事業の定義

企業の目的は「顧客の創造」です。目的から企業を一般的に定義したものと言ってよいでしょう。

次は、「われわれの企業」を定義する必要があります。「われわれの事業」を定義することと同義です。

マネジメントの第1の役割、すなわち自社に特有の使命の決定です。

組織の中心は知識労働者です。ほとんどあらゆる階層に多数所属しています。高度の知識や技術は、仕事の進め方や内容を左右します。知識労働者一人ひとりが、企業そのものや企業の能力に直接影響を与える意思決定を行っているのです。

企業の成果に貢献できるよう、彼らの意思決定を方向づける必要があります。共通のものの見方を与え、自らをマネジメントできるようにしなければなりません。

そのために事業を定義する必要があります。それがあって初めて、目標を設定し、戦略を発展させ、資源を集中し、活動を開始することができるようになるからです。

事業を定義するためには、われわれが創造すべき顧客を明らかにするところから始める必要があります。

「顧客は誰か」を深く問うことによって、事業に業績をもたらす3つの領域である「市場」、「製品」、「流通チャネル」を明確にしていきます。

事業の定義とは

事業の定義は、 わが社が顧客満足を提供し、リーダーシップを保持すべき市場や顧客を決めるものです。

組織の中で意思決定を行う人たちに、事業の見方、取るべき行動、取るべきでない行動を教えます。

目的を確立し、 目標と方向を設定することができるものであり、意味のある成果、適切な評価基準を定めることができるものでなければなりません。

事業の定義が有効であるためには、次の条件を満たす必要があります。

  • 成長し、変化していけるだけの大きさをもつこと。
  • 卓越性を獲得すべき知識やリーダーシップを獲得すべき市場を特定できるよう、集中を強いるものであること。
  • 具体的な行動に結びつく結論を引き出し、実行できること。
  • 目指すべき事業の規模を明らかにすること。

事業定義の前提

事業の定義には、次の3つの前提が明確になっていることが必要です。

  1. 組織を取り巻く環境、すなわち社会とその構造、市場と顧客、技術の動向
  2. 組織の使命
  3. 組織の使命を達成するために必要な中核的卓越性

1.は、わが社が対価を得るべき分野を明らかにします。

2.は、わが社が社会に対してなすべき貢献、わが社にとっての意義ある成果を明らかにします。

3.は、わが社がその市場でリーダーシップを維持するために抜きん出るべき能力を明らかにします。

3つの前提は、社会の現実と適合していなければなりません。3つの前提同士の適合も必要です。前提は仮説に過ぎませんから、市場からのフィードバックによって検証する仕組みを組み込んでおくことが必要です。

3つの前提は、組織全体に繰り返し周知徹底させなければなりません。意思決定の基準となり、行動のための規律とならなければならないからです。

「誰もがもう十分に理解した」と思ったときから管理は杜撰になり、手を抜き始めます。手段は目的化し、無駄な仕事を増やし始めます。

3つの前提は常に検証し、見直していかなければなりません。変化する社会の現実といずれ乖離し、陳腐化していくからです。前提が現実と適合しなくなれば、事業の定義やそれに基づくあらゆる意思決定と行動は無効になります。

変化は、組織の内部ではなく、組織の外で起こります。

ターゲットとする市場の中には、わが社の既存顧客は常にわずかであり、大半を占めるのは顧客でない人たちですから、変化は、顧客でない人たちの中で始まることがほとんどです。ですから、「顧客志向」であることは大切ですが、それ以上に「市場志向」でなければなりません。

卓越性の定義

事業にリーダーシップを与える能力であり、知識に関わる卓越性です。事業にとって重要な活動を規定します。

マネジメントの分野、科学や技術の分野などを特定します。

卓越性の定義は、事業の定義と同様、大きさと集中のバランスが必要です。

  • 事業に弾力性を与え、成長や変化が可能な程度に大きくすること。
  • 資源の集中が可能な程度に範囲を特定すること。
  • 直ちに実行できること。
  • 募集、採用、昇進など人事の決定の基礎となること。

