「コア・コンピタンス」という用語は、ゲイリー ハメルとC.K. プラハラードの共著『コア・コンピタンス経営』によって有名になりました。本書の原題は『COMPETING for the FUTURE』であり、コア・コンピタンスを中核にして未来に向けた競争に勝利するための方法を述べています。
「コンピタンス(competence)」には、能力、適性、資産などという意味があり、「コア(core)」は中核(的)という意味ですから、「コア・コンピタンス」は中核的能力などの意味になります。
通常、著者が使っている文脈を考慮して、「企業の中核的競争能力」などと訳されることが多いようです。競争優位の源泉になり得る能力であり、他社には真似のできない自社ならではの価値を顧客に提供するための企業の中核的な力を意味します。
現在の製品やサービスに体現されている能力というだけでなく、未来をつくり出し、長期にわたって成功を繰り返すための力をもたなければならないとされています。
コア・コンピタンスは、顧客に特定の利益をもたらすことができなければなりません。例えば、ソニーであれば、顧客の利益は「携帯性」、コア・コンピタンスは「小型化」です。フェデラル・エクスプレスであれば、顧客の利益は「定時配達」、コア・コンピタンスは「物流管理」です。
企業が新しいコア・コンピタンスの構築に踏み切るのは、顧客に新しい利益の世界を切り開いたり、さらに磨きをかけるためです。コア・コンピタンスは、単一の製品カテゴリーに限らず、幅広い利益を顧客に提供できるユニークな力でなければなりません。
コア・コンピタンスと企業力
本書では、「コア・コンピタンス」とは別に「企業力」という言葉も使っています。両者が入り乱れていて、違いが分かりにくいところもありますが、「企業力」の方はコア・コンピタンス以外の能力(他の企業も有しているような、特別とまでは言えない能力)も含めた、企業がもつ能力の総称と言ってよいと思います。
「企業力」も「コア・コンピタンス」も、個別のスキルや技術を指すものではなく、それらを束ね、統合したうえでひとまとまりとなるような能力です。部門を横断する能力を前提としています。
コア・コンピタンスは、個々のスキルや組織という枠を超えた学習の積み重ねによって獲得されるものであり、個人や小さなチームというなかに、コア・コンピタンスがすべて含まれるということはおそらくありません。
特定のスキルとそれが貢献するコア・コンピタンスとを分ける境界線は、はっきりとは決めにくいかもしれません。実態は、個々のスキルや技術が統合され、それを包括的に表現する名称で呼ばれ、されにそれらを統合した呼び名がある、というように、階層構造をなしています。
ですから、どこで線引きされるかが重要であるというよりも、自社における階層構造を理解していることの方が重要です。個々のスキルに分解すれば、多くの場合、教育や訓練によって一般的に習得可能なスキルや知識になったり、それ以上は分解できない特定個人の才能のレベルまで行くでしょう。
それらを企業のなかで独自に組み合わせて適用を繰り返し、そこから経験や学習を重ね、独特の適応能力と統合力が加味されて出来上がっていくものが「コア・コンピタンス」と呼べるでしょう。
企業力には様々な要素が含まれるでしょうが、企業はそもそも互いに市場でのポジションや関係をめぐって競争をしていますから、すべての能力に同等の注意を向けるわけにはいきません。長期的な企業の繁栄に本当に貢献する活動が何であり、その活動における長期的な競争に成功を収めるために必要な、中心的な企業力に注力しなければなりません。
つまり、コアになる企業力、競争力という意味で「コア・コンピタンス」が重要になります。
コア・コンピタンスの条件
コア・コンピタンスには、3つの条件があります。①顧客価値を高めること、②優れた(ユニークな)競争能力であること、③拡張性があることです。
まず、コア・コンピタンスであるためには、顧客に認知される価値を高めるものでなければなりません。コア・コンピタンスとはスキルの一種であり、それがあるから企業は根本的な利益を顧客に提供することができます。顧客の利益が中心になければなりません。
顧客は、実際に、何への対価としてお金を払っているのか、どの価値が顧客にとってもっとも重要で、価格の決め手となっているのか、絶えず自問することが必要です。
