理想企業のモデル化

事業分析を行うと、大抵の場合、想像以上に経営状態が悪いことが明らかになります。

多くの経営者は、分析の結果を受け入れることができず、何ごともなかったかのように現状の経営を続けていこうとします。あまりにも多くの課題が明らかになり、到底管理できないように思えるからです。

資源は有限ですから、際限のない課題を管理できる数に制限しなければなりません。優先度の高い適切な課題に絞り込み、稀少な資源、特に重要な人材を最優先の課題に集中的に配置し、最大限の成果をあげる必要があります。

目的意識に基づく体系的な計画が不可欠です。ゼロベースで出発する覚悟も必要になります。

課題を絞り込むうえでの重要な考え方は、次の2つです。

  • 顧客、市場、最終用途の観点で明らかになった事業の機会に焦点を合わせること
  • 機会に強みを適用すること

問題の改善ではなく、機会を生かすことを重視します。避けるべきリスクにではなく、実現すべき成果に重点を置きます。

強みは、機会に適用してこそ生かされます。機会を最大限に活用し、成果を最大化するということでもあります。

ドラッカーは、目的意識に基づく体系的なアプローチとして、次の3つのポイントをあげています。

  1. 理想企業のモデル化
  2. 機会の最大化
  3. 人材の最大利用

理想企業のモデル化

事業分析の結果を基礎として、まず自社が目指すべき企業の理想像を設計します。市場が望む企業という視点が必要です。

理想企業の設計によって、自社の進むべき方向性を決定し、

  • 基本的な目標
  • 成果を評価するための基準や期待

を明確にします。

理想企業のモデルは分析時点での仮説にすぎませんから、現実の成果による検証が必要です。

一定の成果が出たとしても、どこかで利益率の上昇が止まったら、理想企業の設計そのものの再検討が必要になります。

理想企業のモデルは、事業のサイクルを決定します。市場における成果を求める時間的な長さ、自社にとっての「現在」を意味する期間です。

既存の生産と販売を重視するなら1~2年のサイクルになるでしょう。新たな研究開発を重視するなら8~10年のサイクルになるかもしれません。

このサイクルが、活動の内容を決定しますので、あまりにも短すぎるサイクルは、企業の長期的な存続や成長をおろそかにしてしまいます。

理想企業のモデルに関する意思決定と行動のためには、短期のかなり簡単で大づかみの検討で十分であると、ドラッカーは言います。モデルの練り上げに時間をかけると、分析結果が古くなり、モデルが陳腐化するからです。

検討を容易にするものでない限り、複雑な分析手法を使う必要はありません。

大きな輪郭を描いて行動に着手したあと、順次に修正と改善を図る方法が望ましいと言えます。

重要なことは、早く大きな成果をあげることです。そのために、最初の一歩を大きなものとします。つまり、機会の最大化を図ることです。最大の経済的効果をもたらす機会に集中し、最高の人材を投入することです。

T型フォードが自動車市場を席巻していたとき、GMのスローンは、理想的な自動車メーカーとはどのようなものかを考えました。

まず自動車市場について研究しましたが、小規模で短期間のものでした。何人かの役員を集めて小さな委員会を作り、検討期間は1か月ほどでした。市場を自分の目で見て、社内の役員やディーラーにいくつかの質問をしました。

スローンが行ったものは、トータル・マーケティング・アプローチと呼ばれる方法でした。

自動車のユーザーは、性能がよく、価格が安く、乗り心地が良く、格好のよい車、しかもモデルチェンジがあり、下取りに出しやすい車を求めていると判断しました。

中古車市場を大衆市場と位置づけ、下取りによる買い替え需要を喚起し、一年物の中古車によってT型フォードを陳腐化させました。

5つの車種をそれぞれ価格と性能によって市場に位置づけ、リーダーシップを握るべく設計しました。

車はステータスを表すものと考え、一定の継続性のある個性的なスタイリングによってそれぞれの車種に顧客を結びつけることを目指しました。

挑戦のない成功のもろさを知り、車種同士が強力なライバルとなるように、各車種は、一つ下の価格帯の車種の最も価格と性能が高い車、一つ上の価格帯の車種の最も価格と性能が低い車と競争関係に立つように設計しました。

