マーケット・リーダーになるために必要な価値基準

この記事では、マイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマの著書『No.1[ナンバーワン]企業の法則』(THE DISCIPLINE OF MARKET LEADERS)について紹介します。

著者の2人は、本書執筆当時、CSC Indexというコンサルティング会社のコンサルタントですが、トレーシーはマサチューセッツ工科大学ビジネススクールの教授でもありました。

本書には、市場でナンバーワンになり、その地位を維持するために必要となる価値基準について書かれています。

今日、企業は、すべての顧客にすべてを与えようとするのではなく、選ばれた顧客に独特の価値を提供できなければなりません。

「独特の価値」とは、企業が特定の顧客に提供しようとする特定の価値の組み合わせであり、価格、品質、効率、選択、便宜性などによって構成されます。

提供すべき独特の価値を明確にしたならば、その価値を提供するための最適な手段(経営システム、ビジネス構成、企業文化などで構成される機構および環境)を選択する必要があります。その手段の組み合わせを「オペレーティング・モデル」と呼びます。

企業が提供する価値とオペレーティング・モデルには無限の組み合わせが考えられますが、著者らが調査したところ、マーケット・リーダーになるために必要な組み合わせは3つに集約されます。それらを「価値基準」と呼びます。

3つの価値基準はいずれも重要ですが、一つの企業がすべてに卓越することはできないので、市場での成否を賭けるべき一つの価値基準を選び、残りの価値基準でも手を抜かないという姿勢で臨みます。

第一の価値基準は「オペレーショナル・エクセレンス」(経営実務面での卓越性)です。市場で平均的な製品を、最良の価格で、しかも最も面倒が少なくてすむ形で提供しようとするものです。

第二の価値基準は「製品のリーダーシップ」です。性能の限界をとことんまで追求する製品の提供に専心します。

第三の価値基準は「カスタマー・インティマシー」(顧客との親密性を徹底的に追求すること)です。特定の顧客が欲するものの提供に焦点を当て、その顧客との長期的な関係性を育成します。

「価値基準」は、戦略、目標、計画あるいは個別の活動とは違います。むしろ、それら全ての基礎になるものです。価値基準の選択によって、その企業の適正能力から企業文化に至るまで、機構全体の色彩が決まり、会社の存在意義と行動が定義されます。

顧客が求める価値

今日の顧客は、自分たちが価値ありと思うものを益々求める傾向があります。その価値は、低コスト、買い物の利便性とスピード、最先端のデザインや性能、専門家の相談を仰ぐことに概ね集約されます。

成功する企業は、価値の全てに卓越しようとはせず、自分たちが強調しようと選んだ価値の一要素で顧客の期待感を高め、価値の再定義を試み、その最先端を走ることによって競争相手を追い落としていきます。

低価格の追求

高品質・高性能だから高価格が当たり前とは言えなくなりました。同じ品質・性能で低価格品が次々と登場してくるからです。ブランドやパテントで価格を保護できるという考えも通用しなくなりました。

顧客は安い価格を求めており、コストが上昇したからといって値上げをすることは難しくなっています。

価格で競争するには、企業側がコストをしっかりと管理し、顧客の期待度に合わせたコスト引き下げに努力しなくてはなりません。

時間を買う

技術の進歩のおかげで時間の価値が再評価されるようになり、顧客の期待感も高まりました。顧客は遅延に耐えられなくなっています。

顧客は不便であることにも耐えられなくなっています。顧客の仕事をやりやすくしていく努力を怠れば、顧客は離れていきます。顧客は、あらゆる取引で時間を買いたいと考えています。

手間暇面倒なしのサービスは当たり前になっており、ある業界でそれが受け入れられると、他の業界でも同じ水準が要求されるようになります。

予期せぬサービスへの期待

特別サービスや特別待遇も、もはや特別ではなくなりつつあります。並外れたことが、あっという間に並のことになってしまいます。

そのため、顧客は、当然予期できるもの以上のことをいつも期待するようになっています。しかも、一度期待以上のサービスを受けるとそれが当たり前となり、ますますその期待は高まっていきます。

