かつて、多角化は成長のための万能薬のように言われました。コングロマリット(複合企業)が賞賛され、企業の究極の理想形のようにもてはやされていたと記憶しています。
しかし、多角化すれば業績が上がるという事実は認められませんでした。事業にとって、複雑さが競争上の不利を意味することが分かりました。組織が抱えることのできる複雑さには限界があるからです。
「うまくいかなくなりそうなものは、いずれうまくいかなくなる。」というマーフィーの法則がありますが、ドラッカーは、その第二法則とも言うべき「ドラッカーの法則」を指摘しています。
- 何かがうまくいかなくなると、すべてがうまくいかなくなる。しかも同時に。
組織が多様化して複雑になると、何かがうまくいかなくなっても、その状況を知り、理解することができなくなります。その結果、マネジメント不能に陥ります。報告の仕組みがあっても、所詮は過去の編集にしかすぎません。意味ある事態は報告には乗らないことがほとんどです。
ですから、トップマネジメントが、報告、数字、データなど抽象的なものに依存するようになったら、複雑さの限界です。事業の現実の姿、そこに働く人、経営環境、顧客、技術を自らの目で見、知り、理解することができなくなったことを意味します。
しかし、それでも企業にとって多角化は必要であり、必然です。企業は変化を求め、変化しなければ永続できないからです。
多角化に成功するには条件があります。組織全体を統合するための軸が必要です。最低限、価値観が一致していることが必要です。さらに、市場または技術のいずれかが一致していることが必要です。それらが組織の共通言語となり、組織の相互理解を促します。
多角化の要因
多角化は組織にとって必要であり、必然です。組織の内部にも外部にも、多角化を促す要因が存在します。
内的な要因
心理的な欲求
同じことの繰り返しでは、人は飽きてしまいます。変化の能力も萎縮してしまいます。
集中には過度の専門化という危険が伴います。あらゆる製品、プロセス、技術、市場は古くなるため、組織の存続が危うくなります。
ですから、不断に柔軟性を保ち、新しいことを試み続けることが大切です。変化する習慣を維持しなければいけません。
規模の不適切さ
新分野への進出は、規模の不適切さに伴う脆さや弱点を補強する対策として有効です。具体的な方法は2つです。
- 経済連鎖の後方(川上)事業への一貫化
- 経済連鎖の前方(川下)事業への一貫化
メーカーを例にあげると、前者が素材産業に進出するような場合、後者が卸・小売に進出するような場合です。
ドラッカーは、いずれの対策も、規模の不適切さへの対策として行うときに限って有効であると言います。
ただし、複雑さが増大することに変わりありません。未経験の分野でもあります。新しい技術も必要であり、新しいリスクを冒すことになります。
収入が費用を上回って初めて正当化されます。
コストセンターの収益化
外注化はできないけれども費用がかさんで収益を圧迫する活動がある場合、それを事業化する方法があります。
例えば、どうしても自前での輸送が必要だけれども、自社の荷物だけでは固定費がかさみすぎるなら、輸送部門の事業化を検討します。
外的な要因
一国の経済規模
国が小さければ、企業も小規模にとどまりますが、外国資本が現地企業と組むことで、現地企業を多角化させる方法があります。
ただし、一時的な措置です。発展途上国など、経済が発展段階の初期にあるときに有効です。インドやブラジル、日本でも行われ、いくつかの巨大財閥ができました。
一定規模を超えると、国家経済と企業双方の成長を阻害します。日本でも巨大財閥は解体されました。健全な競争が阻害され、製品やサービスも決して良いものにはなりません。
市場の論理
グローバル企業の問題ですから、後述します。
技術
技術は、本質的に分岐する傾向を持ちます。技術の分岐に従って、多角化の要求が生じます。
税制
企業の税引き後利益は、投資家に還元されるか、事業に再投資されます。
投資家への還元は課税の対象ですが、事業への再投資は非課税です。そのため、企業は事業への再投資を促され、多角化の要因になります。
2つの新市場の出現
大衆市場としての「資本市場」と「人材市場」の出現です。いずれも、多角化に積極的な企業を成長の可能性が高い企業とみなします。
株価が上昇する可能性が高く、また、能力が発揮できて雇用も収入も安定すると予想します。
多角化の調和
事業が多角化しても、全体として一つの企業です。全体を維持し、調和させる必要があります。組織全体の目的、ミッションを実現することに貢献できるものでなければなりません。
