この記事では、マイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマの著書『No.1[ナンバーワン]企業の法則』(THE DISCIPLINE OF MARKET LEADERS)について紹介します。
本書には、市場でナンバーワンになり、その地位を維持するために必要となる3つの価値基準について書かれています。
価値基準の第三が「カスタマー・インティマシー」(顧客との親密性を徹底的に追求すること)です。特定の顧客が欲するものの提供に焦点を当て、その顧客との長期的な関係性を育成します。
かつて「誰もIBMから買ってクビになる人はいない」と言われるほど、IBMのサービスは信頼されていました。顧客のデータ処理担当責任者にとって、IBMは何でも解決してくれる存在だったのです。
IBMの比類なき価値は、最良の製品や価格ではなく、情報技術の激動に振り回されている顧客に提供するサービス、指導、専門知識などによる総合的な解決策の水準が桁外れに高いことでした。
解決策の提供は、その目的にピッタリ合うように調整されたオペレーティング・モデル(経営システム、ビジネス構成、企業文化など、価値を提供するための最適な手段の組み合わせ)を通じて行われました。
かつてのIBMこそ、カスタマー・インティマシーのモデルです。その特色は、提供するサービスを顧客にとって個人的なものにすることです。顧客の特殊な必要に合わせて製品を特別仕立てにしたり、製品の使用に絡む顧客のビジネス・プロセスの改造にまで手を貸したりします。
そのようにして顧客の成果に責任を持とうとします。顧客の成功をさらに進めるために、自らを危機に晒すことさえしばしばあるほどです。
カスタマー・インティマシー企業の競争面での強みは人であり、相手の身になった従業員の応対にあります。
オペレーティング・モデル
カスタマー・インティマシーで成功している企業は、顧客のビジネスに精通し、その解決策を練り上げるのに長けています。その企業の成功は、顧客の成功の度合いをその目安とします。
徹底した顧客本位であり、積極果敢、変化適応性に富み、製品の適用についての卓越した知識を誇りとします。複雑な解決策を考案し、一体化するのは、洗練された顧客担当チームと何ダースもの専門サービスおよび製品サポート・グループです。
新しい実践方法、アイデア、自社製品やサービスの最良の利用法と管理に対する新しい取り組みには、積極的に投資します。それによって、顧客が病気の兆候に目を凝らしているとき、早くもその病根に迫ることができます。
カスタマー・インティマシー企業にとって、自らが提供する製品群やサービス群は必ずしも最新の特質を備えているものではなかったとしても、顧客の特別の必要に合わせていることのほうが重要です。
顧客の必要に合わせた組織づくりをするので、常に広範な部門にまたがって変幻自在な活動が展開されます。顧客としっかり結びついた特別な関係を作り上げるには、権限委譲による権力の分散化と個人のイニシアチブが重要です。
経営管理システムの基礎は、顧客担当者の顧客への浸透度をきめ細かく計測することです。個々の顧客ごとに、浸透度、開発度および成長率の目標を設定します。
重視するのは、収益性やマーケットシェアよりも顧客シェア(顧客の支出額に占めるシェア)です。最悪の失敗は、カネを失うことではなく、顧客を失うことです。
この種の統制システムを運営していくには、具体的で詳細な、一体化された顧客データが必要となります。ある顧客に奉仕する担当がチームである場合には特に重要です。
IBMのライバルたちは、IBMのセールスマンを引き抜き、自社で同じことをやらせようとして、失敗しました。なぜなら、カスタマー・インティマシーはセールスマンの活動だけで成り立っているのではなく、全社一丸となっての努力を必要とするからです。
旗振りをするのはセールマンであったとしても、サービス、製品開発、製造、経営管理の完全な一体化なくしては、顧客に対するトータル・ソルーションの提供を達成することはできません。
カスタマー・インティマシーは、次第に進化、改良される製品の流れに乗って成り立っており、自社の製品系列を使用するに当たって顧客の能力には限界があることを弁えて、その限界に合わせたサービスを一つひとつ積み重ねて製品を改良していきます。
そのようなサービスは、最新の製品を導入することによって全体が不安定になったり、破壊されたりすることがあるので、堅実で、統制が効き、次第に進化・改良していく製品と、それに合わせた適用と経営管理面での変化に、顧客がついていけるような専門知識とを組み合わる必要があります。
カスタマー・インティマシー企業は、顧客と共に常に新しい考え方の先端にとどまろうと心がけています。顧客と協力して得た最良の実践法について一般的な洞察を加え、それを別の顧客担当チームと分け合うことで競争力を保ちます。
