メディア王の嫉妬 – キュロスのリーダーシップ⑩

キュロス軍は、最初に出陣したアッシリアとメディアの境界に到着し、3箇所あったアッシリアの城砦を占領しました。

キュロスは、メディアに戻っていたキュアクサレスに使いを送り、陣営に来て欲しいと頼みました。占拠した城砦の扱いと、将来なすべき他のことについての相談をするためでした。キュアクサレスが指示するなら、一緒に陣営を設置するために、キュロスがキュアクサレスのところに出向くと伝えました。

キュアクサレスが使者の伝言を聞いた時、キュロスが援軍として呼び寄せたペルシア兵が来てメディアの土地を荒らしていました。キュアクサレスは、このうえキュロス軍をメディアに入れるのはよくないと判断し、メディアに留まっていた騎兵隊を率いてキュロスのもとに出発しました。

キュロスはキュアクサレスがやって来ることを知ったので、大軍を率いて出迎えたのですが、キュアクサレスは、自分の隊列とキュロスの隊列の違いに愕然とし、激しい嫉妬を燃やすのでした。

キュロスへのライバル視

キュアクサレスを大軍で出迎えたキュロスは、王を迎えるために最大限の礼を尽くしたつもりであったでしょう。

ところが、キュアクサレスは、自分が引き連れている騎兵隊と、キュロスが率いる軍隊の差を恥ずかしく思い、悲しくなってしまいました。

キュアクサレスが悲しむのを見て、キュロスが理由を尋ねたところ、自分は王であるのにこれほど惨めな姿で駆けつけ、キュロスは偉大で高邁な人間として迎えているように見えるからだと答えました。

キュロスはキュアクサレスを叔父であり王であるとみなしていましたが、キュアクサレスはキュロスをライバル視していることが分かります。

なぜなら、キュアクサレスは、自分に礼をもって出迎えているはずのキュロスを、自分に対峙する存在のようにみなしているからです。まるで大国の王が小国の王を出迎えるかのように見えたのかもしれません。

部下への態度の違い

キュアクサレスは、自分に対する部下の態度について、次のように語りました。

本来自分の部下である護衛兵その他のメディア兵が、自分を惨めな存在とみなし、キュロスを偉大な存在だとみなしている。


それどころか、部下たちはキュアクサレスをなおざりにし、嘲るだけでなく、部下の方がキュアクサレスよりも強力になって出迎え、キュアクサレスに害を加えることができるほどになっている。

このことは、キュアクサレスが部下を日頃どのようにみなしていたかを物語っています。他の場面でのキュアクサレスの部下に対する態度を見てもそうですが、キュアクサレスの姿勢はリーダーではなく支配者でした。

キュロスのように、まずリーダーが部下に好意を示すことによって部下の協力を得ることが大事であると考えたのではなく、部下は裏切るものであり、そのために厳しく罰を与えて支配しなければならないと考えていたように思われます。

キュロスより優位に立つことを望むキュアクサレス

キュアクサレスの怒りは誤っており、キュアクサレスを侮辱する意図はなく、これまでキュアクサレスに好意を示し、尽くしてきたことを、キュロスは述べていきました。

事の始まりは、アッシリアがメディアを攻撃しようとしたために、キュアクサレスがキュロスを司令官としてペルシアに援軍を求めたことでした。しかも、実際に前線で戦ってきたのはキュアクサレスではなくキュロスでした。メディア軍を率いたのも、常にキュアクサレスの許可を得てのことでした。

キュロスの戦いの結果、敵を打ち負かし、降伏させ、キュアクサレスも多くの戦利品や領地を得ることができたのでした。

しかし、キュアクサレスの反応は次のようなものでした。

このようなキュロスの成果のことごとく自分を苦しめる。

自分の兵力によってキュロスの領土を大きくしたかったのに、結果は逆になったことが恥辱をもたらしている。


財貨にしても、キュロスから贈られるより、自分がキュロスに贈るほうが喜びであるのに、キュロスによって富まされると、自分はその分貧しくなるように感じる。


家臣がキュロスから痛めつけられるのを見るほうが、キュロスから好意を受けているのを見るよりも苦しみが少ない。

キュアクサレスは、キュロスを幼い頃から知っており、キュロスの優秀さを目にしていました。

キュアクサレスがキュロスに援軍を求めた本心は、助けを求めたということではなかったようです。

まず戦いにおいても部下の指揮においてもうまく行かないことをキュロスに自覚させ、自分が後を仕切って自分の方が優れていることを示したかったというのが本心であったことが分かります。

和解

キュロスは、キュアクサレスの話を遮り、次のように言いました。

自分がキュアクサレスに好意を示してきたのだから、自分にも好意を示し、非難をやめて欲しい。

自分の行動がキュアクサレスの利益を意図したものであることが分かるなら、自分の愛情に応え、自分を援助者とみなして欲しい。

キュアクサレスはキュロスに同意し、和解することにしました。2人の様子に心配していた兵士たちは安心し、喜び、快活になりました。

キュロスとキュアクサレスは馬に乗って先頭を進みましたが、キュロスはメディア兵に合図し、キュアクサレスに従うように仕向けました。

キュアクサレスは、キュロスがあらかじめ準備させた天幕に入りましたが、キュロスの指示によってメディア兵たちが贈り物を携えて訪れたので、キュロスがメディア兵たちを自分から引き離したのではなく、メディア兵たちは自分に以前と変わらぬ気持ちを持ってくれていると考えを変えました。

夕食時になると、キュアクサレスはキュロスを呼び、一緒に食事をしようと望みました。しかし、キュロスは、自分たちから勧められて戦場に来ている兵士たちに好意を示し、キュアクサレスに敬意を表しに来る者たちを歓迎して食事を提供してやって欲しいと述べました。そうすることによって、彼らはキュアクサレスに信頼感を抱くようになるだろうと述べました。

クセノフォンが嫉妬を描写する意味

本書では、キュロスの叔父であり王であるキュアクサレスが、キュロスへの嫉妬心を素直に表現していますが、現実には、自分より若く、立場が下の者に、このように嫉妬心を表現することはあり得ないでしょう。

嫉妬するのは恥だと考えることがほとんどですから、嫉妬しているのを隠すのが普通です。「あなたは私に嫉妬しているでしょう」などと言われようものなら、烈火のごとく怒りだすのが凡人の姿です。

むしろ、自分が嫉妬してるなどと絶対に認めたくないので、相手の粗を探し、相手を批判して、自分は嫉妬しているのではなく、相手に問題があるから批判しているのだと、自分で自分を正当化することが多いでしょう。

本書では、あくまでクセノフォンが、キュアクサレスの本心を表現する形で語っているのであり、このような形で上司が部下に嫉妬することがあるのだということを理解することが大事でしょう。

2500年も前の古い時代の物語ですが、人間の感情というものは本当に変わるものではなく、現代の上司が部下に嫉妬するのも同じようなことの繰り返しであるということです。リーダーは深く自戒しなければなりません。