われわれの顧客は誰か

どのような組織であっても、その特有の使命を果たし、成果をあげるために満足させなければならない人たちがいます。ドラッカーは、組織の種類にかかわらず、その人たちのことを共通に「顧客」と呼んでいます。

顧客が満足していないなら、組織は成果をあげていないということになりますから、顧客の定義は、組織のあらゆる活動を決める重要な意思決定になります。

組織には、少なくとも二種類の顧客がいます。サービス提供の直接の対象者である「第一の顧客」と、その提供を支援してくれる「支援顧客」です。焦点を合わせるべきは第一の顧客であり、第一の顧客に応じて、支援顧客は変わります。ただし、成果をあげるには、すべての顧客を満足させることが必要です。

定義した顧客は常に正しいとは限りませんから、実行の過程でも、顧客の定義を調整する柔軟性を持っておく必要があります。想定された顧客ではなく、組織のサービスに満足してくれる実際の顧客を重視しなければなりません。

さらに、正しく顧客を定義し、うまく行っていたとしても、顧客は常に変化していきますから、繰り返し、顧客の定義を見直す必要があります。

顧客とは何か

以前、「顧客」というと企業が製品やサービスを提供する相手であり、社会セクタとは関わりがないと考えられていました。「顧客」という言葉に嫌悪する人たちもいたと記憶しています。

社会セクタの非営利組織では、それぞれの組織の種類に応じて、特有の様々な表現がされており、現在も使われています。例えば、クライアント、レシピエント(受容者)、患者、聴衆、生徒などです。

呼び名は様々ですが、どのような組織であっても、その特有の使命を果たし、成果をあげるために満足させなければならない人たちがいることは間違いありません。ドラッカーは、その人たちのことを共通に「顧客」と呼んでいます。

つまり、

  • 組織が提供するサービスに価値を認める人
  • 組織が提供するものを欲しがる人
  • 自分にとってそれが重要だと感じる人

などが顧客に当たります。

顧客が満足していないなら、組織は成果をあげていないということになります。

二種類の顧客

多くの組織にとって、顧客は一種類ではありません。

例えば、製造業には、通常、製品の最終消費者である顧客と、流通業者である顧客の二種類がいます。いくら最終消費者のニーズに合致していても、流通業者のニーズを満足させなければ、顧客の手元に製品を届けることはできません。

非営利組織も、大きく分けて二種類の顧客を持ちます。

第一の顧客

一つは主要な顧客であり、ドラッカーは「第一の顧客」(primary customer)と呼んでいます。組織の仕事を通して生活や人生が変化する人です。医療機関であれば患者、教育機関であれば生徒などです。

企業においても、その製品やサービスの直接の対象となる顧客が第一の顧客です。製造業者が流通業者を介して製品を提供する場合でも、製品は最終消費者が利用するためにつくられていますから、最終消費者が第一の顧客です。

支援顧客

もう一つは、「支援顧客」(supporting customer)です。ボランティア、会員、パートナー、資金提供者、委託先、スタッフなどです

全員が、組織の申出を受けるかどうかの選択権を持ち、申出を拒否する権利を持ちます。ですから、すべての顧客を満足させなければなりません。

第一の顧客に焦点を合わせる

焦点を合わせるべきは第一の顧客です。

第一の顧客を明確にすることが、優先順位、組織の価値に関わる重大な意思決定の基準点を与えます。

第一の顧客の満足に焦点を合わせ、時間をかけて、多くの支援顧客の満足と調和させるようにします。

非営利組織であれば、支援顧客に対し、意義あるサービスへの参加の機会を提供するという観点での満足を与えることが中心になるでしょう。価値があると信じる成果への貢献に参加すること理解してもらい、コミュニティのニーズを満たすために力を合わせて欲しいと強調します。

顧客を選ぶ

成果をあげるには、ターゲットとする顧客を絞り込み、深く満足させようとしなければなりません。すべての顧客を漫然と満足させようとしてはいけません。

顧客を定義するには、広い視野で、購買プロセスあるいはサービス提供プロセスを見なければいけません。購買あるいはサービス提供に至るまでには、様々な関係者がいくつかの役割を演じます。購買またはサービス提供後に生じるプロセスもあります。

