メディアに到着したキュロスは、母方の叔父であるキュアクサレス王と、今後の戦い方について相談します。
両国の戦力を比較し、戦い方を知り、戦力において劣る自軍が、いかすれば敵軍を破ることができるか、具体的な戦闘方針を決定します。
自軍が戦力に劣るため、戦い方の工夫だけでなく、兵士が勇敢に戦ってくれることが致命的に重要でした。兵士に勇敢さを発揮してもらうためには、もちろん訓練が重要ですが、勝利の報酬もまたなくてはならないものでした。
そこで、勝利した場合にどのように戦利品を分配するのがよいかについて、皆の意見を聞きながら決定します。
しかし、訓練の過程でも、兵士には報酬を払う必要がありましたから、キュロスが用意した財貨は圧倒的に不足していました。そこで、キュロスは、アッシリアとの戦いの前哨戦ともいうべき戦いを用意し、新たな財貨と同盟軍を獲得しようと考えました。
戦闘方針の決定
ペルシアの国境に到着すると、キュロスたちは、ペルシアの国土を支配する神々と英雄たちに好意と恩寵を持って自分らを送り出してくれるように祈りました。
国境を超えると、メディアの国土を支配する神々に、好意を持ち、恵み深く自分たちを受け入れてくれるように祈りました。
ここでキュロスとカンビュセス王は別れを告げ、王はペルシアに戻り、キュロスはメディアの王キュアクサレスのもとへ向かいました。
キュロスは最善の戦い方をする方法を相談しようと、敵と味方の軍隊の規模および各部隊の戦い方についてキュアクサレスに聞いたところ、敵軍は味方の数倍の規模にのぼり、ほとんどの兵士が弓兵と槍兵であることが分かりました。
飛び道具による戦いが主体であるなら、数によって勝敗が決まることは明らかでした。そこで、キュロスは、参戦するペルシア兵が接近戦によって敵を圧倒し、逃げる敵をメディア騎兵に任せることで、敵に留まる余裕も退く余裕も与えないようにすることを提案しました。
ペルシア兵たちは十分に武装されておらず、接近戦に参加できない状態であったため、キュロスがキュアクサレスに頼んで武器(鎧、盾および剣または斧)を用意してもらうことにしました。
キュロスは、用意された装備を中央に置き、すべてのペルシア兵たちを集めて、望む者にこれらの武器を与えると述べたうえで、キュロスや貴族たちと同じ危険に立ち向かい、素晴らしい戦果をあげれば同等の名誉を共有できることを伝えると、全員が武器を受け取りました。
敵が到着するまでの間、キュロスは部下たちの肉体を鍛えて強くし、戦術を教え、軍事に向けて精神を逞しくする努力をしました。何事においても、精神の集中が重要であることから、部下たちが軍事訓練以外のことに心を煩わせることがないように配慮しました。接近戦で戦わなければならないことを自覚させるため、剣、盾、胸鎧で戦う訓練だけを行わせました。
競争心を駆り立てることによって部下たちの訓練意欲を高めることができると考え、訓練に有益であると判断したすべてのことで競技を行いました。兵士として優れた成績を示した者には、賞として班長の地位に昇格させました。班長以上の指揮官たちの場合、自分の部隊を最強のものとして示した者を上長に昇格させました。また、指揮官に信頼され、命じられた訓練を最も熱心に行う部隊全体に対し、勝利の賞を与えました。
キュロスは、中隊(100人)ごとに十分な大きさの天幕を用意し、一緒に生活させました。それが有益であると考えた理由は、次のとおりです。
- 同じ生活で同じ糧を受けるため、敵に対して他の兵士より劣る行動をとれない。
- 一緒に天幕暮らしをすれば、互いをよく知り合うので、互いに一層強く羞恥心を抱くようになり、安逸を貪ることができなくなる。
- 天幕で共同生活をすることで、自分の部署を正確に知ることができるので、混乱に陥りにくくなり、混乱に陥った場合でもいち早く正常に戻ることができる。
