産業の未来をイメージする競争 − コア・コンピタンス経営⑤

産業の未来を真っ先に展望して有利な立場に立つためには、未来についてもっとも優れた仮説を立て、産業の発展のあり方をしっかりと見据えて、その方向を定めてしまうことです。

これは産業の未来を展望する競争です。独創的な未来図を創り出し、明日のビジネスチャンスを掴む競争です。産業の変貌に対して積極的に影響を及ぼし、リーダーシップをとろうとすることです。

未来を展望することで、会社の方向を定めることができます。活動に焦点が定まり、投資計画に一貫性が生まれ、企業力を育てようと先行投資します。戦略的提携や買収の決断に当たっても指針が生まれます。ご都合主義に走って横道に外れることがなくなります。

しかし、産業の未来を展望しなければならないことを自覚している経営陣はほとんどいません。10年前の産業が今とどれほど違っていたかを認める経営陣は多くても、これからの10年で同じような変化が起こると予想する経営陣はほとんどいません。ほとんどの経営陣は、未来は現在とほとんど変わらないと思っています。

想像力に富んだ個人を企業内の鉄のしきたりから守るために、いろいろな手法が試されてきましたが、多くの場合、継子扱いされ、成功するために不可欠な経営資源が与えられることはありません。

豊かな想像力と、すべての企業力を共に生かしながら、初めは経営陣が「注目するに値しない」と考えるようなビジネスチャンスに全社的に傾倒することこそ、未来をつくり出す能力の真髄です。

未来を展望する必要性

産業の未来を展望することによって、次の3つの重要な質問へのヒントを手に入れることができます。

  • 5年後、10年後、15年後に、どのような新しい付加価値を顧客に提供すべきか
  • この付加価値を顧客に提供するために、どのような新しい企業力を育てたり、獲得したりする必要があるか
  • これからの数年間、どのように顧客との接点をつくり変えていかなければならないか

「付加価値」、「企業力」、「顧客との接点」についての見方こそ、未来への視点です。

産業の未来への展望は、単なる空想や直観やエゴではありません。すでに起こっている状況から見えるビジネスチャンスと挑戦課題についての明確な視点です。技術や人口構成、法規制、ライフスタイルのトレンドなどを深く洞察しなければなりません。一人の経営者が生み出すというよりも、多くの人びとのビジョンが生み出す産物です。経営者の役割は、むしろ、組織内のありとあらゆるところで未来への展望を見つけ、育てていくことです。

未来への展望は、同時に、このままで行けば会社が直面するであろう危機的な状況をも明らかにします。したがって、未来への展望に向けては、強い実行力が伴わなければなりません。それが多くの人々のビジョンの産物であり、危機感を醸成するものでありつつ方向性を定める展望であればこそ、実行力が伴うということもできます。

未来を展望する方法

産業の未来を読む競争のポイントは、未来から過去を振り返ることです。未来を展望できないのは、未来が未知であるからというよりも、未来が現在とは異なっているからです。

未来への予兆は、現在においてすでに起こっています。しかし、未来は現在とは異なっていますから、現在実現している産業から予測するのではなく、すでに起こっている事実によって将来起こるかもしれない「異なる産業の未来の姿」を想像します。そこから、それを実現するには何が起こらなければならないかを遡って考えてみます。

産業の未来を展望するためには、ライフスタイル、人口構成、そして地政学の動きを深く洞察しなければなりません。しかし、想像力も大いに必要です。未来を創造するためには、企業はまず未来をイメージできなければならないからです。未来をイメージするためには、企業はまずどんな未来をつくることができるのか、言葉と絵で力強く表現してみる必要があります。

未来をイメージし、新しい競争の場を発見したりするためには、既存の市場や製品の枠にとらわれてはいけません。特定の製品と市場のセットで自社を定義すると、自社の運命を特定の市場の運命に縛りつけてしまいます。

もちろん顧客を第一に考えることは大切です。しかし、既存顧客のニーズのみを追いかけていてはいずれ限界がきます。既存顧客の市場はいずれ成熟します。しかも、顧客に未来を見通す力があるわけではありません。