影響を与える様々な役割を特定し、限られたマーケティング資源を集中しなければなりません。意思決定プロセスの中で、各関係者の認識や好み、価値を位置づけるスキルが必要になります。

カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)では、大量の顧客購買履歴などの情報が収集されますが、顧客経験の本質を捕捉しているとは言えません。顧客データの単純な管理は、顧客が組織での経験に満足していることを保証しません。

顧客関係を重視することは重要ですが、顧客は徐々に、関係ではなく価値に基づいて購買するようになっていると言います。いくら深い関係を築いても、価値がないもの、価値が減ってきたと感じるものを手に入れようとは思わなくなっています。結局、顧客の成功に貢献してこそ組織の成功であるということです。

ですから、現場に足を運び、顧客の声を聞き、顧客の行動を観察することが重要になります。

なお、ターゲットとすべき顧客は、決して唯一に決めなければならないわけではありません。顧客を複数のセグメントに分割し、その中のいくつかをターゲットにすることも考えられます。

しかし、顧客の定義によって、顧客に提供すべき価値が決まり、成果が決まり、計画が具体化します。顧客の定義は、組織のあらゆる仕事に影響することになります。つまり、セグメントに応じて行うべき仕事は異なってきますので、限られた資源で最大の成果をあげる観点から、一定の絞り込みは不可欠です。

選んだ顧客が正しいとは限らない

顧客は組織の外部に存在しますから、どれほど綿密な調査・分析を行い、注意深く考えたとしても、顧客を知り尽くすことはできません。顧客は必ず予想外の行動をとります。

しばしば、想定していた顧客と全く違う顧客が、製品やサービスの価値を認めてくれます。そのような場合に、多くの組織は決まって想定外の顧客を快く思いません。拒絶しようとさえします。そうやって、予期せぬ成功をみすみす逃してしまいます。

予期せぬ成功は、最も安全で優先すべきイノベーションの機会ですから、拒絶するのではなく、顧客の声に耳を傾けなければなりません。顧客はしばしば組織の一歩先を行っていることを認め、想定していた顧客ではなく、実際の顧客を知らなければなりません。

実際の顧客に順応し、組織も変化しなければなりません。

顧客は変化する

一度顧客を適切に絞り込み、うまく行っていたとしても、顧客はどんどん変化していきます。

人数が増減することもあれば、一旦絞り込んだと思っても多様化していくことがあります。

ニーズも変化し、サービスすべき全く新しい顧客が現れたり、サービスをやめるべき顧客が出てきているかもしれません。新たな分野から競合が出現した結果、競合の方がより望ましいサービス提供者になっているかもしれません。

ですから、「われわれの顧客は誰か」という質問も繰り返し問わなければなりません。

更なる質問

顧客に関する質問は、更に次のような質問によって深めることができます。

第一の顧客は誰か

現在、製品やサービスを利用している顧客のリストをつくります。そこから、第一の顧客とすべき人を選別します。

非営利組織の場合、生活や人生が変化する人たちです。

企業の場合、現在の顧客について、今後も企業を支えることができるだけの人口動態上の潜在力をもつかどうかを判断します。

支援顧客は誰か

支援顧客のリストをつくります。ボランティア、会員、パートナー、出資者、委託先、スタッフなどです。

それぞれの顧客がどのようなニーズを持ち、どのような満足を望み、どのような価値を提供すべきかを明らかにします。

組織の強み、能力、資源は、顧客のニーズに適合しているかを考えます。もし適合しているなら、どのように適合しているか、もし適合していないなら、それはなぜかを考えます。

顧客はどのように変化するか

人口動態、顧客のニーズあるいは顧客が抱える問題、人数などの変化を検討し、これらの変化が組織にとってどのような意味をもつかを検討します。

追加すべき新たな顧客層、または削るべき既存の顧客層があるかどうかを検討します。あわせて、その理由も明らかにします。

新たに奉仕すべき顧客層があるとすれば、その顧客層を利するために必要な能力、特別に優位な能力をもっているかを考えます。第一の顧客が新たに加われば、それに応じて支援顧客も新たに加わることになります。

もはや奉仕すべきでない顧客層があるとすれば、その理由は、ニーズが変化したからか、資源が制限されすぎているからか、他の組織の方がより効果的に奉仕できるからか、もはや彼らのニーズが組織の使命に合わないからか、あるいは能力に合わないからか、などを検討します。