マクロの経済政策は、国を出入りする資金を考慮せずに一方的に実施することはできません。もはや他と切り離して運営できる経済など存在しないからこそ、共同運営が欠かせません。
ある国の経済的成功とは、グローバル経済における一地域での成功であり、その国に属する企業の収益力や市場シェアとは関係ありません。企業の活動が国境を越えているからです。
ですから、その国に定住している国民が良い生活をできること、またその生活水準を将来にわたって維持あるいは向上できることが、その国の経済的成功を意味します。
物質的・精神的富を意のままにする能力は、グローバル経済の中で人の技術や洞察力がどの程度の価値を持っているかで決定されるようになっています。
需要と供給の法則は至るところで働き、国境はもはや眼中にありません。この新しい世界経済において、シンボリック・アナリストは支配的位置を占めます。
しかし、それ以外の2つの職業カテゴリー、すなわちルーティン生産サービスと対人サービスでは、需要と供給が示す未来は暗くなっています。
ルーティン生産サービスは、世界中に未熟練労働者や半熟練労働者の巨大なプールがあり、しかも急速に増加しているため、収入が減り、職さえ失っています。
対人サービスは、そうした直接の競争からは手厚く保護されていますが、その間接的影響に苦しみ、次第に生活の足元を脅かされつつあります。
主にこうした傾向の結果として、アメリカ人の所得は二極分化し始めました。そこに国家的な課題があります。すなわち、グローバル経済の中で足場を失いつつある2つの職種に属する大多数のアメリカ人の生活水準の向上という課題です。
所得不平等の解決のための税制と教育
第一の対策は、真に累進的な所得税を導入し、同時に大きな税の抜け穴を塞ぐことによって、新しいグローバル経済の分極化傾向を相殺することです。
第二の対策は、客観的に見て才能のある子供が、家族の収入や人種とは関係なしにシンボリック・アナリストになれるよう保証することによって、階級の固定化をなくす方法です。
国があらゆる都市や地域に優秀な学校を作り、大学進学希望者に十分な資金援助を提供するのでなければ、才能に恵まれた子供であっても、シンボリック・アナリストの職に就く望みはありません。
さらに、国内に大量のシンボリック・アナリスト予備軍を持つには、大学や研究所、空港など、シンボリック・アナリストを生む環境への投資を大幅に増やすことが必要です。
最後に、アメリカのシンボリック・アナリストが確実に実地訓練を受けられるよう、政府はグローバル企業(本社の国籍を問わず)に対して、複雑な問題解決や問題発見を、アメリカ人と共同で行う契約を結ばせる働きかけをしなければなりません。
シンボル分析能力の付加
他の2つの職については別の対応が求められます。
一つは、生産現場やサービス業にシンボル分析を応用できるアメリカ人の数を増やすことです。たとえば、情報のコンピューター化によって、労働者は資材や部品の流れをより効率的に変えることが可能になり、生産現場の仕事内容が豊かになることは十分に証明されています。
コンピューターによって能力を増した生産労働者は、生産過程をこれまで以上に支配し、責任を持つことになります。もはや「ルーティン」ワーカーではなく、生産過程に密着したレベルで、事実上のシンボリック・アナリストになります。
対人サービスにも同様の変質を起こせば、効果はずっと長続きするはずです。コンピューターは、彼らに取って代わるのではなく、彼らにより大きな責任を果たす能力を与え、企業にも大きな付加価値をもたらします。
科学技術によって能力が高まる仕事がどの程度増えるかは、対人サービス労働者の現場での学習いかんにかかっています。
したがって、これまでよりはるかに多くのアメリカ人が、数学や基礎科学、それに読み書きやコミュニケーション能力のしっかりした基礎を習得する必要があります。
最後に残る問題は、社会的に独立した、生産的な人間になるための必要条件の多くが欠けている長期的貧困層の存在です。彼らには4つの取り組みの可能性があります。
第一は、その階層を対象にした職業訓練プログラムを設定することです。これは、その修了者が福祉給付の受給者と比べて就職の可能性が高いという前提で有効です。
第二に、子供を持つ低所得の独身女性が訓練を受けている間、無料で子供の世話をしてくれる制度を設けることです。訓練を最後まで受けることができれば、適当な職に就職できる可能性が高まります。
第三に、長期にわたっての貧困者の大部分には、適当な職に就く前に読み書きや計算の講座を提供することです。
最後に、貧しい子供に、幼稚園に入る前の集中的に準備教育を提供することです。これによって学校の成績がずっと良くなり、後に就職する確率も高くなります。
社会的連帯感
根本的困難は、解決策の立案や実施そのものにあるのではなく、それに手をつける政治的決断の欠如にあります。
すべてのアメリカ人が享受できる良質な教育、職業訓練、健康管理、社会資本の実現には、膨大な費用がかかるからです。
核となる問題は、アメリカの最も恵まれた階層であるシンボリック・アナリストが、こうした負担に自ら進んで応じるか否かです。
ここに矛盾が存在します。アメリカ人の経済的運命の一体感が薄れたために、富裕層が、貧困層との間の社会的連帯感を喪失しつつあるという矛盾です。
最富裕層に対する残りの所得階層の依存がこれまでになく強まる一方で、その恵まれた最富裕層は、彼ら以外の人々への依存をますます弱めています。
最富裕層は、その専門技能によってグローバル市場で稼ぐ機会が多くなり、他のアメリカ人の生活水準が低下しているにもかかわらず、自分自身や自分の子どもたちの生活水準を維持し向上させることが可能になっています。
もはや最富裕層の幸福が、他の所得階層の人々の賃金抑制などに影響されることは、部分的にさえありえません。