顧客のために発想しなければなりませんし、そのために顧客の声に耳を傾けることは大切です。ただし、そこから顧客に深く感情移入し、顧客が気づいてないないこと、顧客に見えていないものを見ようとしなければなりません。この場合に、既存の顧客ではない人びと(ノンカスタマ)の声を聞くことが、新たな発想を得るうえで有効な場合があります。

既存顧客の枠を取り払う発想の一つが、企業力に着目することです。自社を既存事業の集まりと見るのではなく、企業力の集まりと考えるのです。企業力は顧客にとっての付加価値を意味しますが、市場を超えて伸びるため、まったく新しいビジネスチャンスが見えてきます。

企業力に着目する場合も、既存商品のコンセプトに縛られてはなりません。その背後にある機能に焦点を合わせます。機能は複数の要素に分解できるかもしれません。そして、それらの機能をまったく新しい手段で実現することができないかを考えてみます。その際、価格と性能の関係について前提を外して考えることが大切です。通常、価格を下げれば性能が落ちると考えますが、大胆な価格設定がまったく新しい技術的な発想を生み、まったく新しい市場を開拓する可能性があります。

事業部制を導入してきた企業は、各事業部において独自のコア・コンピタンスを構築し、強化してきたはずです。そこで新たに直面する問題は、それぞれのコア・コンピタンスの狭間で、新しいビジネス・チャンスが見失われるおそれがあるということです。極端な場合は、それぞれの事業部が独自のコア・コンピタンスを囲い込んでしまいます。したがって、すでに構築しているコア・コンピタンスについて、その交差点に新しいビジネス・チャンスがないかを問うことがは有効です。

コア・コンピタンスと機能思考の発想が合体したとき、産業の未来が展望できるようになります。「できること」ではなく、「ひっとしたらできるかもしれないこと」を発想できるようになります。

以上のように、未来を展望することは決して不可能ではありませんが、多くの企業では、現実に起こっている目先のこと(売上、コスト、利益の状況など)に注目し、未来について議論する余力がありません。それどころか、未来に目を背けていることさえあります。

未来を展望するには、例えば、次のような問いに答える必要があります。

  • この産業には、今、どのような力が作用しているか
  • そのうち、産業の構造を根底から変えてしまう可能性を秘めている力はどれか
  • 世界中の市場で、この流れはどのくらいのスピードをもっているか
  • それを巻き起こしている具体的な技術は何か
  • 競合他社は、どのような技術を選んでいるか
  • どの会社がリードしているか
  • 一番得するのは誰で、一番損をするおそれがあるのは誰か
  • 競合他社はどのような投資戦略をとっているか
  • それは顧客の要求とニーズにどのような影響を及ぼすだろうか

売上、コスト、利益などの数字は目の前にありますが、上記のような質問は不確定で定型化された情報として整理されているわけでもなく、分析の定石があるわけでもありません。元より正解のない議論ですから、短時間に明解な結論に到るものでもありません。

そのため、多くの人は、分からないというより、意味がないものと考え、深い議論を避けたがります。それが目を背けるということです。しかし、競合他社が積極的にそのような議論を深めているのであれば、競合他社に未来を譲り渡しているのと同じことになってしまいます。

既存の事業や技術といった先入観や自社の専門性の枠を取り払い、自由で謙虚な姿勢で、立場を超えた議論をし、多様な意見に耳を傾けられるかが重要です。また、産業によってスピードや形が異なるので、自らの産業の未来を他の産業の現在に見出すことができることも少なくありません。ですから、他の産業から学ぶということも有効です。

未来の姿というのは、えてして漠然としているものですから、物語やビジョンとして表現することも有効です。同時に、端的な言葉で表現したり、名前をつけたりすることも重要です。名前や端的な言葉が、改めて人の想像力をかき立てることになります。

とにかく常識にとらわれてはいけません。むしろ、あまのじゃくになる必要があります。暗黙の了解や慣習などを発見できれば、それ自体が大きな前進です。