既存企業にとっては既存の事業が企業家精神の障害でしたが、ベンチャーにとっては逆に既存の事業の欠落が企業家精神の障害となります。
確立した事業がないということは、マネジメントが確立していないことを意味するからです。新規事業で起業したとしても、マネジメントができなければ生き残ることはできません。
エジソンは偉大な発明家であり、ベンチャーを起業しましたが、中堅企業に成長した段階で倒産寸前に追い込まれました。マネジメントができなかったからです。エジソンが退き、専門のマネジメントに交代するしかありませんでした。
多くのベンチャー、特にハイテクのベンチャーは、マネジメントを軽視します。自分は企業家であってマネジメントではないと言います。マネジメントがベンチャーの自由を束縛すると考えるようです。
しかし、規律があって初めて自由に意味があります。規律のない自由は、自由でなく無責任です。無責任は判断基準を害い、放縦から無秩序へと堕落します。そうでなければ、創業者自身の好き勝手が判断基準となり、独裁へと堕落します。
ドラッカーは、ベンチャーが成功するには4つの原則を守る必要があると言います。
- 市場に焦点を合わせる。
- 財務上の見通し、特にキャッシュフローと資金について計画をもつ。
- トップマネジメントのチームを、それが実際に必要となるずっと前から用意しておく。
- 創業者たる企業家自身が、自らの役割、責任、位置づけについて決断する。
市場志向
ベンチャーでまず重要なことは、市場志向になることです。
イノベーションを行う者は視野が狭くなりがちだからです。自分たちは、製品やサービスについて顧客よりも知っていると思い込んでいます。ですから、意図している方法とは違う使われ方をすると腹を立てたり、想定外の顧客を歓迎しないということが往々にしてあります。
その結果、競争相手に機会をつくっただけで終わることが多いと言えます。
多くの場合、ベンチャーが成功するのは、予想外の出来事の積み重ねです。予想もしなかった市場で、予想もしなかった顧客が、予想もしなかった製品やサービスを、予想もしなかった目的のために買ってくれるときです。新しいものは、予期せぬ市場を生み出したときに成功することが多いと言えます。
予期せぬ市場の利用
予期せぬ市場を利用できるように、自社を組織しておかなければなりません。予期せぬ成功を屈辱とととらえて腹を立て、拒否しようとするのではなく、機会としてとらえなければならないことを意味します。
むしろ、予期せぬものを体系的に探さなければなりません。見つけたら、実際に使ってくれる人を探し、実験し、いかに変えるべきかを調べます。市場に出て、実際に見て、聞くことが大切です。
製品の意味を決めるのは顧客
製品やサービスの意味を決めるのは顧客であって会社ではありません。そのことを常に思い起こす仕組みをつくっておかなければなりません。製品やサービスが顧客に提供する効用や価値について、たえず疑問を投げかけるようにすることが必要です。
企業は、顧客のニーズを変えることによって対価を得るのではなく、顧客のニーズを満足させることによって対価を得るということを肝に銘じなければなりません。
財務上の見通し
市場をとらえて成長が始まると、次のような財務上の問題が脅威としてやってきます。
- 今日のためのキャッシュがない。
- 事業拡大のための資本がない。
- 支出や在庫や債権を管理できない。
ベンチャー企業家は、利益を重視することは多くても、キャッシュを疎かにすることが多いからです。
利益は結果としてもたらされるものであり、必要なものはキャッシュです。キャッシュが事業拡大のための資本となり、管理のための資金になります。
成長が利益をもたらすことは事実ですが、それは帳簿上のことであって、成長の途上で余剰キャッシュとして現実化することはありません。成長は余剰を生み出すのではなく、債務の発生と現金の流出をもたらすものであることを認識する必要があります。
ですから、あらかじめキャッシュフローの分析と予測を行い、それに基いて管理することが必要です。切迫した状況のもとでの資金調達は難しく、法外なコストがかかる場合がほとんどだからです。