品質の再定義

いわゆる高品質は当たり前であり、高価格の条件というよりも、市場への入場料と言うべきものになりつつあります。

顧客にとって品質とは、これまでにないような新しい特色を意味するようになっています。例えば、最新技術を取り入れた改良です。その水準に妥協は許されません。

競争の新しいルール

顧客が求める価値には様々なものがありますが、全ての顧客が全ての価値を同時に求めるわけではありません。異なる顧客は異なる種類の価値を求めます。

ここで「価値」を共通的に定義すると、製品・サービスから受け取った利便の総和から、その取得のために支払ったコストを差し引いたものです。「コスト」は、直接支払った金額だけでなく、取得に費やした時間を金額に換算したものも含みます。

企業としては、あらゆる価値を最高の水準で提供することはできないので、顧客を選別し、自社の価値の焦点を絞り込む必要があります。

提供する価値の水準が上がるにつれて、顧客の期待度も高まっていきますから、更にその先を行くことによってのみ、常に先頭に立っていることができます。

顧客の期待度を上回れば、その分価値が付加され、期待度を下回れば、その分価値が毀損されると考えることができます。

比類なき水準の特別の価値を作り上げるには、その種の価値に全霊を注ぐ卓越したオペレーティング・モデルが必要になります。

3つの顧客グループ

著者らの調査によると、顧客は、その重視する価値に基づいて、概ね3つにグルーピングされます。

第一のグループは、製品の性能や特殊性を重視する人々です。第二のグループは、人間らしいサービスや助言に価値を認め、個人的な要求の充足を求める人々です。第三のグループは、価格と信頼度の組み合わせによって、最低の総コストを求める人々です。

4つの市場ルール

3つのグループの顧客は、それぞれ異なる次元の価値を重視します。それは、①最高の製品、②最良の総合的な解決策、③最低の総コストです。

著者らは、これら3つの次元の価値に対応するために、マーケット・リーダーを目指す企業が遵守すべき4つのルールを導き出しました。

第一のルールは、ある特定の次元の価値で卓越することにより、市場で最良の売り物を提供することです。

3つの価値すべてにおいて卓越することはできませんから、どれか一つにおいて卓越することを決定し、その価値に対応した提供すべき具体的内容(価値理念)を顧客に提示する必要があります。

第二のルールは、一つの価値において卓越することを決定したとしても、残りの価値(二次的次元の価値)においては並の水準を保つことです。

二次的次元の価値で手を抜いてしまうと、一つの卓越した価値の魅力を台無しにしてしまいかねません。

第三のルールは、年々歳々、価値を高めることにより市場を支配することです。一度、マーケット・リーダーの地位を得たとしても、その地位に安住することは許されません。

市場リーダーは、自分たちが得意とする価値理念の提供によって、顧客の期待感と価値の水準を高めていきます。

その効果はその企業が属する業界だけにとどまりません。それは必ず全業界に波及します。顧客は、ある業界で得られた価値を、他の業界でも得られるはずだと思うからです。

このため、マーケット・リーダーは、自らの地位が常に二方面からの攻撃にさらされていることを認識する必要があります。一つは自社と同じ類の価値に焦点を当てている競合であり、もう一つは二次的次元の価値に対する顧客の期待度を高めている他の企業です。

第四のルールは、比類なき価値を提供することに専心する、よく調整されたオペレーティング・モデルを構築することです。

著者らの調査によると、企業が提示する価値理念を市場に出すためのオペレーションを構築する方法にも一定の様式があることが分かりました。その様式を「オペレーティング・モデル」と呼びます。

オペレーティング・モデルは、業種によって特徴的なのではなく、その企業が提示する価値の次元によって特徴的です。業種が異なっていても、重視する価値の次元が同じであれば、オペレーティング・モデルも似通ってくるのです。

よって、自社が提供すると決めた特殊な価値は、自らのビジネスについての考え方を定義し、オペレーティング・モデルを決定することになります。

マーケット・リーダーの価値基準

顧客が、その重視する価値の違いに応じて3つの異なるグループに区分できることに合わせて、企業も明確に異なる価値基準によって分類されます。

その価値基準は、最良の総コストを重視する顧客に対応する「オペレーショナル・エクセレンス」(経営実務面の卓越性)、最良の製品を重視する顧客に対応する「製品リーダー」、最良の総合的な解決策を重視する顧客に対応する「カスタマー・インティマシー」(顧客との親密性)の3つです。

企業は、すでに述べた第一の市場ルールに従って、この3つの価値基準のいずれかに焦点を絞り込みます。つまり、自社の強みを活かす価値を選択し、その価値を提供するのに相応しいオペレーティング・モデルを開発します。

