経営に俊敏性が求められる背景 − 「俊敏な企業(アジル・カンパニー)」とは何か?①

経営に俊敏性が必要になっている背景として、近年の事業環境の変化があります。

まず、市場が細分化され、かつ、市場のニーズの変化が速くなったということです。言い換えると、製品のバリエーションは増加しつつも、その寿命は短くなっています。

このような事業環境に適応するためには、きわめて柔軟な生産体制を持つ必要があり、製品開発から販売に至るリードタイムを大幅に短縮しなければなりません。

しかも、失敗をなるべく減らし、コストをなるべく増加させない方法で対応しなければなりません。

市場の断片化

企業の競争環境は、「マス市場」の環境から「ニッチ市場」の環境へと明らかに変化しました。

「マス市場」の環境とは、製品やサービスが画一的に作られ、長期に存続し、乏しい情報しかなく、一回ごとの取引でしか交換されないような環境です。

「ニッチ市場」の環境とは、製品やサービスが個別に作られ、わずかしか存続せず、豊かな情報を伴ってそれらが絶えず顧客と交換されるような環境です。

市場が断片化し、製品が個別化されていくと、顧客が「その製品やサービス購入すれば利益が得られ、豊かになれる」と信じる程度によって価格が決まるようになります。この場合、主に3つの戦略が考えられます。

第一に、顧客グループを細分化し、同一の製品やサービスに対して、取引条件に応じて異なった価格設定をするものです。航空機の座席の料金、銀行サービスなどがあります。

第二に、相対的に低価格の日用品を、相対的に高価格のスペシャリティ製品に変容させることです。例えば、スポーツ・シューズは、市場が細かく細分化され、特定の目的やイメージを持った高価な製品として販売されています。ただし、模倣が難しくないため、価格と収益を低下させる圧力は常に存在します。

第三に、同じ機能技術を用いることによって規模の経済を享受しながら、機能別に細分化された市場に製品を供給することです。例えば、コンピューターは、同種のチップを利用して、消費者用、商業用、産業用などに区別したパッケージングで販売されています。

あらゆる生産規模での注文製造

現代の競争においては、市場が断片化し、製品が個別化されている一方で、製品寿命は短くなっています。製品モデルの数は増加し、新製品や改良製品の導入速度は加速化しています。

したがって、見込み生産による在庫販売では対応が困難であり、受注生産に近づかざるを得ません。そのためには、経営活動やプロセスを再考することによって、製品サイクルを劇的に短縮することが必要です。

現在は、大規模な一つの生産ラインにおいて、異なる仕様の製品を異なる数量で生産することが可能になっています。したがって、生産技術的には、大量生産と同等のコストによって、顧客の注文に応じて製品をカスタム生産できるようになりつつあると言えます。

したがって、受注から製造・納品までのリードタイムが、顧客が注文してから製品を受け取るまでの許容時間を下回るのであれば、受注生産に移行することは可能なはずです。

現状において、リードタイムが顧客の許容時間より長いために、見込み生産による在庫販売を行っているとしても、そのリードタイムが本当に必要かどうかについては、リエンジニアリングの余地があるかもしれません。

注文処理の過程で、書類が多くの部門を経由することがあります。書類が部門を移動する度に、担当者の机の上で相当の時間眠っており、その合計時間がリードタイムの大半を占めているという例は、様々な業種で見られます。書類が眠っている時間がリードタイムの8割以上という例も稀ではありません。

リエンジニアリングによって受注生産に変更する場合、リードタイムを短縮するためのコストが増加するのが一般的です。しかし、同時に生み出される在庫コストの削減が、コスト増を補って余りある場合も少なくありません。

物理的製品とサービスの融合

かつて、「製品」は物理的な物で、サービスは製品とは異なったものでした。しかし、物理的な製品とサービスを区分することは、もはや意味がありません。物理的製品は、むしろ情報を伴ったサービスに依存しており、物理的製品がサービスへの入口となっています。

物理的製品とサービスが融合するために、ハードウェア企業が情報やサービスを生み出す能力を獲得したり、情報産業やサービス産業の企業とますます密接に協力したりしています。

