「為替」とは、現金を送る代わりに、手形・小切手・証書などで金銭の受け渡しを済ませる方法、あるいは、その手形などをを言います。
為替の一種として「外国為替」があります。異なる通貨を持つ国と国との間で、現金を直接やり取りすることなく送金を行う方法です。通常は、銀行間の口座振替によって行われ、証書は郵送等でやり取りされます。
通貨が異なりますから、通貨同士の交換比率が問題になります。交換比率のことを「外国為替レート(外国為替相場)」、あるいは単に「為替レート(為替相場)」と言います。
輸出入を行っている会社では、為替レートが直接影響を与えます。
国内だけで事業を行っている会社には関係ないと思うかもしれませんが、決してそうとは限りません。国内だけで事業を行っていたとしても、海外の会社が競争相手になる場合も多いからです。海外の競争相手がいない事業の方が少ないでしょう。
為替レートは変動します。しかも、合理的とは思えない変動をすることも多く、予想は困難です。
事業を行う者にとって、為替レートの変動は不確実性が高く、明らかなリスクです。予想して賭けに出るのではなく、あらかじめ防護対策(リスクヘッジ)を講じなければなりません。そのためのコストを負担すべきものです。
変動相場制の誤った仮説
変動相場制は、国家間の格差を自動調整するかのように喧伝されました。財とサービスの収支が為替レートを決定し、各国の経常収支に応じて為替レートは自動調整されると考えられていました。その結果、国間のコスト格差を縮小させ、短期資本の国際変動を減少させると理解されていました。
実際は、世界中を動き回っている多額の短期資本が為替レートを決定し、財とサービスの流れを左右していると言います。
国家が為替レートを操作する余地は小さくなると言われていましたが、実際はそうでもないようです。
為替レートは、リスクを小さくしたり、格差を調整したりする方向で動くわけではなく、予測し得る変動であるとは言えません。だからこそ、リスクであると認識し、コストを支払って、その影響から自社を守ることが重要になります。
輸出におけるリスクヘッジ
製品を外国に輸出する場合、輸出先企業が日本円で取引してくれるのであれば、為替変動のリスクは生じません。
米ドルまたは相手国通貨(以下「外貨」と言います。)での取引が必要なら、外貨で代金を受け取り、日本円に交換することになります。
この場合の変動リスクは、売買契約が成立した時点での為替レートと、外貨を日本円に交換する時点での為替レートが変わる可能性があることです。時間差による変動リスクです。
売買契約時よりも日本円が下がっていれば、交換によって受け取れる日本円が多くなります(得をします)。逆に日本円が上がっていれば、少なくしか受け取れません(損をします)。
ですから、この変動リスクのヘッジを考えなければなりません。何のリスクヘッジもせず、たまたま得したからよかったというのは、経営ではなく博打の世界です。事業の未来を博打に委ねないことが経営責任だと思わなければなりません。
外貨の空売り
リスクヘッジの一つの方法は、売買契約が成立した時点で、同額の外貨を空売りすることです。
「空売り」とは、外貨を一旦借りて売ることです。借りた外貨は将来買い戻すことを約束しておきます。つまり、空売りした時点で、外貨の借金ができることを意味します。
実際に売買が行われたら、代金として外貨を受け取ります。空売りで借金している外貨と同額の外貨が手に入ったことになります。
ここで、空売りした外貨を買い戻すと同時に、販売代金として受け取った外貨を売ります。
もし、為替レートが変わって、外貨が高くなっていたとします。空売りした外貨を買い戻すための日本円が余分に必要になりますから、損をします。一方、販売代金として受け取った外貨を売る際に手に入る日本円は増えますから、得をします。同額の外貨の買いと売りを同時に行いますから、損と得は相殺されます。
外貨が安くなっていた場合は逆になりますが、損と得が相殺されることは同じです。
ただし、空売りの際に外貨を借りるわけですから、買い戻すまでの間の金利その他の手数料を支払わなければなりません。この手数料がリスクヘッジのためのコストです。