事業の成長にとって重要な時期に、重要な人材をとられてしまいます。機会が最も大きいときに、資金繰りは最も苦しくなるからです。その結果、事業の機会を逃すことになります。投資家がオーナーの地位を奪うことも多いと言います。
ドラッカーによると、売上を40~50%伸ばすごとに資本構造を変え、管理のためのマネジメント・システムを変える必要があると言います。自己資本では間に合わなくなり、創業者だけでは手に負えなくなります。
キャッシュフローの分析と予測
キャッシュフローは、最悪を想定して予測します。一般に言われるように、
- 債務は想定より2か月早く返済しなければならない。
- 債権は2か月遅く決済される。
という前提を想定しておきます。ベンチャーにとって慎重すぎるということはありません。少なくとも1年先を見て、どれだけの資金が、いつ頃、何のために必要になるかを知っておく必要があります。
常に3年先を見越し、最大の必要資金量を想定して計画しておけば、必要な資金を必要なときに必要な方法で調達することができます。
マネジメント・システムの確立
財務の見通しに大きく関わり、資金繰り重大な影響を与えるものに、未収金、在庫、製造コスト、管理コスト、アフターサービス、流通などがあります。これらはキャッシュを大きく消費します。事業が成長すると、これらが原因でマネジメント不能に陥ります。
「1つが制御できなくなると、あらゆることが制御できなくなる。しかも同時に。」というのが、ドラッカーの法則です。それまでのシステムの能力を超えて成長したことが理由です。
大抵の場合、制御できなくなってから、新しいシステムを準備し始めます。ところが、新しいシステムができた頃には、顧客は不信を抱くようになっています。流通業者は信頼しなくなっており、従業員もマネジメントを信用しなくなっています。市場を失うのはあっという間です。
マネジメント・コストも、財務の観点からあらかじめ検討しておくことが必要です。マネジメント・コストの増大は、多くの場合、マネジメントや事務スタッフの雇いすぎです。
通常、マネジメントすべき最重要項目は、4〜5個を超えることはないと言いますから、常に3年先を見越し、マネジメント・システムを確立しておくことが大切です。
きめ細かいシステムは必要なく、数字も大雑把でよいので、それらを意識し、注意し、必要に応じて迅速に対応できるようにしておきます。
ドラッカーによると、各地で類似の事業を展開するベンチャーでは、資金計画が比較的容易であると言います。フランチャイズ制や、地元の人たちに有限責任のパートナーとして参加してもらうことによって、各事業単位がそれぞれ独自に資金繰りをすることができるからです。
ただし、次の3つの原則を満たすことが必要であると言います。
- 事業単位のそれぞれをできるだけ早く、遅くとも2〜3年以内に採算に乗せなければならない。
- マネジメント能力のあまりない人たちでも、本部からの指示なしにマネジメントできるよう、事業内容を定型化しておかなければならない。
- 事業単位のそれぞれが、かなり早い時期に、追加資金を必要としなくなり、次の事業単位を資金的に助けられるようにならなければならない。
トップマネジメント・チームの構築
市場志向によって、市場でしかるべき地位を確立し、しかるべき資金手当てを行い、しかるべき資本構造とマネジメント・システムを確立したとしても、数年後に深刻な危機に陥るベンチャーは後を断ちません。
原因は常に、トップマネジメントの欠落であると言います。企業の成長が、トップ一人でマネジメントできる限界を超えた結果です。トップマネジメント・チームが必要であることを示しています。
トップマネジメント・チームは、必要なときに準備しても間に合いません。そのときに適切なチームが機能していなければ手遅れになりますから、前もって構築しておく必要があります。
なぜなら、チーム内での相互信頼と相互理解が必要だからです。ドラッカーの経験では、そのために3年はかかると言います。
市場や人口動態などの客観的な指標によって、3~5年後に倍の規模に成長することが明らかになったら、トップマネジメント・チームの構築が急務です。
