この記事では、マイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマの著書『No.1[ナンバーワン]企業の法則』(THE DISCIPLINE OF MARKET LEADERS)について紹介します。
本書には、市場でナンバーワンになり、その地位を維持するために必要となる3つの価値基準について書かれています。「価値」とは、企業が特定の顧客に提供しようとする価格、品質、効率、選択、便宜性などです。
第一の価値基準は「オペレーショナル・エクセレンス」(経営実務面での卓越性)です。市場で平均的な製品を、最良の価格で、しかも最も面倒が少なくてすむ形で提供しようとするものです。
第二の価値基準は「製品のリーダーシップ」です。性能の限界をとことんまで追求する製品の提供に専心します。
第三の価値基準は「カスタマー・インティマシー」(顧客との親密性を徹底的に追求すること)です。特定の顧客が欲するものの提供に焦点を当て、その顧客との長期的な関係性を育成しようとします。
自社が選んだマーケットで競争に勝ち抜いていくために、自社が追求すべき価値基準を選び、その具体的内容を決定しなければなりません。
いずれの価値基準を選ぼうとも、マーケット・リーダーとなる企業には、「顧客崇拝」と呼ばれる企業文化があります。これこそが、勝者と敗者を区別する決定的要因です。
顧客崇拝とは何か
顧客崇拝は、従業員の態度や行動で表現されますが、どの価値基準を選択するかによって、具体的な内容は異なります。それは、顧客に与えると誓約した価値にピッタリ合うような明瞭な企業文化です。
顧客崇拝が定着した企業では、従業員の価値観が一貫しています。従業員にとって、成功とは顧客のために創造した価値のことであり、誇りとは顧客と接することから生まれるものです。
顧客に直接接する従業員はもちろんのこと、たとえ間接的であっても顧客のために働いていることを実感しています。自分たちが、特別に他社とは違うことを顧客にしてやれることを知っています。
顧客の価値は従業員の業績評価の最終尺度であり、顧客の価値を向上させることが従業員の成功を図る尺度になっています。
これが信条(「顧客信条」)として組織の中に組み込まれると、全従業員がこのことにコミットし、顧客サービスのために心身を捧げることを保証します。従業員一人ひとりに、やるべき仕事をやり遂げる責任と、自分たちのやった行動の説明責任を要求します。
また、顧客信条は、従業員の間に、運命共同体的な感覚、いま会社が何をしていて何故そうするのかについての深い理解、仕事をやり遂げたという満足感を生み出します。
顧客崇拝を得る
従業員が顧客信条に従って行動する状態にもっていくには、従業員の心構えと行動原則をその方向に仕向けるための広範にして継続的な努力を必要とします。
まず、従業員は、顧客信条が当社において具体的に何を意味するのかを理解しなければなりません。これを示すために、企業は、自社の価値理念とそれがオペレーティング・モデル(価値を提供するための最適な手段)に与える影響を歯切れよく、簡潔に説明する手段を用意します。
次は、従業員に顧客信条を実行させなければなりません。日々、顧客価値を創造するために何をすべきかを、従業員自身に考えさせるようにします。
真っ先に重要なことは、自社の独特の企業文化の中で働くことを楽しめるような人材を採用、確保することに全力をあげることです。
社内には、従業員に他より抜きん出ようとさせる雰囲気をつくります。すべてのメッセージ、シンボルマーク、行動などを通じて発する印象は、同じ目的に役立つようにします。
従業員が理性的にも感情的にもなすべきことと知りながら、その実行を困難にしている障害物があるならば、それを取り除かなければなりません。
顧客崇拝をスローガンに表現するとすれば、「価値に合わせて調整せよ」、「顧客とともに生きよ」、「顧客の代理人として行動せよ」の3つです。
価値に合わせて調整せよ
価値に合わせて微調整するのは、個々の従業員から始まります。各従業員に、会社の価値理念と一致する顧客価値をどれだけ創造しているかに注意を払わせる必要があります。
そのためには、各従業員が次の4つの中心分野で自己の成績査定ができるような何らかの手段(スコアカード)を持つ必要があります。
- 自分の仕事はどのようにして顧客価値を創造しているか。それは、わが社の価値理念に貢献しているか。
- 今年、自分は去年と比べてより多くの価値を提供しているか。その違いをどう説明するか。違いがないなら、それは何故か。
- 来年、今以上に大きな価値を与えるようにするには、今どう違う行動をとればよいか。同僚が顧客への貢献度を高めるのに、自分はどんな手助けができるか。
- 来年もっといい仕事をするのに障害となるのは何か。そうした障害を克服するには、何が必要か。
こうした質問を日常的に繰り返すことで、従業員は自問自答による自己評価の術を身につけます。同じ質問は、同僚との討議の基礎にもなります。
こうした自己評価を補強するものとして、企業全体の成績の系統的かつ客観的な監査制度を用意します。顧客の期待度と認識度、自分たちの最も重要なオペレーティング・プロセスの仕事ぶり、競争相手や他の業界のトップ企業のやり方に照準を合わせます。
このように、個々人ならびに集団的な成績の客観的な評価を手に入れることによって、会社としても顧客崇拝の態度を自信をもって強化することが可能になります。
経営陣は、従業員を動かすものはお金だけではないこと、顧客から認められることが従業員のやる気を起こす動機づけになり得ることをはっきりと知ることができます。
優れた企業では、特に経営上層部が一貫して顧客信条に心身を尽くしています。従業員は、上司のすることを注視しているだけで、自分たちのなすべきことが分かります。
顧客とともに生きよ
「顧客とともに生きる」とは、顧客の経験を自らも経験し、顧客が感じるとおりに自分も感じていくことです。顧客とともに生きることで、自社の製品・サービスに対する感受性が高まります。
顧客とともに生きるのは、従業員の仕事の中に組み込まれた日常の重要なテーマでなければなりません。顧客を知り尽くすことが、自分たちのビジネスの成功につながるということです。
マーケティング、セールス、顧客サービスなど直接顧客に接する従業員だけでなく、すべての従業員が、顧客とともに生きなければなりません。自分たちの仕事が顧客の望む価値にどう関わっているかについて、情報とフィードバックに晒されるようにしなければなりません。
情報システムを通して、顧客経験をコード化している企業もあります。コード化された情報を活用して、顧客の要望や期待に合わせた製品・サービスの調整などを行っています。
ただし、あくまでこれと定めた照準にこだわる必要があります。自社の価値理念に合った顧客とともに生きることが重要です。
顧客の代弁者として行動せよ
顧客は時にとてつもない要求をしますが、それが従業員にとって、誰もこれまで考えたこともない製品・サービスの改善を行う機会になるかもしれません。
だからこそ、従業員には頭を使わせる必要があります。従業員には、顧客の代弁者の役割を担う権限を与えてやるべきです。価値の創造に関わる諸問題に理性的かつ冷静に対処するよう励まして、そのために必要な準備をさせます。
ただし、彼らが代弁する顧客は、企業の価値理念に相応しい相手であるかどうか、念を押す必要があります。
従業員の適応能力を高めることも不可欠です。顧客の願望を実現するために協力が欠かせない他の従業員とのコミュニケーションがスムーズになるようにしなければなりません。
必要な情報が直ちに手に入り、フィードバックも早急になされ、どれがうまくいき、どれが駄目であるかをすぐに見分けられるようにしなければなりません。
そのようにして、従業員が自らの努力から学んでいくことを奨励し、価値のフロンティアを広げるための努力を支持、激励していきます。