知識労働者の生産性向上

わが国の労働生産性の低さが問題にされて久しいですが、知識労働者の生産性の向上は未だ十分に手がつけられているとは言えません。

働き方改革や健康経営によって生産性を高めようとする取組が行われていますが、焦点が当てられているのは労働条件の側面のみであり、本質的な問題に焦点を当てているとは言えません。

知識労働者の仕事は、自らの知識を活用し、大半が頭の中の思考活動によって行われますから、仕事のプロセスを完全に見える化し、外部からコントロールすることはできません。知識労働者の自己管理が主体にならざるをえません。

自ら動機づけし、やる気を高めてくれるように方向づけしなければなりません。そのためには、組織として、知識労働者の自己実現に貢献できるような方法が必要です。

それが結局のところ、知識労働者のマネジメントであり、組織にとっての生産性向上にもつながるものとなります。

肉体労働と知識労働の決定的な違い

肉体労働と知識労働との決定的な違いは、肉体労働が量を重視するのに対し、知識労働は質を重視する点です。

肉体労働では、質は制約条件です。要求品質を定め、その品質の製品を定められた量以上つくることが要求されます。検査によって、要求品質をクリアできていないと判定されたものは不良として除かれ、補修するか、つくり直します。全体としては、量が評価基準になります。

知識労働では、質が評価基準になります。量が制約条件になる場合もありますが、通常は質の高さが量よりも重視されます。例えば、通常、医師が、対応する患者数を増やすために、診察や手術の質を下げることはありません。しかし、その逆、すなわち、診察や手術の質を高めるために、対応する患者数を制限することはあります。

現実には、時間や量の制約を全く無視して、無制限に質を高めることはできません。無駄は排除すべきですが、質が最優先であることは間違いありません。常に最高を目指すことは難しくても、最適を目指すことは必要です。

ただし、仕事の質を確保するためには、まず「自らの仕事の質とは何か」を定義しなければなりません。仕事の質を定義するためには、さらにそれに先立ち、仕事の目的を明らかにしなければなりません。

仕事の目的を考える

肉体労働では、仕事の目的は所与であり、仕事の方法が問題になります。

知識労働では、仕事の目的、すなわち「仕事は何か」が中心的な問題です。これは自明ではありません。

同じ職種の知識労働者が、前提としている仕事の目的をまったく違って捉えていることは稀ではありません。本人が考えている仕事の目的と、その上司が期待しているものとが食い違っていることもしばしばです。

その結果、知識労働者が本来の仕事ではない仕事に忙殺され、生産性の低下が頻繁に起こります。

正しい答えは、普遍的ではありません。その組織自体の目的や使命に応じて変わってしかるべきです。

まず、知識労働者自身が、自らの仕事は何かを明らかにしなければなりません。そして、上司や同僚が期待することと摺り合わせ、その仕事に集中できる環境をつくらなければなりません。

その仕事の邪魔になることは可能な限り排除しなければなりません。

本来の仕事をさせる

セールスマンの本来の仕事はセールスですが、大半の時間を報告書の作成や会議に費やしています。看護師も同様に、患者を看護する時間を削って書類を書かなければなりません。研究者も、何ら自分の仕事に役立たず、自らの知識によって貢献することさえないような会議に長時間拘束されています。

経営者や上司は、自分たちの意識決定や部下の指導のために必要だと思い込んでいますが、多くの場合、知識労働者の仕事を邪魔し、組織の生産性を著しく引き下げているという事実を理解していません。

自分たちの仕事が、知識労働者をコントロールすることではなく、知識労働者をサポートすることであるということを理解していないということでもあります。

ですから、経営者や上司は、単刀直入に、知識労働者に聞かなければなりません。

  • 自分や会社が行っていることで、あなたが本来の仕事をするうえで助けになっていることは何か。
  • 邪魔になっていることは何か。
  • あなたが本来の仕事をするうえで必要な時間、情報、手段を、私たちや会社は与えているか。
  • あなたが本来の仕事をするうえで足りないもの、さらに必要なものは何か。

ドラッカーがいくつかの書籍で示している例があります。

ある大病院では、看護師の離職率が高いことが問題になっていました。様々な福利厚生施策を導入したり、給与を上げたりしましたが、一向に改善しませんでした。

そこで、看護師に対して「あなた方の仕事は何か」と問いかけたところ、大きく「患者の看護」と「医者の補助」という2つの答えが出てきました。

次いで、生産性を邪魔しているものは何かと問うたところ、全員の答えが一致しました。それは、書類書き、花生け、電話応対などの「雑用」でした。本来の仕事ではない仕事に大半の時間を取られていることが、看護師の生産性を著しく下げ、やる気を削いでいることが分かりました。