機会の最大化

機会の最大化によって、理想企業を実現し、早く大きな成果をあげるための大きな一歩を踏み出します。

市場における成果や、知識を増大させるものが何であるか、現在の活動のうち何を推進し、何を放棄すべきかを明らかにします。

機会の最大化は、大きく次の2つの観点で取り組みます。

  • 事業分析の結果を基礎として、現在の事業の質を高めること
  • 新しいことに取り組むこと

現在の事業の質を高める

事業分析の結果に基づき、あらゆる製品、市場、流通チャネル、コストセンター、活動、努力の領域を、3つの類型に分けます。

大きな成果の機会が存在するために推進すべき優先的領域

推進すべき優先的領域には、次のものがあります。

  • 明日の主力製品とシンデレラ製品
  • 明日の主力製品に明後日とってかわるべきもの
  • 新しい重要な知識
  • 流通チャネル

これらには、成果をあげるために十分な資源を投入します。最高の人材を割り当て、集中的に取り組ませます。

たとえ「余力があれば」という言い方であっても、他の領域の仕事を兼務させてはいけません。必ず、いつのまにか他の領域の方が優先されてしまうからです。

意図的に廃棄することに機会を見出すべき優先的領域

廃棄すべき優先的領域には、次のものがあります。

  • 独善的製品と非生産的特殊製品
  • 不必要な補助的コストと浪費的コスト
  • 昨日の主力製品

廃棄は、資源を解放し、機会に振り替えるために必要です。

廃棄すべきものを残したまま、機会に資源を投入しようとしてもうまく行きません。必ず、古いものが優先されるからです。昨日の主力製品は、必ず明日の主力製品の導入と成功に対する障害となります。

ある活動のコストが、その活動による利益の1/2を超える場合は、活動そのものを廃棄の候補とします。利益が出ているように見えても、隠されたコストは経理の示す額よりはるかに大きいことがほとんどだからです。

廃棄には必ず抵抗がありますが、言い訳を認めてはいけません。

よくある言い訳は、成長が必要であるというものです。「まず成長させなければならない」と言われます。しかし、まず成長するということはありません。成長は成功の結果だからです。成功していないものを、成功させるために成長が必要であるという理屈はありません。失敗しているものを成長させることは、被害を大きくすることを意味します。

多忙であることを成果と混同することもよくあります。多忙とコストは関係がありますが、多忙と利益は関係ありません。

推進も意図的な廃棄も、さしたる成果をもたらさない製品、市場、知識に関わる膨大な領域

大半のものはここに当たります。

  • 今日の主力製品
  • 生産的特殊製品
  • コストが大きく、不釣り合いなほどの努力によってしか節減できないコストセンター
  • 手直し用製品

これらの領域には、機会の領域を犠牲にしてまで人材を使ってはいけません。機会の領域に十分な人材を割り当ててもなお、人材が余る場合にのみ考慮します。

現在持っている人材、できれば、より少ない人材で済ますようにします。

この領域の取扱方針は、成果を搾り取ることです。育てる必要はありません。

新しいことに取り組む

新しいことを行う機会には、2種類があります。

リプレースメント

製品と活動をより適切なものに替えることです。何が市場であり、何を市場が求めているかについての新しい考え方や、知識の新しい利用の仕方に基づきます。

変えるべきものは製品そのものではありません。製品の見方、提供の仕方、利用の仕方に関わる変更です。製品そのものが適切でないならば、時間と労力をかける意味はありません。廃棄の候補にすべきです。

なお、変更に伴う技術的な困難さは、大きなものであってはいけません。

イノベーション

既存のものから新しい種類の経済を生み出す未知のものをつくり出すことです。最大の機会です。

最大の経済的効果をもたらす機会は何かを考えます。

  • 新しい知識がいかに大きな機会をもたらすか。
  • その経済的機会を実現するにはいかなる発明や開発が必要か。

つながりのない部分的なものを、大きな力をもつ統合されたシステムとして結びつけます。小さな欠落した部品の発見であり、小さいほどイノベーションの経済的効果は高まります。

ジーメンスとエジソンが典型です。どちらも、電気の分野でのファラデーの発見が、いかに大きな機会をもたらすかを問いました。

ジーメンスは、市内交通としての電車という産業を構想し、そのための動力源として発電機を発明しました。

エジソンは、総合的な電力供給という産業を構想し、そこに欠落していた電球を開発しました。

問うべきことは次のことです。

  • すでに可能になっているにもかかわらず欠落したままの致命的に重要なものは何か。
  • 経済的な効果を一変させるものは何か。

イノベーションは、結果として企業の新たな未来を築くこともあります。

しかし、まずは、ジーメンスやエジソンのように、目的志向で利用すべきです。理想企業という目的を実現するために、足りないものを発明または開発するという戦略的なイノベーションが優先です。

なお、機会を発見する方法について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

人材の最大利用

事業についての分析結果を実際の行動に移すために必要なことです。

最高の人的資源に対し、それぞれの才能や性格に最も適した機会、すなわち最大の貢献を行える機会を与えます。

有能な人材の最大利用が、最大の成果をもたらします。大きな機会以外に最高の人材を割り当ててはいけません。

大きな機会に相応しい人材が内部にいなければ、外部から手に入れる必要があります。内部にいないからといって、凡庸な者に機会を任せてはいけません。凡庸な者は機会を利用することができないからです。

同族企業などで、どうしても凡庸な者に地位を与える必要があるときは、閑職を与えるしかありません。大きな機会には大きなリスクがつきものですから、機会を担う重要な仕事を与えてはいけません。機会を台無しにするよりは、お金で解決することがむしろ望ましい方法です。