- 共同生活をする兵士たちは、互いに相手を見捨てることが少なくなる。
キュロスは、汗をかかない兵士には朝食や昼食をとらせないようにしました。遊びのときでさえ汗をかかせるようにしました。食事を美味しくし、身体を健康にし、苦労に耐えるのに役立つと考えたからです。兵士たちが苦労するのは、互いにより好意的になるのにも役立つと考えました。自分自身の鍛錬を自覚している兵士たちは、敵に対して一層勇敢になるとも考えました。
キュロスは、食事に招待した将兵たちを収容するのに十分な大きさの天幕を張りました。同じ食事を共にすることを、人に好意を示す方法として重視したからです。指揮官たちを招待したり、班、分隊、小隊、中隊全体を招待することもありました。自分がしてもらいたいと思っていたことをしてくれた者たちも、食事に招待して名誉を与えました。招待した者に出される料理は、常に彼と同じでした。
キュロスは、召使いたちにも同じ物を同じ分け前で取らせました。軍隊の召使いは伝令や使者と同等に栄誉を受けるべきであると考えたからです。召使いは忠実で、軍事に精通し、賢明である上に頑健で、速く、果断で、泰然としていなければならず、指揮官が命じたいかなる仕事も拒否せず行うのが自分たちの義務だとみなすように鍛錬しなければならないと考えていました。
戦利品の分け方
キュロスは常に多くの者たちを食事に招待し、食事での対話を重視しました。食事が快適であるよう時には冗談を言い合い、同席者が勇敢な行為をするように仕向けるような会話を心がけました。
例えば、同席者が率いる隊の状況について質問をし、模範となる行動や問題行動の具体例を説明させました。自分の考えを押し付けるのではなく、質問して学ぼうとしました。自分の意見を述べる場合も、違う考えがあれば教えて欲しいと常に求めました。
ある日の食事では、兵士への戦利品の分け方について討議しました。キュロスが決めればそれに従うという意見もありましたが、キュロスは議論を求めました。
競技などの賞品とは違い、遠征による戦闘の場合、皆が等しく故郷を離れ、家族を離れて命を懸けるがゆえに、兵士たちは戦利品を共有物とみなすだろうとキュロスは考えていました。
業績にかかわらず同じ分け前を得ることに賛同する意見は、食事に同席した貴族たちの中にはいませんでした。キュロス自身は、業績に応じた報酬を受け取るようにすることで、貴族たちが一層優れたものになると考えましたから、そのように決まることを望みました。
ところが、中隊長の一人は、自分の隊の兵士の中に、苦労や努力を誰よりも少なく済まそうとしながら、より多く獲得しようとする者がいることを告白しました。
キュロスは、勤勉で忠順であるべき軍隊では、そのような兵士を除外すべきであると言いました。立派で勇敢な者たちは立派で勇敢なことへ、悪い者たちは悪いことへと人を導こうとするものであり、しかも、悪い者たちのほうが多くの同調者を得ることになりがちだからです。
キュロスは、兵員を充足するときは、同国人であることを優先するのではなく、自分たちを最も強力にし、自分たちに最もよく栄誉をもたらしてくれると思われる者を受け入れるよう忠告しました。
そのような対話がなされた食事の翌日、キュロスは、すべての兵士を集めて、戦利品の分け方について同様の質問をしました。
これに対し、一人の貴族が次のような意見を述べました。
優れた兵士たちが勇敢に戦うからこそ、多くの戦利品が得られる。そうであれば、優れた者でなくても、働きに応じた分け前は得られると期待できる。
しかし、誰もが同じ分け前に与れることが分かっていれば、臆病な兵士は何もしなくなる。その結果、勇敢な兵士が意欲を失えば、軍隊全体としてよくない結果をもたらす心配がある。
次に、平民である兵士が次のような意見を述べました。
