企業が有する経営資源のうち、競争優位性をもたらす唯一の資源は知識です。知識は人間の頭脳と技能のうちにのみ存在します。
他の経営資源は、市場において誰もが手に入れることができるものであり、本当の意味で企業に優位性をもたらすものではありません。
それらの経営資源を活用し、顧客に価値をもたらすことができる能力としての知識にのみ意味があります。
自社の競争優位性を決定づけている知識とは何であり、それがどの程度の卓越性を持っているのかを分析することが必要です。
事業の本質としての知識
企業が製品として販売している物やサービスは、企業が持つ知識を表現したものであり、顧客の購買力と交換するための媒体にすぎません。
本の中に知識はありません。あるのは情報だけです。
情報を仕事や成果に結びつける能力が、知識の本質です。事業の外部にある顧客、市場、最終用途に貢献して初めて有効なものです。顧客の満足と価値にとって意味があるものです。
経済的な業績をもたらすのは、差別化です。他の者と同じ知識レベルでは十分ではなく、独自の卓越した知識が必要です。
例えば、次のような知識で卓越性が発揮されます。
技術
物事を取り扱ったり処理したりする際の方法や手段であり、情報を教え学ぶことのできる形で体系化したものです。
マネジメントの知識
- 特定分野の技術で製品を生産し、販売する知識(大量生産、大量販売)
- 未知なる仕事に向けた組織化の能力
- グローバル企業の運営方法
- 無から有を生む方法
- 有を製品化する方法
- 並みの事業を優良事業に育てる方法
- M&Aによる成長方法
マーケティングの知識
市場、顧客、最終用途に関する知識です。
業務プロセス
多くの企業が普通に行っている業務や事務処理のような、ごく平凡に見える業務知識であっても、ある企業ではきわめて優れた業務として行っている場合があります。
- 資金や資本の管理
- データ処理
- シンプルでスピードのある設計や生産
- 時間的圧力の下での仕事ぶり
自社の卓越した知識の把握
自社の優位性を知るために、どのような知識を卓越したものとして持っているのかを把握する必要があります。
自社の卓越した知識を把握することは簡単ではありません。当たり前のこととして日々行っていることの中に隠れているからです。その知識を浮き彫りにする方法が必要です。
失敗と成功の比較
最善の方法は、自社が成功してきたものと失敗してきたものを把握することです。
- 他社はうまくできなかったが、自社はさしたる苦労もなしにできたもの
- 他社はさしたる苦労なしにできているのに、自社はうまくできなかったもの
- 自社における成功と失敗の比較
違いの原因を徹底して考え抜くことによって、卓越した知識を明らかにします。
顧客に聴く
上得意の顧客に聴いてみることも必要です。わが社が他社にできないどのような良い仕事をしているかを率直に聞きます。
顧客は常に答えを知っているわけではありませんし、正確に表現できるとも限りませんが、正しい答えを見つけることができそうなポイント、有意義なヒントを得ることができます。
知識の現実
これまでの知識に関する分析の結果から、ドラッカーは、知識についての基本的で重要な現実を教えてくれます。
事業に特有の知識は、常に、あまりに当たり前でほかの者にも容易にできるに違いないと思うようなことである。
自社にとって当たり前のことを特有の知識として理解することは、きわめて難しいことです。
失敗との比較によって成功を分析する、顧客に聴くことによって外から見るといった、普段とは違った視点が必要です。
知識の分析には訓練が必要である。
自社の卓越した知識を把握しようとしても、最初のうちは一般的な答えしか出てこないかもしれません。通信、輸送、エネルギーなどです。このような答えは意味がありません。意味ある行動に転嫁しようがないからです。
自社のもつあらゆる業務知識が答えとして出てくるかもしれません。しかし、あらゆる知識で卓越することはできません。必要な知識と卓越した知識を区別できていないということです。
分析を繰り返すことが必要です。だんだん容易になってきます。
知識は滅しやすい。
知識は人間の頭脳と技能のうちにのみ存在します。
たとえ、書面化やデータ化、マニュアル化しても、それ自体は情報として保存されるだけです。人が活用できる状態になっていることが知識ですから、人の異動や時間の経過によって散逸し、消滅していきます。
書面化やデータ化、マニュアル化は当然ながら、常に再確認、再学習、再訓練し、常に強化していくことが必要です。
あらゆる知識はやがて間違った知識となる。
知識は常に新たな知識によって更新され、陳腐化していきます。元の知識は、いずれ間違ったものとされます。
他に必要な知識がないかどうか、常に探し続けることが必要です。
定期的な調査・分析を、職務として事業計画に組み込んでおくべきです。幹部に対して、担当部門の調査・分析結果を定期的に報告させるようにする、経営会議の議題とする、などが考えられます。
例えば、それぞれの市場や顧客について、一つひとつの製品の実績を分析し、前回の分析から得た予測や期待と実際の経験が合致しているかどうかを見る方法があります。
いかなる企業も、多くの知識について同時に卓越することはできない。
成功するには、きわめて多くの領域において並み以上でなければならず、いくつかの領域において有能でなければなりません。
さらに、一つの領域において卓越しなければなりません。
経済的な報酬につながるような本物の知識をもつためには、集中が必要です。
知識の卓越性の診断
卓越した知識を把握したら、その知識が実際にどの程度の卓越性をもつかを診断する必要があります。
診断は、次の観点から行います。
成果があがる領域に集中しているか。
顧客や市場の視点でのマーケティング分析が必要です。
- 市場での機会を開拓するうえで必要となる知識か。
- 市場においてリーダーシップを握るうえで必要な知識か。
- 市場が卓越性を評価する領域において、報酬を得るうえで必要な知識か。
常に新しいことを学び、時に知識の重点を変えることも必要です。
ある人にできたことは、必ず他の人にもできます。ようやくできたと思ったときにこそ、あっという間に他の人もできるようになります。
常に進歩することが必要です。
貢献している知識に対して報酬を受けているか。
必ずしも顧客に直接報酬を請求しなければいけないわけではありません。
卓越した知識として、少なくとも、事業の成果にとって効果的に使われていることが必要です。
知識が製品やサービスに十分組み込まれているか。
卓越した知識であり、顧客がその活用を期待できるものでありながら、製品やサービスに十分組み込まれていないという現実が、度々認められます。
知識の利用法を改善できるか。
卓越した知識が、自社内の業務として利用されているだけの場合もあります。
製品やサービスとして提供できないかを検討します。
知識の利用法を改善する必要があるとすれば、何か欠けているものがないか、欠けている知識をどのようにして手に入れることができるかを考えます。
知識分析とマーケティング分析の連携
知識分析とマーケティング分析は、相互に結果を利用し、相乗効果を発揮することができます。
知識分析の結果、卓越した知識が新たに見出されたとすれば、これまで見逃してきた市場や、過小に評価してきてきた市場における機会を知るためのきっかけとなります。マーケティング分析にフィードバックしなければなりません。
マーケティング分析の結果、変化の兆候など新たな機会を見出したならば、そのために必要な新しい知識や知識の変化を知るために、知識分析に反映させる必要があります。