なお、顧客の目に見え、感じられるのは、顧客にとっての利益であり、その利益の基礎になっているコア・コンピタンスそのものが見えたり、感じられたりすることはほとんどありません。
ただし、顧客の利益に直接貢献していないとしても、優れたコスト競争力に貢献している能力は、コア・コンピタンスと言うことができます。一般的にコスト競争力は低価格という形で顧客の利益に反映されることが多いですが、価格相場が出来上がっているような商品の場合、コスト競争力をあえて価格に反映させず、内部留保する場合もあります。
次に、コア・コンピタンスはユニークな競争能力でなければなりません。他社がまったく有していない能力である必要はありませんが、少なくとも他社より数段優れた能力でなければなりません。簡単に他社に真似される能力であってはいけません。コア・コンピタンスかどうかを決めるのは、顧客だけでなく競合他社でもあるということです。
最後に、コア・コンピタンスは明日の市場への入口でなければなりません。つまり、新製品や新サービスの具体的なイメージが描けることが重要です。既存の特定製品やサービスに体化されているだけであっては不十分です。コア・コンピタンスを特定の製品やサービスとしてとらえるような視点を離れ、それらを実現している能力としてとらえ直し、新たな製品やサービスに使えるかどうかを想像できなければなりません。コア・コンピタンスは拡張できる企業力でなければならないのです。
コア・コンピタンスは、時間をかけ、投資を傾けて、育てていくものです。だからこそ、容易に真似のできないものになっていきます。使えば使うほど磨きがかかり、価値が高まります。
ただし、時間の経過によって価値が目減りすることはあり得ます。競合他社が徐々に追いついてくれば、かつてのコア・コンピタンスは、業界必須の基本能力となっていきます。
コア・コンピタンスと資産の違い
コア・コンピタンスは、会計上の資産ではありません。立地、外部の特定技術や資源への接近、インフラ、ブランド、知的財産などとも違います。それらが競争優位の源泉になることはあり、歴史的財産として収益の源泉になっていることはありますが、未来を切り開くためのスキルや能力とは違います。
例えば、インテルの収益性は知的所有権によって支えられている面がありますが、知的所有権による保護がなければ容易に真似される技術ということになれば、それはコア・コンピタンスとは言えません。インテルの場合、知的所有権の基になっている技術そのものというよりも、そのような技術を継続的に生み出す研究開発力がコア・コンピタンスであると言えるでしょう。
ポルシェは、エンジニアリングに支えられたブランド力によって高価格を維持してきましたが、そこに安住するあまり、日本企業のエンジニアリングの向上を見過ごし、同等以上の性能の製品がより低価格で販売されるようになると、瞬く間に市場を奪われました。
ブランドは収益源になっても過去の遺産であり、それ自体がコア・コンピタンスではありません。ブランドを築き上げてきた能力が過去にコア・コンピタンスであったということです。それを絶えず磨き続けることによってコア・コンピタンスであり続け、未来に向けて新たに築き直すことによって、未来を切り開くコア・コンピタンスとなっていきます。
コア・コンピタンスと製品・サービスの違い
企業の個性は、事業や製品中心で考えられることがほとんどですが、重要なのは、製品やサービスの基盤となっている企業力、特にコア・コンピタンスに注目することです。
企業を既存の製品やサービスの視点で考えると、成長のチャンスが摘まれてしまうおそれがあります。
市場の隙間を見逃すことが代表的な問題です。組織内の誰かが、市場の隙間や新しいビジネス・チャンスに気づくかもしれませんが、そのチャンスを組織として受け入れることができなければ、それに気づいた人材や相応しい有能な人材を適所に配置することもできません。
製品やサービスは細分化していくのが常ですから、企業力も細かく砕かれてしまい、弱っていかざるを得ません。組み合わせる能力は削がれていき、学習効果も限定的になってしまいます。
製品やブランドの力に頼るようになれば、その基盤になっているコア・コンピタンスに鈍感になってしまい、いつの間にか、大切なコア製品の製造まで外部に依存するようになっていきます。当然、コア・コンピタンスを育てるという発想もなくなっていきます。