具体例をあげて説明します。
100万円の商品をドル建てでアメリカに輸出するとします。売買契約が成立した時点での為替レートが「1ドル=100円」だったとすると、受け取る金額は1万ドルです。この額は、契約時点で確定します。
代金の実際の受け取りが1ヶ月後であったとし、その時点での為替レートが「1ドル=98円」(円高ドル安)になっていたとします。受取額は1万ドルで確定していますので、その時点で円に換えると98万円となり、2万円の為替差損が出ます。
これを防ぐため、売買契約が成立した時点で、為替市場で1万ドルを空売りします。その時点の為替レートは「1ドル=100円」ですから、100万円の収入があります。この時点で1万ドルの借金ができます。
1ヶ月後に1万ドルの代金を受け取ったら、空売りした1万ドルを為替市場で買い戻します。その時点での為替レートは「1ドル=98円」ですから、98万円を支出することになります。
代金として受け取った1万ドルも、同時に為替市場で売ります。そうすると、98万円の収入になります。つまり、98万円の支出(空売り分の買い戻し)と98万円の収入(代金の換金)が同額で相殺されます。
結果的に手元に残るのは、売買契約成立時にドルの空売りをして受け取っていた100万円です。
これで為替差損が出ないわけですが、まったくコストがかかっていないわけではありません。1万ドルを空売りした際に、1万ドルの借金をしたことになっているので、為替市場で、その1万ドルを買い戻す際、金利に相当する費用が差し引かれます。さらに、為替市場での売買には手数料がかかります。これらが為替リスクヘッジのコストです。
ただし、空売り時の収入100万円は、実際の代金受け取りよりも1ヶ月早く手に入れていたわけですから、運転資金として有効活用できます。
プットオプションの購入
もう一つは、売買契約が成立した時点で、同額の外貨を売る権利(プット・オプション)を購入する方法です。
権利を購入する時点で、為替レートが固定されます。
実際に外貨を手に入れたら権利を行使し、外貨を売って日本円を手に入れます。権利の購入手数料がリスクヘッジのためのコストです。
権利を購入する利点は、権利を行使しなくてもよいことです。権利を行使して外貨を売ろうとした時点で、固定した為替レートよりも日本円が安くなっていたら、その時点の為替レートで外貨を売った方がより多くの日本円を手に入れることができます。
ただし、権利を行使しないからといって、権利の購入手数料が払い戻されるわけではありません。
輸入におけるリスクヘッジ
輸入の場合も、輸入元企業が日本円で取引してくれるのであれば、為替変動のリスクは生じません。
外貨での取引が必要なら、外貨をまず購入して、相手に支払う必要があります。
この場合のリスクは、売買契約が成立した時点での為替レートと、外貨を購入する時点での為替レートが変わる可能性があることです。
外貨の空買い
このリスクをヘッジする一つの方法は、売買契約が成立した時点で、支払額に相当する外貨を空買いすることです。
「空買い」とは、日本円を一旦借りて外貨を買うことです。借りた日本円は、将来外貨を売って返済することを約束しておきます。つまり、空買いした時点で、日本円の借金ができることを意味します。
実際に輸入代金を支払う時期になったら、外貨を購入すると同時に、空買いした外貨を売ります。購入した外貨は、輸入代金として支払います。
もし、為替レートが変わって、外貨が高くなっていたとします。輸入代金である外貨を購入する際に支払う日本円が増えますから、損をします。一方、空買いした外貨を売るときに手に入る日本円が増えますから、得をします。同額の外貨の売りと買いを同時に行いますから、損と得は相殺されます。
外貨が安くなっていた場合は逆になりますが、損と得が相殺されることは同じです。
具体例をあげて説明します。
1万ドルの商品をアメリカから輸入するとします。売買契約が成立した時点での為替レートが「1ドル=100円」だったとすると、その時点での支払金額は100万円です。
