マーケティングの現実

マーケティングは、十分に浸透しているように見えて、未だに理解されているとは言い難いようです。販売活動の一種ととらえられていたり、販売予測や入出庫、広告を統合した体系的販売活動をマーケティングと称していることもあります。

これらは、自社の製品や技術など、企業の内部からスタートしていることが最大の問題です。

ドラッカーは、これまでのマーケティング分析から共通に明らかになっているものとして、あらかじめ理解しておくべきマーケティングの現実をあげています。

顧客だけが、顧客と市場を知っている

顧客に直接聞き、顧客を見ることで、顧客の行動を理解なければなりません。

そうして初めて、顧客が誰であり、何を行い、いかに買い、いかに使い、何を期待し、何に価値を見出しているかを知ることができます。

顧客は満足を買う

顧客は、製品ではなく満足を買っています。

企業は、顧客満足そのものを生産したり、供給したりすることはできません。満足を得る手段として製品をつくり、提供できるだけです。

特に、新製品を市場に提供しようとする場合には、市場調査によってそのニーズを把握することは困難です。

ドラッカーは、ファックスの例をあげて説明しています。

ファックスを開発したアメリカのメーカーは、市場調査の結果、ファックスの需要は存在しないと結論づけ、市場には出しませんでした。

ところが、日本のメーカーは、ファックスそのものではなく、「ファックスが行おうとしていること」についてどのような市場があるかを問い、当時、フェデラル・エクスプレスなどの急送便事業が成長していることを見て、ファックスの市場の可能性を理解しました。

競争相手は同業他社にとどまらない

よくある間違いは、競争相手をあまりに広く、逆にあまりに狭く定義していることです。

例えば、ロールスロイスやキャデラックの競争相手は低価格車ではありません。顧客が買っているのはステータスだからです。

時には直接の競争相手の行動さえ見落としてしまうことがあります。市場が伸びていれば必ず儲かるという発想を持ってしまい、競争も激しくなるという発想が欠如してしまうことがあります。

同業種の競合ばかりを見ている間に、まったく異なる生産、流通、販売のされ方をしている他産業の製品と競争関係になっていることもあります。顧客は製品ではなく満足を買っていることを忘れているからです。

得られる満足が同じであれば、顧客にとって業種や生産方法、販売方法など無関係です。

製品の質を決めるのは企業ではなく顧客である

メーカーが考える製品の質とは、生産が難しくコストがかかっているだけのことが少なくありません。

顧客の関心は「この製品は自分のために何をしてくれるか」です。

顧客には、「それほどつくるのが難しかったのならば、うまく動かないのではないか」と思われるのがオチです。

顧客は合理的である

顧客の行動は時に不合理であると言われますが、危険な考え方です。企業の立場でしか見ていない証拠です。

同じ主婦が、食品を買う時と口紅を買う時とで別人のように行動することは当然です。全く異なる役割で同一の基準を使わないことこそ、合理的な態度です。

顧客を買収することはできない

低価格、値引き、返戻金、低利融資などの金銭的なインセンティブは度が過ぎると逆効果です。「製品の質が悪いのではないか」という疑いにつながります。

インセンティブがあるうちは売上増につながることがあっても、それがなくなった途端に売上が激減します。今後、新しい製品が出る度にインセンティブを期待するようになり、それはエスカレートしていきます。

顧客が企業に対してもつ関心は些細なものである

企業は、自分たちが関心をもっているものを、当然顧客も関心をもっていると思い込んでしまいます。企業にとっては、自分が行うことやつくるものは重要であり、自分の企業とその製品を中心にものを見てしまいます。

しかし、顧客はそのようなものを見てもいませんし、関心もありません。

市場にとっては、どんなに優れた製品であろうと、どんなに大きな企業であろうと重要な存在ではなく、多様な製品の一部、満足の一部にすぎません。

その企業や製品がなくなったところで、顧客にとっては代わりがいくらでもありますから、何のこだわりも未練もなくお払い箱にし、乗り換えます。

顧客には、購入に対して決定権を持つ者と拒否権を持つ者がいる

顧客とは、代価を支払う者ではなく、買うことを決定する者です。例えば、車の購入で、「支払う者は夫で、決定する者は妻である」とよく言われます。

生産財の顧客は、メーカーの購買担当者か、それともメーカーの開発技術者か、さらには完成品の購入者か、簡単には結論が出ません。完成品の購入者は、通常、部品の決定権を持ちませんが、拒否権(買わない権利)は持っています。

ですから、すべてを顧客と考え、すべての顧客を満足させることを考えなければなりません。それぞれの顧客は、欲求、習慣、期待、価値観が異なることに注意します。

顧客は属人的に特定できるとは限らないので、市場や最終用途から顧客を明らかにすることも必要である

ガラスなどの素材は、様々な用途で利用されるため、個人や団体など属人として顧客を特定することは事実上不可能です。素材製品は、顧客ではなく原材料によって規定されます。

接着剤などの最終用途品は、生産プロセスや原材料が多様です。ほとんどの産業で使われるため、属人として顧客を特定することも困難です。

このような産業でのマーケティング分析は、属人としての顧客ではなく、市場や用途を起点にします。

素材産業は、大括りで市場をとらえて分析します。例えば、銅のメーカーであれば、建設市場などの括りで分析が可能です。

最終用途品は、文字どおり用途(使用目的など)を中心に分析します。