卓越性の定義が適切かどうかを判定できる一律の尺度はありません。経験によって磨いていくしかありません。

卓越性の定義は、従業員とその価値観、行動に体現されるため、頻繁に変えることはできません。

それでも、事業の定義、産業構造、市場、知識が変化するなら、卓越性の定義も変えざるを得ません。定期的な分析と見直しが必要です。

問題の兆候

事業の目的を達成したと思えたら、速やかに前提を見直すべきときです。事業がうまく行っているように見えますが、陳腐化は必至だからです。

成長が急すぎるときも、前提に問題があることを示しています。成長は健全であり、維持できるものでなければなりません。

予期せぬ成功や失敗も、前提がすでに現実と乖離していることを示す兆候です。自社だけでなく、競合で起こっている場合も同様です。

事業は何か

企業の目的が「顧客の創造」ですから、事業もまた顧客によって定義されます。顧客が事業であるとも言えます。

つまり、「われわれの事業は何か」という問いに対しては、企業を外部の視点、すなわち市場と顧客の視点から見て、初めて答えることができます。

顧客は誰か

われわれの事業を定義するための出発点は、「われわれの顧客は誰か」を問うことです。

「われわれの顧客」とは、個人を特定することではありません。年齢層や社会階層を特定することでもありません。顧客は製品(財・サービス)の購入者ですから、

顧客が製品を購入することにより満足させようとする欲求

によって定義されます。市場の決定に関わります。

つまり、「顧客の価値、欲求、期待、現実、状況、行動」からスタートすることによって、「われわれの事業が何か」という問いに答えていきます。

顧客が見、考え、思い、欲しがるものを、客観的な事実として正面から受け止めなければなりません。企業の立場で解釈したり、憶測したり、顧客の心を読もうとしたりしてはいけません。顧客自身から直接答えを得ることが必要です。

大企業の場合、毎年顧客調査を行っています。中小企業の場合、トップマネジメントが手分けして直接顧客を訪問し、顧客の抱える問題やニーズ、苦情を聞いているところもあります。

顧客が誰かを知るうえで忘れてはならないことは、

顧客は常に一種類ではない

ということです。製造業で言えば、最終消費者だけでなく、卸売業者や小売業者も顧客になります。それぞれ、期待や価値観、買うもの(買うことによって満足させようとする欲求)が異なることに注意する必要があります。

さらに、欲求によって顧客を定義するわけですから、一人の人間の中に複数の顧客を想定する場合もあります。人は、時と場所と一緒の相手が変われば、欲求が変わる存在だからです。

昼に一人でいるときにファストフードを好む人が、夜に恋人と一緒のときは高級なフランス料理を好むかもしれません。

われわれの顧客に実際にアクセスできなければいけないので、

顧客はどこにいるか

を問うことも必要です。流通チャネルの決定に関わります。

文字どおり、どのような場所にいるのか、どこに集まるのかを問います。その場所は、物理的な場所であることもあれば、バーチャルな場所であるかもしれません(特徴的な購読雑誌、SNS、趣味など)。

さらに、われわれの事業において提供すべき製品(財やサービス)を具体化していくために必要な問いが、

顧客は何を買うか

です。「顧客が満足させようとする欲求」や「顧客の価値観」から定義していくことが大切です。

事業を定義する段階で具体的な製品を特定すべきではありません。時、場所、状況に応じて決定すべきです。ただし、相応しい製品、相応しくない製品を判断できる基準としての明確さをもつ必要はあります。

事業は何になるか

市場の環境や顧客のニーズは常に変化します。事業の性格、使命、目的に影響を与えるおそれのある環境の変化が認められないか、常に予想することが必要です。

それらの予想を、事業の目的、戦略、仕事の中に、現時点で組み込んでいくことが重要です。つまり、「われわれの事業は何か」を問うときに、「われわれの事業は何になるか」についても考えなければなりません。

予想される変化に適応して、現在の事業を修正したり、延長したり、発展させたりしていきます。

変化を予想すべき最も重要で優先的な事柄は、「人口構造」です。人口構造は、購買力、購買特性、労働力に影響を与えます。

人口構造は、未来に関する唯一の予測可能な事象です。つまり、市場のトレンド、購買力、購買行動、顧客ニーズ、雇用は、すでに起こった人口構造の変化によって、ほぼ確実に予想することができます。

さらに、マネジメントは、次のような変化にも備える必要があります。

  • 経済構造
  • 流行と好み
  • 競争相手の動き

競争は顧客が何を買うかによって規定されますから、直接の競争だけでなく、

間接の競争

も含めて予想することが必要です。

最後に、消費者の欲求のうち、

今日の財やサービスで満たされていない欲求

を問う必要があります。この問いが、波に乗るだけの企業と成長する企業との差になります。

なお、「われわれの事業は何になるか」の問いでは、予想できる変化をとらえます。顧客、市場、技術に基本的な変化が起こらないものと仮定して、

  • 5年後、10年後に、いかなる大きさの市場を予測することができるか
  • いかなる要因がその予想を正当化し、あるいは無効とするか

を分析します。その狙いは、現在の事業を修正し、拡張し、発展させることです。

事業は何であるべきか

さらに、イノベーションも不可欠です。現在の事業をまったく別の事業に変えることによって、新しい機会を開拓し、創造することも同時に考えていかなければいけません。

社会、経済、市場の変化の中で、機会として利用できるものがないかを常に検討しておきます。

自社によるイノベーションだけでなく、他社によるイノベーションにも目を光らせます。

生産性の向上が事業の変化をもたらす場合もあります。自社の資源上の強みを最大限に生かすための事業にエネルギーを集中する場合などです。

なお、利益だけのために事業の性格を変えてはならないと、ドラッカーは警告します。利益があまりに少なければ、事業を放棄しなければなりませんが、利益があがりそうだからという理由だけで、事業の目的を変えたり、強みも生かせない事業に変えたりすべきではありません。

