公的機関には、政府機関、学校、社会福祉法人、医療法人、労働組合、NPO、慈善団体、職業別団体、業界団体など様々なものがあります。
公的機関には、利益という評価手段がありません。活動に伴う直接の成果によって支払いを受けるのではなく、予算によって運営されるため、多数の利害関係者の影響を受けやすく、予算の増大が目的化しがちです。
加えて、善なる目的をもって活動しているため、目標を省み、見直すインセンティブが働きにくくなります。
急激な変化が常態となっている今、公的機関もまた、変化を機会としてイノベーションしていかなければ生き残ることはできません。
できる限り、自らの活動の利用者から直接支払いを受ける営利事業に転換することを目指すべきです。それが不可能であったとしても、その事業をできる限り生産性の高いものにしなければなりません。
イノベーションを行えない理由
公的機関は大きくなることを好みます。利益という評価手段がないため、規模が評価基準となっています。大きいことが成果であり、成功であり、権威です。成長こそが目標です。
既存の事業をやめて新しい事業を始めることは異端とされます。
公的機関の人材の質が問題にされることもありますが、人の問題ではありません。企業家的なイノベーション志向の人を入れても、まもなく公的機関の人になります。行政機関でも、企業との人事交流や民間登用などが盛んに行われていますが、効果があがっているように見えません。
結局のところ、公的機関そのものに内在する固有の力学が問題です。
成果ではなく予算に基づく活動
公的機関は、他の者の稼ぎから支払いを受ける存在であり、予算によって活動しています。予算は活動が大きいほど大きくなります。
成果は業績ではなく獲得した予算によって評価され、活動の一部を切り捨てることは地位と権威の低下を意味します。ですから、失敗を認めることはできません。予算の縮小を意味するからです。
かといって、目標の達成も認めることはできません。役割が終わったことを意味するからです。
ひたすら規模を大きくし、予算を大きくすることが最大の使命です。
非常に多くの利害関係者
非常に多くの利害関係者によって左右されます。
活動の成果と収入の原資が一致していないため、あらゆる種類の利害関係者が存在し、関与し、拒否権をもちます。その結果、あらゆる人たちを満足させなければならなくなります。
事業を開始した瞬間から廃止や修正を拒否する利害関係者を抱えことになりますが、新しい事業は常に疑いの目をもって見られ、支持してくれる関係者をもつ前に既存の事業の関係者から反対を受けることになります。
善なる使命
公的機関は、善を行うために存在しています。自らの使命は道義的に絶対のものであり、費用対効果の対象とはみなしません。
目標を実現できないことは努力を倍加すべきことを意味するのであって、目標の間違いなど絶対にありえません。善の実現は、まさに完全なる実現であって、そこそこの実現では許されません。
しかし、善という目標の最大化は、決して達成されることはありません。目標達成に近づくほど、一層の努力が求められます。収穫逓減の法則によって、最適なレベルを超えると急激に費用対効果が下がり、実現のためのコストが急激に増大するからです。
ですから、目標の達成に近づくほど実現が困難になり、不満が増大し、さらなる努力が要求されます。結局、成果があがってもあがらなくても、求められるのは一層の努力であり、更なる予算の増額です。
イノベーションや新しい事業は、自らの基本的な使命、存在、価値、信念に対する攻撃として受け取られることになります。
企業家の原理
とはいえイノベーションに成功している公的機関も多く、そこから、ドラッカーが公的機関のための企業家原理を体系化しています。
明確な目的
自分たちは何をしようとしているのか、なぜ存在しているのかを明かにします。
個々のプロジェクトは目的のための手段です。一時的なものであり、短命なものと考えなければなりません。
実現可能な目標
達成できる目標であり、かつ、達成したことがはっきりと確認できる目標でなければなりません。
いかに善きものであっても、100%の達成というのは困難です。最大ではなく、最適の基準として目標を設定すべきです。
公的機関の場合、理想と目標が混同されがちです。理想は目的として掲げることはあっても、目標は現実的でなければなりません。
目標の間違いを認める
いつになっても目標を達成できなければ、目標そのものが間違っていたか、少なくとも目標の定義の仕方が間違っていた可能性のあることを認めなければなりません。
目標は、費用対効果に関わるものです。有限の資源によって達成することができるものでなければなりません。目標を達成できないからといって、さらに努力すべき理由としてはいけません。
機会の追求
機会の追求を自らの活動に組み込んでおかなければなりません。変化を脅威としてではなく、機会として見なければなりません。イノベーションの7つの機会は、公的機関にとっても重要です。
イノベーションの必要性
公的機関においても、新たな機関がイノベーションの多くを担ってきました。これからも同様のことが起こり続けると思います。
しかし、既存の公的機関においてこそイノベーションは必要です。すでに大きな存在になっており、社会に対する影響も大きいからです。
可能な限り営利事業に転換しなければなりません。他人の稼ぎをあてにするには大きすぎ、多すぎるからです。公的機関の多くが、自ら資本形成する側に変わるべきです。
それでも社会的サービスとして残る事業は数多く存在します。それらの事業も、できる限り生産性の高いものにしなければなりません。
いずれにしても、急激な変化の時代にあって、社会、技術、経済、人口構造の変化を機会としてとらえなければなりません。さもなければ、社会にとって有用性を認められず、存在意義を示すことができません。社会の支援を得て事業を成長させるどころか、存続することさえできません。