代金の実際の支払いが1ヶ月後であったとし、その時点での為替レートが「1ドル=102円」(円安ドル高)になっていたとします。支払額は1万ドルですので、その時点の為替市場でその額を手に入れようとすると102万円が必要になり、2万円の為替差損が出ます。
これを防ぐため、売買契約が成立した時点で、為替市場で1万ドルを空買いします。その時点の為替レートは「1ドル=100円」ですから、100万円の借金ができます。
1ヶ月後に1万ドルの支払いをするために、為替相場で1万ドルを購入し、支払いに充てます。そのときの為替レートは「1ドル=102円」ですから、ドルの購入代金は102万円です。
同時に、空買いしていた1万ドルを為替市場で売ると、102万円の収入になります。つまり、102万円の支出(支払い代金の入手)と102万円の収入(空買い分の売り)が同額で相殺されます。
実際に支出するのは、ドルの空買い時に借りた100万円の返済のみですので、結局、売買契約成立時点での商品代金相当額です。
手数料の考え方は、空売りの場合と同様です。
コールオプションの購入
もう一つの方法は、売買契約が成立した時点で、同額の外貨を買う権利(コールオプション)を購入する方法です。
権利を購入する時点で、為替レートが固定されます。
支払いが必要になった時点で権利を行使し、外貨を購入します。権利の購入手数料がリスクヘッジのためのコストです。
権利を行使しなくてもよいことは、プットオプションと同様です(購入手数料の払い戻しもありません)。権利を行使して外貨を購入しようとした時点で、固定した為替レートよりも日本円が高くなっていたら、その時点の為替レートで外貨を購入した方が日本円が少なくて済みます。
外貨による資金調達
輸出入の場合のリスクヘッジについては、頻繁に取引を行うなら面倒ですし、手数料もかさみます。
ですから、多くの輸出入取引を行う企業は、外貨で資金調達を行っています。外貨を大量に保有し、いちいち日本円と交換しません。売り買いでは、蓄えた外貨で支払い、受け取り、外貨のまま保有します。
国内だけで事業を行う場合にも対応が必要
輸出入など行わず、国内だけで完結した事業を行っている会社であっても、経済がグローバル化している以上、為替レートの変動に無縁でいることはできません。
日本円が高騰してくれば、海外の競争相手が価格で優位な立場に立てるからです。日本国内で現実に起こってきたことです。安価な輸入品との価格競争に多くの企業が苦しめられてきました。
ドラッカーが提案する対応は、競争相手の国の通貨を空売りすることです。そのうえで、競争相手と勝負できる価格に引き下げて製品を販売します。一定期間が経過したら、空売りした額の相手国通貨を購入して返済します。
返済時に日本円が更に上がっていれば、空売りしたときに手に入れた日本円より少ない金額で、同額の相手国通貨を購入できるので、差益が出ることになり、価格を引き下げた分を補填できます。
空売りの代わりに、相手国通貨を実際に借り入れることもできます。借り入れた時点で日本円と交換します。返済時期が来たら、借入額の相手国通貨を再び購入し、返済に充てます。日本円が更に上がっていれば、より少ない日本円で借入額分の相手国通貨を購入できるので、差益が出ます。
ただし、ある程度の期間、日本円の高騰局面が続くことが前提ですので、リスクは高いと言えます。空売りまたは借入から返済までの金利も考慮しなければなりません。
生産機能の分割
ドラッカーは、為替レートの変動を単なる不測の事態と見るのではなく、コストとしてマネジメントすべきであると指摘しています。
特にグローバル経済の影響を受けやすい企業は、生産の機能を2つの部分からなるものとして組織し、マネジメントする必要があると言います。
一つは、1~3国の主要国に根をおろした中核的生産です。性能や品質を左右する部分を、本国、あるいは他の先進国に置きます。
もう一つは、労働、資金、為替レートなどの主要コストの変化に応じて国間を動かすことのできる周辺的生産です。自社の資本で直営するのではなく、短期的な契約生産として、総コストが最も低くなるように移していくことができるようにします。