それらの雑用を行う事務員を一定数配置し、任せたところ、看護師の生産性は倍に向上し、満足度は倍以上になり、離職率が激減しました。

百貨店の店員についても同様の例を示しており、書類仕事が店員の生産性を低下させていると指摘しています。

仕事の質を明らかにする

仕事の目的が明らかになって初めて、なすべき仕事が明らかにり、仕事の質を問うことができるようになります。

客観的、量的に測定できる場合もありますが、多くの場合は主観的な評価になっているようです。

仕事の質を明らかにする責任は、やはり知識労働者本人にあります。質を明らかにすることは簡単でなく、同じ職種の間でも意見が分かれることはしばしばですが、安易に妥協することなく、考え、議論し、評価することを繰り返しながら、できる限り客観化していくことが必要です。

上司や、自らの仕事との関連が深い他の職種の人たちの意見もよく聞き、すり合わせる必要があります。

貢献する責任をもたせる

明らかになった仕事の目的や質に対して、知識労働者が貢献する責任をもてるようにしなければなりません。貢献する責任とは、生産性向上の責任です。

通常、仕事の目的、なすべき仕事およびその質について、自ら主体的に考え、決めるようになれば、自ずと貢献する責任を引き受けるようになるはずです。自らをマネジメントし、自律的に行動しようとするはずです。

組織としても、それを促す取り組みをしなければなりません。

  • あなたは、給料に相応しい、いかなる貢献をしているか。
  • この組織は、貢献や成果について、あなたにいかなる責任を負ってもらうべきか。
  • あなたは自分の役割や目標を知っているか。
  • それらを実現するために、あなたは何を行うつもりか。

といった質問を、少なくとも年に一度は行い、直接話し合わなければなりません。

貢献を評価させ、改善を促す

評価は、給料を決めたり、昇進を決めたりするためだけに行うのではありません。それは評価の主目的ではありません。

評価は、自らの仕事ぶりを改善するために必要なものです。自らが組織の成果に貢献しているかどうかを知り、自らを貢献に向かわせるために行うものです。

ですから、知識労働者の評価は、上司が行うのではなく、自ら行う自己評価でなければなりません。自己評価による自己改善が、知識労働者の満足であり、自己実現です。

評価を上司のものとし、上司から結果を聞き、問題を指摘され、改善を指示されるとすれば、知識労働者は疎外感を味わうことになります。そこに動機づけはなく、生産性が向上することもありません。

自己評価による自己改善は、自ら学ぶべきことを明らかにし、継続的に学ぼうとする意欲を高めます。仕事のやり方を改善するには何をなすべきかを、常に徹底的に本人に考えさせることです。これを一つの挑戦とさせることです。

人に教えることを奨励することで自尊心を高め、更なる学びにもなります。

さらに、継続したイノベーションを促すことにもなります。イノベーションを奨励し、評価しなければなりません。

ただし、継続した改善やイノベーションがうまく行くためには、働く場において心理的な安定感をもたせることが不可欠です。改善の結果、自分が人員削減の対象となってしまうのであれば、誰も改善の努力をしないからです。

合理化の結果もたらされる人員過剰については対策を立て、必要に応じて再教育を行い、人員の再配置を行う覚悟であることを、働く者に対して常に明らかにしておかなければなりません。

すべての取組みは、知識労働者が自律的に自らをマネジメントするサイクルです。これが、知識労働者の自己実現と組織の成果を一致させる方法です。組織は、指揮命令や監視ではなく、リードし、サポートする姿勢を貫かなければなりません。

資本財としての知識労働者

人はコストであるという考え方がある一方で、人は最大の資産であるという考え方もあります。どちらか一方が正しいというものではありません。資産の保有には必ずコストが伴うからです(資金も例外ではありません)。

コストを超えるだけの富を生み出さなければ、その資産を保有する意味はありません。いかなる資産も生産性の向上が必要であることを意味します。

ただし、知識労働者に関しては、文字どおり「資本財」という定義が相応しい存在です。知識労働者は、知識という生産手段を保有しており、それを完全な状態で人から切り離して取り出すことができないからです。

知識労働者に体化された知識であるからこそ、仕事に活用することが可能になります。それを取り出したものは、単なる情報にしか過ぎません。知識は、その使い方のノウハウやスキルを含めて知識であり、それら全体を取り出すことは不可能です。

知識労働者は、生産手段を保有した状態で自由に職場を異動することができ、異動はすなわちその組織にとって資本財の流出になります。

したがって、知識労働者は生産性の要です。トレードオフ、すなわち生産性の低い資源を生産性の高い資源に代替するように、知識労働者を機械に代替することはできません。

単純労働が機械に代替されたり、単純事務作業員がコンピュータに代替されることはありましたが、削減された人数以上に、高度な技能・知識を有する人員を追加的に必要としてきました。

つまり、人は、異なる資源に代替されることによってではなく、知識労働者として高度化することによって生産性が向上するのです。

しかも、生産性の向上は、むしろ相乗効果でもあります。人的資源の生産性の向上が、他の資源を高度化し、生産性を高め、全体の生産性向上につながります。

ですから、知識労働者という優れた資本財を確保し、流出を防ぎ、質を一層高めて生産性を向上させることが、組織のトップマネジメントの重要な役割になります。

配置に力を入れる

配置こそが知識労働者の生産性向上の鍵です。組織が直面している機会に対して、それを成果に変えることのできる有能な人材を配置しなければなりません。その人の強みを発揮することによって、機会を成果に変えられるような人材の配置です。

