かつて、組織は一つの国家の中で存在していましたが、第二次大戦後、その関係が崩れてきました。グローバル企業の出現です。
グローバル企業増加の要因は、国境、文化、イデオロギーを超越する真のグローバル市場の出現にあります。経済と国家主権が分離され、国境は経済にとって、制約要因、阻害要因、複雑化要因へと変わりました。
グローバル企業の意思決定は、グローバル市場における資源の最適化という論理で行動します。財やサービスではなく生産手段が国境を移動する時代になったのです。
このようなグローバル企業の行動が批判を生んでいます。経済と政治の調和が必要です。
グローバル企業は内部的にも複雑な問題を抱えています。グローバル市場への対応という意味での一体化と、文化的・政治的な多様性を調和させる戦略が必要です。
戦略の複雑さは、組織構造の複雑さを伴います。システム型組織という最も難易度の高い組織原理を適用する必要があります。
グローバル企業の出現
かつて、組織は一つの国家の中で存在していました。あらゆる組織が、国民国家の統治機関である政府からその存在の法的基盤と合法性を得なければならないと考えられていました。
第二次大戦後、その関係が崩れてきました。グローバル企業の出現です。
企業のグローバル化は保護主義が原因であるという意見があったようですが、ドラッカーはそれをはっきりと否定します。保護主義はグローバル企業最大の敵であると言います。
グローバル企業増加の要因は、国境、文化、イデオロギーを超越する真のグローバル市場の出現にあります。第二次大戦後、所得と情報の増加に伴い、同一あるいは類似の需要パターンを発展させる国が続きました。これは、予期せぬ出来事であったと言います。
需要によって市場が形成され、供給を生み出すのであって、その逆ではありません。共通のグローバルな需要と期待があって、グローバル市場が生み出されました。
ここに来て、経済と国家主権が分離されることになりました。国境は、経済にとって、制約要因、阻害要因、複雑化要因へと変わりました。
グローバル企業の意思決定は、経済合理性に基いて行われますから、政治的主権の意思とは関係ありません。グローバル市場における資源の最適化という論理で行動します。
財やサービスが国境を移動するのではなく、生産手段が移動する時代になったのです。企業の方は、その国の経済や市場を中心に考え、行動することはできなくなってしまいました。
このようなグローバル企業の行動が批判を生んでいます。国家主権に害をなす存在であり、社会、経済、財政に関わるあらゆる政策を無視する存在であるとみなされています。さらには、経済政策や職場を支配し、経済以外の分野も左右する強大な権力であるとさえみなされています。
しかし、グローバル企業がいかに強大であっても、一国の政府に対応する力はありません。問題は、政治的主権と経済的現実がもはや相容れないことです。
ですから、経済と政治の調和が求められています。ドラッカー曰く、グローバル企業こそ魁ですから、そのトップマネジメントが、解決を担う責任を果たさなければなりません。グローバル企業は、グローバルな公的・サービス機関の手本とならなければならないのです。
国際的取り決めによる経済と政治の調和
国家主権を超えるグローバルな政治機構は存在しませんから、グローバル企業全体を取り締まる法的規制を定めることはできません。
だからこそ、グローバル経済と国家主権の政治とを調和させるための取り決めが必要です。ドラッカーは、取り決めるべき内容を次のように指摘します。
- グローバル企業受け入れの条件
- 所有権の制限
- 利益の送金や資本の還元
- 人、物、金の移動の自由に対する制限
- 非政治化(自らのために政治的権力を動かさないこと)
このような取り決めの内容は、グローバル企業のトップマネジメントの責任で考えるべきです。さもないと、グローバル企業に害となる政治的決着を余儀なくされかねません。
発展途上国にとってのグローバル企業の価値
国際的な取り決めは、グローバル企業が発展途上国との健全な関係を築くうえでも大変重要です。発展途上国にとって、グローバル企業以上に重要な存在はないからです。
グローバル企業は、発展途上国に、資本、技術、肉体労働力が生み出す製品のための市場、スキルを手にする道をもたらすことができます。特に、スキルを手にする道が、経済的、社会的発展の鍵を握っています。生産、マネジメント、事業に関するスキルです。
ただし、発展途上国に進出するに当たっては、注意すべき点があります。ドラッカーは、次の4点を指摘します。
- 完全子会社は途上国のためにならない
- 完全子会社は、その国自身の投資や資本形成、マネジメントや企業家の育成を妨げます。
- 投資と経営権の分離も検討する必要があります。
- 競争市場で生き残ることのできる投資を行う。
- 外貨負担が重荷になる国や、高率関税による保護を必要とする国への進出は控えるべきと言います。
- 原材料、労働力、資金のコストが高いために採算性が低い国へも進出してはなりません。
- 進出先国の政府による保護策を当てにして進出するのは愚かです。グローバル戦略の一環として、明確に位置づけられる投資でなければなりません。
- 進出先国の政治構造に参画し、進出先国の国家主権を味方につけなければならない。
- 電力、輸送、電話などインフラの支配を避ける。
- インフラは資本集約的です。
- グローバル経済におけるインフレ圧力の中にありながら、価格は政府の管理下にあります。グローバル企業が価格をコントロールすることはできません。
- そのような環境の中で、多大な投資を続けることは不可能です。
戦略上の問題
グローバル企業のマネジメントは、複雑で困難です。
経済のグローバル化が進むほど、人はアイデンティティを求めます。言語や文化といったローカルな文化的ツールが必要です。
グローバル企業のマネジメントは、政治的、文化的な多様性をいかに統合するかが課題です。内部的には、一体化を図りつつ、多様性を保持しなければなりません。全体の戦略と個々の子会社の戦略、機能別の共通部門(工場、研究所など)の戦略の調和が必要です。
