ゲリラ戦略

ゲリラ戦略とは、イノベーションを行った先行者の弱みを攻撃する戦略です。

先行者が製品志向、技術志向であるために、予期せぬ成功や失敗に目を向けなかったり、先行者としての独占利益に固執したりする状況を利用します。市場志向、市場追随による戦略です。

ドラッカーは、ゲリラ戦略として2つをあげています。創造的模倣戦略と柔道戦略です。

創造的模倣戦略

「創造的模倣」とは、セオドア・レビットの造語だそうです。一見矛盾する単語の組み合わせですが、ドラッカーは、この戦略にぴったりの言葉として評価しています。

なぜ模倣が創造的になるかというと、最初にイノベーションを行った者よりも、そのイノベーションの意味をより深く理解して実施される戦略だからです。

顧客からスタート

この戦略では、製品ではなく市場から、生産者ではなく顧客からスタートします。イノベーションを行った者が生み出しておきながら放っておいた市場を相手にします。つまり、既に存在している需要を満たす戦略です。

なぜ模倣によってそんなことが可能になるかというと、最初にイノベーションを行った企業は、すべてのことを行って市場を独占することはそれほど多くないからです。

イノベーションを行って成功したからといって、必ずしも市場志向であるわけではありません。特にハイテクのイノベーションを行う者は、技術志向、製品志向であることがほとんどです。成功していても、成功の意味を理解できていないことが多いわけです。

要するに、創造的模倣戦略は、先行者の失敗ではなく成功を利用する戦略であると言うこともできます。

創造的模倣戦略の方法

創造的模倣戦略では、誰かが新しいものを完成間近までつくりあげるのを待ち、そこで仕事にかかります。

新しい製品やサービスは、市場に導入されたままの形では何かが欠けていることがあります。先行者は市場志向であるとは限らないからです。

創造的模倣者は、顧客の目で製品やサービスを見て、短時間で、顧客が望み、満足し、代価を支払ってくれるものに仕上げます。顧客の視点で製品やサービスを完成させ、その位置づけを行うわけです。

その結果、直ちに標準となり市場を奪うことになります。

創造的模倣戦略の例

IBMのパソコン事業が代表的です。アップルのアイデアを模倣してパソコンの標準となりました。

アップルは製品中心で、ユーザーがソフトウェアを必要としているときに、新しいハードウェアを供給しました。一方、IBMは、消費者の使いやすさを重視し、初めからソフトウェアを提供しました。

アップルは専門店の流通チャネルに固執していましたが、IBMは大規模店などあらゆる流通チャネルを利用し、消費者が買いやすいようにしました。

日本のセイコーの例もあります。スイスの時計メーカーはクオーツ時計を贅沢品に位置づけましたが、セイコーは普及品として販売しました。

リスクの大きさ

創造的模倣戦略もトップの地位を目指しますが、総力戦略に比べてリスクが小さいと言えます。市場が確立し、製品が受け入れられているという事実があるからです。需要が生まれ、それなりに大きくなっています。そのため、顧客のニーズを市場調査で明らかにすることもできます。

模倣であるがゆえに、完結した製品、工程、サービスについての戦略に適していると言えます。そのため、大きな市場を必要とせず、リスクが比較的小さくなります。

ただし、総力戦略に比べてリスクが小さいだけであって、リスク自体はそれなりに大きくなります。

模倣によってリスクを分散させようとして、逆にエネルギーを分散させる危険があります。つまり、製品の種類が雑多に増加し、統合したシステムを構築できなくなることがあります。

状況を誤解して模倣する危険もあります。意味のない市場の動きを模倣してしまう危険です。

柔道戦略

柔道戦略とは、トップ企業の悪癖を利用する戦略と言えます。

製品やサービスの最大化ではなく、最適化を図ることで市場を奪う戦略です。トップ企業が本気で守ろうとしない市場の一部に着目し、その市場に最適化した製品やサービスを設計して市場を確保します。さらに同じ方法で次の一部を確保し、やがて市場全体を確保していきます。