そして、その組み合わせをひたすら守り、絶えず改善することによって、その分野で卓越し、マーケット・リーターの地位を確保・維持します。

オペレーティング・モデル

ある価値基準の選択は、その会社のその後の計画や意思決定を形成し、社風から公的な姿勢に至るまで、組織全体のカラーを決めます。

オペレーティング・モデルとは、オペレーティング・プロセス、経営システムおよび社風からなり、それらすべてが、ある種の卓越した価値を生み出すように一体化されています。

異なる価値基準は、異なるオペレーティング・プロセスを要求します。

オペレーショナル・エクセレンス

「オペレーショナル・エクセレンス」は、製品・サービスの品質、価格および買いやすさの見事な組み合わせを提供することです。

通常、顧客に提示する価値は、低価格と煩わしさ無用のサービスの組み合わせ、あるいはそのいずれかを保証することです。

そのオペレーティング・モデルの構築には、4つの際立った特徴があります。

  • 最終需要者までの一貫した製品供給のプロセスと、コストと手間暇の煩わしさを最小限にするように合理化された基本的サービス
  • 標準化、簡素化が徹底し、管理が厳しく、計画が中央で練られるために、一般従業員に決定の委ねられる余地がほとんどないオペレーション
  • 一貫性のある、信頼できる、高スピードの取引と標準遵守の姿勢に焦点を立てた管理システム
  • 無駄を嫌い、効率を重んじる社風

製品リーダー

製品リーダーは、その製品を絶えず未知の分野に、まだ試されていない分野に、ないしは期待の大きい分野に進出させようとします。

製品リーダーの顧客への価値の提示は「最良の製品」ということに尽きます。その目標達成のために、次の3点で自らに挑戦します。

第一は、創造的になることです。アイデアの発生する場所が社内、社外のどこであろうと、とにかくそれを認識し、採用することを意味します。

従業員がアイデアを会社に持ち込んでくることを奨励します。どんなに奇を衒うようなアイデアでも、それに耳を傾け、検討していくことを重視する環境を作り出し、維持します。

第二は、アイデアを直ちに商品化することです。そのためには、社内のビジネスと管理のプロセス全体がスピード重視の体制になっている必要があります。

官僚主義を避けるためにはいかなる犠牲も厭いません。経営者の決断は迅速です。決断が遅過ぎたり、何も決断しないよりも、拙速で誤った決断をして後で訂正するほうがましだと考えています。

製品のサイクル期間を短縮するための新方策、例えば同時進行の新技術開発などを、絶えず探求しています。

第三は、自社の最新の製品・サービスの更に先をいく方法を仮借なく追求することです。誰かが自社の技術を時代遅れのものにしてしまうなら、その誰かは自分でなければならないと考えています。

製品リーダーのオペレーティングモデルは、次の特徴を持ちます。

  • 発明、製品開発、マーケット発掘の核となるプロセスに焦点を当てる。
  • ビジネス構造は緩い編成で、問題別に特別班をつくりつつ、いつでも変更可能な体制にする。
  • 管理システムは結果重視で、新製品の成功を正当に評価し、十分な報酬を与え、そこに到達するのに必要な実験を罰しないようにする。
  • 社風は、個人の想像力、才能、型にはまらない思考、将来を想像したいという欲求に駆られた心構えを刺激し、育成するものにする。

カスタマー・インティマシー

カスタマー・インティマシーとは、顧客との親密性を徹底的に追求することです。この価値を提供する企業は、特定の顧客が欲するものを製品とサービスに特別仕立てし、妥当な価格で提供します。

カスタマー・インティマシー企業の最大の資産は、顧客の忠誠心です。提供する内容を絶えず格上げしていくことによって、常に顧客の高まる一方の期待感に先回りし、顧客の生涯価値を重視します。

従業員は、顧客が本当に求めているものを正確、確実に手に入れることに万全を期します。そのためには、第三者や競合企業からの製品・サービスを取得するブローカー役を果たすことも厭いません。

カスタマー・インティマシー企業のオペレーティング・モデルは、次のような特色を持ちます。

  • 核となるプロセスは、解決策(顧客に今、本当に必要なもの)の推進、結果管理(解決策がうまく実行されるよう見守ること)、関係維持管理の三段階。
  • 意思決定権限は、顧客に密着している従業員に委任。
  • 管理システムは、顧客によい結果が生まれてくるような舵取りができるよう慎重により抜かれる。
  • 一般的解決策より個別具体的解決策を重んじ、深くて長続きする顧客関係性を繁栄の基礎とする社風をつくる。