発足当初のトップマネジメント・チームは、非公式でよいと言います。肩書、公表、上乗せの報酬は必要なく、新しい陣容が機能し、その様子が明らかになるまで1年ほど待つべきであると言います。その間、全員が、各自の仕事、協力の仕方、互いの仕事をやりくりするために行わなければならないことなどを学ぶ必要があります。
大事なことは、創業者がいつまでも自分でマネジメントを行うのではなく、いずれトップのチームに引き継ぐ決意をしておかなければならないということです。できれば、その決意のうえで創業すべきです。
ドラッカーは、およそ3年にわたって行うべき必要な準備として、次のようなものをあげています。
重要活動の相談
創業者自身が、事業にとって重要な活動について、将来のトップマネジメント・チームのメンバー候補となる人たちと相談するようにします。意見の違いや対立がある場合は、徹底的に検討します。
重要な活動としてあげられたものはすべて検討の対象にします。重要な活動というのは、実際の事業の分析から見出さなければならないもので、標準的なものはありません。ただし、ドラッカーは、あらゆる組織に共通する重要な活動として人と資金のマネジメントをあげています。
強みの理解
創業者などメンバー候補者一人ひとりが、自分が得意とするものは何か、他の人たちが得意とするものは何かを考えます。実績によって証明された能力であることが重要です。
担当活動の検討
それぞれの強みに応じて、誰がどの活動を担当すべきか、誰がどの活動に向いているかを検討します。重要な仕事は、すべて能力が実績によって証明された者が担当すべきであることを忘れてはいけません。
創業者といえども、自分が得意でないものに口を挟んではいけません。ただし、CEOは最高の意思決定機関であり、最終責任を負いますから、必要な情報は必ず入るようにしておくことが必要です。
目標の設定
重要な活動については、すべて目標を定めなければなりません。重要な活動に責任を負うことになった人が定めます。何を期待できるか、何に責任を負えるか、何をいつまでに実現するつもりかを問います。
およそ3年にわたって以上の準備を行えば、実際にトップマネジメント・チームが必要になったときに準備ができているはずです。
もし準備ができていないなら、マネジメントの能力そのものが失われている可能性があります。考えられるケースは、次の2つです。
- 創業者自身が能力と関心をもつ1つか2つの活動に没頭したままでいるケース
- 創業者が、得意でないにもかかわらず、人と資金のマネジメントに時間を取られるケース
前者の場合、優れた商品が残っていれば、生き残れる可能性があると言います。ただし、トップの交替が必要になるだろうと言います。
後者の場合、もし創業者が得意であった製品開発等の時間を削っていたとすれば、もはや製品がなくなり、あるいは市場を失っている可能性が高いと言えます。得意でない仕事である人や資金のマネジメントがうまくいくはずもありませんので、売却か清算されるしかないと言います。
創業者の貢献
- 事業が大きく伸びたとき
- 製品、サービス、市場、必要人材が大きく変わったとき
このようなとき、創業者は、自分が何をしたいかを考えてはいけません。自分が何に向いているかを考えてもいけません。さもないと、事業の成長に創業者自身がついていけなくなってしまいます。
いちばん大事なことは、
客観的に見て、今後事業にとって重要なことは何か。
です。これが明らかになれば、次に問うべきは、
- 自らの強みは何か。
- 事業にとって必要なことのうち自分が貢献できるもの、他に抜きん出て貢献できるものは何か。
です。それらを明かにして初めて、
- 自分は何をしたいか。
- 自分は何に価値を置いているか。
- 今後何をしたいか。
- それらは事業にとって本当に必要か、基本的かつ不可欠な貢献か。
を問います。
以上の問いに矛盾があれば、場合によっては、創業者が手を引くことも必要になります。これから先の事業には貢献できないということだからです。
自分としてはやりたくなくても、やるべきことが得意分野で貢献できるなことならば、自分の感情は抑えて、やるべきことをやらなければならないかもしれません。
変化や成長は待ってくれませんから、今までどおりでは生き残れません。決断が必要です。本来であれば、創業当初から考えておくべきことです。