非営利組織における自己評価

ドラッカーによると、大多数の非営利組織のマネジメントは十分なレベルではありません。努力していないからではなく、焦点とツールを使う能力が不十分だからです。

ドラッカーは、非営利組織のためのマネジメント手法(ツール)として、自己評価プロセスを提案しています。次のような5つの最も重要な質問に答えていくことによって、自らの行動、その理由、その成果を評価し、強化し、改善していくためのプロセスです。

  1. われわれの使命は何か
  2. われわれの顧客は誰か
  3. 顧客は何を価値あるものとするか
  4. われわれの成果は何か
  5. われわれの計画は何か

このプロセスには顧客の視点が不可欠です。「顧客の価値」に焦点を合わせ、顧客の価値を起点にしたプロセスをサイクルとして循環させなければなりません。

なお、5つの質問についてさらに詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

なぜ自己評価なのか

ドラッカーによると、大多数の非営利組織のマネジメントは、良くてCランクであると言います。その理由として、努力が不足しているからではなく、

  • 焦点
  • ツールを使う能力

が不足しているからであると指摘しています。

焦点とツールを使う能力を与えるものがマネジメントです。どのような組織も、経営資源として利用できるものは本質的に同じです。しかも、使える資源は常に限られています。限られた経営資源をどこに投入すべきかを決めるのが「焦点」であり、より高い効果をあげるための方法が「ツールを使う能力」です。

マネジメント手法としての自己評価

非営利組織には、損益がないからこそ、企業以上に意識的なマネジメントが必要です。

企業における損益(ボトムライン)は、あまりに端的で客観的な指標であるため、有無を言わさず事業の現状を顧みざるを得なくさせます。決して唯一の指標ではありませんが、成果を測るための最低限の指標であり、損益を無視して企業は存続できません。

一方、非営利組織は社会正義を動機とするため、成果を度外視したり、軽視したり、罪悪視したりさえします。自らの組織の存在そのものが社会に価値をもたらすと錯覚し、存在そのものが目的化しがちです。その結果、成果を測るという発想が起きにくくなります。ですから、成果を適切に測り、組織の行動を成果の達成・改善に向けて導いていくためのマネジメントの方法が必要です。

ドラッカーが、非営利組織に推奨しているマネジメントの方法は、自己評価によるマネジメントです。

自己評価は、PDCAサイクルのプロセスによって、組織行動の改善と強化を図ります。PDCAサイクルとは、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Action)によるサイクルを繰り返すことであり、マネジメントの手法としては一般的ですが、そのプロセスの中核には「顧客の価値」があります。顧客の価値を起点にして、自らの行動、その理由、その成果を評価し、強化し、改善していくためのプロセスです。

顧客の価値とは、顧客にとっての成果です。非営利組織においては、「顧客の生活が改善されること」です。これが企業にとっての損益に対応する非営利組織のボトムラインです。

ですから、顧客の価値こそが、非営利組織に不足しているとされている「焦点」です。「顧客の価値」に徹底して焦点を合わせることが重要です。顧客のニーズやウォンツ、長期的な願望が何であり、それを満足させるために何をすべきかを考え抜くことによって、組織の使命を明確にしなければなりません。

組織の使命が、組織のあらゆる行動を規律します。利用できる資源は限られていますから、自分たちの強みを見きわめて、どこに資源を集中させるべきかを決めます。他の組織の方がうまくやれることをやってはいけません。

さらに重要なこととして、顧客の価値に焦点を合わせる以上、もっとも重視すべきは顧客の声です。机上での憶測では分かりません。顧客の所に行き、直接聞くことから始めなければなりません。

顧客の声をもとに成果を測り、組織の行動にフィードバックし、やめるべきこと、強化すべきこと、改善すべきことを明らかにして、よりよい計画へと結実させていきます。これが自己評価の意味であり、このプロセスを常時繰り返します。

自己評価のプロセス

自己評価のプロセスは、ドラッカーが提示する最も重要な5つの質問に答える形で進められ、最終的に計画としてまとめられます。

  1. われわれの使命は何か
  2. われわれの顧客は誰か
  3. 顧客は何を価値あるものとするか
  4. われわれの成果は何か
  5. われわれの計画は何か