次の問いに答えることが必要です。
- 自らの強みを生かし、持てる資源から最大限のものを引き出すには、いかなる多角化が必要か。
- ミッションの実現に向けて目標を達成し、活力を持って繁栄し続けるうえで、必要最小限の多角化は何か。
- マネジメントしうる最大限の多角化はどの程度か。耐えることのできる最大限の複雑さはどの程度か。
共通の市場
事業、技術、製品、製品系列、活動において多角化しますが、共通の市場によってそれらを統合し、一体化させます。
ドラッカーはこの方法が成功しやすいと言います。ただし、注意点があります。
市場が何であるかを決めるのは顧客
顧客が、新たに多角化したものを同一市場の一部と見なさなければ成功しません。
戦略が有効であること
自らの事業に含めるものと含めないものを明らかにします。
次いで、企業全体の中で個々の事業が果たすべき役割を明らかにします。ミッションの共有、全体の構想、戦略の統一が必要です。
個々の事業は、それぞれの目的、戦略、計画を持ち、成果を期待と照合されます。
共通の技術
事業、市場、製品、製品ライン、活動において多角化しますが、共通の技術によってそれらを統合し、一体化させます。
この多角化は技術からの要求に従うため、市場からの要求と相容れないことになりがちです。技術における専門性は知識で学ぶことができるため論理で納得しやすいですが、市場の反応は企業から見て非合理に見えやすいものです。
ドラッカーは、共通の技術で多角化する場合に守るべき5つの原則を指摘します。
技術は現実のものであること
技術は、理論ではなくスキル(技能)でなければなりません。学問上の学科は理論ですから、多角化の軸には使えません。
通信(コミュニケーション)や輸送といった分野も、一般的なコンセプトであり、共通の技術とはなりません。
技術は特有の卓越したものであること
市場においてリーダーの地位を与えるものでなければなりません。他の企業に劣るなら、多角化しても事業としては存続できません。
技術は、市場において、付随的ではなく中核的であること
銀行のスキルは、クレジットカード市場では付随的でしたから、進出しても当初はうまくいきませんでした。
製紙会社のスキルは、熱や光に反応する特殊紙の市場では付随的でしたから、うまくいきませんでした。
戦略があること
多角化自体が目的ではありませんから、必ずしも自社での利用が最善とは限りません。自社の目的やミッションに従い、売却、ライセンス供与、合弁などの可能性も検討します。
製品、サービス、市場に適用するうえで必要となる付随的な技術は何かを明らかにします。
逆に、持っている技術のうち、新製品、新サービス、新市場に合わないために放棄すべきものは何かを明らかにします。
マーケティングについての知識と戦略があること
市場が共通ではありませんから、同じマーケティングではうまくいきません。
ドラッカーは、技術一家主義の問題にも警鐘を鳴らします。化学や電気の分野で、共通技術によって著しく多角化した企業がありますが、どれもうまくいっていないと言います。
多角化の限界に達しており、共通のミッションもありません。技術の分化に従って次々と多角化を繰り返しましたが、ある段階から、共通の技術が核にならなくなったと言います。
組織の共通言語
多角化した企業にとって、組織の相互理解のための共通言語が必要です。共通の市場または技術が、組織の共通言語の役割を果たします。
体質の一致
ドラッカーは、多角化を調和させるために、共通の軸以上に、価値的に調和していることが重要であると指摘します。コングロマリットがうまくいかない理由が、正にここにあるといいます。
多様な価値観はマネジメントできません。価値観が合わない事業は、トップマネジメントが真剣になることができませんから、卓越することもできません。
一時期、アセット・マネジメント(資産管理)による多角化の統合が流行しました。アセット・マネジメントは金融マネジメントです。事業のための戦略はありませんから、事業を統合するような目的もミッションもなく、事業のマネジメントはできません。
戦略があって初めて資産が活用できます。戦略のない資産管理は、高く売るだけが目的の管理です。
多角化の手段
事業を多角化するためには、新たな事業のための資源やスキルを取得しなければなりません。その手段には、内部で取得する方法と、外部から取得する方法があります。
詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。