製品やサービスが衰退し、不採算になると、撤退することなりますが、その際、他の製品やサービスに適用可能なコア・コンピタンスまで手放しかねません。製品やサービスと、その基盤となっている企業力を区別しておくことはとても重要です。
製品に注目し、企業力に鈍感になると、異業種からの新規参入に気づくことができないという危険も伴います。製品が違えば競合しないと思い込んでいる間、新規参入者は対抗する企業力を磨き、突如、競合として姿を現すように見えるのです。
コア・コンピタンスを築く競争
コア・コンピタンスを築き、主導権を樹立する競争は、4つのレベルで生じるといいます。
第一レベルの競争は、コア・コンピタンスの構成要素であるスキルや技術を手に入れたり、開発することです。他の企業への資本参加や提携、ライセンスの取得、知的所有権の保護などを行います。この段階の競争では、外からスキルや技術に接近し、吸収する能力、すわなち学習能力が問われます。
第二レベルの競争は、様々な技術や知識を合成・統合してコア・コンピタンスを構築することです。コア・コンピタンスは、スキルや技術や知識の単なる寄せ集めではありません。要素を集め、調和させ、統合することによって出来上がる一つの能力です。求められるのは、狭い領域のスペシャリストではなく、ゼネラリストです。他の専門分野を理解し、技術や職能のバックグラウンドに基づく偏狭な視点を乗り越えることができなければなりません。
第三レベルの競争は、コア製品のシェア拡大です。コア製品とは、コア・コンピタンスを体現した製品であり、最終製品に組み込まれる部品に相当すると言えます。コア製品を川下企業に販売して、最終製品に組み込んでもらうこともあります。組み込みの販売シェアが大きくなれば、コア・コンピタンスの構築を速めることができます。
コア製品の考え方は、サービス業においても適用できます。コア・サービス(コア・プラットフォーム)をシステム化し、ソフトウェア化して販売したり、コンサルティングとして提供したりすることができます。アウトソーシングとして業務を請け負うこともできます。
第四レベルの競争が、最終製品(自社ブランド)のマーケットシェア拡大です。大抵の企業や戦略論の教科書は、このレベルの競争に注意の99%を向けているといいます。
企業のなかには、ブランドのシェアが、コア製品やコア・サービスのシェアよりも大幅に大きい場合があります。このことは、自社ブランドを、自社のコア・コンピタンスではなく他社のコア・コンピタンスに、より一層依存しているということを意味します。自社のブランド競争力が他社に依存しているということですから、危険な状態です。
コア・コンピタンスの管理
コア・コンピタンスを管理するには、重要な5つのポイントがあるといいます。①すでにもっているコア・コンピタンスの確認、②コア・コンピタンスの獲得計画、③コア・コンピタンスの構築、④コア・コンピタンスの社内への配備、⑤コア・コンピタンスの防御です。
コア・コンピタンスは、製品やサービスに具体化され、特定の市場に対して提供されなければならないので、会社全体にコア・コンピタンスの考え方や内容や見通しが浸透していなければなりません。
現状のコア・コンピタンスの確認
わが社のコア・コンピタンスが何かを知っておくことが必要です。会社で共通の理解がなければなりません。
自社のコア・コンピタンスを明らかにする際に意識すべきことは、次のようなことです。
・会社の成功を今支えているスキルを幅広く、深く理解する
・市場を近視眼的に見ないこと、社内の共通の財産にスポットライトを当てる
・新規事業への道を示す
・企業力をめぐる競争という現実に敏感になる(競合他社の企業力を意識する)
・会社にとってもっとも価値のある経営資源を積極適任管理する土台を築く
社内から意見を募ってコア・コンピタンスをリストアップしようとすると、必ず、長いリストが出来上がります。誰もが自分の仕事を重視するからです。また、資産や製品に注目しがちであり、顧客の価値という視点を忘れがちになります。
広く意見を聞くのは良いとしても、経営陣が責任をもってリストアップしなければなりません。複数のチームで議論させる方法が推奨されますが、各チームには、社内横断的なメンバーを揃えなければなりません。
コア・コンピタンスを明らかにする際には、その構成要素となっている個々のスキルや技術や知識も同時に明らかにしなければなりません。そうしないと、コア・コンピタンスを担う人材の育成ができないからです。それを構成する個々の要素を担う人材にまで紐付け、データベース化しておくと、適材適所が容易になります。
