「俊敏な企業(アジル・カンパニー)」とは何か?

1990年代になってアメリカで生まれてきた経営コンセプトの一つに、「アジル・カンパニー(agile company)」があります。急激な変化に満ちた今日の経営環境に適した「俊敏(機敏)な企業」です。高価値の製品・サービスを迅速かつ持続的に市場に送り出し、顧客を豊かにすることを第一の目的とする企業のことです。

「俊敏性(agility)」とは、単なる素早い反応やスピードアップとは違います。情報や知識を駆使して体系的かつ組織的に動くことです。市場と組織の情報や知識を資源とすべく急速に吸収し、組織化し、変換して、競争優位性につなげていく能力です。この俊敏性が、日常的に求められるようになっています。

背景には、競争の中心が、「製品」あるいは「顧客」から、「顧客機会」にシフトしているということがあります。また、「製品」の本質が、ハードウェアとしての機能や品質や価格から、それによって提供される情報や知識にシフトしています。瞬間瞬間に点滅する顧客機会を利益機会とらえて製品へと展開し、発展させる能力が求められています。

企業が俊敏性を身につけるためには、ビジョンとしての機会中心主義、柔軟な組織構造としての仮想的組織、組織の行動と一体化した情報通信基盤、組織的あるいは組織間に共有された知識、トップが掲げる大胆な目標とその実行のための権限委譲、人間的価値としての信頼などが重要です。

「俊敏性」とは

俊敏な競争についての大まかな描写は、1991年にリーハイ大学のアイアコッカ研究所が発表した報告書『21世紀の製造企業戦略:産業からの視点』で最初に提示されました。元々は米国議会の要請によって、米国の産業がグローバルな競争に復帰するための必要条件を確認する答申として準備されました。

その後、産業界主導の団体である「アジル・マニュファクチャリング・エンタープライズ・フォーラム(AMEF)」が同研究所内に設けられ、当初のビジョンをさらに展開し、米国産業内に広く浸透させることになりました。

その内容は、リーン・マニュファクチャリング、TQM(総合的品質経営)、系列などの日本的経営からの影響を受けています。その意味で、全く新しいコンセプトではありません。それらの様々な経営手法は、俊敏な経営のための手段(戦術)として、明確な戦略に体系的に組み込まれ、活用されなければならないということです。

「俊敏性」とは、その言葉自体に特殊な意味が込められているわけではありません。文字どおりの意味で理解されます。ただし、変化と不確実性が支配する現代の事業環境を前提にした上で、企業が高収益をあげ続けるために持つべき能力を包括的に表現する言葉として選ばれたものです。

企業のメンバーである個人においても俊敏性は求められます。企業が俊敏であるために人的技術的資源を常に組み替えようとする方向に即応しつつ、企業の最終利益に貢献し続けることです。

俊敏性は、企業においても、個人においても、積極的に変化を取り込み、時には自ら変化を引き起こす、成長志向の能力です。その目的は、新たな市場と新しい顧客を創造し続けることです。個々の顧客の潜在的で本質的な要求に応じて、情報やサービスの豊かな製品を作り、高収益を顧客と共に分かち合うことを目指さなければなりません。

俊敏な経営においては、常に新たな競争能力を獲得し、新たな製品を開発し、新たな市場を開く戦略計画を導くことが求められます。それを可能とするためには、潜在的な未来の顧客と市場を理解することから始まります。

特定の知識や技術や情報が問題なのではありません。常に生まれてくる新たな機会から利益を得るために、知らなければならないことを学び、活用すべきものを取り入れ、顧客を豊かにするための企業活動に素早く翻訳できるような能力が求められます。

人々のイニシアチブこそ最も重要な要因です。

顧客志向と顧客機会中心

俊敏性について理解するためには、「顧客志向」と「顧客機会中心」とを区別しなければなりません。言葉の意味は様々に解釈可能ですが、「俊敏な企業」の提唱者が述べている意味の違いをここでは理解します。

「顧客志向」と言う場合の「顧客」は、大量生産時代の市場調査によって作り上げられた平均的あるいは典型的な顧客の概念を意味しています。「顧客」のニーズは、一定のものとして長期間存続し、画一化された製品やサービスによって充足されると考えられました。

現在、市場はニッチに細分化され、絶えず変化するようになったと理解されています。企業は、個々の顧客の特定の必要に応じて、個性化された製品やサービスを提供することが求められています。豊かな情報を常に顧客と交換しながら、絶えず生み出される顧客機会を捉え、または創造し、顧客にとっての価値を提供し続けることによって利益を生んでいかなければなりません。

戦略としては、先を見通しながら新しい雇用機会を「創造する戦略」と、予想もしないような機会に対して「素早く反応する戦略」の2つを同時並行的に追求します。いずれの場合も、製品開発サイクルの短縮と、低コストで生産の柔軟性が高まることが不可欠です。

競争力の基盤は製品や技術そのものではありません。顧客機会を捉え続け、それに適した製品を生み出し続ける能力が、競争力の基盤になります。

事業環境の変化

製品は、個性化を通して高い価値を提供しなければなりません。その価値は、顧客に認知される価値ですから、測定の基準は多様です。

顧客にとっては、相互に有益な関係を創り続けることができる企業の能力を、ますます評価するようになります。その時点での製品の特徴よりも、企業の特徴の方が重要です。売り手が顧客と共に働いて、最も顧客に有益な選択の組み合わせや相応しい購入形態を決定します。

製品寿命が短くなり、より迅速な製品開発が競争上の必要条件となるにつれて、大量生産競争の時代のように一つの企業ですべてを行うということが、中核的能力の領域においてでさえ最良の方法とは言えなくなってきました。

そうなると、新たな市場機会を獲得するために必要な資源を現場の人員によって迅速かつ容易に組織化できることが、企業の競争優位の条件になります。しかも、企業内あるいは他の企業の物理的距離に制約されずに行われることが理想です。ここに、仮想的組織の考え方が重要になります。

俊敏性を要求する事業環境の変化について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

俊敏な競争を行うための4つの戦略的特質

俊敏性とは、新しい顧客機会に対して、社内の業務と社外の関係を絶えず適応させていくことです。絶え間ない変化への対応であり、変化をマネジメントする継続的なプロセスです。変化する状況に応じて、文字どおり「俊敏」に対応するところに意味がありますから、何か一律の手法や厳格なステップが存在しているわけではありません。

重要なことは、企業の俊敏性に関する考え方を理解したうえで、具体的な企業目標や戦略を構築し、実践することです。この場合に、外せない4つの基本的考え方(戦略的特質)が示されています。

  • 顧客を豊かにする
  • 競争力強化のために協力する
  • 変化と不確実性を自在に操るための社内組織
  • 人と情報の影響を最大限に活用する

これらの特質について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。