これらが、非営利組織に不足しているとされている「ツール」の主要部分であり、自己評価プロセスを通じてこれらを使う能力を高めていきます。

これらの質問は、顧客の視点を得なければ答えることができません。組織を目的化し、組織内部に意識が集中しがちな非営利組織にとって、ビジョンを拡大するうえで重要な質問です。顧客の声に耳を傾け、社会の中で起こっている変化に目を向けることができるようになります。

顧客の視点からこれらの質問に答えていく過程では、組織にとって重大な意思決定に直面することになります。絶対視されがちな使命を再考し、見直すべきかどうかの意思決定です。使命の見直しは、機能していないプログラムを放棄し、他のプログラムに資源を集中させる意思決定を余儀なくさせます。それは、能力と責任を機会に適用する方法の決定でもあります。

社会は変化し、顧客が価値とみなすものも変わっていきます。組織には、社会の変化を機会ととらえ、よき意図を見出し、新たな知識を学び、効果的な行動に変えていくためのリーダーシップが求められます。それは、決して真に満足するということのない精神です。自己評価プロセスのサイクルによって、常に計画を研ぎ澄まし、焦点を合わせ直すことが必要です。成功している時こそ変化が求められるときであり、行動すべきときです。

自己評価プロセスは、最後の質問への答え、すなわち計画で完成します。計画とは、単なるイベントではありません。組織のメンバー全員が、行動に対してコミットすることです。なすべきことを明確にし、期限を定め、責任者を決めて、実際に行動するためのものです。

計画においては、うまく機能しているものを強化し、そうでないものを廃棄しなければなりません。知り得る限りの知識で可能性のあるリスクを評価し、意思決定を行います。

計画は目標を伴っています。体系的なフィードバックによって実績と成果を評価し、状況の変化に従って継続的に調整する必要があります。評価と調整自体も計画の一部でなければなりません。

対話と建設的な意見の相違を奨励する

非営利組織では、委員会(理事会、評議会)、スタッフ、顧客と3方向の対話をし、それぞれの見解を議論と決定に盛り込むことが求められます。経済的な報酬がインセンティブとならない分、特に重要になります。

その過程で大切なことは、意見の相違を避けようとするのではなく、建設的な意見の相違を奨励することです。意見の違いが自己評価手法の主要な成果であり、便益だからです。意見の違いを知ることによって、組織は自らを超え、ビジョンを拡大し、自ら果たしたい使命ではなく、果たすべき使命、社会から求められる使命を理解し、効果的に果たしていくことができるようになります。

ですから、重要な問題に速やかな意見の一致があるときは、むしろ意思決定すべきではありません。それは、誰も下調べや準備をしていない証拠だからです。リスクのある意思決定に論争は不可避です。

そこで重要な原則は、ドラッカーが何度も繰り返している次の格言です。

本質における一致、行動における自由、すべての物事における信頼

この場合における「本質における一致」とは、使命における一致です。使命の不一致は混乱であり、放縦です。使命を見直す際には、当然、意見の相違があるでしょうが、議論を尽くし、最後は必ず一致させなければなりません。

「行動における自由」は、誰もが自分が正しいと思うことを表明できる自由です。それは同時に、誰もが自分と違う意見に真摯に耳を傾け、尊重する責任でもあります。

その自由が全体の信頼につながります。すなわち、「すべての物事における信頼」です。

意見の対立は、リーダーが奨励しなければ、誰もが避けようとします。組織の雰囲気を険悪にし、ともすれば人格攻撃と誤解され、後々まで尾を引くように思ってしまうからです。しかし、意見の対立を避けようとすることは、結局のところ、潜行的な反目、陰口に転換することになり、余計に陰湿な疑心暗鬼を蔓延させます。

ですから、リーダーは常々意見の対立が奨励されることを表明し、現に対立が起こっている場面において積極的に関与し、異なる意見が出るよう促し、その素晴らしさを評価しなければなりません。