コア・コンピタンスの獲得
コア・コンピタンスの獲得を計画します。
コア・コンピタンスと市場をマトリクスとするフレームワークが推奨されています。コア・コンピタンスと市場を、既存と新規にそれぞれ分け、4つのマトリクスで考えるものです。アンゾフの製品・市場マトリクスを応用したものと考えられます。
まず、自社が対象にしている既存の市場と、それを支えている既存のコア・コンピタンスの関係を考えます。これまでは、製品やサービスの枠組みで考えていたことが多いはずですから、他の部門に存在していたコア・コンピタンスには目が向いていなかったはずです。社内全体のコア・コンピタンスが共有されていれば、既存の市場に対して活用できる別のコア・コンピタンスが見つかる可能性があります。
次に、既存の市場に対して、5年後から10年後にさらに良い製品やサービスを提供するために、獲得すべき新たなコア・コンピタンスについて考えます。これは同時に、既存のコア・コンピタンスのなかで、陳腐化したり、コアでなくなったり、無用になったりするものを明らかにすることでもあります。新たなコア・コンピタンスを獲得しなければ、競合他社に現在の市場地位を奪われる可能性が常に存在することを肝に銘じておかなければなりません。
さらに、既存のコア・コンピタンスで新規の市場を開拓できないかを考えます。具体的には、異なる顧客ニーズに対応できる新たな製品やサービスを開発することです。既存市場間の境界に見つかることがよくあります。
最後は、新たな市場に向けて、新たなコア・コンピタンスを獲得しようとするものです。非常に有望なチャンスが明らかな市場あるいは技術がある場合、的を絞った小規模な買収や提携から始めて、必要なコア・コンピタンスにアプローチし、理解や学習を進めてみることは可能です。しかし、もっともリスクが大きい取り組みであることは間違いありません。
コア・コンピタンスの構築
新たに獲得すべきコア・コンピタンスが明らかになれば、それを構築していかなければなりません。
コア・コンピタンスの構築には長い期間が必要ですから、経営トップの強い決意と深いコミットメントによる継続的な努力が不可欠です。その前提として、構築すべきコア・コンピタンスに対する共通の理解と合意が必要です。
どうしても既存の製品やサービスの枠にとらわれ、縦割りの努力に傾きがちですから、経営トップが常に意識的に部門の垣根を取り払う努力をしなければなりません。
コア・コンピタンスの社内への配備
コア・コンピタンスをいくつもの事業や新市場に利用するためには、それを社内で再配備できなければなりません。これは人材の再配置を伴うため、それほどスムーズに行かないことが多いです。ほとんどの企業では、プロジェクトの優先順位さえ明確でないため、そもそもコア・コンピタンスの再配置を効果的に行うことができません。
ある企業では、自社にとって重要な市場と製品開発の優先順位を定期的にリストアップしており、社内公募によって人材を配置しているため、適任の人材が優先順位の高いプロジェクトに配置されやすいといいます。
特定の能力をもった従業員が頻繁にアイデアや経験を交換すると、企業力は社内で動かされやすくなるといいます。セミナーや講演は、同じ企業力を用いて働いている人びとの間に仲間意識を育てるのに欠かせません。能力が社内広がり、しっかりと根づいてくるからです。
人の動きが関わるため、地理的な近さは、コア・コンピタンスの再配置の行いやすさにつながります。
コア・コンピタンスの防御
一度構築されたコア・コンピタンスも、様々な要因によって優位性が失われていきます。
資金不足によって弱まることがあります。経営トップレベルで責任者がいないと、製品や事業ごとにバラバラにされてしまうことがあります。提携している外部企業に奪われることもあります。ある製品やサービスから撤退するときに、一緒に捨て去られることもあります。
ですから、コア・コンピタンスを維持するための取り組みを怠らないようにしなければなりません。コア・コンピタンスごとに、経営トップレベルの全体責任者を明確にし、定期的なレビュー会議を開催して、投資水準、スキルや技術の強化計画、社内での再配備の方法、提携と外部調達の影響などを議論しなければなりません。