利益率は、進出してもよい事業を限定し、進出してはならない事業を教えます。弱い事業の救済に資金や労力を投入することを未然に防ぐ効用もあります。

多くの事業を抱えている場合に、利益が小さくても間接費をわずかでも負担できるという言い訳がよく使われますので、利益率を軽視しないことが大事です。

ただし、利益の状況よりも、マーケティングやイノベーション、生産性に関わる状況を見逃さないことです。これらが利益より先に、破棄すべき事業を教えてくれます。

事業のうち何を捨てるか

事業の廃棄は体系的に行う必要があります。明確な方向性、方法論、目的意識を持って行うということです。

分析すべき事柄をもれなく明らかにし、定められたステップにしたがって、組織的、計画的に行う必要があります。

判断基準もあらかじめ決めておき、躊躇せず意思決定をしなければなりません。

廃棄すべき事業

廃棄の対象は、次のような事業です。

  • 企業の使命に合わなくなったもの
  • 顧客に満足を与えなくなったもの
  • 業績に貢献しなくなったもの

体系的廃棄のステップ

まず、既存の事業を分析します。

  1. 製品
  2. サービス
  3. プロセス
  4. 市場
  5. 最終用途
  6. 流通チャネル

分析結果について、次の問いに答えます。廃棄すべき対象は、上記6つのもの自体でなく、それらの行い方である場合もあります。

  • 今日も有効か、明日も有効か。
  • 今日顧客に価値を与えているか、明日も顧客に価値を与えるか。
  • 今日の人口、市場、技術、経済の実態に合っているか。
  • 今日はまだ行っていなかったとして、今日これを始めるか。今日と同じ方法で行うか。

答えが否であるなら、廃棄のための意思決定をします。

  • いかにして廃棄するか。
  • いかにして資源や努力の投入を中止するか。

廃棄に至るまでに利用できる方法として、ドラッカーは次の2つを提案しています。

  1. 新たな努力は一切やめ、利益を生む間だけ維持する(キャッシュカウ)。
  2. 新しい製品や方法、新しい市場に展開するための踏み台として利用する。

ただし、ドラッカーは、次の3つに該当するときは、直ちに廃棄すべきであると言います。

寿命が、まだ数年はあると言われるようになったとき

それらは膨大な人手を奪い、生産的な人材を縛りつけると言います。

大抵の場合、「数年」という評価は過大であり、死につつあるのではなく、すでに死んでいると言います。

償却済みを理由として維持される状況に至ったとき

「償却」という概念は税務上の意味しかなく、実際にコストがかからない資産はありません。

問題は、いくらかかるかではなく、何をもたらすかです。「償却済みでコストがほとんどかからないから、少しでも利益を生むならやめる必要はない」という場合、帳簿上そのように見えるだけであって、実態は埋没コストです。

これから成功させるべきものを邪魔するようになったとき

優先順位と劣後順位

資源は有限であり、機会やなすべきことよりはるかに少ないことが常です。したがって、優先順位と劣後順位を決めなければ、何も行うことはできません。

事業の定義は、優先順位と劣後順位の決定の中にはっきりと姿を現します。企業そのもの、その経済的な特性、強みと弱み、顧客ニーズについての最終評価、それらに対するマネジメントの視点と本心が反映されます。

優先順位と劣後順位の決定が、戦略と行動を規定します。当然ですが、決定したことは断固行わなければなりません。

数少ない大きな機会には、一級の人材を最優先で割り当ることを徹底します。

いつ、いかに問うべきか?

これらの問いは、常に行う必要があります。ドラッカーは、3年に一回は、すべての事業、製品、流通チャネル等について見直す必要があると言っています。

見直しのための事業の分析について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

特に重要なときは、「成功しているとき」です。成功は常に、その成功をもたらした行動を陳腐化するからです。成功は新しい現実を作り出し、新しい問題を作り出すからです。

しかしながら、成功しているときこそ、最も問うことが難しいときでもあります。だからこそ、体系的な取組みが必要になるのです。事業計画の中に組み込んでおかなければいけません。

なお、すべての事業についてまとめてすべてを問い直すことは困難であるため、うまく行っている企業では、これらの問いについてテーマを分けて、例えば「毎月第一月曜日は廃棄を検討する」などと決めて行っているようです。

また、事業を定義するとは、自らにとって理想となる企業の姿をモデル化することです。具体的には、事業機会を発見し、その機会を最大化することです。そのためには、強みを生かせる事業機会に集中しなければなりません。

理想企業のモデル化について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。

さらに、事業の定義は、具体的な計画として策定され、実行されなければなりません。そのための橋渡しが必要です。この点について詳しく知りたい方は、次の記事を参照してください。