人材の管理
経営管理面での中心課題は、顧客のビジネスに多大な影響を与える新しい理論と技術の最前線にとどまっていることのできる有能な人材を集め、組織内に組み入れ、維持していくことにあります。
最も欲しがられるのは、顧客の組織内での変革を促すことに長けている人材です。カスタマー・インティマシーは経営コンサルティングに似ており、顧客の仕事がうまく行くことを価値とします。
カスタマー・インティマシーには、顧客の業界内で多年にわたり培った深い洞察力と同時に、型破りで変化に敏感な思考力も必要です。世界は急速に変化しているからです。経験と発明の才とをブレンドさせることによって、スキルが時代遅れになったり、不適切になったりするのを防ぎます。
顧客担当者の優れた仕事ぶりは、その背後にある強力なサービス・グループと一体化していることにあります。サービス・グループは、社内の異なる顧客担当チームの学習効果を反映しているので、その効果が一人ひとりの顧客担当者の仕事ぶりにも反映されていきます。
提供システムの空洞化
カスタマー・インティマシーは、顧客に対して驚くべき類の製品とサービスを提供しますが、その鍵は、多くの場合、そうした能力を所有するのではなく借りているという事実にあります。
カスタマー・インティマシーの多くは、いわば空洞化されたビジネスです。その強みは解決策を提供すべく専門知識を総合調整していく手法にあり、製品・サービス能力のネットワークにあります。
ネットワークの範囲を広げることによって、最低コストあるいは最良製品といった他の価値理念を、総合解決策の構成要素として提供することも可能になります。
重要なことは、そのような別の価値理念を、アドバイスやリエンジニアリングによる変革、結果に対する責任といった自社のサービスと組み合わせ、総合解決策の中に取り込んでしまうことです。
深いリレーションシップを創造すること
カスタマー・インティマシーは、顧客との長期的な関係を重視しますから、顧客との最初の取引では、長期的な関係につながる望みがある限り、金銭的な意味を重視することはありません。
深い関係になる可能性がない顧客は、最初から避けるか、途中で見放します。短期的収益しか見込めないビジネスからは速やかに手を引く意思が必要です。
顧客として有望なのは、これまでの伝統的な供給者との関係には何かが欠けていると感じているものの、それが具体的にどのようなものかをつかめないでいる企業です。
カスタマー・インティマシー企業が、顧客の重要なプロセス部門の一つに適性能力を持つことが理想です。逆に顧客がその分野で能力が高くないのであれば、顧客側はそれで依存的な関係に入ることをためらう気持ちを克服できます。
通常、顧客にとって重要なプロセスにおいて、顧客が無能力であるとは考えられません。その場合、顧客の二次的なプロセスに総合的な解決策を提供していくことになります。
顧客が財政面で問題を抱えている分野で手を貸すことによって、大きな収益源に変えることができるような、巨大で未発掘の潜在力を顧客が持つ場合もあります。
顧客には問題の原因が十分に理解できていないものの、カスタマー・インティマシー企業にはそれが見えており、当社の専門技術・知識を適用することによって顧客の潜在力を発揮させ、大きく問題を改善できるような場合です。
顧客の依存度や顧客との親密度が深まれば、顧客のビジネスについての理解も深まっていきます。そうなるように、顧客支援の分野を深め、かつ広めるのが常道です。
同時に、顧客の適性能力を常に先取りし、自らの体制をいつでも顧客の次の段階の諸問題に対処できるように整えます。
リーダーとしての利点を生かす
カスタマー・インティマシーでは、まだ実現されていない顧客の潜在能力を引き出すことで収益をあげます。総合解決策を提供することによって得られた付加価値を、顧客と分かち合うのです。
時が経つにつれ、顧客は、かつてカスタマー・インティマシー企業の独占領域だった専門知識の多くを自らのものにするようになります。他方、競合他社が同種のサービスを安価で提供し始めることもあります。こうなると、顧客には選択肢が出てきます。
この場合、カスタマー・インティマシー企業は、その分野において顧客を自立させるか、効率的な別の供給者に下請けさせるか、のいずれかを行います。
いずれにしても、時が経つにつれて利益幅が減少していくことになりますから、顧客側の組織内に、新たに相互協力できる分野や、新たな未発掘潜在力がないかを探り出す必要があります。
そのような発掘能力を磨くためには、それぞれの異なった顧客担当が互いに学び合い、専門知識・技術を構築し続けることが不可欠です。
さらに、構築した専門性を伝達できる相手として、新たな顧客を探し続けることも必要です。その際、既存の顧客がその手助けになってくれることが少なくありません。