このような「製品」の意味の拡大に応じて、かつては事実上同義語であった「生産」と「製造」について、現在、前者は後者よりもはるかに広い視野のものです。つまり、「生産」とは、製品を生み出し、流通させることに関わるすべてであると言うことさえできます。

物理的製品とサービスが融合するようになると、競争優位性は、製造の技術やプロセスから生じるのではなく、人の知識や率先的行動や創造力から生じるようになります。作られた製品をサービスに応用する能力が付加価値を生みます。このことが、一回限りの製品の販売に代わって、生産者と消費者の長期的関係を継続する可能性を高めます。

なお、今では、物理的製品を伴わない情報そのものが製品として提供されています。収集、蓄積された膨大なデータを背景に、他企業の情報管理を請け負ったり、データのパッケージ化によって創出される「情報製品」の販売を行ったりするために、子会社などが設立されています。

そのようになってくると、最善の利益を生み出す経営の要となるのは、製造ではなくデザインです。物理的製品のデザインだけではなく、顧客との長期的関係を継続しながら物理的製品とサービスを効果的に融合するためのトータルのデザインであり、マーケティングや販売・提供方法をも包含するものです。

要するに、現代の「製品」とは、顧客の問題を解決し、顧客にとっての価値を高めるためのトータルな手段の集合体であると理解する必要があります。

同時に行われる企業間の競争と協力

現代の競争は多元的です。物理的製品およびそれと同時に提供される情報やサービスの組み合わせは、顧客の個別ニーズに応じて異なるからです。このことは、製品が付加価値を高める機会がますます増加していることを意味します。

ただし、個々の製品の寿命は短くなっている一方で、製品の創造・開発には幅広い専門知識が必要とされるため、このような環境で高い競争力を維持していくためには、かなりのコストがかかります。このようなコストや製品の複雑さが、企業の協力関係を不可欠のものとしています。

企業は、パートナーシップ、ジョイント・ベンチャー、仮想的企業の形成を含め、様々な協力関係に加わっています。直接の競争者同士の参加がますます頻繁になっています。市場を拡大させ、多くの企業との協力関係を作っていくために、あえて技術情報を公開することもあります。

しかも、市場がグローバルになり、大容量の情報通信システムの普及とも相まって、企業間の協力関係も距離を超えてグローバルに展開されつつあります。世界中に分散しているデザイン、生産、マーケティング、流通に関わる資源を、仮想的に統合することも容易になりつつあります。

企業再編

企業が競争力を取り戻すため、様々な企業再編の手法が生まれました。しかし、それらは手段に過ぎず、その目的が明確でなければ成果にはつながりません。目的は、手段や手法が提供してくれるものではなく、それらを活用する経営者が明らかにしなければなりません。

それら数々の手法は、企業を俊敏な事業能力に向かわせることを目的として活用されるべきです。俊敏な事業能力にとって特に重要なものは、意思決定権限の分散化(権限委譲)、企業統合、同時並行的業務です。

権限付与された機能横断的なチームの活用は、もはや新しいものではありません。これによって学ぶべきことは、意思決定権限の分散化、経営管理階層のフラット化、オープンな情報環境の創造、全社員に対する継続的教育訓練、顧客サービスと販売を全員の責任とすることなどです。これらはすべて整合性をもって実行されなければなりません。

社会的価値への対応を求める圧力

企業活動に影響を与えているのは、企業の収益に直接の影響を与える競争的圧力だけではありません。社会的な圧力もまた影響を与えています。具体的には、環境破壊、エネルギー問題、天然資源の枯渇、職場の安全、従業員の多様性などに対する企業の積極的関与が求められています。

俊敏な競争を求める圧力は、対話の風潮を生み出し、自ずと潜在的な顧客の価値に対する感受性を高めます。企業には、経営活動を行っている地域共同体との関係を結ぶことが求められますので、一般的な社会的価値に対して無感覚であったり、受動的であったりすることは許されず、積極的に関わることがむしろ最大の利益に結びつくことを理解するようになります。