トップ企業が、一つの製品やサービスの最大化によってあらゆる顧客に対応しようとするのに対し、新規参入者は、それぞれの市場向けに最適の製品やサービスを設計します。

ドラッカーは、最もリスクが小さく、最も成功しやすい戦略であると言います。日本企業は、この方法で何度もアメリカ市場を奪っています。トップの企業は、何度同じ戦略を使われても、新規参入者に支配権を奪われるまで、それまでのやり方を変えようとしませんでした。

柔道戦略の例

ソニーは、ベル研究所のトランジスタのライセンスを買い取り、ポータブルラジオを開発しました。イノベーションを行った者が予期せぬ成功を拒否し、外部の者に利用された典型例です。

MCIやスプリントは、AT&Tの料金体系を利用して、長距離通話市場の大部分を奪いました。

シティバンクは、ドイツで購買力をもち始めた一般消費者を対象に、消費者金融で支配的な地位を得ました。

キャノンは、ゼロックスの高性能コピー機に対して、小さなオフィスに最適な、安価で簡単なコピー機を導入して市場を席巻しました。

先行者の悪癖

ドラッカーは、先行者に共通した悪癖によって、新規参入者が柔道戦略で成功すると指摘しています。

  • NIH(= Not Invented Here):「自分たちの発明ではない」という態度
    • 自分たちが考えたもの以外にはろくなものがないという傲慢さです。
  • 最も利益のあがる部分だけを相手にする「いいとこ取り」
    • 大きな資産への依存です。市場の喪失という罰を受けます。ないがしろにされた顧客の不満が新規参入者を呼ぶからです。
  • 価値についての誤解
    • 製品やサービスの価値は顧客が引き出し、対価を払うものであって、供給者が決めるものではありません。顧客にとって有用なものでなければなりません。供給者は生産の難しさを製品の価値だと錯覚することがありますが、顧客には何の関係もありません。
  • 創業者利益なる錯覚
    • 顧客の不満を煽り、競争相手の参入を許します。ドラッカーは、「競争相手に傘をさしかけてやること」、「競争相手に対する招待状」、「新規参入者への補助金」と表現し、厳しく批判しています。
  • 多機能の追求
    • 製品やサービスの最適化ではなく最大化を求めることです。一つの製品やサービスによってすべての顧客を満足させようとしますが、誰も満足させられません。価格が高くなり、使い方や補修も難しくなるからです。強みが仇となります。

柔道戦略が成功する状況

トップ企業が予期せぬ成功や失敗を取り上げず、見過ごしたり無視したりするときに、柔道戦略を仕掛けるチャンスです。

また、新しい技術を市場に導入し、地位を利用して独占体として行動し、市場のいいとこ取りで創業者利益を手にするときです。大抵の場合、製品やサービスの最適化ではなく最大化を目指し、高価格を維持しようとします。

成功する独占体は、競争相手が低価格で参入する前に、自ら製品の価格を下げます。また、自ら新製品を導入し、自らの製品を陳腐化させることで、競争相手に市場を奪われることを防ぎます。

市場や産業が急速に構造変化するときにも成功します。人口動態や技術などの変化とあいまって、顧客の嗜好や認識が変化します。

柔道戦略の方法

業界、取引先、商習慣、特に間違った商習慣、経営政策の分析からスタートします。

次いで、市場を調べ、この戦略に対する抵抗が最も小さく最も成功しそうな分野を探します。トップが挑戦を気にしたり、脅威とみなしたりする分野では競争しません。ゲリラ戦であって、正面からの戦いは避けます。

さらに、差別化のためのイノベーションを図ります。同じ製品やサービスを安く提供するだけでは不十分です。発明やハイテクであるとは限らず、マーケティングやサービスのイノベーションであることもあります。