開かれた議論は、どこに異議があり、問題があるのかを明らかにすることができます。異議を表明できることが本物の参加です。異議を出し尽し、漏れなく吟味しなければ、リスクを伴う意思決定はできません。

意思決定は全会一致である必要はありません。関係者の考えの違いが理解されることで、むしろ優先順位が明らかになります。異議が表明され尽くしたうえでの意思決定であればこそ、行動へのコミットメント、すなわち参加への約束と責任につながります。

なお、意見の相違が奨励される重要な理由の一つとして、ドラッカーは、組織には非協調主義者が必要であることも指摘しています。組織は常に思考が内向きになりやすく、社会の変化を見落としがちですから、組織の内部に異議を申し立てる者が必要です。未来にとって正しい方法は何かを常に問い、変化する用意がある者です。

転換のリーダーシップ

自己評価のプロセスは、組織が、現在ある状態から未来のあるべき状態に転換する(transform)ことでもあります。

『The Five Most Important Questions』においてドラッカーとの共著者でもあるフランシス・ヘッセルバインが、同著において、先にあげた5つの質問と関連させて転換のためのマイルストーンを示しています。

外部環境を調査し、精査して、組織に影響を与えそうな主な傾向を識別します。戦略の本質は、組織にとってのこれらの傾向の意味を定義することでもあります。

内部のデータで補足しつつ、現れつつある傾向と意味を評価することは、変化を計画するための重要な背景を提供します。独自の予想よりも望ましい行動のための基礎を提供します。

使命を再考する

環境や顧客のニーズは変化しますので、3年に1度は使命を再評価し、必要なら洗練させます。

使命は、「どのように行うのか」ではなく、「なぜそれを行うのか」を定義します。明確で、力強く、人を動かさずにはおかないもので、要を得たものであることが必要です。

ここでは、ドラッカーの5つの質問のうち、最初の3つの質問に答えます。

  1. われわれの使命は何か
  2. われわれの顧客は誰か
  3. 顧客は何を価値るものとするか

階層組織を禁止する

転換は、人々を組織の仕切りから出して柔軟にすること、流動的なマネジメントを要求します。

ヘッセルバインは、有機的な組織、すなわち機能と地位が階層的でなく同心円的に配置されることが望ましいと言います。そのためには、新たなスキルを学び、地位を拡大しながら、循環的に異動するジョブローテーションが現実的であると言います。

今日の知識労働者は、自分の中にある知識を使って仕事をする者であり、自身のツールキットを自分の頭の中に持ち歩いているので、階層組織は相応しくありません。指揮命令や監督がなじまないからであり、単なる情報中継器も必要ないからです。

主義に挑戦する

転換のためには、聖域を設けてはいけません。あらゆる方針、慣習、手続き、仮定に挑戦することが必要です。過去の成功に基づいてできあがったものにこそ、挑戦しなければいけません。

自身を転換するには、計画的な廃棄を実行することが必要です。計画の機能としてあらかじめ盛り込んでおく必要があります。今日機能していても、未来に適応する組織にとって適切でなくなっているものは処分します。

言葉の力を使う

リーダーは、少数の明確で一貫したメッセージを繰り返し発しなければなりません。すべての顧客、構成員とコミュニケーションを図りながら、声によって導きます。

リーダーシップを組織の至る所に分散させる

リーダーシップとは、組織のすべてのメンバーによって分担された責任です。組織のあらゆるレベルにわたって開発され、役割を果たす多くのリーダーが必要です。

前面から導き、後部から押さない

リーダーは、自ら決定し、意思表示し、行動する者であり、別の誰かの意見を批評したり、追認したりする者であってはいけません。組織に影響を与える問題について明確な立場を表明し、組織とその価値観と規律の体現者となる必要があります。つまり、望まれる態度を形作り、決して約束を破らず、それをどのように行うかではなく、どうあるべきかを示さなければなりません。

実績を評価する

転換のプロセスの最初から、使命、ゴール、目標が明確でなければなりません。あらゆる組織上の変化にとって、よく定義された行動計画と成果測定計画が重要です。

ここでは、ドラッカーの5つの質問のうち、残りの2つの質問に答えます。

  1. われわれの成果は何か
  2. われわれの計画は何か