イノベーションの原理

イノベーションを方法論として論じ、マネジメントの対象とできるものは、目的意識をもって体系的に分析できるイノベーションであり、7つの機会を利用するイノベーションです。そこには、明確なイノベーションの原理が存在します。

それ以外のイノベーション、すなわち勘やアイデア、ひらめきによるイノベーションは、再現性がなく、教えることも、学ぶこともできません。

ドラッカーが提示するイノベーションの原理は、なすべきこと、やってはならないこと、条件からなります。

イノベーションでなすべきこと

機会の分析

イノベーションを行うには、機会を分析することから始めなければなりません。7つの機会をすべて体系的に分析することが必要です。

分析と知覚

イノベーションは理論的な分析であると同時に、知覚的な認識です。右脳と左脳の両方を使い、数字を見つつ人を見ます。

分析を行うことは必要です。同時に、外に出て、顧客や利用者を見て、問い、聞かなければなりません。彼らの期待、価値、ニーズを知覚することが必要です。

イノベーションの受容度や、自らのアプローチの仕方が顧客や利用者の期待や習慣にマッチしているかどうかは、知覚によって知ることができます。

分析と知覚の両方によって初めて、われわれのアプローチに対して、顧客や利用者が利益を見出してくれる方法を考えることができます。

集中化と単純化

イノベーションに成功するには、焦点を絞り単純なものにしなければなりません。

新しいものは必ず問題を起こすため、複雑だと直すことも調整することもできません。具体的な使途、ニーズ、成果に的を絞ることが必要です。

イノベーションに対する最高の賛辞は、「なぜ、自分には思いつかなかったか」です。優れたイノベーションでは、常に「なぜ、今まで気づかなかったのだろうか」と言われるものです。

小さく始める

イノベーションに成功するには、小さくスタートしなければなりません。具体的なことだけに絞らなければなりません。

限定された市場を対象とする小さな事業としてスタートしなければ、調整や変更のための時間的な余裕がなくなります。変更が利くのは、規模が小さく人材や資金が少ない時だけです。

トップをねらう

イノベーションに成功するには、最初からトップの座をねらわなければなりません。さもないと、競争相手に機会を与えるだけに終わってしまいます。

大事業を狙う必要はなく、小さなニッチで構いませんが、何らかの点でトップの座をねらう戦略で臨まなければなりません。

イノベーションでやってはならないこと

凝りすぎない

イノベーションの成果は、普通の人が利用できるものでなければなりません。

多角化しない

一度に多くのことを行おうとしてはいけません。的を絞ることが必要です。

イノベーションには核になるものが必要です。市場についての知識、技術についての知識のいずれかが核として必要です。核になりやすいのは、前者の知識です。

核を外れたイノベーションは雲散し、結果的にアイデアにとどまってしまいます。

イノベーションに成功するには、エネルギーの集中が必要です。イノベーションに関わるすべての人々が理解し合えることが必要です。イノベーションの核が、共通の理解を助けます。

未来のために行わない

イノベーションを未来のために行ってはなりません。今ニーズがあることが必要です。

影響が長期にわたることはありますが、現時点で利用できなければ関係者の努力を持続させることはできず、アイデアにとどまることになります。

イノベーションの条件

集中

イノベーションが成功するためには、人々の勤勉さと持続性と献身を、特定の知識や創造性に集中させることが必要です。

強みが基盤

イノベーションは、強みを基盤としなければなりません。あらゆる機会を検討したうえで、

  • 自分たちに最も適した機会はどれか
  • 自分たちの組織に適した機会はどれか
  • 自分たちが得意とし、実績のある能力を生かしてくれる機会がどれか

を検討しなければなりません。

自分たちの価値観との相性も必要です。イノベーションの価値を心底信じられるかが重要です。

経済や社会の変革

イノベーションは、経済や社会を変えるものでなければなりません。消費者や顧客の行動に変化をもたらし、働き方や生産の仕方に変化をもたらすものです。

そのためには、市場に集中しなければなりません。市場の中にあって、市場から始まるものでなければなりません。

リスク志向ではなく機会志向

イノベーションにはリスクが伴いますが、だからといって、イノベーションを行う企業家がリスク志向であるということはありません。

未来に向けたあらゆる活動にはリスクが伴うのであって、リスクはイノベーションに特有のものでありません。何かを行おうとすることにも、何も行わないことにも、リスクは伴います。これまでと違うことを行う場合も、これまでと同じことを行う場合も、リスクは伴います。

実のところ、イノベーションに伴うリスクよりも、イノベーションを行わず、これまでと同じことをやり続けようとすることのほうが大きなリスクを伴うということを知らなければなりません。

ですから、先に述べた原理にしたがってイノベーションを成功させようとする者は、むしろ保守的であるとさえ言えます。

イノベーションの成功の度合いは、どこまでリスクを明らかにし、小さくできるかによって決まります。イノベーションのリスクを小さくしようとする姿勢は、リスク志向ではなく、機会志向です。