個々の部門の目標、優先順位、計画、損益への責任とともに、全体の相互依存の関係が重要です。
外部的には、グローバル市場において生産要素を最適化しなければなりません。政治的諸機関と円滑な関係が不可欠です。
戦略の複雑さは、組織構造の複雑さを伴います。
グローバル企業の多角化は、マネジメント不能をもたらします。多角化の誘惑に克つことが、グローバル企業の課題です。
成功しているグローバル企業は、いずれも単一市場または単一技術の企業です。共通の軸で事業の一体性を維持することが、グローバル企業の複雑さを統合するために必要です。
トップマネジメント・チーム
企業レベルのトップマネジメント
いかなる国のいかなる事業のトップマネジメントも兼ねてはいけません。トップマネジメントが巡回していたのでは統治できません。
事業戦略の数だけのトップマネジメント・チーム
グローバル企業には、多くのトップマネジメント・チームが必要です。国や地域別、製品別など、事業戦略の数だけのトップマネジメント・チームが必要であると言ってもよいくらいです。
トップマネジメント・チームについて詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。
意思決定は現場のもの
意思決定は現場で行う必要があります。
意思決定は、何から何まで熟知したうえで行う必要があります。全体の目標、戦略、ニーズを知るとともに、それぞれの土地の法律、価値観、慣習に従って意思決定する必要があります。そこにいる人たち、そこにある諸々の機関との協力のもとに意思決定しなければなりません。
システム型組織の適用
グローバル企業のトップマネジメント・チームは、その複雑さから、関係中心の組織であるシステム型組織とならざるをえません。システム型組織について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。
自己規律を徹底するため、自己目標管理が必須です。
一方で、トップマネジメント・チームの協働が必要です。
- 上部のマネジメントに情報提供し、理解を得、教育を施す責任を持つこと
- 人と人との接触、コミュニケーション、学び合いの姿勢を持つこと
- 何が起こっているかについて十分な情報共有、話し合う時間を持つこと
- あらゆる種類のトップマネジメントが、あらゆる関係者、政府関係者、政治家、学会や言論界の有識者と直接の関係を持つこと
セクレタリアート(企画部)の設置
トップマネジメント・チームに、思考、刺激、疑問、知識、情報を提供する機関が必須です。セクレタリアートについて詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。
取締役会を機能させる
監督する取締役会と対社会関係取締役会の2つを機能させることが必要です。取締役会について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。
マネジメントの位置づけ
一人ひとりのマネジメントの仕事と役割の位置づけは、非常に複雑で困難です。
共通の基準はありません。最善の答えは未だなく、問題があればその都度見直すしかありません。必要なことは、多様なニーズのバランスを保つことです。
地域のトップマネジメントの位置づけ
地域のトップマネジメントは、会社全体のトップマネジメントの一員とすべきことが多いと考えられます。
ドラッカーは、少なくとも、会社全体のトップに直接アプローチできることが必要だと言います。ただし、滅多にアプローチしてはいけないとも言います。
地域のトップマネジメントは、全体のトップマネジメントの部下であると考えてはいけません。全体のトップマネジメントに助言を与える存在です。
マネジメントのためのツール
人事や地位は、国籍とは関係なく機会均等でなければいません。特定の国籍に限ってはいけません。報酬を地域の相場に合わせることは、適当ではありません。昇進が降給をもたらしてはなりません。
事業ごとの成果のみで報酬を決めてはなりません。チームワークを損ないます。ある国の事業での仕事が、別の国の事業の成果につながることがあるからです。
グローバル企業の組織
システム型組織の適用
共通の事業戦略と多極的なマネジメントを一つの構造のもとに調和する必要があります。それは、資本市場からの要請でもあります。
グローバル企業は、組織全体としてもシステム型組織が必要です。システム型組織について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。
規律のしっかりした集権的組織であること
企業全体としての統一性が必要です。
互いの違いを理解し、受け入れ、敬意を払う必要があります。やり方の違いを受け入れ、成果に焦点を当てなければなりません。
自立した組織からなる柔軟な連合体であること
各国の異なる慣行を包含するものでなければなりません。
グローバル市場に向けて自らの資源を動員できること
資本、知識、マネジメント、専門能力を持つ者を、グローバルなレベルで最適に動員できることが必要です。
一方で、若者たちに、自らの母国、社会、産業に貢献する機会を与えることにも配慮しなければなりません。
組織構造の例
グローバル企業において取るべき組織構造について、ドラッカーは具体例をあげています。
まず、地理的単位ではなく経済発展の段階にしたがって分けることを提案しています。地理的単位には、きわめて違った経営管理上の問題、機会、特徴をもった国が混在してしまうからです。
経済発展の段階にしたがって、先進国向けの部門、準先進国向けの部門、原材料生産国向けの部門、特定の事業の輸出市場として重要性をもつ発展途上国向けの部門に分ける例を示しています。
それ以外に、プロダクション・シェアリングを統合する部門が必要であるとも言っています。プロダクション・シェアリングについて詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。