です。
部下に欠けている点を指摘し、上司が何を期待しているのかを話します。部下に対して常に率直であることが大切です。
部下の気持ちを傷つけまいとするあまり、部下の失敗や欠点に目をつぶったり、気まずい対決を避けようとしたりする上司が多いですが、ほとんどの部下は本音の批評を聞きたがっています。いざやってみれば、思ったほど不快ではなく、むしろ実り多いことが分かります。
コーチングは、部下にとっても上司にとっても失敗の記憶が鮮明なうちに速やかに行います。時間が経つとコーチングの効果は薄れます。
人事評価プログラムの一環として、コーチ役の上司は書面による業績評価を行います。そうすれば、部下は自分がどう評価されているのかが分かり、不備な点をどう克服するか、有用なアドバイスを受けることができます。
アメとムチは、場当たり的に行うのではなく、どの場面でも適用できるよう一般的な決まりにまとめておきます。このとき、経営目標や戦略、行動方針・手順などと関連づけて考えます。