ここに集まっている兵士たちは、身分にかかわらず同じ条件、共通の義務、共通の価値観のもとで戦う。このような状況では、すべての兵士が生来身につけてきた戦い方が示される。
問題は技術ではなく勇気である。だからこそ、平民である自分も、貴族と喜んで競い合える。
さらに、その兵士はキュロスへの信頼を次のように述べます。
敵に対して勇敢であることは、全ての者にとって最も素晴らしいことであるとキュロスはみなしているから、公平に判定を下し、勇敢だと認める者を自分に劣らず愛し、自分の物を与えることを喜ぶだろう。
キュロスが判定者になれば、自分は貴族とも競争することができるから、キュロスには、自分がどのような戦闘をしようとも、その業績に応じた評価をして欲しい。
この意見に対して多くの者が賛同し、各人が業績に応じて評価されること、キュロスが判定者であることが決定されました。
新たな財貨の獲得
メディアとアッシリアの間で戦争が起こりそうになっているため、インドからキュアクサレスのもとへ使節団がやってきました。キュアクサレスはキュロスに使者を送り、直ちに出向いてくるように命じました。また、できるだけ輝かしく美しい姿で出向いて欲しいと、着用すべき美しい衣装を使者に持たせていました。
キュロスは、直ちに30000人の軍隊に見事な隊列を組ませ、整然と率いて速やかにキュアクサレスの王宮に到着しましたが、キュアクサレスが使者に持たせた衣装ではなく、ペルシア風の華美でない衣服を着けていました。
キュアクサレスはキュロスの衣服を見て不機嫌になり、自分の姉妹の息子の壮麗な姿を見せることが自分の名誉でもあると告げましたが、キュロスは、華美な衣装を着て時間をかけて来るよりも、急ぎ汗にまみれて懸命に優れた多数の兵力を率いて到着することのほうが、キュアクサレスに対して従順さと敬意を示すことになると返答しました。
使節団の目的は、戦争の理由をメディア王とアッシリア王の双方に尋ね、インド王は正義を考慮して不正を受けた者の側に立つことを伝えることでした。
キュアクレサスは、自分たちはアッシリア王に何らの不正も加えていないと述べ、キュロスは、アッシリア王がメディアから不正を受けたと言うなら、インド王を裁判官に選びたいと述べました。
使節団が去ると、キュロスはキュアクサレスに新たな財貨の獲得を提案しました。キュロスが祖国から携えてきた財貨は多くなく、兵士たちを勇敢な協力者にするために財貨を褒美として与えて励ましてきたため、残り僅かになったからです。キュアクサレスもまた多くの支出していることを知っていたため、キュアクサレスに頼むわけにもいきませんでした。
キュロスは、メディアの属国アルメニアの王が、アッシリアとの戦いに兵を送らず、義務である貢物も贈らないということを聞いていましたので、キュアクサレスから騎兵を借りてアルメニア王のもとに赴き、軍隊と貢物を送らせ、アルメニア王を今以上に友好的にさせると約束しました。
キュロスはメディアとアルメニアの境界付近でしばしば狩猟をしたことがあり、アルメニア王の息子の何人かが猟友であったことから、再び同じ場所で狩猟をするように見せることにしました。
キュアクサレスの援軍が近づいてくると、離れたところで待機させ、指揮官のみを呼んで自分の中隊長たちとともに集め、アルメニアに向かう目的と作戦の内容を伝えました。キュロスは平原を横切って真っ直ぐにアルメニアの王宮に向かうこととし、その前に、王が逃げ込む恐れのある山にペルシア兵の一部を送って占拠させておく作戦でした。
翌日、予告せず進撃するのは友好的でないと考えたキュロスは、まずアルメニア王のもとに使者を送り、できるだけ早く貢税と軍隊を送るように伝えたうえで、隊列を組んで進軍を開始しました。兵士には、途中でアルメニア人を誰も傷つけてはならないと命じ、兵士に食べ物や飲み物を売るために近づいてくるアルメニア人たちには自由に商売をさせてよいと告げました。