そのために、日頃から、機会と知識労働者の能力について棚卸を行っておくことが重要になります。

知識労働者の能力については、強みに焦点を合わせたものです。

  • これまで何をうまく行ったか。
  • 何ができるか。

これらを踏まえて、強みから最大の成果を生み出すにはどこに配置すればよいかを考えます。これが本当の意味での人事管理です。

これをしなければ、仕事の重要度、すなわち成果への貢献度ではなく、仕事の量的な忙しさによって有能な人材が優先的に浪費されるようになります。組織として成果をあげないばかりか、知識労働者のやる気を失わせます。

なお、知識労働者の強みを発揮させるには、仕事の進め方や同僚との相性も重要な要素です。本人の資質や性格が強みの発揮に影響を与えるからです。

テクノロジストの重要性

ドラッカーは、知識労働者のうち、知識労働と肉体労働の両方を行う人を「テクノロジスト(高度技能者)」と呼んでいます。知識労働者の中では、むしろテクノロジストが多く、急速に増加しつつあると言います。

きわめて高度なレベルでいうと、外科医が典型です。高度な知識を必要としますが、手術自体もハードな肉体労働です。しかも、繊細な作業が求められるなど、動作レベルでも高度な熟練が求められます。

事務員やコンピュータのオペレータなどもテクノロジストです。知識の部分よりも肉体労働の比率が高いと言えますが、少なくとも読み書きという経験では身につけられない知識を必要とします。

それ以外でも、医療関係に携わる検査技師などの専門家や看護師、介護士、機械の修理工、設計技師、生産現場で使われるプログラム可能な機械のオペレータなど多数の職種があります。

あらゆる機械類が精密化・情報化しているため、機械の操作やメンテナンスに携わる職種のほとんどは、経験では身につけられない専門知識が求められるようになっています。従来は肉体労働者に分類されていたような職種でも、多くがテクノロジスト化していると言ってよいでしょう。

アメリカでは、テクノロジストの教育機関として、コミュニティ・カレッジが普及しています。

わが国では、テクノロジストの養成に特化しているのが、医学部などの一部の大学や高等専門学校などを除き、職業能力開発促進法(厚生労働省所管)に基づき設置されている職業能力開発大学校や職業能力開発促進センターです。実際の運営は、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が行っています。名称や運営者は変遷していますが、実質的には1970年代頃からスタートしています。

ドラッカーは、日本にはコミュニティ・カレッジに相当する教育機関はなかったと言っていました。残念ながら、上記の職業能力開発機関のことは知らなかったようです。

ドラッカーは、テクノロジストについて、知識労働者の一部ではあるものの、特別の配慮を求めています。

肉体労働の側面を強くもつため、知識労働者としての認識が、本人にも周囲にも十分にない可能性があるからでしょう。高度な知識を要するにもかかわらず、ホワイトカラーに比べて低い待遇を受けている場合も少なくありません。

テクノロジストの生産性向上に必要な条件として、3つをあげています。

  1. 仕事は何かという問いかけを行い、テクノロジスト自身が答えを出す。
  2. テクノロジスト自身が仕事の質を担保する。この認識があって初めて、必要な知識が明らかになり、生産性向上に必要な仕事の組み立て方も明らかになる。
  3. テクノロジストは知識労働者であることを認識する。知識労働者としての知識、責任、生産性を身につけさせなければならない。

テクノロジストは、肉体労働の生産性向上も併せて行う必要があります。テイラーの科学的管理法(インダストリアル・エンジニアリング)をそのまま適用できます。

  1. 仕事を個々の動作に分解する。
  2. それらの動作に要する時間を記録する。
  3. 無駄な動作をなくす。
  4. 不可欠なものとして残った動作を短い時間で簡単に行えるようにする。
  5. それらの一新された動作を組み立て直す。
  6. それらの動作に必要な道具をつくり直す。

システムの一環としての知識労働

知識労働の多くは、単独で外部の顧客に直接成果をもたらすことはありません。

一般的には、同じ組織内の他の知識労働者からのアウトプットを自らのインプットとして活用し、自らのアウトプットが他の知識労働者のインプットになります。

そのように、知識労働者の仕事は組織内でネットワーク化され、システムとして統合されています。ですから、知識労働の生産性向上には、仕事それぞれの再構築だけでなく、システムの一環としての位置づけが不可欠です。システム全体としての生産性向上を考えなければなりません。

システム全体として変わるためには、関係者全員の姿勢を変えなければなりません。肉体労働者を動かす場合のように、指示を変えるだけでうまく行くことはありません。考え方と行動が変わらなければ、知識労働者のシステムを変えることは不可能です。

一度に組織全体を変えることは難しいため、まずは、小規模から始める必要があります。組織の中で、変化を受け入れる用意のある部門やグループを見つけ、実験を粘り強く行っていきます。

ドラッカーは、かなりの期間の実験が必要であると言います。その過程で、どのような問題があるか、どこに抵抗が起こるか、仕事や組織、評価や姿勢のどこを変える必要があるかが明らかになると言います。