戦略への橋渡し

事業の定義は、経営計画に具体化しなければなりません。そのためには、次のことを決定する必要があります。

  • 追求する機会と、進んで受け入れるリスクまたは受け入れることのできるリスク
  • 事業の範囲と構造、特に専門化、多角化、統合のバランス
  • 目標を達成するための時間と資金のバランス。すなわち、自社による新事業の設立と財務的手段(買収、合併、合弁)とのバランス
  • 経済情勢、機会、成果達成のための計画に適合した組織構造

これらは戦略的意思決定です。経営計画は、まず、事業の戦略である戦略目標と戦略計画によって始めなければなりません。

機会とリスクのバランス

事業においては、リスクを最小化し、機会を最大化するよう努めるべきですが、リスクを避けることにとらわれると、何もしないという最大のリスクを負うことになってしまいます。

事業は不確実な未来に今投資するものである以上、リスクを避けることはできません。機会を最大化するために負うべきリスクというものがあります。

事業行動の基盤はあくまで機会あり、リスクは行動の際の制約です。ですから、リスクを小さくすることではなく、機会を大きくすることに焦点を合わせることが大切です。

もちろん、機会とリスクのバランスは重要です。大きなリスクに対して、成功してもわずかな利益しか得られない機会は利用する価値はありません。

例えば、事業の性格を大きく変えるような革新的機会だけではバランスを欠くこともあります。長期的で難しい革新的機会と、改善のための易しい機会とのバランスをとることも必要です。

機会の分類

事業の分析によって見出された機会は、個別に分離して検討するのではなく、全体として体系的に検討します。それぞれの特性を比較しながらの検討が有効です。

検討した機会は、次の3つに分類します。

付加的機会

事業の性格はそのままに、既存の資源をさらに活用するための機会です。既存の製品ラインを新しい成長市場に投入するような場合が該当します。

3つの機会のうち、最も優先順位は低くなります。得られる利益が限定されているからです。他の2つの機会の資源を奪ってでも活用すべきものではありません。

その分、リスクも小さいものであることが必要です。

補完的機会

現在の事業を補完する機会です。

現在の事業と統合されることによって、別個のものであったときよりも、大きな総和をもたらすような新しい事業の機会です。

事業の定義を変える機会となるため、少なくとも一つの新しい知識において卓越性を獲得することが必須になります。

新しい種類の卓越性を獲得し、維持し、報奨するために、進んで自らを変える覚悟があるかどうかを自らに問わなければなりません。

補完的機会には大きなリスクが伴いますから、事業全体の富の創出能力を数倍にしてくれるものでなければ、機会として利用するに値しません。

革新的機会

事業の基本的な性格と能力を変える機会です。成功すれば、新しい産業の創出をもたらすほどの機会です。

典型的なものは、事業や産業の弱みや制約を除去するものです。

成功すれば大きな成果につながるものですが、実現には体系的なイノベーションの努力が求められ、非常な労力の投入が必要です。第一級の人材と多額の研究開発費を投入しなければなりません。しかも、常に大きなリスクを伴います。

したがって、きわめて大きな利益が期待できるものでなければ、追求する価値はありません。

自社への適合度

これらの機会は、純粋に客観的な機会として見るだけでなく、自社に適合しているかどうかを吟味することも必要です。

過去の成功と失敗に照らして、自社にとって得意か苦手かを検討します。苦手な種類の機会であれば、成功の確率は低く、リスクは大きくなります。

事業の定義への適合度も重要です。事業の定義を実現することに貢献するものであるかどうかです。事業を横道にそらせるような機会は、不必要なリスク、成功しても成果を利用できないというリスクが伴っていると予想できます。

ただし、事業の定義に適合しない機会が、事業の定義を再検討すべきことを教えている場合もありますので、その可能性は否定しないようにしなければなりません。

リスクの分類

リスクは、大きさと性格によって判断します。

負うべきリスク

その事業を行う限り、負わなければならないリスクです。

負えるリスク

失敗した場合に失う資金や労力が、自社にとって大きな影響を与えないなら、負えるリスクと言えます。

会社が存続できないほどの損失になるのであれば、負えないリスクです。

すべての機会について、完全に失敗した場合に起こり得る最悪の事態を想定したうえで、負えるかどうかを判断しなければなりません。

負えないリスク

2つの種類があります。

1つは、完全に失敗した場合に起こり得る最悪の事態を想定したうえで、負えないと判断されるリスクです。

もう1つは、成功を利用することができないというリスクです。成功した際に必要になる追加資金を調達できない場合、成功しても知識や市場が欠けているためにその成功を利用できない場合などがあります。

成功を利用できなければ、競合のために市場を創造してあげただけで終わってしまいます。

新事業に着手する場合は、成功した場合のリスクも評価し、それが負えるものかどうかを判断することも必要です。成功した場合に必要となる知識(技術やマーケティング)、市場、資金などを用意できなければなりません。

負わないことによるリスク

その機会を利用しないことに伴うリスクです。特に、革新的機会の選択に関わります。

その機会を利用した場合に得られたであろうと予想される利益、すなわち機会損失のリスクです。

専門化と多角化

市場でリーダー的地位に立つためには、核となる専門分野を持つ必要があります。核のない事業は、卓越性を持たない事業であり、市場において存続することはできません。核もなく多様な事業を行ったとしても、収益があがるどころか、マネジメントを不能にするだけです。

しかし、専門化しただけでは事業として成功することは困難です。専門分野からできる限り多くの成果を得ようとしなければなりません。

そのためには、専門を核にした多角化を図ることが必要です。専門化と多角化のバランスが、事業の範囲を決定することになります。

事業の多角化を図る場合の核になるべきものは、市場(最終用途)または技術(知識)のいずれかです。これらが企業全体を統合するための共通言語になります。

核となるべき市場または技術において高度に集中化し、他の領域において多角化することで成果を最大化します。

事業の内部に生じるアンバランスは、専門化と多角化のバランスを図ることで改善することができます。

専門化と多角化のバランスは、市場や知識などの変化によって変えていかなければならないこともあります。合併を通じて、核となる専門分野を技術から市場に変化させて成功した例もあります。

財務的手段によるバランスの変更

専門化と多角化のバランスを変更する方法は、時間をかけて自社内で築いていく方法と、お金をかけてM&Aを活用する方法があります。

コスト構造やコストと利益のアンバランスがある場合に、川下統合や川上統合が利用されることがあります。事業の範囲を市場に向けて伸ばすための川下統合は、通常、市場の範囲を広げる多角化に対応します。生産あるいは原材料に向けた川上統合は、通常、専門化を強めることに対応します。

売却は、事業や製品ラインが、他社にとって一層の価値があるときに検討できます。主たる事業の成長によって、ある製品が取り残されてしまったような場合、ある事業がマネジメントの能力を超えて成長した場合などが対象です。

買収や合併は、自社の資源だけでは適正な規模に成長できない場合に検討されます。売却の対象になる場合もあります。

合弁は、2つの企業の知識を合わせて新しい機会に取り組む場合に利用されます。異文化の外国で事業を行う場合に、現地の企業と合弁することがよく行われます。

このような財務的手段は、時間をお金で買う方法と言えますが、自社内で築いていく方法に比べて簡単なわけではありません。時間は節約できても、多くの問題がその短時間に押し寄せてきます。

財務的手段がマネジメントの代わりになることはなく、逆に高度なマネジメントを要求されます。最大の問題は、人に関するマネジメントです。